四百年。
それは人にとって悠久に等しい時間。
その昔、大賢者と呼ばれた一人の少年と、大罪の魔女と呼ばれた七人の少女がいた。
外から来た少年は、この世で疎まれ、居場所がなく、家族のない少女たちに、繋がりを与え、居場所を与え、家族を与え、そうして、万遍のない『愛』を与えた。
少年は、馬鹿で、愚直で、自分よりも他人を優先する変な奴だった。
だからこそ、魔女たちは、少女らは少年を好きになった。好意を持った。知りたくなった。欲した。恋をした。愛した。依存した。
少年はそれらの好意を知っていながら、はぐらかし、選択を先延ばしにした。
その選択が、世界を救うことの妨げになると理解していたからだ。
そう、彼らの目的は色恋ではなく、大義。
タイムリミットの迫った世界の終焉をリセット、あるいは先延ばしにする為。
結果。
少年は先延ばしを選択した。
リセットが、大切な家族を犠牲にして成り立つことを理解したからだ。
しかし、それでは解決にならない。
問題を先延ばしにしたら、困るのは未来の人々だ。
だから、とある少女が自身を犠牲にすることを選んだ。
それは、あるいは、少年に褒めて貰う為だったのかもしれない。
しかし。
結果、世界の核へと辿り着いた少女は、世界の真理に触れた少女は、大賢者にしか許されない所業を成してしまった愚かな愚かな善人は、ほんの小さな『嫉妬』を心に生み、それに触発された世界に飲み込まれた。
小さな『嫉妬』は、世界を媒介に膨れ上がり、増殖し、加速度的に世界を侵食した。
少女は間違えた。
少女は、ただ、愛して欲しかった。
少女は、愛される資格を失ったと知った。
目の前に大切で大好きな愛しい少年がいる。
彼はきっと、少女を殺すだろう。
彼は、優しいから。
封印される苦しみを理解しているから。
一人が恐ろしいことを知っているから。
彼は、最後には多くの人が救われる選択をするから。
しかし、少女が殺されることはなかった。
どうして?
どうして?
どうして?
少女は考えた。
少年が自分を犠牲にしてまで、世界を危険にさらしてまで、少女を殺さなかった理由を。
その時、感じたのは──『優越』。
他の誰でもない、少女だから殺さなかったのだと。
少年が、少女を愛していたからだと。
それが理由だと考えた。
すなわち、この孤独は『愛』だ。
この『嫉妬』は『愛』だ。
この優越は『愛』だ。
他の誰でもない、彼は少女を選んだのだ。
少女は、『愛されている』
それが虚栄だと知っていて。
少年が誰も選ばなかったことを知っていて。
それでも、『嫉妬』に狂い果ててもなお、殺すことなく生かしてくれた、その優柔不断が、未だ少女を大切に思ってくれているというその根拠が、今も尚少女を少年に依存させている。
少女は少年の博愛に囚われている。
少女は少年の慈愛に囚われている。
少女は少年という希望に囚われている。
少年は来てくれる。
少女は待っている。
少女は信じている。
少年は、一人ぼっちの女の子を見捨てられる人じゃないということを。
◆◇◆
「フリューゲルの馬鹿は、誰も選ばなかった」
一人、赤紫の少女……見た目こそ妖艶なお姉さんだが、生まれからすれば、その精神年齢は見た目通りではない少女は一人、寂しそうに、懐かしそうに、呟いた。
「……あんたとはまた違った馬鹿がここに来たよ……ふぅ」
少女──セクメトはここ一か月、この場所に入り浸りな少年を想起する。
「……あの恋愛感情に疎いミネルヴァがあんなに献身的にあの坊やのお世話をしているさね、はぁ……傷つけたことの贖罪だとあの子は言い張っているが、はぁ……違うさね、あの子はもう坊やに惹かれているのさ」
もう死んでいる身に、ここで終わりの来ない余生を過ごしている身に、その少年の輝きは、劇薬に過ぎた。
「……性欲に溺れているように見えて、あれであの坊やは繊細さね……ふぅ、ミネルヴァのやつが気にするのも分かる、あの坊やはどこかあの馬鹿に似ている……いいや、似すぎている」
彼の魂は、その在り方は例えるなら女好きなフリューゲルだ。
あの馬鹿は馬鹿だから、不平等だの選ばれなかった子の気持ちだのを考えて、結局誰も選ばなかった。
全員まとめて愛してあげればいいと、そう普通なら考える。
しかしそれは、ある意味で仕方のないことだった。
「あの馬鹿は、とっくにそんな感情を失っていたからね……はぁ、あの馬鹿にとっても、あの子にとっても、その選択の先にあるのは不幸でしかなかった……その考えの先が、今のあたしらっていうのが皮肉なもんさね……」
一人、寂しそうに黄昏るセクメト。
昔を思い出すなんて、いつぶりのことだろうか。
ここに来て数百年。変化のなかったこの場所に、突然現れた少年が及ぼした変化は劇的だった。
しかし、昔のことを考えていてもどうにもならない。過去は変わらない。
考えるべきは、今のこと、ひいてはこれからのことだ。
『怠惰』の名を冠する魔女である彼女だが、こればかりは考えざるを得ない。
極端な面倒くさがりで、ずぼらな彼女ではあるけれど、彼女は『母』なのだから。
「──はは!」
「……ふぅ、どうしたのさね、テュフォン」
「またピドーのやつがなー、いじわるするんだ! うー!」
「はぁ、そうかい」
「うー! 昨日なんて、テュフォンのこと子供みたいにあしらってなー、ルヴァとなにしてるのか教えてくれないんだ」
「あー、そうかい、はぁ……この子の前で余計なことを」
「はは? はは、ピドーとルヴァがなにしてるのか、しってるのかー?」
「……お母さんも知らないさね」
「……はは、うそついてるなー、うそをつくってことは、はは、アクニンかー?」
「……はぁ、まったく、厄介なことをしてくれたもんさね……はぁ、テュフォン、お母さんは考えるのもめんどうくさいから、わからないことがあったら、エキドナのやつに……はぁ、だめさね、あの子はほんとうに教えかねないさね……」
「はは、しってるのかー? おしえてー、おしえろー!」
「まったく、はぁ、ほら、テュフォン、こっちにおいで」
「んー?」
んー、と言いながら、しかし大人しくテュフォンは手招きするセクメトの元へすたすたと近づく。
それは、まぎれもなく『母親』としてセクメトを見做している証拠であり、セクメトが母親としてテュフォンを愛している証明でもある。
セクメトはいつもは面倒くさがって母親らしいことを何一つしていないが、こういうときは面倒くさがらずに身体を起こした。
寝たきりの姿勢から体を起こし、女の座りでテュフォンを膝に迎える。
「んー、はは、ごまかそうとしてるなー?」
「ほら、髪を梳いてあげるから、大人しくしな……」
「むー、ははー、ずるいぞー……」
「大人はずるいもんさね」
そう反抗的な言葉を放つも、テュフォンは大人しく母親の手で頭を撫でられている。
すると、雲一つない晴天の草原に、幻想の世界に、一筋の風が吹く。
どこまでも心地よく、温かな空間だ。
自分たちが、すでに魂でしかない存在だと知っていて。
そんなこと関係なく、二人は親子であるのだ。
◆◇◆
「……すー、すー……」
「……はぁ」
しばらくすれば、母親のお膝を枕に眠る可愛らしい少女がいた。
いつもはものぐさでぐうたらしているだけの少女も、この時だけは母親の顔をして、母親の役目をしている。
この世界では、テュフォンが大人になることはない。
テュフォンはいつまでも、大人にはなれない。
フリューゲルの馬鹿が今のあたしたちを見たら、どう思うだろうか。
あの馬鹿はテュフォンが大人になれるようにテュフォンを育てていた。
まだ、幼く、力を直情的にしか使えない少女が、いつか大人になって、十全に扱えるようにと。
結局、テュフォンは大人になる前に死んでしまったが、だからといって、この子にいつまでも子供でいることを押し付けるのは忍びない。
ものぐさな少女は母親として願ってしまう。
この子が、こんな不相応な力なんて持たず、ただの女の子として外の世界で普通に生きられることを。
「──叶えてやろうか?」
「……はぁ、坊やかい」
そこへ、訪れたのは件の少年。
なんともタイミングのよろしいことだ。
「女の心を勝手に読むなんてデリカシーがないさね」
「おう、悪いな、読みたくなくても読めちまうもんなんだよ」
「はぁ、それはそれで不便な力だね」
「そうでもないぞ、人の心ってのは見ていて楽しいからな。それに、そいつの魂を見ればイイ女かどうかなんて一目でわかる。──ここにいる魔女たちはどいつもこいつもイイ女だ。魂が膨大で輝いてやがる」
「ふぅ、そりゃあ見る目がないね、ミネルヴァやダフネ、他の魔女たちはともかく、あたしはただの面倒くさがりな女だよ、はぁ……」
「いんや、古今東西、いい母親ってのは、良い女だって決まってんのさ、な?」
「……」
そういってテュフォンを指さされれば、何も言えまい。
この子が、こうやってあどけない表情で、穏やかに寝ていることを、否定できはしないのだから。
「……それで、さっきのことば、どういう意味だい」
「あぁ、テュフォンのやつの力を封じて普通の女の子として生きさせたいんだろう? ──できるぜ」
「……世迷い事さね、あたしらには器がない、魂だけのあたしらと言えどその魂は膨大、あたしらの魂を収められる器なんてそうそうあるはずが……」
「なら、魂を縮めればいい。俺の権能ならそれができる」
「……はぁ、その対価に、あたしともシようっていうのかい、まったく、あたしみたいな年増にまで手を出そうなんて呆れ果てる強欲だね、はぁ、ミネルヴァじゃ物足りないってのかい?」
「そりゃあ俺の渇望は『暴食』で『色欲』で『強欲』だからな。イイ女は全員俺のものにしたいのさ」
「……はぁ、これだから男ってやつは獣だのなんだの言われるさね」
「もちろん、ミネルヴァは最高だけどな……ただ、怪我の対価っていうのはちょっとな」
「……面倒くさい男さね」
「うるせぇ、あんな罪悪感垂れ流しで気持ちのいいセックスができるわけねぇだろうが! 萎えるわ!」
「………………ほんとうに、あの子を外に出せるのかい?」
「あぁ、約束する。なんなら、ここにいる魔女たち全員でロズワールんとこで暮らすか? あいつもエキドナが戻って来たら喜ぶだろ…………まぁ、あいつは仮初の器でも、『魔女人格』でもなく、本物の先生に会いたいんだろうが……あいつも大概クレイジーだよな」
「…………そうかい……はぁ……なら、明日、この子のいないところで頼むよ」
「おっ、いいのか? あんたら魔女は耐性があるみたいだが、俺とやったらほとんどの女はやめらんなくなるぜ」
「別に、死んで今更処女や貞操がどうなろうと知ったことじゃないさね」
「……はー、やっぱ処女なんだな。四百年前のやつはセックスする余裕すらなかったのか? こんなイイ女たちをほっぽいて」
「……時代が時代さね……あたしらに手を出そうなんて馬鹿は……はぁ……それこそ一人しかいなかったかね」
「……へぇ」
それっきり、会話は止んだ。
「……」
「……はぁ」
後には、少女の横に気持ちよさそうに寝っ転がる少年と、添い寝するように寝たきりの姿勢になる少女、そうして、その間に収まるようにして眠る少女の三人が残った。
奇しくも、家族のように、川の字に寝転がって──。
◆◇◆
文字数と投稿頻度に関して
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千文字でもいい最高速度で更新して欲しい!
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適当に加筆してくれるなら千文字でもいい!
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二千文字は最低欲しい!週2投稿でもいい!
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三千文字じっくり読みたい!週1でもいい!
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エロければ何でもいい!たくさん書いて!