序章 特異点F A.D.2004 炎上汚染都市 冬木 副題「人理の防人」
第6節 グランドオーダー
【第1部OP曲:Exceed the Destiny】超昂神騎エクシールより
【推奨BGM:聞き慣れたメロディー】Fate/Grand Orderより
目を覚ます。ボーッとする頭、両腕に力を入れて鉛のように重い体を起こす。
「ここは……俺は確か……」
ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ周囲を確認する。医務室だろうか、その部屋の中には清潔感のある白いベッドが並んでいる。どうやら、その内の一つに寝かされていたようだ。
「よーし、キミは随分良い子でちゅねー。何か食べる? 木の実? それとも魚?」
「フォーウ……ンキュ、キュウぅ……」
聞き覚えのない声。見れば、すぐ隣のベッドの上に、不満気な雰囲気のフォウを抱えた絶世の美女が座っていた。その女性はフォウの体毛をワシャワシャと掻き回している。
「んー、ネコなのかリスなのかイマイチ不明だね。でもいっか、可愛いから!」
「フォウ、フォーウ!」
彼の目が覚めたのに気が付いたのだろう。女性の腕の中から抜け出したフォウは、彼の方に向けて一目散に逃げ出した。それを視線で追いかけた彼女も目的の人物が起きたことに気が付いた。
「ん? おっと、本命の目が覚めたね。よしよし、それでこそ主人公というヤツだ。おはよう、こんにちは、こんばんわ、立香君。意識はしっかりしているかい?」
「キミは……?」
「なに? 目を覚ましたら絶世の美女がいて驚いた? わかるわかる。でも慣れて。
私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だ。というか召喚英霊第三号、みたいな?」
その自己紹介に、ふと特異点Fで交わした会話を思い出す。
《一つだけ質問が。カルデアでは英霊の召喚を?》
《もちろんしました。でも上手くいかなくて、成功例は数えるほどです》
「召喚英霊第三号、それにダ・ヴィンチ……? まさかキミが――」
「その話はあとで。キミを待っている人たちがいるんだから、早く管制室に行ってあげなさい」
言葉を遮り、召喚英霊第三号を自称する彼女は部屋の出口の方を指差した。
「さあ、ここからはキミが中心になる物語だ。キミの判断こそが我々を救うだろう。
人類を救いながら歴史に残らなかった数多無数の勇者たちと同じように。英雄ではなく、ただの人間として星の行く末を定める戦いが、キミに与えられた役割だ」
訳知り顔で微笑む彼女に促されるままに、立香は医務室の外に歩みを進めるのだった。
☆
フォウの案内で管制室に辿り着いた立香を出迎えたのは安堵したように微笑むマシュだった。
「おはようございます先輩。無事で何よりです」
「おはよう。マシュ、無事でよかった」
ふふっ、と笑い合う二人の会話に割り入るようにコホンと一つ、咳払いが聞こえた。
「再会を喜ぶのは結構だけど、今はこっちにも注目してくれないかな」
二人が振り返ると、そこには気まずそうな顔をしたロマンが立っている。
「まずは生還おめでとう。そしてミッション達成、お疲れさま。なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、君は勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。そのことに心からの尊敬と感謝を送るよ。君のお陰でボクらは救われた」
ボクら。その言葉の意味する範囲を知るために、立香は真剣な表情で問いかける。
「所長は?」
その時、カツカツと足音が聞こえてきた。自然とその足音の聞こえる方に視線を向ける。
そして、その人物の姿を目にした立香は歓喜から満面の笑みを浮かべた。
「――ここにいるわ」
その人物の名は、オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア。
人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長。共に特異点Fの定礎復元を成し遂げた女の子。
本来ならば、『死』という結末を迎えるはずだった彼女が其処には立っていた。
「よかった……本当によかった」
「………………。……………………」
「所長……?」
「そ、その、ありがとう。貴方のお陰でここに帰ってくることができたわ」
今まで見たことのないはにかんだ笑みをオルガマリーは見せた。
「どういたしまして」
一言、立香はそう答える。その光景を横で見ていた、ロマンとマシュの二人はというと。
「いやあ、いつ見てもいいものだね、少年少女の交流というものは。少女と言うには所長はちょっとアレだけど」
「そうでしょうか。所長は確かに年上ですが、趣味嗜好はたいへん近しいものを感じます。親愛を覚えます」
ピシリ、と何かが罅割れるような音が聞こえた気がした。
「ア・ン・タ・た・ち!?」
悪鬼の如き形相になったオルガマリーは、茶々を入れた二人にガミガミと怒りの声を上げる。そんな様子すらも、彼らの目には微笑ましいものに映り、また笑みを浮かべてしまう。
はぁ、と諦めたように溜息を漏らした彼女は、気を取り直すと今回の本題に入ることにした。
【推奨BGM:人理の光】Fate/Grand Orderより
「……もう結構です。早速、今回の会合の本題に入りましょう」
その言葉に、全員の表情が引き締まる。
「まず一つ。カルデアスの状況から見るに、レフの……あの男の言葉は真実です」
「所長の言う通りだ。未だに外部との連絡は取れない。カルデアから外に出たスタッフも戻ってこない。……恐らく、既に人類は滅びている」
人類滅亡。文字通り、このカルデアに残された職員が地球上に残された最後の人類。
改めて、その事実を認識したマシュは表情が固くなる。その隣に立つ立香も、険しい表情のまま二人の説明の続きを待っていた。
「このカルデアだけが通常の時間軸に無い状態だ。崩壊直前の歴史に踏み止まっている……というのかな? 宇宙空間に浮かんだコロニーのようなものと思えばいい。外の世界は死の世界だ。この状況を打破するまではね」
「……解決策はあるのか?」
「それを説明する前に、まずはこれを見なさい。復興させたシバで過去の地球をスキャンした結果がこれです」
地球環境モデル・カルデアス。高度な魔術理論によって作られた小型の疑似天体は、元の形が分からないほどに、その外形を滅茶苦茶に歪ませていた。素人目に見ても、それが正常な状態にないことは火を見るよりも明らかだろう。
「冬木の特異点は君達のお陰で消滅した。なのに未来が変わらないという事は、他にも原因があるとボクらは仮定したんだ。その結果が――」
「この新たに発見された、冬木とは比べものにならない時空の乱れよ」
星の状態を過去や未来に設定、それを観測することを可能とするのがカルデアス。
即ち、この世界地図は現実の地球を正確に再現したものということになる。
「よく過去を変えれば未来が変わる、というだろう? けれど、ちょっとやそっとの過去改竄じゃ未来は変革できない。歴史には修復力というものがあってね。人間の一人や二人を救うことはできても、その時代が迎える結末――決定的な結果だけは変わらないようになっている」
「この事象を魔術世界では『人理定礎』、科学的には『
宇宙は異なる展開を見せる
そこで、一定のタイミングで『最も強く、安定したルート』から外れた世界を伐採する。
イメージとしては無限に枝を増やす大樹から、不要な枝を伐採するようなもの。そのため、メインとなる世界を『編纂事象』、消滅する世界を『剪定事象』と呼ぶ。
この人理定礎/
仮に何らかの方法で過去の人類史に介入したとしても、この固定帯に到達した瞬間に歴史は強制的に復元される。一人、二人は幸福になるかもしれないが、人類史という大きなうねりを変えることは決してできない。
「でもこれらの特異点は違う。これは人類史のターニングポイント。『この戦争が終わらなかったら』、『この航海が成功しなかったら』、『この発明が間違っていたら』、『この国が独立できなかったら』……そういった、現在の人類を決定付けた究極の選択点だ。それが崩されるということは、人類史の土台が崩れることに等しい。この七つの特異点はまさにそれだ」
「この特異点が発生した時点で未来は決定してしまいました。このままではあの男の言う通り、人類に2017年は訪れません」
そこまで語ったオルガマリーの眼差しがカルデアスを見つめる立香の目に向けられる。
「――ですが、わたしたちだけは違います。カルデアはまだその未来に到達していません。わたしたちだけがこの間違いを修復できます。今、こうして崩れている特異点を元に戻す
カルデアスを見上げていた二人の視線が、事情を説明する二人の視線と交差した。
「結論を言います。この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻すこと。それが人類史を救う唯一の手段です」
「マスター適性者は君を除いて凍結。所持するサーヴァントはマシュだけだ。この状況で君に話すのは強制に近いと理解している。それでもボクらはこう言うしかない」
「マスター適性者48番、藤丸立香。貴方が人類を救いたいのなら。2016年より先の未来を取り戻したいのなら。貴方はこれからたった一人で、この七つの人類史と戦わなければなりません」
そこで一度、彼女は言葉を切る。数秒か、数分か、長い間の後に彼女はその言葉を口にした。
「その覚悟はありますか? 貴方にカルデアの、人類の未来を背負う力はありますか?」
「……覚悟、か。正直、俺も自信はない。失敗したらどうしよう……ってな」
「……先輩」
「でもな、俺は後悔だけはしたくない」
「え……」
強い眼差し。その瞳には、確かな覚悟の光が宿っていた。
「黙っていてもそう遠くない未来に滅びてしまう。どちらにせよ同じ最期を迎えるなら、やりきった後に最期を迎えたい」
【推奨BGM:不屈の覚悟】Fate/Grand Orderより
「――ありがとう。その言葉でわたしたちの未来は決定したわ。これよりカルデアは予定した通り、人理継続の尊命を全うします。
目的は人類史の保護、及び奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯。
わたしたちが戦うべき相手は歴史そのものです。貴方の前に立ちはだかるのは多くの英霊、伝説となります。それは挑戦であると同時に、過去に弓を引く冒涜です。わたしたちは人類を守るために人類史に立ち向かうのだから」
特異点――人類史こそが彼らの敵であり、彼らが取り戻さなければならないモノ。
「けれど生き残るには……いえ、未来を取り戻すにはそれしかありません」
「ああ!」
「はい!」
「フォウ!」
「以上の決意を以て、作戦名をファーストオーダーから改めます。これはカルデア最後にして原初の使命。人理守護指定・グランドオーダー。魔術世界に於ける最高位の使命を以て、わたしたちは未来を取り戻す!」
☆
【推奨BGM:爽やかなスタート】超昂進騎エクシールより
「話し合いは終わったかい?」
その数秒後、管制室の中に一人の女性が入ってきた。先程、医務室で会った美人女性だ。
「げっ!」
「おい、ロマニ。その反応はなんだい? こんな絶世の美女を捕まえておいて」
「美女……まあ、確かに見た目だけはAPP18の美女だけど」
ふぅ、と気乗りしないとばかりに溜息を漏らすロマン。しかし、顔を合わせた以上は紹介しない訳にはいかないと、渋々、本当に渋々といった様子で彼女の紹介を始めた。
「紹介するよ。彼……いや、彼女……? いや、ソレ……いや、ダレ……? ええい。兎も角、そこにいるのは我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ。見ての通り、普通の性格じゃない。当然、普通の人間でもない。というか説明したくない」
「……分かるわ」
オルガマリーは、ロマンの言葉に染み染みと頷いた。
……ああ、変人なのか。と立香が納得する中、マシュは驚愕の声を上げる。
「……サーヴァント。先輩、大変です。この方、サーヴァントです!」
「はい正解~♪ カルデア技術局特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名前。私こそルネサンスに誉れの高い、万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ!」
「……例の召喚英霊第三号、というワケか」
「如何にも! 私のことは気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように。こんなキレイなお姉さん、そうそういないだろ?」
召喚英霊第三号。カルデアに召喚された三人目の英霊こそが彼女の正体。
その容姿は、まさに絶世の美女。どこかで見たことのあるような顔をした長い黒髪の女性だ。
「おかしいです。異常です。倒錯です! だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは男性――」
「既成事実は疑ってかかるべきだぞー。というか、それってそんなに重要? 実は男だったとか女だったとか、最初に言い出したのは誰なんだろうね、まったく。
私は美を追求する。発明も芸術もそこは同じ。全ては理想を――美を体現するための私だった。
そして、私にとって理想の美とはモナ・リザだ。となれば――ほら、こうなるのは当然の帰結でしょう?」
「……そうか。どこかで見覚えのある顔だと思えば、モナ・リザだったか」
モナ・リザ。上半身のみが描かれた女性の肖像画で、「世界で最も知られた、最も見られた、最も書かれた、最も歌われた、最もパロディ作品が作られた美術作品」と言われている。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。自らをそう名乗った彼女は、モナ・リザと瓜二つの姿をしていた。
「ボクも一応学者の端くれだが、カレの持論はこれっぽっちも理解できなくてね……モナ・リザが好きだからって自分までモナ・リザにするとか、そんな捻じ曲がった変態はカレぐらいさ」
「フフフ。それはどうかなDr.ロマン。文明も円熟すればもう何でもありだ。美少女になりたい! なんて願望はノーマルになるかもだよ?」
「……まあ、そうだな。フーマンとお近付きになりたい、なんて女の子もいるくらいだからな」
「フーマン、ですか?」
ある女の子の姿を思い出した立香は遠い目をする。理想の美を体現したい、モナ・リザになりたい、くらいの願望が可愛らしく見えるほどに、彼の記憶にある女の子たちは個性的だった。
「そうかもしれないけど、キミ、何時の時代の英霊だい?」
「天才に時代は関係ないよドクター。キミも覚えておくといい、立香君。この先、何人もの芸術家系サーヴァントと出会うだろう。その誰もが例外なく、素晴らしい偏執者だと……!」
「マジか……! ああでも、ホントにそんな気がしてきたなぁ!」
全員が頭を抱える中、ただひとり、マシュだけは得心が行ったというように頷いていた。
「なるほど。知りたくはなかった事実ですが、ご忠告感謝します、ダ・ヴィンチちゃん」
「よしよし。マシュは相変わらず物分かりがいい。じゃ、私の紹介はこれで終わり。ここからは本題、私がここに来た理由に入らせてもらおうか」
パンパン、と上下に手を打ち会話を打ち切るレオナルド。
本題? とロマンが怪訝な顔をする中、オルガマリーは自らの胸を指差した。
「わたしのことね?」
「そう。冬木の特異点で消滅するはずだった所長。彼女の状態について事情を聞きに来たんだ」
そう口にしたレオナルドの右手が空中をなぞると半透明の板状のモノが空中に投影される。そこに記された何らかの数値を目にしたロマンは、その表情を真剣なものにした。
「この数値は……」
「その通り。今の所長の体は英霊に等しい、サーヴァントと似て非なる何かになっている。伝説上の天使の反応にも似ているが、幻想種のそれともそっくりだ。こんな反応、見たことがない!」
「今の所長は、神騎と幻魔の間の子みたいなものだろうからな」
「神騎と幻魔、ですか? 先輩、それは一体……」
全員の視線が一人に集まる。それに対して立香は何の気負いもなく事情を説明する。
「神騎とは、アマツ神によって戦う力を与えられた天使のことだ。或いは、魔王の力を受け、神騎の能力を得た人間の事を指している。前者は天界神騎、後者は地上神騎と言われていたな。
一方、幻魔は世界の裏側に潜む伝説上の怪物のことだ。幻魔は人間に認識されることでその存在の強度を高める性質を有している。この認識の力のことを接限力という。俺は所長に魔王の力と接現力を送り込むことで、所長が『この世界のものである』と定義付けたわけだ」
「なるほど? 対抑止力と言うべきか、否定された存在を肯定する力が接限力というわけだね」
「そういうことになる。ただ、この接限力による現実改変は一時的なものだ。所長が存在を保つには定期的に接限力を供給する必要がある、わけだが……」
と、そこで急に歯切れが悪くなる。どうしたのか? と他の全員が怪訝そうな表情をする中、立香は衝撃的な言葉を口にした。
「Dチャージ……接限力を供給するにはエッチな事をする必要がある」
「え……?」
「へ……?」
「……へぇ」
空気が固まる。例外は、興味深げな表情をするレオナルドくらいのものだ。
「え、エッチな事ですか!?」
「ああ。エッチと言っても、最後までしなきゃいけない訳じゃない……が、行為が深ければ深いほど、送り込めるエネルギー量は多くなる。安全を考えれば、深い行為をする必要があるな」
石のように固まっていたオルガマリーはその頬を徐々に紅潮させていく。そして、
「な、なぁんですってぇぇぇぇっ!?」
カルデア全体に響き渡るほどの大きな悲鳴を上げたのだった。