いじめ描写があります。ご注意ください。
あれから一日。案の定、傷が癒えた俺はランニングの後、一破さんに経過報告を受けていた。
「一破さん。ヴァルゴとハエ野郎の居場所の目星は?」
「ヴァルゴに関しては何も……ですが、ムスカに関してなら、衛星からの情報で街までは絞り込めました」
「本当ですか!? ラッキー、それならすぐに追えますね!!」
俺がそう言うと……一破さんは肯定の後に、苦い顔で言った。
「えぇ、そうですが……奴の能力は忘れていないですよね?」
「あ、ハエになれるんだっけ……考えなしに近づけば、また逃げられる……」
「はい。その能力があれば、追い詰めてもすぐ逃げられる。細かい場所を絞り込めなければ、捕まえることは困難です……」
やっぱり虫捕り網しかないか……? あれが当たるかと言われると、疑問なところではあるが。
「うーん、スライガーにネットミサイルでも搭載できたらなぁ……」
「普通に撃っても避けられるだけですよ。ハエになって分散されたら、熱源追尾も意味をなさないし……」
「難しい相手ですね……」
俺達が唸りながら考えていると、あやめが来た。ランニングの後なのか、汗びっしょりだ。後でスポーツドリンク買ってあげよう。
「康太様と人間様? 何の話してるの?」
「百鬼さん、いたんですね。ちょうどよかった……ムスカの分散能力への対策を雪村さんとね」
「あいつか……厄介だよね、余とはだいぶ相性悪いし」
仮面ライダーオーガの強さは厚い装甲と、デルタより高いスペックだ。戦い方も基本力押しになる……『鬼神焦熱斬』や、業と不知火のちからを借りられるとはいえそこは変わりない。奴はハエになれば、それを全て避けることができる。厄介だな……
「……どうにかして、おびき寄せられればな」
「確かにおびき寄せれば、捕まえるのは容易ですが……どうやっておびき寄せるんですか?」
「う~ん……俺を餌にすれば出てこないかな?」
理由はわからないが、奴は俺を恨んでいるようだった。それなら、憎い俺を狙って来てくれないかな?
「前康太様が倒そうとして、逃げていったし……あいつから、そこまで強い憎しみを感じなかった。多分、自分からは出てきてくれないんじゃないかな」
「困ったなぁ……早く探し出さないといけないのに」
「とりあえず、今は地道にパトロールを続けるしかないでしょうね」
それしかないか……くそっ。
「俺がこうしてる間にも、被害が拡大するかもしれないっていうのに……!!」
「康太様……」
「気持ちはわかります。ですが……我武者羅に探しても疲労するだけなのは、財団Xでよくわかっていますよね」
奴らと同じような力があれば、そう何度思ったことか。
「今はデルタギアがあるから、まだマシだけど……それでも、デメリットがいっぱいだし」
「もしかしたら、わざと欠陥品を掴ませた可能性も……」
「そんな馬鹿な……そんなことをするくらいなら、俺を呼ぶ必要ないでしょう」
二人が頷いている、そうだよな。本当にどうして……デルタギアを箱に入れておいたんだ? とっとと捨ててしまえばよかったような。隠蔽くらい簡単なはずだろ?
「だよね……財団Xは何がしたいんだろう?」
「今は出てきていないところを見るに、準備期間のようですが……何をしようとしているのかは依然不明です」
「何にせよ、今はハエ野郎を何とかしないと……被害者が増える一方だ」
まだ被害者は出ていないが、恐らくこれから出てくるだろう。被害を最小限に抑えられるようにしないと……
「ここで考え続けても仕方ない。早めに処理すべき書類も溜まっているので……私は署に帰りますね」
「人間様、またねー!!」
「ありがとうございました、一破さん!! ……さてと、あやめ。ちょっと待っててくれよ?」
そう言って、駆け出す。向かうのはもちろん自販機だ、冷たいスポーツドリンクを二つ買う……
「あ、戻ってきた! 康太様、急に走っていったけど……どこ行ってたの?」
「それはな……じゃーん!! スポーツドリンクだよ!! ほら、こっちがあやめの!!」
「ん……ありがとう!! こんなに汗かいてたら、流石にわかっちゃうか……」
そう言って、差し出したスポーツドリンクをあやめが手に取る。キャップを開けて口をつけると、ペットボトルの中身がみるみるうちに減っていく。
「ぷはぁ、美味しい……運動の後のスポーツドリンクは美味しい余ね!!」
「これが楽しみでやってるとこあるし……俺も飲むか」
「いい飲みっぷりだね!!」
一気に四分の一くらい飲んでしまった。スポーツドリンクの強めの塩味が、俺達の疲れを癒してくれる。
「……っはぁ、やっぱり美味い!!」
「康太様、そういえばなんで奢ってくれたの?」
「ん~、気まぐれかな? まぁ、先輩の気まぐれだよ!! 遠慮なく飲め飲め!!」
そう言って、スポーツドリンクを飲むように促した。ちょっとは先輩らしいことができたかな?
「気まぐれか……とにかくありがとう、美味しい余!!」
「どういたしまして! さてと……俺は飯を食って、休憩入るよ。それからまた見回りする。緊急でもないし……あやめはもう少し休んでてもいいぞ」
「康太様は忙しいね……余も休んでられない、一緒にやろう!!」
あやめならそう言うよな。なら……
「よし、飲み終わった!! 飯食いに行くぞ!!」
「今日のメニューなに?」
「それは行ってからのお楽しみだぜ!!」
そう言って、二人で食堂へ向かう……これから、俺の価値観を揺るがす出来事があるとも知らずに。
……仮面ライダーデルタが、またゾディアーツを倒したニュースがまた流れている。『なんでもできるヒーロー』などと言われ、持て囃されているが……
「うらっ!!」
「あぐぅ……!!」
「あ~すまねぇ、手が滑ったよ~」
小学生の男の子が、男子に思い切り腹を殴られた。
「ちょっと~、やめなよー。ふふふ……」
「悔しかったらやり返してこいよ、おい! 無理だろ!? あっはっはっは!!」
「……授業を始めますよ、みんな席について……あら悠馬くん、また殴られたの?」
女性の先生が来たが、男の子は全く期待していない様子だ。
「早く解決しなさい、暴力以外でね。全てのことは話し合いで解決できるのよ。暴力を使ったら、ママやパパに言うからね」
「暴力なんてしてません、ちょっとふざけてただけですよ!! お前も絶対に言うなよ、お前は嫌がってないんだからさ!!」
「……」
このようなことが日常茶飯事の学校。給食を台無しにされたり、椅子を捨てられてしまうこともあった。そして放課後……親のいない家へと、孤独に帰る。そんな時だった……
「おい」
「え……天秤さん? なんでここに……」
「それを使えと言ったはずだぞ。何故使わない? 解放されたいんだろ?」
その子のポケットに入っているのは……他でもない、ゾディアーツスイッチである。ムスカ・ゾディアーツ、蝿のゾディアーツだ。
「だって……先生も、ママもパパも、暴力は絶対にダメだって言ってたもん……」
「ならば何故、デルタに暴力を振るった?」
「それは、その……」
理由はひとつ。自分は今、殺されかけているのに……それを差し置いて、『何でもできるヒーロー』と言われているのが、憎たらしかったのだ。テレビのヒーローはみんな助けてくれる。でも、デルタもオーガもそうではない。それが、何より悠馬くんの憎しみを刺激したのだ。
「まぁ、いいだろう……お前もすぐにそれを使わざるを得ない状況に陥るさ」
「え……?」
「忠告しておいてやろう……お前に残された道は二つ、奴らのために死んでやるか、奴らを殺して生き残るかだ。お前が賢い選択をすることを祈るぞ」
リブラが光に包まれて消える。男の子は、スイッチを握りしめて……ポケットに突っ込み、走り出した。また殴られないことを祈りながら。そして、家に辿りつくと……悠馬くんは、作り置きしているご飯を温め始めた。
「パパ、ママ……」
どちらも長い出張でいないので、お金は渡されているものの……見よう見まねでご飯を作っているのだ。
「……ママのカレーが食べたいな……」
そう言いながら、あまり美味しくないご飯を胃に詰め込み続ける日々。だけど、迷惑はかけられない……父も母も、遠くにいるから。
「僕のためにお仕事頑張ってくれてるんだ……頑張って我慢しないと……」
そう言いながら、テレビをつけると……
『またしても快挙!! ヒーローのデルタとオーガコンビ、二体のゾディアーツを一度に撃退!!』
「……デルタ……!!」
『いや、二人とも逃がしてしまったので……そこまでのことじゃないです。皆さんも、外出時は気をつけてくださいね』
自分のことを悪く言うデルタが気に入らず、また手が伸びた。だが、自分の力不足を悟った男の子の手が止まる。
「うぅ……」
テレビが切られて、やけに明るい部屋のみが残った。嫌気が刺して、全て雑に済ませてベッドに入る。
「おやすみ……早く帰ってきてね……」
写真にそう言った後、男の子は目を閉じた。近い内に二人が帰ってくることを信じて……
「……さっさと使わせんとな。私の給料のために、次の査定までには結果を出さねば」
それを家の外から見つめるリブラが、そう呟いて……また消えた。そして次の日……また、地獄のような学校へと通う。『自分のために働いてくれている』両親に、迷惑をかけないために。
「行って、きます」
誰もいない家に鍵をかけて、学校へ向かう悠馬くん……歩きながらふと思い出す、両親の言葉。
『悠馬はいい子だからお留守番できるわよね?』
『人に迷惑をかけないようにな』
「……わかってるよ」
壊れかけの倫理を繋ぎ止める、両親の言葉。一歩踏み外せば、大虐殺に繋がりかねないゾディアーツを封じていたのは、ただの一般人であった。
「お前の椅子がないぞ~? どこ行ったんだろうな~」
「探してきたら?」
「……」
何をされたか、悠馬くんはすぐに察した。捨てられたのだと。どこに捨てられたのか探しに行くと……校庭の木の下に捨てられていた。
「持って帰らないと……っ!?」
「遅いぞ、山田。体育の授業の時間だ」
「ごめ~ん。サッカーボール当たっちゃったよぉ」
そう言われて、立ち上がり……着替えに行こうとすると。
「早く帰ってこいよ、山田」
「さもないと俺がぶん殴るぞ!!」
「俺も殴る!!」
いじめを先生は解決してくれない。面倒だからだ……殴り返す? そんなことをしたら……遠くの両親に迷惑がかかる。自分は『いい子』でなくなってしまう。両親は小学生の悠馬くんにとって、世界そのもの。悠馬くんが『いい子』でなくなることは、悠馬くんの世界にとって破滅そのものなのだ。
「……ぼくの机……」
酷い落書きがされている。泥水がかかっているから、教科書も広げられない。それを雑巾で拭いていると……結局、体育の授業にも行けなかった。
「やーい、サボり魔!!」
「殴ってやろうぜ!!」
「……ぐ!」
このためにやったのだと気づきつつ、泥だらけの服で授業を受ける……
「先生、悠馬くん汚いです!!」
「悠馬くん。保健室で服を借りてきなさい」
「行ってこいよ、山田!!」
……そう言われて、また出ていく。早めに取って戻るために、少し駆け足で向かう。服を借りて、戻ると……上から泥水が降ってきた。バケツごと……
「ぐぁ……どうして……?」
「あー、また汚くなってるぞ!! ハハハ!!」
「ほら謝ってこいよ、ほら!!」
殴られて追い出されて、保健室の先生にまで怒られる始末。給食の時間、この時間にも安らぎなどない。いつでも奴らは自分を狙ってくるのだから。
「……!!」
「なんで食わねぇんだよ、もったいねぇだろ?」
「後で掃除が大変なんだ、やめなさい」
先生の言った静止も、掃除が大変だから。給食を投げつけられて、外に出る。今日もご飯は食べられそうにない。
「……」
「ハッ、小心者のガキめが……私が選ぶ相手を間違うなど、有り得てはならんのに!!」
「天秤さん……なんで?」
リブラゾディアーツが、校庭から歩いてくる。目的はなんだろうか、悠馬くんがそう思っていると。
「何故反撃を行わない? お前は死ぬんだぞ? 死ぬことより、今行動することの方が怖いか? クソガキめ」
「……人を殴るのはいい子じゃないよ。僕は、いい子でお留守番しろって言われたの」
「黙れ。貴様の信念など、我々には関係ない!!」
リブラの怒りが最高潮に達し……錫杖が地面に突き刺される。悠馬くんの体が跳ねると同時に、校庭にヒビが入った。
「ひっ……!!」
「これが見えるか? 貴様など、これ一発でバラバラの肉片に変えられるんだぞ!! わかったらさっさと殺せ、死にたくないならな……!!」
「い、嫌だ……!!」
それでも、自分はいい子でいなければならない。親が言っていたから……ずっとこうだ、両親はほぼ家にいないため、ほぼネグレクト状態。唯一の親から受け取った言葉、それに小学生が執着するのは当然の帰結だろう。
「チィッ……!! おのれ、この……!!」
「なんだ、騒がしい?」
「くそ、邪魔が入ったな……いいか、よく聞け? 貴様はいつかスイッチを使うことになる。強がりも醜い狂信も捨てて、さっさと殺すんだな……命が惜しいなら!!」
そう吐き捨てて、リブラの姿が消える。そこにいるのは、悠馬くんのみだ。それからも蹂躙を受けて……放課後のこと。悠馬くんが家に帰って、電話に出ると……
「……えっ!? 明日帰って来れるの!?」
『あぁ。久しぶりにな、お母さんも帰ってくるってさ』
「やったぁぁぁ!!!」
心の底からの歓喜。それは悠馬くんにとって、間違いなく希望の光であった……だが。それをリブラは見逃さない。
「使えるな……奴を覚醒させるチャンスだ、私の査定を一気に引き上げるぞ……!!!」
自分の給料のためだけに、最悪の犯罪行為を幇助するリブラ。そして、次の日……
「おはよう!!」
「……」
「なんだよ、つまんないの」
石を投げても反応がない。いつもなら、悲鳴をあげるはずなのに……親が帰ってくるからだ。
「チッ……この!! ニヤニヤすんな!!」
「やーだよ!」
「こんのクソ野郎!!」
一日、一日耐えればいいんだ。そう言い聞かせて……いじめに耐える。希望に満ち溢れた目で、数時間後を見つめる中のこと……いつも通り、悠馬くんが殴られて、保健室送りになった時。教員が、普通に教室に来た時のことだ。
「あ、先生聞いてくださいよ、あいつが……」
「わかっている。対処が面倒なんだよ、先生もな」
「だよな~」
邪悪。そうとしか言えない者達が、罰されずに屯している場所。それがいじめの現場であり、現実だ。
「……だから。奴を殺してしまわないか? 責任は、私が取ってやるからさ」
「マジ!? いいの!?」
「あぁ、もちろんだよ。ここに凶器を置いておく、好きにとっていけ……実行は放課後だ、やりたい奴はやるといい」
騒がしくなる教室から、教員が出た後……幻惑が解けて、リブラに戻る。
「今日こそ、奴をゾディアーツにする一番の狙い目だ。ヴァルゴ、目にもの見せてやるぞ……!!」
「俺がこれを取るんだ!!」
「邪魔すんなよ!!」
騒がしい教室に無責任なため息をつき、次の場所へと歩いていくリブラ。そして、また姿を変えて……最悪の笑みを浮かべた。放課後……悠馬くんが目を輝かせながら、家へ帰ろうとしている。
「パパ、ママ……!!」
「行くぞ!! ぶっ殺してやれ!!」
「先生の許可付きだ!!」
ギラついたナイフ、金槌。小学生を殺すには十分すぎる凶器だ……それを見た悠馬くんは、急いで家の方へと走った。家が見えて来た時、車があるのを見つけて……悠馬くんの顔が、さらに明るくなる。
「逃げんじゃねぇぇ!!!」
「追い詰めろ!!」
「パパ、ママ、助けて……!!」
きっと、助けてくれる。そう思いながら、悠馬くんは鍵を開けて……家の中へ入った。そして、全力で叫ぶ。
「パパ、ママ!! おかえりなさい!!」
……返事はない。その代わりに、外から喧騒が聞こえてくる。
「開けろ!!」
「窓から入ろうぜ!!」
「なんで……いない、の?」
……そんなはずはない。そう思って、悠馬くんは家の中を叫びながら走り回る。
「パパ!! ママ!! 助けてぇ!!!」
その願いは届かない。だって……
パパもママも、ここにはいないのだから。
「悠馬、楽しいか?」
「うん!!」
「ジュース買ってくるね!!」
……悠馬くんと遊んで、笑う二人。二人と遊ぶ『悠馬くん』が……たっぷりの悪意を込めて、口角を限界まで上げた。二人は知るよしもない、この悠馬くんが本物でないことを。本物は今……誰もいない家で、絶望の底にいるのだから。
「……ぼくは、すてられたの……?」
「ざまぁみろ!!」
「さっさと殺しちまおうぜ!!」
悠馬くんの唯一の希望すらも、消えてしまった……他でもない、リブラの手によって。
「デルタが嫌いなんて言うからだよ、バーカ!!!」
「嫌いとかいうやつ、人間じゃないわー」
「……」
小さなきっかけから始まった、
『Last One』
「ん? なんだそれ?」
「お守りかなんかだろ!!」
大切な両親は自分を見捨てた。自分が『いい子』ではなかったせいで……なら、もう……いい子である、必要はない。悠馬くんが、静かに……ハッキリと、言い放つ。
「死ね」
「あ? 何言って……え?」
「ぞ、ゾディアーツ……!?」
悠馬くんがその場に倒れて、現れたのは……ムスカ・ゾディアーツ。最終形態だ……体中が緑になり、装甲が増えて、スペックも大幅に向上している。次々に振り下ろされる凶器が、逆に折られてゆく。そして……力任せに、腕が振り降ろされると。
「ご……え?」
「う、うわぁぁぁぁっ!!!」
「……」
最早、山田悠馬の人格はそこにない。ただ……憎いと思った者を殺し続けるだけ。放たれたエネルギー弾が、憎かった者達を次々に殺してゆく。
「な、なぁ悪かったよ、許し……」
「……」
「ぎ」
ムスカゾディアーツの一撃で、頭から一人潰される。トマトを潰したかのように、中身と赤が辺りに溢れた。思い出が詰まった家も、ボロボロになってゆく。
「そうだ、それでいい……よくやった!!」
「……」
「さぁ、殺せ。本能のままに……それがゾディアーツだ!! ハハハハハハ!!!」
背中の羽が開いて、ムスカゾディアーツが飛行する。狙いは無論……憎い相手だ。
「これでいい、私はやったぞ……見たか、ヴァルゴ!! これが私の手腕だァ!! ハッハッハッハッハァ!!!」
邪悪な者の笑いが響く中、人格を亡くした子供が飛ぶ。憎いもの目掛けて、飛んでゆく。恰も一発限りの、銃弾のように。
人気のない廃墟で、罠を準備する。その街の中に丁度いい工場の廃墟があったので、一破さんに頼んで許可をもらってきていただいた。一破さん様々だ……天井に、無数の網をセットする。これなら、奴を捕まえられるだろう。
「これでよし……と!」
「罠か……この網で、ハエになったゾディアーツを捕まえるんですね」
「それしか奴を倒す方法はない。一破さん、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらず……これも市民を守るためですから」
これで、奴がいつ来ても大丈夫だ。いつでもかかってこい……そう思っていると。
「来た余、康太様!!」
「来やがったな!? 変身!!」
『Standing by』
あやめもオーガフォンを手に取っている……奴はもうやる気らしい。
「変身!!」
『Standing by』
『Complete』
『Complete』
二人同時に変身し、奴に突撃する。ここで決着をつけないとな。チャンスは一回だ!!
『Ready』
「……」
「粘液? 生憎だが……技が被ってるんだよ!!」
「っ、ハエになった……!! ん、電話? もしもし……?」
一破さんが電話を始めた。おっと、集中しないとな。あやめもハエに斬りかかっているが……如何せん相手が悪い。空中で元に戻って、エネルギー弾を吐いてくる。
「ぐっ……!! 早いな、こいつ……!!」
「厄介だな……おい!! なんでお前は俺が憎いんだ!?」
「……」
ダンマリかよ……というか、一言たりとも喋ってないぞ。前は結構喋ってたのに……
「ファイア!!」
『Burst Mode』
「……」
奴はハエに変化して、攻撃を全て躱している。くそ、当たらねぇ……やっぱり捕まえないとダメか。
「業、不知火!! 奴を追いかけて!!」
「……!」
「二人とも……!!」
ハエを二人が追いかけて、ネットがある場所まで誘導してくれている。助かった……!!
「今だっ!!」
「……」
「よし、捕まえたぞ!!」
奴はネットに捕まってもがいている……粘着タイプだ、力任せにやっても、簡単には取れないぞ!!
「終わりだ、ムスカ!!」
『Ready』
「よし、チェ……」
いつものように、ルシファーズハンマーを発動しようとした時……一破さんが、叫んだ。
「雪村さん!! 百鬼さん!! 待てぇぇっ!!!」
「え!?」
「一破さん、どうしたんですか?」
早くトドメを刺さないと抜け出されてしまう……もしそうなったら、被害が拡大するぞ。
「その子は中山 悠馬くん……小学五年生で、いじめを受けていたらしく……そこをリブラに突かれて、スイッチを使わされたらしいんです!!」
「そうだったのか……天秤野郎め、相も変わらず卑怯なことを!! 今助けてやるからな、悠馬くん!!」
「ここからが本題です……彼は強すぎる力に飲み込まれて、精神を破壊されているんです。もし今倒してしまうと……彼の脳は動かないまま。つまり……植物状態になるんですよ!!」
衝撃の事実。それだと、このゾディアーツを倒したが最後……この子は、死ぬ。罪のないいじめの被害者は、この場で……命を落とすことになる。
「そ、そんな……!! 悠馬くん、起きて!!」
「ギャラクシーコーポレーションからの電話でした……今、元に戻すために両親を捜索中のようです……久々に帰ってきたところで、リブラが悠馬くんに化けて、どこかに連れ去ってしまったようでして……」
「……!!」
殺されたかもしれない。最悪の予感が、頭をよぎる。目の前で暴れるゾディアーツ……否、悠馬くんは今にもネットを引きちぎろうとしている。あれが破られれば、二度と同じ手段は通じなくなるだろう……
「どうしたら、いいの……!?」
「方法は二つ。一つ目は両親が来て、精神を回復させる奇跡に賭けること……二つ目は、この場でムスカを……」
「そんなのダメ!!! 康太様もそう思うよね!?」
……その気持ちがないかと言われれば、ノーだ。だが俺は……仮面ライダーデルタなんだ。脳波測定器がうるさい、限界らしいな。
「一破さん……もし、逃がしてしまった場合に予測される被害は?」
「……少なくとも、人は死にます。もうリブラにそそのかされて、悠馬くんを殺そうとした者達が、30人ほど死んでいますから……被害はさらに拡大するでしょう」
「そう……ですよね」
子供の純真な心はもう、悠馬くんに残っていない……悠馬くんの気持ちが、今聞いた話でわかってしまった。罰されない犯罪行為を受け続けて、親にも頼れずにいた。帰ってくるという希望も、目の前で絶たれたのだ。リブラの手によって……だからスイッチを使ったんだろう。
「……」
「っ、破られる……!!」
「くそっ、どうしようもないか……!!」
俺は……暴れ続ける悠馬くんを見据えて、言う。
「二人とも。ここからできる限り、遠くに離れろ」
「え? なんで……」
「チェック……!!」
周りに人がいないことは確認している。ここなら……大爆発しても、被害は出ない。
『Exceed Charge』
「なっ……!?」
「康太様、ダメッ!!」
……悠馬くんに、紫色のポインターが撃ち込まれて……ドリルのような形をとる。見慣れた光景だ……当然、あやめが掴みかかってきた。
「離せ、あやめ」
「それだけはダメ!! なんで、なんでそんなことするの!? 余の時は絶対に諦めなかったのに、どうして!!」
「……一破さんも、あやめも、俺も。彼には何も、してあげられない。あやめと俺は友達だったけど……悠馬くんに俺達が呼びかけても、絶対に届かない。当然だよ、いじめから助けてくれないヒーローが、チヤホヤされてるんだから……そりゃあ、ムカつくよな。だから、責任は取らなきゃ」
そう言って……あやめの手の力が、弱まったところを狙って引き剥がす。
「康太、様……」
「雪村……お前は……」
「うおおおおおッ!!!」
悠馬くんに突き刺さったポインターに、走る。地面を思い切り蹴りつけて……飛び上がった。そのまま右足を突き出して、悠馬くんに向かってゆく……
「ウォォォアァァァァ!!!」
「……!!」
「ルシファーズハンマーが、食い込む……」
紫色のポインターは、無慈悲に悠馬くんへと食い込んでゆく。やがて、ポインターが全て食い込むと……俺が悠馬くんの背中から、飛び出す。悠馬くんの体に、Δが浮かんだ。
「……おとー、さーん、おかー、さー……」
「っ、康太様!! 離れて!!」
「一破さん、お願いします」
俺がそう言うと……一破さんは何も言わず、あやめを引っ張って走ってくれた。そして……悠馬くんが、爆発する。彼が……間違いなく、死んだ証だ。俺はその場から動かずに、爆発に巻き込まれた。この痛みと熱さが、俺が背負う責任の前金だ。そう思いながら、俺は意識を失った。
俺が起きたのは三日後。あの後、事後処理が行われて……悠馬くんは、植物人間になった。脳も体も深刻なダメージがあるそうで……長くは持たないそうだ。俺は今回の件で、殊更に攻撃されている……子供を殺すなんて残酷、ってか。
「聞かせてください。何故……躊躇いもほぼなく、彼を殺したんですか? 彼が憎かったんですか?」
「サイガの時を忘れてないですか? あの時……僕が不甲斐ないばかりに、たくさんの被害を出した。それにより暴動が起き……便乗した財団Xに、たくさんの人々が殺害された」
「……それを、防ぐために?」
頷く。俺は被害者の子供より、罪のない市民達に降りかかるリスクをとった。それだけの話だ……
「もう遅いかもしれませんが……この件、私の独断だということにしておいてください」
「百鬼さんに責任を負わせないため、ですか」
「そうです。これは僕の責任ですから、飛び火させないための措置ですね……悠馬くんを犯罪行為から助けられなかったのは、間違いなく僕ですから」
一破さんも頷いてくれた。ありがとうございます……
「……百鬼さんが言ってましたよ。『また一人で背負わせた』ってね」
「じゃあ、一破さん。あやめに伝言をお願いします。『俺のことを嫌ってくれ』ってね」
「わかりました」
これでいい……俺は罪のない被害者を、それも子供を無慈悲に殺した。その事実は変わりない……これでいいだろう。一破さんが無言で出ていった後、涙が出そうになったが……
「……甘ったれんじゃねぇ」
お前が殺したんだよ。未来ある子供を殺したんだよ。逃げるな、背負え。お前は人殺しだ。
「俺は、『正義の味方』だろ……」
正義とはなんだ? 人を痛めつけることか? 人を憎むことか?
「……違うな」
『正義』はいつでも変わる。立場が変わっても変わるだろう……俺があそこで悠馬くんを逃がしたら、世間はきっと、倒さなかった俺とあやめを憎むだろう。
「どれだけ憎まれても……一番世間のためになることをするのが、正義だ」
それが……俺の『持っていなければならない』正義。俺は英雄だ、正義の味方だ。誰にも負けない、絶対的な正義……それに基づいて、俺は殺しをしてきた。今回もそうだ。だから……
一生、正義の味方であり続けよう。
世間が俺に、飽きるまで。
『仮面ライダーデルタ、ムスカゾディアーツを撃破!! 正義は勝つ!!』
そう書かれた新聞が破り捨てられる。そして、自分以外がいない家に、一人で佇む男……悠馬くんの父親が、言った。
「雪村康太……貴様は俺が殺す、待っていろ……!!!」
これは英雄の物語である。