序章 特異点F A.D.2004 炎上汚染都市 冬木 副題「人理の防人」
第5節 人理の防人
【推奨BGM:暗雲を払え】Fate/Grand Orderより
第七百二十六号聖杯。冬木の聖杯には、主に儀式の中核をなす大聖杯とサーヴァントの魂を集める小聖杯の二つが存在している。聖杯戦争のシステムを管理する機能を有する大聖杯は、円蔵山内部に擁する大空洞『龍洞』に設置されている。
訓練後、十分に休息を取ったカルデア一行はキャスターの案内のもと、大聖杯が安置されている大空洞の入り口を訪れていた。
「大聖杯はこの奥だ。ちぃとばかり入り組んでいるんで、はぐれないように」
「天然の洞窟……のように見えますが、これも元から冬木の街にあったものですか?」
「でしょうね。これは半分天然、半分人工よ。魔術師が長い年月をかけて拡げた地下工房です」
神秘学の語るところによれば、この世界の外側には次元論の頂点にある『力』があるという。
それが、全ての魔術師の悲願たる『根源の渦』……万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを創造できるという神の座である。
魔術師とは根源への挑戦者であり、有り得ない事に挑むのが魔術という学問の本質である。魔術師たちの日常はその研究が大半で占められており、そのための研究所が魔術工房となる。
因みに、一行の所属するカルデアも魔術工房の一つである。表面上はどこの国でもない世界の中心にある標高6000メートルの雪山の地下に作られた地下工房。地球上の最南端、西経0度にある南極大陸に建てられた地球最大にして唯一の人理観測所。
人類の未来を語る資料館。人類史を長く、何より強く存在させるため、魔術・科学の区別なく研究者が集まった研究所にして観測所。それが『人理継続保障機関フィニス・カルデア』だ。
「それより、キャスターのサーヴァント。大事な事を確認していなかったのだけど」
「なんだ?」
「セイバーのサーヴァントの真名は知っているの? 何度か戦っているような口振りだったけど」
「ああ、知っている。ヤツの宝具を喰らえば誰だって真名……その正体に突き当たる」
宝具は英霊の伝説そのものであり、基本的には、その英霊の伝説に登場するとりわけ有名な武器道具が宝具となる。剣士の英霊、その宝具となるのは『剣』をおいて他に存在しない。そして、冬木のセイバーの持つ宝具は、世界中の誰もが知るほどに名の知れた剣だった。
「他のサーヴァントが倒されたのも、ヤツの宝具があまりにも強力だったからだ」
「強力な宝具……ですか。それはどういう?」
「王を選定する岩の剣の二振り目。オマエさんたちの時代において最も有名な聖剣。その名は、」
「
「!?」
突然、第三者の声が会話に割り込む。四人と一匹が振り返ると、後方の高台に位置する場所にその男は立っていた。浅黒い肌と、それとは真逆に色素の完全に抜け落ちた白髪。筋骨隆々の肉体を覆う黒いボディアーマーと、腰から下に身に付けたボロボロの赤い外套。
霊子演算装置・トリスメギストスが一行の目の前に姿を見せたサーヴァントの霊基を解析する。
『アーチャーのサーヴァント……!』
「おう、言ってるそばから信奉者の登場だ。相変わらず聖剣使いを守ってんのか、テメエは」
「信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」
「ようは門番じゃねえか。何からセイバーを守ってるかは知らねえが、ここらで決着付けようや」
キャスターとアーチャー、二騎のサーヴァントの視線が交錯する。
「永遠に終わらないゲームなんざ退屈だろう? 良きにつけ悪しきにつけ、駒を先に進ませないとな?」
「……フン。その口振りでは事のあらましは把握済みか。大局を知りながらも自らの欲望に熱中する……魔術師になってもその性根は変わらんと見える」
トレース・オン。アーチャーが短く呟くと、その手の中に一振りの剣が出現する。
「悪いが、貴様などに構っている暇は――」
赤い魔力が迸ると剣は捻れ狂い、螺旋状の一本の矢へと形を変える。
「――ない!!」
――否、その一矢を矢と呼ぶなど烏滸がましい。引き絞られた弓より放たれた
高速で迫り来る銀光の先に在るのは立香。サーヴァントを現世に繋ぎ止める楔であるマスターを正確に狙い撃つ。
咄嗟に、マシュが矢の射線上に割り込む……が、その行動は徒労に終わる。
「
退去のルーン。アーチャーの魔術で編まれていた矢が空中で魔力に分解される。
「寂しいこと言いっこなしだぜ、アーチャー。――それとも、オレの相手は自信がねぇってか!」
空中に描かれたルーン文字から無数の火球を機関銃の如く掃射する。一撃一撃が戦車の砲撃の如き火球に舌打ちしたアーチャーは、上空に跳び上がることで爆発範囲の外に出る。新しい剣を作り出したアーチャーから視線を離すことなく、キャスターは同行者の三人に指示を飛ばす。
「今の内に行け! セイバーはあの中だ!」
大空洞を振り返る三人。
「行くわよ!」
マシュを先頭に三人は大空洞の奥に向けて走り出す。直ぐ様、アーチャーは三人の後を追おうとするが……
「チッ!」
それを許すキャスターではない。大空洞の入り口に立ち塞がるキャスターがオーク材の杖を地面に突きつけると、そこから莫大な熱量を持った炎が蛇のように地面を走り、アーチャーを飲み込むように大爆発を起こした。
☆
「これが大聖杯、超抜級の魔術炉心じゃない……なんで極東の島国にこんなものがあるのよ……」
龍洞の最奥、広大な空間の中央に大聖杯は存在していた。
『資料によると、制作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。魔術協会に属さない、
(錬金術……ルカなら解析できたかもしれないな)
立香は、”魔術師”の名を冠する技術者の女性を思い出す。錬金術師を肩書とする彼女ならば、大聖杯の機能などを解析できたかもしれない。尤も、二度と彼女には会えない以上、その空想が現実になることはないのだが……。
「――――ッ……! どうやら、考え事はあとにするべきみたいだな」
悪寒が走り、立香が視線を向けた先には一つの人影があった。
その身に纏う漆黒の鎧は彼女の肉体を顎の辺りまで侵食しており、携えた聖剣は禍々しい黒色に染まり、赤黒い、血色にも見える線が幾本も鎧全体と聖剣の剣身に走っている。
肌の色も生気を感じさせない青白いものであり、大聖杯の前から金色の瞳が睥睨している。
「なんて魔力放出なの……」
「あれが、本当にあのアーサー王なのですか……?」
『間違いない。何か変質しているようだけど、彼女はブリテンの王、聖剣の担い手アーサーだ。
伝説とは性別が違うけど、キャメロットでは男装をしていたんだろう。ほら、男子じゃないと玉座には就けないだろ? お家事情で男のフリをさせられてたんだよ、きっと。
宮廷魔術師の悪知恵だろうね。伝承にもあるけど、マーリンはホント趣味が悪い』
「え……? あ、ホントです。女性なんですね、あの方。男性かと思いました」
中性的な容姿をしているので勘違いするのも無理はないだろう。アーサー王が男性だと思い込んでいれば、そう信じてしまうくらいには少年のような顔付きをしている。
彼女は一行の顔を順番に見渡した後、その双眸をマシュ……正確にはマシュの持つ盾に向ける。
「――――――ほう。面白いサーヴァントがいるな」
「キャスターは『セイバーは口を利かない』と言っていたが……」
「何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。……それだけのことだ」
「見られている?」
自らの問いに対する答えに立香は怪訝そうな声を上げる。だが、それ以上口にするつもりは無いということか、その視線をマシュの構える盾に戻す。
「だが――面白い。その宝具は面白い。構えるがいい、名も知れぬ娘」
両手で柄を握り締め、漆黒の聖剣を大上段に構える。
「その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう!」
☆
【推奨BGM:運命 ~GRAND BATTLE~】Fate/Grand Orderより
「貰ったぞ!」
直上から降り注ぐ剣矢を樹木の防壁で受け止める。防壁自体は直撃と同時に爆裂した剣矢によって破壊されたものの、防壁の稼いだ数秒でキャスターは攻撃範囲の外に出る。爆風の中から姿を見せたキャスターが目にしたのは、自分に向けて剣矢を構えるアーチャーの姿だった。
「――
周囲の空間を削り取る螺旋剣が目の前に迫る。
「そらよ!!! 大仕掛けだ!!」
ルーン文字で形成された魔法陣がキャスターの足元に出現する。キャスターに命中するはずだった剣矢は直撃寸前に霧散、周囲を囲むように次々とルーン文字の魔法陣が出現していく。
魔法陣の展開範囲から逃れようとするアーチャーだったが、その目論見が叶うことはなく、空中に出現したルーン文字に退避を阻まれる。
「ぐっ! 空中にルーン文字を固定したのか!?」
「おう。オレの師匠にゃ、冥界の門を呼ぶ術があってな。そいつの応用、パクリってやつさ」
「……普段より、頭が良くなったというわけか、クー・フーリン」
真名判明。冬木のキャスター。その真名はクー・フーリン。アイルランド神話『アルスター伝説』に登場する大英雄。彼の持つ一流のルーン魔術師としての側面を強化して現界した姿。
「ココからはいつもの喧嘩と洒落込みたいところだが……どうやら、今回は時間切れみたいだな」
「何……?」
彼が視線を向けた先には、天を衝く漆黒の光の柱が聳え立っていた。
☆
「卑王鉄槌、極光は反転する」
勝利を名に冠する光の剣。神霊レベルの魔術行使を可能とするその聖剣は、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させるという機能を有している。変質した騎士王の魔力を帯びた聖剣の剣身と極光は黒に染まり、光を呑む闇と化した。
「光を呑め!」
黒い極光の剣。禍々しい闇に染まる星の聖剣の有様は卑王の息吹の如し。
「『
騎士王は聖剣を振り下ろす。聖剣の先端から放たれる光の斬撃は漆黒のフレア。究極の斬撃を前にして、今は脆き雪花の壁は、奮い立つ決意の盾は、マシュ・キリエライトは宝具を解放する。
「宝具、展開します……!」
仮想宝具。正面に守護障壁を展開、迫りくる光の斬撃を真正面から受け止める。
「令呪を以て命ずる!」
その光景を前に、彼女のマスターである立香は右手の甲に刻まれた三画の聖痕を見せつける。
令呪、自らのサーヴァントに対する三つの絶対命令権。三大の言霊。星見の言霊、カルデア式の令呪は本来のそれほどの強制権は存在しないものの、魔力リソースとしては十分すぎるほどの魔力を宿している。
一画を消費、その魔力の全てがパスを通じてマシュの展開する仮想宝具に流れ込む。
「マシュ! そのまま攻撃を押し返せ!!」
「アァァァ――ッ!!!」
守護障壁が形を変える。白亜の城壁と化した障壁は、究極の斬撃を正面から押し返す。
「く……この程度でっ!」
無論、この程度の反撃で倒れるほど騎士王の名は軽くない。魔力の充填不足により先の一撃ほどの威力はないものの、再度極光の斬撃を放つことで第一の斬撃を相殺する。
「今だ!! キャスター!!」
「おうよ!」
残り二画の令呪を消費する。第二の令呪はアーチャーと戦闘中のキャスターを目の前に召喚、第三の令呪は宝具の即時解放を可能とする。宝具の連続解放、聖剣を振り抜いた直後のセイバーに、キャスターは情け容赦なく自らの宝具を解き放つ!
「巨人……炎の檻となれ! 『
騎士王の足元から飛び出した木々の巨人の巨腕が技後硬直中の騎士王を掴み取る。全力の魔力放出でも振り解くことの出来ない巨人の剛腕はその体内に生贄を押し込め、その命が果てるまで極度の炎熱で焼き尽くす。
倒れ伏した巨人は直に完全に焼失する。その炎の中には一つ、人の形をした影が立っていた。
「――フ。知らず、私も力が緩んでいたらしい。最後の最後で手を止めるとはな」
巨人の残骸から姿を見せたのは足元から魔力の粒子に分解されていく騎士王だった。
「結局、どう運命が変わろうとも、私ひとりでは同じ末路を迎えるということか」
「あ? どういう意味だそりゃあ。テメエ、何を知っていやがる?」
「何れ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー……」
「え……?」
「聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだということをな」
「オイ待て、それはどういう――」
それ以上、言葉はなくセイバーは消滅し――キャスターもまたその体を光の粒子に変えていく。
「チッ! オマエたち、あとは任せたぜ!」
「キャスター!?」
「次があるんなら、そん時はランサーとして呼んでくれ!」
そして、キャスターの消滅と同時に冬木の聖杯戦争は終わりを告げた。
【推奨BGM:聞き慣れたメロディー】Fate/Grand Orderより
「セイバー、キャスター、共に消滅を確認しました。……わたしたちの勝利、なのでしょうか?」
『ああ、よくやってくれた二人共! 所長もさぞ喜んでくれて……あれ、所長?』
ロマンが視線を向けた先には、真剣な表情で何かを考え込むオルガマリーの姿があった。
「
「所長、なにか気になることが?」
「え……? そ、そうね、よくやったわ、二人共」
その問いに答えることなく、上司としてオルガマリーは労いの言葉を口にする。
「不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。
まずあの結晶体を回収しましょう。セイバーが異常を来していた理由……冬木の街が特異点になっていた原因は、どう見てもアレのようだし」
「はい、至急回収―――な!?」
「この気配はっ……!?」
「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」
【推奨BGM:グリゴリ】超昂神騎エクシールより
パチパチ、と拍手の音が聞こえてくる。その音と共に、迫ってくる悍ましい気配に主従二人が顔を強張らせる。フォウもまた、それを威嚇するように全身の毛を逆立てる。ただひとり、オルガマリーだけが新たな脅威の存在を認識していなかった。
「48人目のマスター適性者。全く見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」
「レフ教授!?」
『レフ!?』
一行の目の前に姿を見せた人物の名はレフ・ライノール。人理保障機関カルデアの顧問。
「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく――」
悪意と狂気、嗜虐性に満ちた歪んだ表情をしたレフは衝撃の真実を口にする。
「どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」
彼こそがカルデア爆破事件の犯人。レフの言葉は、その結論に辿り着くに十分なものだった。
「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ!」
しかし、全幅の信頼を置く相手が生きていたことに安堵するオルガマリーは気付かない。不穏な気配を漂わせているのにも関わらず、心の底から嬉しそうな表情をする。
「よかった、あなたがいなくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」
「所長……! いけません、その男は……!」
オルガマリーがレフの下に駆け寄る――その前に、彼女の腕を掴み止める者がいた。
「――! 藤丸、何を……!?」
「所長、あの人は危険です! あれは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません!」
「ッ…………!」
「冷静になれ。あれが、本当に君の知るレフ教授なのか?」
二人の制止。ほんの僅かに冷静さを取り戻したオルガマリーは、改めてレフに視線を向け――絶句した。
「アンタ、どこの誰なのよ!? なんでレフの姿をしているのよ!!」
そこに立つ男の表情は、彼女の知るレフのそれとはまるで別のモノだった。
醜悪。それ以外の表現が思い付かない表情をしたその男は、今更取り繕うかのように普段のレフと同じ柔らかな微笑みを浮かべる。その行為がまた、彼という存在の異常性を引き立てる。
「やあオルガ。いきなり何を言うんだい?」
「ふざ――ふざけないで! アナタみたいな男がレフのはずがないじゃない……!」
「……。まったく――本当に目障りな小娘だなぁ、君は。今日は予想外の事ばかりで頭にくる」
思い通りにならない現実に、レフは苛立ちの言葉を口にする。
「その中で最も予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて」
「――――――、え?」
「いや、生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね」
「あ、アナタ、何を言って……」
「トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったんだ」
信じられない、と言うよりも、信じたくないという表情をするオルガマリー。
「ほら。君は生前、レイシフトの適性が無かっただろう? 肉体があったままでは転移できない。
わかるかな。君は死んだことで初めて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ。だからカルデアにも戻れない。だって、カルデアに戻った時点で、君のその意識は消滅するんだから」
「え……え? 消滅って、わたしが……? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?」
絶望の表情。それを見て、レフは満足気な顔をする。
「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ。生涯をカルデアに捧げた君のために、せめて今のカルデアがどうなっているか見せてあげよう」
レフは、セイバーの消滅地点に残された黄金の結晶体を掲げる。空間が割れ、時間が歪み。世界を裂いた向こうから、姿を見せたのは……
「な、なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる……? 嘘、よね? ただの虚像でしょう?」
「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんなこともできるからね」
レイシフト直前。中央管制室で同じ光景を見た二人はその言葉が真実であることを悟っていた。
「さあ、よく見給えアニムスフィアの末裔。あれがお前達の愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。
良かったねぇマリー? 今回もまた、君の至らなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」
「あ、ああ――」
「所長!」
その場に崩れ落ちるオルガマリーを立香が咄嗟に抱え上げる。恐怖と絶望に全身を震わせる彼女の体を抱き締める。その二人を背後に、マシュは険しい表情のままレフの前に立ち塞がる。
「改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ」
「レフ・ライノール・フラウロス……それが、お前の本当の名前というワケか」
震える少女を抱き締めたまま、藤丸立香は憤怒に凝った目でレフを睨みつける。
「聞いているなドクター・ロマニ? 共に魔道を研究した学友として、最後の忠告をしてやろう。
カルデアは用済みになった。お前達人類は、この時点で滅んでいる」
『……レフ教授。いや、レフ・ライノール。それはどういう意味ですか。2016年が見えないことに関係があると?』
「関係ではない。もう終わってしまったという事実だ。
未来が観測できなくなり、お前達は『未来が消失した』等とほざいたな。まさに希望的観測だ。
未来は消失したのではない。焼却されたのだ。カルデアスが真紅に染まった時点でな」
未来焼却。カルデアス表層の真紅が意味するのは人類史が燃えたという事実。
「結末は確定した。貴様達の時代はもう存在しない。カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」
『……そうでしたか。外部と連絡が取れないのは通信の故障ではなく、そもそも受け取る相手が消え去っていたのですね』
「ふん、やはり貴様は賢しいな。真っ先に殺しておけなかったのは悔やまれるよ」
心の奥底から湧き上がる感情の全てを抑え込む。冷静にレフの言葉と情報を精査する。
「だがそれも虚しい抵抗だ。カルデア内の時間が2016年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。もはや誰にもこの結末は変えられない。何故ならこれは人類史による人類の否定だからだ」
両腕を大きく広げ、レフは絶望を告げた。
「お前達は進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。
自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に!
何の価値もない紙屑のように、跡形も無く燃え尽きるのさ!」
だが、その絶望を前にして不敵な笑みをする者が一人。
「さあ、そう簡単に行くかな」
「……何?」
《未来からはるばると、邪魔者が来るとはな。このような反抗は、予想外だ……だが未来は変わらない。超昂の戦士は、全て滅ぶ。貴様と、諸共にな》
「そんなことを言っていた奴を知っている。だが、それは机上の空論だった。人が、戦う者が残っている限り、未来はいつだって白紙だ!」
『藤丸君、君は一体……』
その言葉に唖然とするロマン。英霊と渡り合うほどの身体能力といい、藤丸立香は明らかに普通の人間ではない。一体、彼は何者なのか? そんな疑問がロマンの中に湧き上がる。
対して、レフの顔には不愉快という感情がありありと浮かんでいる。数合わせの一般人風情が失意に屈さない現実が気に食わない。
このまま、ここで殺してしまおうか……と、考え出したその時のことだった。
「おっと。この特異点もそろそろ限界か」
空間が震動する。この特異点を維持していた聖杯が回収されたことで、世界そのものが崩壊を始めたのだ。それを理解するレフは、愚かな人類の生き残りに対する興味を失った。
「では、さらばだロマニ。そしてマシュ。48人目の適性者。
こう見えても私には次の仕事があるのでね。君達の末路を愉しむのはここまでにしておこう。
このまま時空の歪みに消えるがいい。私も鬼じゃあない、最後の祈りぐらいは許容しよう」
そう言って、レフ・ライノールは空間に溶けるようにその姿を消してしまう。あとには滅びかけの世界と、絶望に打ちひしがれる少女、その少女を沈痛とした面持ちで見つめる二人と一匹、何かを考える青年の合計四人と一匹が残されていた。
【推奨BGM:想いの雫】超昂閃忍ハルカより
「――ロマン。一つ、聞きたいことがある」
『なんだい?』
「彼女、所長が消えるのは、存在強度が足りずに通常空間では存在が維持できないから……この認識で間違いないか?」
『ああ、その通りだよ』
「……よかった。それなら、所長を助けることができるかもしれない」
え? とその言葉を聞いた全員が声を漏らす。
その反応を気にすることなく、立香はある三人の言葉を思い出す。
紅の神騎は言った。
《エリスさんが神力を注ぎ込んでくれて。プラス、魔将の……ああ、悪魔の幹部だけど。その魔力を、奪って注いで。それで、神騎として蘇ったってわけ》
竜の幻魔は言った。
《ダイビートの長官……超昂戦士たちの親玉か。魔女と協力しているあんたなら、私にも接限力を補充できるのね……》
死霊判官は言った。
《幻魔の力と合わさる事で……なるほどのう、無から有を生む力! 幻魔の存在を、これで形作るのか……! 幻想の力で思い描いたモノを、超昂の力で実現させる……クク、使いこなせば、何にでもなれそうじゃわい》
接限力――本来この世界の力ではない魔力を、「この世界のものである」と一時的に強く思い込み、世界を書き換えることのできる力。この世界の存在ではない幻魔が肉体を維持するために、必要とする力……或いは、この力ならば彼女の存在を維持することができるかもしれない。
「わたし、助かるの……? カルデアに帰ることができるの?」
「確証はない。だが可能性はある。……所長、俺を信じてほしい」
静かに少女の目を見る青年。その真摯な瞳に、彼女は……
「……ええ、信じるわ」
「ありがとう」
立香は今にも消えそうなオルガマリーの両肩に手を置いて、可愛らしい唇にそっと顔を寄せた。
「っ!? ちゅ……あむっ……んんっ……」
カッと目を見開いたオルガマリーを離さないように彼女の体をぎゅっと抱き締める。
「せせせ、先輩! こんな所で何を……!?」
『ハレンチすぎる! 立香君、こんな時にキミは何をしているんだい!?』
女の子特有の柔らかい感触。その奥で、ドキドキと鼓動が響いてくる。
(っ、あ、お、男……の、身体……こんなに、力強く……っ……)
「んっ……ぁ、ふあ……っ……」
オルガマリーは、自らの身体を満たす魔力と似て非なる力の存在を感じ取っていた。夢中でキスをする間にも空間の崩壊は進んでいき、互いの体温を感じながら二人の意識は闇に堕ちていった。