鷹の爪は、ライダーの喉笛に届くのか。
強く羽ばたいた鷹が、標的を見据える。標的の喉笛をその爪で掻き切るために。自分の雛を……生徒を守るために。その鋭い爪が陽に照らされ、ナイフのように輝いた。
「でぇやぁぁぁっ!!」
「フン、くだらんな。バイオグリーザ、行くぞ!」
「寧ろ好都合……!! そっちを殺せば、お前は弱くなるんだろう!? 康太くんが教えてくれた!!」
そう言うと、奴は少し驚いたようだった。死に方までは知らないらしいな。
「なに……? 貴様、シザースをどうやって殺した?」
「あいつ、シザースっていうのか……ボルキャンサーが砂を出して苦しみ始めたから、奴からぶんどったハサミで地面にくっつけた。そしたら消えて、シザースが弱くなったんだ」
「チッ、ミラーモンスターは大切に扱えと言ったはずだぞ……阿呆めが!!」
死んだ仲間に毒づきながら、奴はワイヤーを伸ばした。それに反応して、バイオグリーザも舌を伸ばす。
「っ……!」
「よし!!」
「……まだだっ!!」
舌は避けたが、ワイヤーに羽を傷つけられてしまった。それでも体勢を立て直して、回転しながら足の鋭い光の爪でバイオグリーザを横薙ぎに切り裂く。爪で皮膚を抉られたバイオグリーザが、堪らず怯んだ。
「ッ、バイオグリーザが……!!」
「させるかぁ!!」
「ッ、この……!!」
強い……! こんなに強かったのか、鷹嶺先生は。見くびっていた……やられてしまうと思っていたが、こんなに強いとは。いけるかもしれない……!!
「だりゃあっ!!」
「チィッ……!!」
「バイオグリーザがいない……無駄だよ! ホークアイ!!」
すぐに察知し、暴風のように敵を襲う鷹嶺先生。敵に襲いかかる斬撃の嵐は……確かにバイオグリーザを追い詰めていた。
「いい加減にしろ、クソッタレ!!」
「それはこっちのセリフだ。お前は一体何人私の生徒を殺そうとしていた? あと何人の未来ある子達を、私の手から零させるつもりだったんだ? そんなのは、もうたくさんだ……あんなに惨めで、自分が情けなく思える日は……もう嫌なんだよ!!」
「……!!」
俺と、同じだ。情けない自分が嫌だから、俺も生まれ変わった。他でもない、自分を殺して……先生も、そうなんだな。だからあんなに……一人で戦うことに拘ってるんだ。何もしてはいけない、それは自分の心まで否定することに繋がるから……彼女の覚悟を、彼女の流した血と汗を……受け入れなければならない。他でもない、彼女の同類として。
「あぁぁぁっ!!」
「コイツ……痛みという概念がないのかッ!? 何発かは命中しているのに……!!」
「痛くも痒くもない……お前の仲間に喰われたみんなは……ボルキャンサーに潰された悠斗くんは、もっと痛かったはずだから!! それに比べたら……全然痛くないさ!! それだけじゃない……太郎くんも、信明くんも!! 絶対もっと痛かったッ!!」
そう叫びながら、先生は爪で奴らの肉を抉り続ける。抵抗としてワイヤーで縛り上げようとしたり、ヨーヨーで殴ったり……バイオグリーザが腹に膝を突き刺してきても、先生は怯まなかった。歯を食いしばり、目を光らせて、敵の喉笛を見据えていた。最早女性とは思えない程、野性的に、強く、気高い鷹は、自分の雛のためにその爪を振るい続ける。
「ぬぅぅぐぅっ……!!」
「終わりだ!! 喰らえっ!! 『オーバード』起動ッ!!」
「なっ、体の色が……がはぁ!?」
先生が残像を残して、さらに速くなった。羽の色すら変化し、紅く輝き始める。攻撃をする度に、スピードが上昇する……!! なんて速さだ!!
「ぎぃぃっ……!!」
「もっと、もっと速くッ……!! まだいける……!! 先生の使命は……生徒を守ることだッ!! それができない先生なんて必要ないッ!! ウァァァァァーッ!!!」
「こ、このクソアマがァッ……!!」
効いている。確かに奴の装甲を削っている。驚異的な先生のスピードと、先生の筋力が合わさって、とんでもない切れ味を発揮しているのか。辺りに散っていくベルデの装甲と、先生の羽。一秒間に、何発も刻まれる爪の刻印は……ベルデの装甲を削り取り、確かに追い詰めていく。
「まだ、まだいけるッ……!! やれるッ!! やらなきゃ、ならないんだぁッ!!!」
「っ!? この女……血を……!?」
「血反吐がなんだッ!! 骨が、靭帯が、激痛がどうした!? そんなの……私の生徒の命に比べたら!! 失われたあの子達の命に比べればッ!! 1円の価値だって!! あるもんかァァァ!!!」
ようやくわかった。わかってしまった……あの『オーバード』は、先生の隠し玉なんだ。一時的に身体能力を限界を超えて上昇させ、その状態で突っ込む技。それなら攻撃の度に速くなるのも納得いく、運動の後に心臓がうるさくなるように……血流を限界を超えて上げることで、身体能力のリミッターを外しているんだ。でも……そんな技を、何分間も使っていいわけがない。スピードメーターがレッドゾーンに入っているのに、アクセルを尚踏み続ければ最後に待っているのは……小学生だってわかる。
「やめろ先生!! 死んでしまうぞ!! 体中の血管が……破裂してしまう!!」
「知ったことかァァァッ!!」
「ぐぅ……それは、いいことを聞いたなぁ……!!」
羽と共に血が撒き散らされる。竜巻のような音に血のぶつかる音が混ざっていく。こんなのってない、相討ちなんてダメだ。俺達の先生は、鷹嶺先生一人なのに……! 悲鳴のような声を上げながら、尚捨て身の連撃を続ける先生……もう、見てられない。紅き残像が増えるのに比例して、先生の命がヤスリにかけられる。
「もうやめてくれ!! 先生ッ!!」
「グガァァァァァァ!!」
「……そこだぁ!!」
ぐちゃり
「……ぇ……」
「フッ……脆いな」
「あ、ああ……あああ!!」
肉の削れる、音がした。一発だった、さっきまで平気だったのに……いとも容易く、貫かれた。気高き鷹は、空中で静止している。力無くベルデの腕を伝っていくのは、奴の血であるはずだった。だが、現実は……非情であったのだ。
「ホールドベントを使うまでもないな……鷹嶺ルイとか言ったか? こんな言葉がある、『能ある鷹は爪を隠す』……貴様は私に手の内を全て見せた。つまり貴様は能なしの……無能な鷹だったのだ。堕ちろ、小鳥が!!」
「……っ、か……」
「嘘、だろ……」
やられた。あんなに速かったのに……木に吹っ飛ばされて、動きが止まった。目の光は消え去り、暴風はもう二度と吹かない。あぁ、血が止まらない。こんな奴のために、気高い鷹は地に堕ちた。もう二度と羽ばたけないように、翼をもがれたのだ。俺の目の前で……
「バイオグリーザ、食え。できる限り苦しむようにな、『因果応報』だ」
「待ちやがれッ!!」
「ようやくお出ましか。貴様も殺す対象には入っているのだ、お前にも死んでもらうぞ」
バイオグリーザに向かって走り、地面を蹴りつけて膝を胴に突き刺す。狙い通り、奴はこっちを向いた。先生は……こちらに、手を伸ばしていた。折れている手を、伸ばして……か細い声で、絞り出すように言った。涙を流して、力を振り絞るように。もう羽ばたけないのに、羽を広げている……俺を、守ろうとしてくれているのか。
「だ、め……に……げ、て……お、ね……が……い……」
「……先生。俺は……悪い子ですよ。これが終わったら、たっぷりお説教してください……!! 2時間でも3時間でも、絶対寝ないから……ちゃんと全部聞くから……お願いします!!」
「わ、た、し……は……な、ん……で……」
そう言って、先生は涙を流しながら……意識を失った。みんなが駆けつけてくる……
「危険因子共が……好都合だ、まとめて貴様らも排除してやるぞ!!」
「た、鷹嶺先生が……!! そんな……!!」
「……まだ助けられる。救急車を呼んで、遠いところにみんなで運んでくれ」
来てくれたみんなに、後ろすら見ずに言う。俺は一番憎い相手を見据えているから。
「で、でも……死んじゃう余!!」
「それじゃあ……鷹嶺先生の頑張りは無駄になるのか!? 命を懸けてくれたのにか!? 俺はそんなの……認めない!! 証明してやる……このクソッタレに、先生の強さと気高さを……思い知らせてやるッ! 百鬼、潤羽!! みんな!! さっさと先生連れて逃げろ!! 俺はこいつをぶち殺す!!」
「……っ!」
みんなは逃げていったか……そうだ、それでいい。
「本当にやる気か? 貴様も苦しんで死にたいのかよ……マゾヒストはこれだから嫌いなんだ。相手するのも面倒くさい……」
「黙りやがれ、舌の長ぇだけの
「ほう、威勢だけはいいようだなァ……!? ならば、望み通り……世界一惨たらしい死を贈ってやるぞッ!! 知能遅れの猿がァァ!!」
こいつだけはぶち殺す。頭がイカれそうな程の怒り。憎悪、殺意……歯ぎしりが止まらない、掌は強く握り過ぎて血が出た。
「死ねぇぇぇーッ!!」
「死ぬのは貴様だ、猿が!!」
「……っぐ!?」
ワイヤーが俺の体めがけて飛んできて……とんでもない勢いでワイヤーが巻きついた。
「ワハハハ、ハハハ、ハハハハッ!!」
「がっ、ぎっ、ぐぅ……!!」
「どうだ辛いかぁ!? 苦しいかぁ!? いいぞッ、もっと苦しめぇッ!! ハハハハハ!!」
ワイヤーで巻き付けたまま、何度も地面に叩きつけられる。骨が砕けていくのがわかる……血反吐が止まらない。頭だけは何とか叩きつけられないようにしているが、脳が揺れて意識が混濁する。
「……バイオグリーザァ!! そいつは動けんッ!! ゆっくり、ゆ~っくり……味わって食えよ!!」
「かかっ、た、な……!」
「は? 負け惜しみか? 見苦しいぞ!?」
勝ち誇ったようにそう言うベルデ……だが。
「負け惜しみ? 違うなぁ……勝利宣言だよ!!」
「なっ……何をしている!?」
「ほっ、ほっ!!」
どうにか立ち上がって、兎跳びの要領でバイオグリーザの周りを跳び回る。大縄跳びの要領でワイヤーを躱しつつ、バイオグリーザにも巻き付けてやる。
「それ、帰ってくるんだよな……!? 二人に増えて……! 帰ってきたぜぇぇ!!」
「なっ……帰ってくるな!! ぐはぁっ!?」
「もーらいっ、と……!!」
バイオグリーザは奴に激突すると、奴と一緒に地面に倒れた。落ちた武器を拾い上げる……
「ぐぅ……それで勝ったつもりかぁ!?」
『COPY VENT』
「……俺になっただと!?」
姿が変わった……ややこしくはない。一人だからな……!
「これで武器は返ってきたぞ!!」
「それで勝ったつもりかよ、
「黙れぇっ!!」
わざと挑発する。俺はこいつの見下した態度を崩してやらないと、気が済まないから……!! 先生だって、それを望むはずだ!! もしも望んでなかったら、後でうんと叱ってもらうだけさ!!
「喰らえ!!」
「避けられないとでも!?」
「ハッ……これが本命とでも!?」
当たらない時の第2プランくらい、考えてあるさ。わざと下の方に撃ったのはそのため……本当の狙いは後ろのバイオグリーザだ!!
「捕まえたっ!!」
「なっ、やめ……」
「うぉぉらぁぁっ!!」
バイオグリーザを、奴の脳天にワイヤーごと叩きつける。バイオグリーザで、奴を何度もぶっ叩いていく。
「ぐふっ、がは……!! ……コケにしやがってぇぇッ!!」
「ほれ、返す……ぜっ!!」
「ッ、しまっ……!!」
バイオグリーザは奴に命中して、倒れ込んだ。これでまた、ダメージが入ったな!!
「どうした!? 能ある鷹は爪を隠すんじゃなかったのか!? 隠し玉の一つくらい見せてみろよ!!」
「……そんなに苦しんで死にたいかぁぁ!? クソ猿野郎めぇぇ!!」
「必殺カード……!!」
来る。何が起こるかはわからない、でも……何をされても対処してみせる!!
『FINAL VENT』
「来い、バイオグリーザ!!」
「バイオグリーザが天井に張り付いて……逆さになっただと!?」
俺は、逆さのベルデに捕まった……まさか、このまま投げ技をする気か!? そういう技なんだな……!! 振り子の要領で勢いをつけて、プロレスのパイルドライバーの体勢にされた……
「惨めに死ね、未発達の猿が!! 次はもう少し賢く生まれるんだな!!」
「……それはどうかな? 上を見てみろよ!!」
「上? 上にはバイオグリーザ……が……!?」
奴の尻尾を引っ張り……地面に叩き落とす。困惑している奴に対して、俺は……足を使って首を挟み込んだ。
「投げられるのはテメェだ!!」
「しまッ……!!」
「……喰らえ、フランケンシュタイナー!!」
そのまま後方回転し、頭を叩きつけてやった。立場が逆になったな。俺は奴を踏んづけつつ、もう一つの武器も奪った。
「二つ目もゲットだぜ……!」
「クソッタレがぁぁ……!!」
「二人とも……捕まえたぞッ!!」
ベルデとバイオグリーザを捕まえて、引きずり回す。激痛がなんだ、骨折が、靭帯がどうした!! 鷹嶺先生はもっと痛かったはずだ!!
「ぐぅあぁぁぁっ……まずい、デッキがっ……!!」
「うぉぉりゃあぁッ!!!」
「がぁっはぁ!?」
壁に向かって、ベルデをぶん投げた。奴は瓦礫の中に埋もれている……仕上げだ!! バイオグリーザを上空にぶん投げる。
「喰らえ、クソ緑ィ!!」
二つのヨーヨーが、奴に炸裂した。奴は上空で爆発を起こし、消えてなくなってしまった……こんな感じで死ぬんだな。奴は瓦礫をどかして起き上がったようだが満身創痍だ……終わりだな、奴も蟹と同じように灰色になっている。
「貴様も終わりのようだな……能ある鷹は爪を隠すって言ってたが……お前はその爪すらなまくらだったわけだ……ちゃんと爪を研いでおくんだったな!! 無能な
「がァ、は……ク、クク……じゃあ、この言葉も知っているかな……?」
「これ以上何をしても無駄だ……!! 大人しく……」
そう言ったが、奴は笑いながら……言ったのだ。
「『逃げるが勝ち』だぁ!! ワハハハハーッ!!」
『CLEAR VENT』
「なっ……!?」
俺は鷹嶺先生のような目を持っていない。奴を見つける手段はない……当てずっぽうに狙って、もし外れたらおしまいだ。ワイヤーで結界を張るのも間に合わない。逃げられるのか? あのクソ野郎に? 絶対に嫌だ、何か手段はないか? 探せ、俺!!
「さらばだ、知能遅れが!! もう二度と会うこともないだろう!! ハッハッハッハ!! ワーッハッハッハ!!!」
「くっそぉぉ……!!」
「……は?」
奴の高笑いが、停止ボタンを押したかのように止まった。それは……鷹嶺先生の、殺意の証。鷹嶺先生の羽はベルデに蹴られて、舞い上がり……奴の体に、くっついた。奴の場所を、先生が教えてくれたのだ。
「……そこかぁぁぁっ!!」
「がぁっはァ!? やっ、やめ……!!」
「誰がやめるかァァァこのゴミ野郎ォォォォォ!!!!」
二本のワイヤーで奴を縛り上げ、蚕のようにしてやり……ヨーヨーを捨てて、怒りのままに何発も殴りつける。
「DAARAAAーッ!!!」
「ぐげぇあァァァァッ!!!」
「DAAARAAAAAーッッ!!!!」
骨が砕け散っていく。血がワイヤーから滲む。これは俺の勝ちじゃない……鷹嶺先生の勝ちだ。だから……ありがとう、鷹嶺先生……それしか、言う言葉が見つからない……
「DAAARYAAAAAAー!!! だぁぁりゃあぁッ!!!!」
「がばらげぐぇぁぁぁぁぁーッ!!!!」
「……ありがとう、鷹嶺先生。あなたの勝ちです」
奴は天高く吹っ飛んで……大爆発を起こした。それと同時に、持っていたワイヤーも消滅する。奴が死んだ証だ。殴りすぎて、俺の腕までひしゃげてしまった。
「ハッハッハ……少し眠い、な……寝る、か……」
先生。俺、言うことを聞きませんでした。だから……お説教、してくださいね。そう思いながら……俺は、意識を失った。
「……ぐ、ぎぃ……!」
痛い。どうやら生きているらしいな……左右を確認する……個室だ。先生はどこだ? あの後どうなった!?
「点滴が刺さってるのか……」
「失礼します……お目覚めになられ……」
「先生!! 俺達の先生は……鷹嶺ルイ先生はどこですか!?」
お医者さんに半分掴みかかる。驚かせてしまったか、でも一刻を争うんだ。
「鷹嶺ルイさんは……どうにか助けました。起きてはいますが、誰にも会えない、と……223号室で元気にしてますよ……」
「……!!」
「ちょ、ちょっと!? 雪村さん!?」
点滴を担いで、急ぐ。行く場所は……決まってる。
「先生っ!!」
「……雪村くん……やっぱり来たのか」
「なんで、どうして……そんな悲しいこと言うんですか? 勝ったんですよ、先生は!!」
俺がそう言っても、先生は首を横に振る。
「勝った? 違う、私は負けたんだよ。仮面ライダーと君を戦わせ、君を苦しませた……その時点で私は負けているんだよ」
「違うッ!! 先生の羽根が無かったら、俺は奴を逃がすことになっていた!! 先生がいなかったら、街は大混乱だったんですよ!!」
「何度も言ってるだろう? 生徒を守れない先生なんて必要ない。だから……退院したら、すぐにこれを渡すよ」
退職願、そう書かれていた。何故だ、どうして先生が責任を負わなきゃならないんだ? 責任を負うべきは、ベルデとバイオグリーザに……財団Xだ!!
「あなたに責任はない……辞めないでくれ!!」
「もっといい先生はたくさんいるよ。私なんかよりも、よっぽど強くて……君達を仮面ライダーから守れる先生に変えてもらうんだ。それが私の、最後の仕事だよ」
「ッ……」
どうしたらいい? 俺一人じゃ、この人を止められない。何ができる? 先生に辞めて欲しくない。どうすれば引き止められるんだ……!?
「わかったら、傷が治るまで病室で大人しくしていなさい。いいね?」
「……絶対に嫌だ!! 俺は……諦めんぞ!!」
「なっ……どこへ行くんだい!? 待ちたまえ!!」
とにかく走る。点滴が抜けたが、そんなことは関係ない。チラシを取って、学園に走る……やるべきことがあるからだ。やってみるしかない、これをするしか……俺にはもう思いつかないんだ。ペンを一本取って……教室に入った。授業中だったらしい……
「え……雪村くん!?」
「ひ、酷い怪我……なんで病院から出てきたのです!?」
「そんなこと言ってる場合じゃない!! 早く、これに書いてくれ!! 鷹嶺先生が……この学校辞めちまうぞ!!」
そう叫んで、全員に促す。俺も書く、思いの丈を……できた。痛くても、骨がまた折れたとしても……彼女を引き止められるなら、くれてやるさ。
「……帰ってきた?」
「お待たせしました!!」
「悪いけど、何をされても私の気は変わらないよ。先生として失格の私に、この学園にいる資格は……?」
チラシの裏面を見せる。そこには……
『辞めないで、鷹嶺先生!!』
『かっこよかったよ!!』
『僕の先生は鷹嶺先生だけです!!』
びっしりと、先生への思いが書かれている。寄せ書きだ。
「これ、は……」
「俺も、同じ気持ちですよ。あなたが辞めたら、俺達は先生を今度こそ失う。俺が奴を殺したことも、あなたがもたらしてくれた勝利も……全てが水泡に帰してしまう。俺だけじゃない、クラス全員が辞めないで欲しいんですよ」
「……だけど、私は負けた。全力を出し切って、それでも勝てなかった……!! 私がこのまま居たら、また君達を守れない!! 生徒が血を流し、犠牲になる……!! もう、嫌なんだよ!! 君達を守るためなんだ!! わかってくれよっ!!」
……負けた、か。それがどうしたと言うのだろう?
「それがどうしたんですか……たかが一回の負けがなんなんですか!? ここから成長すればいい、弱いなら強くなればいいじゃないですか!! 俺だってそうですよ……弱くて、情けなくて、何にもできない奴だった。でも、そんな自分が嫌だから……死にものぐるいで努力して、ようやくここまで強くなったんです。俺みたいな一般人にできたのに……元から強い先生にできない道理がありますか?」
「……!!」
「何度だって言います……たかが一回の負けがどうしたんですか。人は生きてれば成長できるんです、先生だって例外じゃない!! 次はきっと勝てますよ!! 俺が……いや、俺達が保証しますッ!!」
きっと、次は勝ってくれる。あの攻撃は、確かに奴の装甲を抉っていた。あれが高威力になれば……きっと、仮面ライダーにだって負けはしないさ。
「ははっ……君達は、私に……そんなに辞めて欲しくないのか……仕方がないな……! じゃあ……!!」
「あ、退職願……」
「でいっ!」
退職願がバラバラになった。ってことは……!
「先生……!!」
「悪かったね、手間をかけさせた……私はずっと君達の先生だよ!」
「ありがとうございます!! ……ん?」
やった。何とかできた……安心したら、急に体中痛くなってきた。あ、ヤバい……超痛い!!
「どうしたの?」
「ぎぃやぁぁぁっ!! いっだぁぁぁぁいっ!!」
「……そんな状態で動き回るんじゃありません!!」
ド正論で叱られた。ごもっともです。
「ごもっともです……ぐぅぅ、いでで……」
「全くもう……ナースコールするから、病室で休んでなさい。動いちゃいけないよ?」
「はい……すいませんでした」
その後、俺は担架に乗っけられて病室に強制送還された。
「もう動かないでくださいね?」
「はい、わかってます……」
「あと点滴刺し直しますね。それと、走ったせいで傷が悪くなってるので、もう一週間入院してください」
……人生いいことばっかりじゃないよな、うん。
「……あー、痛い」
痛み止めは打ってもらってるんだが、それでも痛みが消えない。
「いてーなー……ベルデ、バイオグリーザ。恨むぞ」
ベルデが死んで尚憎い。どうしてあんなことができるんだ……?
「人の心がある奴がする所業じゃない……財団Xが何で、どこにいるのか……1mmたりともわからない」
今回もどうにか叩き潰したが……次もこう上手くいくかどうか。奴らだって阿呆じゃない、俺が学園に来れないようにして、他の危険因子を潰す可能性だってある。危険因子が一人になってしまえば、あとは袋叩きにすればいいだけだ……それだけは避けねばならない。
「俺がやらなきゃいけないんだ……!」
先生や大人に守ってもらうだけなんて、俺は納得がいかない。俺は奴らが気に入らない、だから殴りに行きたいんだ……
「今のところ、奴らに勝てているのは俺だけ。みんなを守れる可能性が一番高いのも俺だ……かといって、俺が逃げれば、奴らは俺じゃなくてみんなを狙うだろう」
みんなが一人でも死んだら、その時点で負けだ。殺させはしない……どんな手段を使ってでも。
「とりあえず、二人目だ……これに懲りて……くれるわけないよな」
奴らを見つけたいのは山々だが、情報が一個もないのだ。倒してしまった瞬間に、奴らは爆発してしまうから証拠隠滅まで完璧だ……手加減なんてできる相手じゃない、敵は一発がt単位なんだ。全ての攻撃が一撃必殺の相手に、手加減なんて出来やしない。
「隠れてないで出てこいよ……相手になってやる!!」
自分を奮い立たせるために、どこにいるかもわからない相手を挑発する。あんな生物兵器、さっさと作るのをやめさせなければ……大変なことになる。しかも、食べ物は人間の命ときた。とんでもない害獣だ……
「やっぱ、作ったやつの顔面に一発ぶち込まなきゃ気が済まねぇな……!!」
テロリストや害獣なんかに、罪のない人の命を奪わせてたまるか……なら、殺し合うしかないんだ。許せんから、殴りに行きたい。戦う理由なんて、それで十分だろう。
「蟹でもカメレオンでもなんでも来やがれ……全員まとめて地獄に送ってやる!」
……とはいえ、今は体中を粉砕骨折している。休むのも戦いの内だ。
「少し眠ろうか……」
次起きた時には、痛みがマシだといいな。そう思いながら、俺は眠りについた。
草木も眠る丑三つ時。硬く冷たい鋼鉄の廊下に、足音のみが不気味に響き渡る。一歩歩く度に反響するそれは靴の持ち主の冷酷さを、無言で語っていた。やがて大きな扉が姿を現し、そこに男はカードキーを挿入した。
『お帰りなさいませ、暁裕二様。現在は午前3時10分です』
「……暁様!? これは、ようこそいらっしゃいました!」
「挨拶はいい。計画はどうなっている」
怒気の滲んだ声色。研究員の男は、思わずそれにたじろいだ。男のイラつきは増していくばかりだ……
「け、計画は難航しています……完成度が1%にも満たず、修復できたと思ったらすぐに破損してしまい……」
「チッ……!! おのれぇ!!」
「ひっ!?」
その男は、近くの机を怒りのままに拳で叩き……割ってしまった。歯ぎしりをしながら、目を血走らせている。
「何故だ、何故……仮面ライダーが変身もできない、異種族でもない……一般人に敗れるのだ!? シザースも、ベルデも……!! 奴どころか、誰一人殺すことなく死んでしまった!! あの男は一体誰なのだ!?」
「は、はっ……あの男は雪村 康太。18歳……血統や生まれ育ちなど、全て人間と変わりません」
「ぬぅぅぅっ……!! 雪村康太めぇ!! どこまでも我々の邪魔をするか!! 危険因子が全員逃げたら、学校だけでもぶち壊して避難所を潰そうと思っていたのに……全て上手くいかん!!」
雪村康太。その男の名は、この男の怒りにガソリンを注ぐのには十分だった。
「これからの方針は……?」
「計画を続行しろ……設計図や計画書を後でPCに送る、その通りに作成しておけ……!! 雪村康太以外も排除せねばならんし……本当に、この世界はどうなっているのだ……!?」
『行ってらっしゃいませ』
機械音に見送られて、足音がまた響き出す。
「危険因子……やはり、早急に全員を殺害しなくては……全てはライダー全滅のために!!」
そう呟いて、男はどこかへ歩いていった。危険因子達への、確かな殺意を目に宿したまま……
雲行きが怪しいですが、次回もお楽しみに。