教会の自室にて、カルサは大きなため息を吐いた
光り輝く金の髪、空を映したような青い瞳には雲が掛かる
街一番の美人。女神像より女神らしいと、彫刻めいたその美貌に差した皺が、彼女に人肌の温もりを取り戻させているみたいだった
間違っている、絶対に
自分の預かる教会が、逢引宿代わりに使われたことはまだいい、良くはないけどそれも些細な事だ
肉親で情を交わすのもまた、人の倫理、教会の道義に触れたとしても、年端もいかない兄妹達を責める理由にするには物足りない
むしろ意外に思ったのは、純血主義の根強いエルフ達でも、肉親どうしはタブーだったのかという知見を得られた事だった
では、それの何が間違っているかって
「お、おぉっ、いけ、いけ、フーリアっ! そこだ、はいるか、はい…たぁっ」
宙に浮かんだ鏡が、今まさに彼らの情事を映し出していた
それを肴にバンザーイと、両手を上げてはしゃいでる赤い髪のバカ女。その存在以上に間違っているものもないだろう
「ねぇねぇ、みてみて、カルサ? フーリアったら、あんな気持ちよさそうな顔して、フーリエだって、まだちょっと苦しいだろうに、健気でさぁ…」
「見ませんよ。アカネも、人の情事を見て騒ぐなどと…みっともない」
ただ、気持ちはわかる。初めてどうしで、右も左も分からないまま快感に流される。まだ年端もいかない男の子と女の子の紡ぐ情事は素直に微笑ましく、その拙い仕草に興奮を掻き立てられるのは理解が出来た
まあ、多少乱暴なきらいはあっても、お互いを思い合っているなら、無闇に傷つけ合うような事にはならないか。そうと分かれば、コレ以上の覗き見は無粋でしかない
「おほほほほっ…。すごっ、フーリエが見たこと無い顔して、ああ、フーリア凄い必死な顔して、いひひひひっ」
とりあえず、その笑い方を止めて欲しかった、純粋に気持ちが悪いと思う
口元に手を当てて、息を吸い込みながら腹が震える音のなんと耳障りなことか
その様は余りに下品で、馬に蹴られて死んでしまえばいいと、ユニコーンの大群でもけしかけてやりたくなる
「はぁ、まあでも、馬ぐらいじゃ死にませんよね、この人は…」
「え、なに、カルサ? なんか言った?」
「いいえ、何も。死ねばいいのにって思ったくらいですよ」
「あはははっ、急にお冠だねぇ。なになに、焼きもち?」
「まさか…。そんな子供達に嫉妬なんかするもんですか」
明け透けに指摘されて、思う所が無いわけでもなかった
悪友、愛人、彼氏か彼女か、恋人というほど甘い関係でもないが、しかし、同じくらいに離れがたい相手
実際、教会の一室を貸し渡すなんて、横暴とも呼べるアカネの行為を許してしまっている当たり、自分の甘さも大概なのだ
だからこそ、それなりの言い訳も必要だった
行き詰まったエルフの子達に逃げ場を作ってやりたい。そう言われれば見逃せる
その行為も正しいもので、お互いを傷つけ合うような事にならないのならば、これ以上の覗き見は、約得と嘯いても看過はできない
「アカネ、もう十分でしょう?」
「え、まだ挿ったばっかじゃん? せめて一回出すまではさぁ」
「一回も二回もあるもんですか。可愛そうでしょうに…」
もう良いか、まあ良いでしょう
警告はしたし、言って聞かないなら、無理にでも聞かせるしか無いもんだ
ゆっくり、静かに、音を立てないように、置いていたスタッフを取り上げる
殴打には向かない、儀礼用、魔術用の、それではあったが、それなりの見栄えのする飾りと重量は、日常使いには十二分に驚異となる
足を引っ掛けて小指を打てば、悲鳴ぐらいは上がる程度に痛いだろう
それを両手で振り上げて、カルサはアカネの頭上に狙いを定めた
「良いよねぇ、女の子の声色が変わる瞬間とかさ。男の子が射精したいのを必死に我慢してる顔とかさぁ、たまんな…ぐへへ」
完全に悦に入っている。普段のアカネなら、きっと軽々しく避けてしまうだろうに、だけど今なら自分の細腕でも、その脳天にぶち当てる自信があった
振り下ろすまでもない
変に力が入って狙いがそれるよりずっと良い。ただ腕から力を抜いて、重力に引かれるまま杖の先端に行末を任せるだけでほら
「すたっっふぅっ!!」
凄い悲鳴だった
アカネの口から聞いたことも無いような悲鳴が飛び出し、悪戯が成功した達成感も手伝ってか、不謹慎にも笑えてくる
呻いて、喚いて。何時もやられっぱなしの自分が、ちょっとは出来た仕返しに、少しだけ胸がすく思いがした
「うごご…。か、カルサ…なにも、杖で叩くこと…バカになったらどうすんの」
「なりませんよ、なるもんですか」
今のアカネをバカの基準から外してしまえば、世界中の人間の頭が悪くなってしまう
アカネが頭から火花を散らし、その集中が途切れた途端に、宙に浮かんでいた鏡の映像が途切れて消える。用途を戻した鏡面は、頭を抱えるバカと、してやったりと微笑む私を映したっきり、パラパラとその形を崩していった
「それに、警告はしましたよ?」
「だからって杖が来るとは思わないでしょうよっ!」
「分かってください、私だって心を鬼にして…ふふっ」
「笑いながら言うことかっ!」
「いえ、アカネの騒ぎようがあんまりに可笑しくって…つい」
杖を置き、アカネの頭を両手で捕まえる
「ほら、じっとしててください…」
流石にやりすぎたか、力は加減は間違ってなかったかと気にはなった
多少腫れてはいるが、血までは出ていない
自分で傷つけた後から心配するなんて、まるで話に聞くダメな夫見たいな行為に、少しだけ自重の念を覚えないでもなかった
「まったく、仕方のない子。じっとして? ほら、痛いの痛いのとんでいけ…」
「あの…回復魔法とかは?」
「ありませんよ、罰は罰ですから。せいぜい治るまで痛がっててください」
「ぶぅぅっ…カルサってさ、割りとイジメっ子だよね?」
「だとしても、貴女にだけですよ愛ってやつです」
「勝手に思っているだけの愛情なんて伝わらないんだぞー」
「じゃ、これでどうですか?」
自分で作った たんこぶにキスをして、乱れた赤髪を優しく撫でると、すこし不満そうな顔でアカネが見上げてきた
「それで、これからどうするんですか?」
「どうって?」
「あの子達ですよ。村には…帰せないでしょう、もう」
「一夜限りの思い出にって、感じでもなさそうだしね」
「仕向けておいて…」
「やっぱり、カルサは頼りになるなぁ」
「おべんちゃらは良いんです。貴女にも手伝ってもらいますよ」
「もっちろん」
「まったく、返事だけは上手なんだから…」
その笑顔から目を逸らして、ため息をこぼす
どうしよもない人、なによりどうしよもないのは自分自身。分かっていながらも、キラキラと太陽みたいに輝く笑顔に、私はいつも絆されてしまうんだから
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一夜が開け、そこそこ日も昇った頃
こそこそと部屋から出てきた二人を待っていたのは、努めて教会を預かるシスターらしい顔をしたカルサだった
まずはおめでとうございますと、結ばれた二人を祝福しながらも、続いたのは長々としたお説教
「良いですか? 想いを伝えるのも、愛を確かめ合うのも、悪いこととは言いません。ただし、節度だけはしっかり守ってくださいね? 絶対にその場の気分に流されたりしないように、自分も相手も傷つけてしまうことになりますから」
自分たちの思いを受け入れられた事に戸惑いながらも、まっとうなカルサの言葉に、二人は素直に頷いてみせた
「重ねて言いますが、アカネさんみたいになってはいけません。コレは悪い人です、ふたりとも、こんなアホになってはいけません」
「あー」と、同じ声、同じ表情を浮かべながら、フーリエとフーリアは、シスターも苦労してるんだなと、同情の視線を向けていた
「お二人さん? そのアホのお陰で今そうしてられる訳なんだけど?」
そこんとこどうよ? と指摘されれば、フーリア達も罰が悪く、僅かに目をそらして口ごもる
「いや、感謝はしてるよ。その、ありがとう」
「言葉だけならなんとでも言えるよねー? 誠意が欲しいな、誠意がっ」
「そんな、ボクがアカネにしてあげられることなんて、そんなには…」
まるでゴロツキのような絡み方とはいえ、素直に恩義を感じているフーリアには、それを突っぱねるのも少し重たい
何かお礼になるものを
そう思って頭を動かしては見るものの、お金でもなし、甘い果実でもなし、自分に手に入れられるものなんて、まして自分が手伝ってあげられることも思いつきやしなかった
「そこに おちんちんがあるじゃない。エッチしよ、今度こそ?」
何気ないアカネの要求。コイツなら言うだろうなって、分かってはいても、実際に口にされた途端に、カルサのこめかみは怒りで震えだしていた
「なっ、えっ…えっちって…だって、そんな、ボクは…」
何度も誘われていた事でもあった。ダメだっていつもみたいに言い返せれば良かったのに。ついのさっきまでフーリエと抱き合っていたフーリアに、その言葉は生々しく、さっきまでの情事が頭に過ると、誰が見ても分かるほどに顔を赤く染めていた
「お、赤くなった。なになに、真っ赤じゃん。見てみてフーリエ? 絶対なんか想像してるよ、この子ったら」
「むぅ…」
慌てて興奮を抑えようとしても、行為になれないフーリアに上手く出来るわけもなく。そんな兄の醜態を、フーリエの冷めた視線が見つめていた
「兄さんのエッチ…」
「ボクが悪いのかよ、これっ」
なんか理不尽だと、叫ぶフーリアの傍らで
「つえっ!!」
アカネの脳天に再び杖が振り下ろされていた