「行っちゃった…」
どうして あんな事を言ってしまったんだろう?
行為の熱も冷め、人となりの理性を取り戻したフーリエは、ただ去っていくアカネの背中を見送るしかできなかった
フーリアと二人っきりにして欲しい
そんな些細なお願いに「いいよー」と、何を問うでもなく頷いたアカネは、サクッと部屋から出ていってしまった
深と、日が落ちたように静まり返った部屋の中。アカネが居ないだけで急に広く感じるものだと思えば、そうでもなく、自分の錯覚を晴らすために、ゆっくりと辺りを見回してみる
ステンドグラスと女神像。たったそれだけだった小部屋の中は随分と様変わりしてしまっていた
象徴的だった女神像は暖炉の飾りに押しやられ、代わりに大人二人が寝ても余る程に広いベッドが部屋の主役になっていた
天蓋のついた大きなベッド、気品の溢れる家具と調度品。豪華に着飾られた内装は、まるで、絵本の1ページを切り取った様な有様だった
何をしたらこうもなるもんか
あまりにも様変わりした部屋の様子
だって広すぎる。あの小部屋がいくつも入りそうな程に広がって、教会からの外観ともそぐわない
どうなっているんだろう?
その疑問は当然に湧いてきて、むしろ様変わりした部屋の中よりも、外のほうが気になってくるほどだった
しかし、手をかけたドアノブは空回りを繰り返し、見つからない鍵穴を、魔法で無理やり開こうとしても手応えは変わらない
結界?
気づいた頃にはもう遅く、私はすっかりと閉じ込められてしまっていた
どうしよう?
ドアの前から振り返って部屋を見回す
お菓子に、飲み物に、多分、今日一日過ごすには何も問題はなそうには見える
そうして最後に、目に止まった大きな姿見には自分の姿が写っていた
日焼けを知らない白い肌、木漏れ日を透かしたような金糸の髪と、翠の宝石をはめ込んだような瞳の色。内気で、いかにも気弱そうな自分の顔がちょっぴり嫌で、知らず知らずに目を逸らす
まるで囚われのお姫様か
部屋が様変わりした後ならば、自分の格好が違って見えても驚きはしなかった
ドレスと言うには簡素でいて、寝間着と言うには派手かもしれない
袖に、スカートに、薄い生地は肌の色まで透かして見せて、大切な部分こそ隠れてはいるものの、光を通せば自分の身体の影が浮かんで見えて余計に恥ずかしい
「似合う…かな?」
馬子にも衣装だって、着ているよりも着られている気さえする
肌触りも、着心地だっていい。花びらの様に編まれたレースの飾りも素敵に思うけど、どうにもそれはやりすぎだった
一見すればワンピースの様にもみえるけど、レースの花飾りの下に隠されたボタンの留具は緩く、少し引っ張っただけで、簡単に外れてしまいそうで頼り無い
まるで、初めから誰かに見せるための、誰かの前で脱ぐための意匠の様だった
誰がって、誰にって、私が、私を、見て欲しい誰か…
その顔が頭に浮かぶと、胸が温かくなった裏側で、心が寂しさで冷えていく
「あれ?」
さっと、足元に差し出されたのは ひと綴りの冊子だった
見落としていたという訳でもない。風だって吹きやしない部屋の中、ポストに差し込まれたような拍子で、視界の外からそれは滑り込んできた
「え、えっち…しないと、出られない部屋…って」
拾い上げ、その紙に目を通した瞬間に、顔が熱くなる
説明書、細かなルールと約束事、それにしょうもないアドバイス
どうしようもない文面に目が泳ぎ、一通り視線を走らせた後、最初の一文、この結界の使用用途に以上に、目が引き寄せられる内容もないもんだった
「お姉ちゃん…もうっ…バカなんじゃないの…」
どうしてこんな事ばかりに一所懸命なんだあの人は。御大層な結界まで用意して、背中を押されたというより、むしろ蹴り飛ばされた気分だ
そんなつもりが無かったと言えば嘘になる
だけど、あんなのは、官能の余韻が口を滑らせただけで
いざ二人きりにされた所で、肌を晒す覚悟も、心の準備だって出来てはいなかった
何かありはしないかと、紙に書かれたアドバイスに目を通す
大胆に繊細に、だけどやっぱり強引にって、それができれば苦労はしないし、だいたいそういうのは、行き当たりばったりって言うんじゃないかと思う
どうしよう?
迷っている暇なんてなかった
だって、そんな事をしている内に、背にしていた部屋の扉が開いてしまたんだから
「フー…リエ?」
「あ、フーリア…」
ドキンと、自分の心臓の音が大きく聞こえた気がした
きっと、手紙のせいだろう、絶対そう
焦がれていた人の顔、聞き慣れた声が私の名前を呼んでくれる
鏡写しの瓜二つ、自分と良く似た姿の異性に、抱いてしまった兄妹以上の好意。それが胸を高鳴らせると同時に、私の身体に確かな情欲を抱かせてしまっていた
「どうしたの、フーリア?」
「いや、どうっていうかさ…」
フーリアの視線が私の身体の上を彷徨っていることに気づく
目のやり場に困っている。惹きつけられるけど、それに気づいて逃げていくような仕草に、少しだけ嬉しくなってしまった
「フーリエ、その格好…」
「変?」
「ううん…。可愛いと、思う」
「そっか、よかった…」
逸した視線が、照れ隠しなのはすぐに気づいた。だって、私よりも表情を隠すのが苦手だったから。ずっと、同じに思っていた双子(ふたり)の少しちがう部分に気づくと、それが余計に愛おしくみえてくる
「えっと、フーリエ? ボクに話があるって?」
「うん。だって、最近は、お家でもあんまりお話出来なかったし…」
「そうだね」
「我が儘だった?」
「いいよ、フーリエの我が儘だったら、ボクはなんだって」
「ふふっ。ダメだよ、そんな事言ったら? 私だって変なお願いしそうだもん」
「いいさ、アカネより変なことなんて絶対いわないでしょ」
チクリと胸が痛んだ
フーリアの口からでた他の女(人)の名前。私のお願いを聞いてくれた悪友の名前が、今はどうしてか鬱陶しい
嫌だな。嫌な子だな。フーリアに、兄に恋心を自覚してからずっと、嫌なことばっかりだ。胸はどんどん苦しくなるし、周りの人たちは冷たくなる
変わらないでいてくれた、面白がってはいたけれど、応援してくれていた友達のことさえ嫌いになってしまいそう
こんなことなら、好きになんてならなければ良かったのに
「リエ?」
「え、あ、うん、どうしたの、リア?」
「いや、だって、急にぼぅってするからさ、体調悪かったりする?」
「ううん、大丈夫。それより、なんかお菓子とかもいっぱいあるし、ほら?」
「わかったから、引っ張らないで」
みっともなくはしゃいでみせた
少しは女の子だって思って欲しくて、自分からフーリアの腕に抱きついて部屋の奥へと引っ張って歩く
あの手紙の通りならコレで良いはず。普段は反面教師のくせに、こういう事ばっかりは得意なのが困る
自分から抱きついて肌を寄せた。兄妹でもしない手の繋ぎ方をする。最初は恥ずかしいと思っていたことでも、やってみれば意外と弾みは付くもので、調子に乗った私は、少しずつフーリアとの距離を詰めていった
席に付き、向かい合って、お菓子を食べて、お茶を飲んで、なんでもない話をして、どうでもいい事で笑いあった。引き離されていた分だけ、フーリアへの想いは強くなるばっかりで、こうしているだけでも幸せだったのに、ずっとこうしていたかっただけなのに
それは、もう叶わなくなると
お嫁さん、憧れていた言葉が崩れていく程に、一度締め直したはずの心のタガが軋みだしていた