えっちな回は次の次です。すまんこ! ※黙れ。
「ぃやぁぁああぁあああああぁぁぁぁあああああああ──ッ!」
魂を裂くような叫び声が屋敷の廊下に響き渡った。
人の減った屋敷に、その魂の哀哭は痛々しく轟いた。
彼女の慟哭以外の音は消え、屋敷は水を打ったように静まり返っていた。
「…………ラム?」
無意識に出たその声で、自分がそこにいることを自覚した。
ああ、現実だ。
どこまでも非情で冷酷で残酷な……。
──俺の目の前には、静かにベッドに眠る【ラム】がいた。
「ラムが……死んだ……?」
脳が理解を拒んだ。静かに息を引き取った彼女がベッドに横たわっている。そこに命の気配はなく、ただ閑散とした死があるだけだった。
俺はその現実を受け入れることが出来なかった。
「なんでラムが……」
隣にいるエミリアも動揺している。当たり前だ。
こんなに突然死ぬだなんて。そんなの、受け入れられるはずがない。
人は死ぬ。それは当たり前のことだ。当たり前で、どこまでも理不尽な現実だ。
『──テンガ』
ギリッ、思わず噛み締めた奥歯から想像以上の音が出る。
『新人』『ふわぁ』『くしゅん』
目の前の芸術品のように静かな彼女と、想起される生前の彼女とを比べて胸が苦しくなる。呼吸が浅くなる。
どうして、死ぬんだ。
どうして、そうも簡単に死ぬ。
どうして、大切な人は突然いなくなる。
納得が、いかない。
「呪術よりの手法だねーぇ、眠るようにそのまま息を引き取ったようだ」
ロズワールが冷静に状況を分析している。
なんでこいつは冷静でいられるんだ。頭がおかしいのか?
それとも、ラムのことなんて何とも──いいや、どうやらロズワールも冷静じゃないらしい。
「何故、彼女が命を落とさなければならなかったのか。君は何か知っているかな? ──オシドリ・テンガくん」
ロズワールの身体から溢れ出す常外のマナ。
それは肌を刺すような刺々しさと肌を圧迫するような荒々しさをもったマナの本流だった。
その凄まじいマナに酔った俺はその場でよろけ、倒れそうになった。
それを、エミリアが支えてくれた。
「ちょっと、ロズワールッ!!」
意図的にテンガを狙ったロズワールをエミリアが叱咤した。
だが、怒りを露わにした魔人は止まらない。
「エミリア様、ことは既に起こってしまった。取り返しのつかない現状に私ができるのはこの蛮行に対する報復、犯人の抹殺だーぁけ。──止めないで頂きたい」
「っ、止めるに決まってるじゃないっ!」
ロズワールの発する圧が増大し、それをエミリアと微精霊が押し返す。
部屋中にマナが溢れかえり、その中心にいるテンガは気絶しそうなほどの頭痛と酔いに苛まれていた。
ああ……思考がぼやける。
ここで何してたんだっけ。
何がどうなってるんだ。
なんでラムが死んでる。
なんで、ラムが……。
ラム……。
『──頑張りなさい、男の子でしょ』
呆然と虚空を見つめていたテンガの体に力が入った。
──死なせちゃだめだ。
まだ、諦めるときじゃない。
「死んじゃだめだ……ラム……死んじゃダメだ……ッ!」
身体が一歩、ラムへと近づく。
──それを、殺意を伴った氷杭が遮った。
「……ッ、姉様に触れるな……ッ!!」
彼女の周囲に氷の刃が浮かび上がり、男の存在を拒絶する。
「レム……」
怒りと涙に表情を歪めた彼女が行く手を阻んだ。
放たれた氷刃が頬を掠めて顔横を通過していく。
つつー、と血の雫が流れた。
これ以上進めば死ぬ。否、殺される。
「……っ……っ」
恐慌状態の彼女には何を言っても伝わらない。
来るものすべてを拒んでいる。
レムもまた、現実を受け入れられてないんだ。
「お前が……お前さえ……姉様は……っ!」
「──っ!」
姉と死と己に対する絶望が憎悪へと反転する。
怒りは憎しみに、悲しみは恐慌に。
気の動転したレムが俺に向かって殺人魔法を放った。
「──させないっ!」
パリン、とレムの放った氷刃が砕け散る。
ロズワールの相手をしていたエミリアが俺を庇ってくれた。
じゃあ、ロズワールはどうしたのか。
その方を見ると、そこには相対するロズワールとベアトリスがいた。
「……ベアトリス。そんなに彼が気に入ったのかなーぁ?」
「……」
彼女は返事をせず、黙ってロズワールを抑えた。
ベアトリス……。
そう声をかけようとするも、
「ヒューマッ!」
再びレムから氷刃が放たれる。
が、そのすべてをエミリアの氷が相殺する。
「邪魔をしないでっ!!」
「待って、今は冷静になれないかもしれないっ、でも、テンガの話を聞いてあげて!」
「話すことなんて何もないッ! いいからそこをどいてください! その男が、姉様を……ッ!」
「テンガはそんなことしないわ! お願い、冷静になって、レム……!」
訴えかけるエミリア。だが、意味はない。
もはや彼女の中で俺の存在は犯人になっている。
……疑わしきは罰せよ、ってか。
彼女の本気の殺意が、俺の足をそれ以上進ませなかった。
何やってんだ、俺は……ッ。
──怖い。そう思った。
「……あなたが、その男を連れて来なければ……いいえ……始めから、あなたさえこの屋敷に来なければ、姉様は、私たちは……!」
「……っ」
怒りの矛先がエミリアへと移った。
あの優しいレムが、憎しみに歪んだ瞳をエミリアに向ける。
それは今のエミリアをして口を噤ませるものだった。
レムは口撃を止めない。
「──まだ分からないんですか……? エミリア様は騙されているんですッ、その男にッ‼︎」
怒りに任せて、嘲笑と共に彼女を傷つける言葉を吐く。
それは怒りから来たデマカセか、あるいは隠していた本音か。
「貴方が求められているのは体だけなんです! その男が貴方に優しくするのは貴方を見ているからじゃない! 自分のことも知らず、男に縋って……貴方は、本当に、何にも分かって──」
「──分かってるッッ!!」
「──っ!」
エミリアの絶叫が、調子づいていたレムの気勢を削いだ。
「分かってるよ……テンガが私に優しくしてくれるのに理由があることくらい……体を求められてるんだってことくらい分かってるっ!」
それはエミリアの独白だった。
「っじゃあなんで──ッ!」
「それでもっ! …………それでも……テンガは私と一緒にいてくれたの。私を私のままで居ていいって認めてくれたの……っ」
震える声で、精一杯の虚勢を張って、彼女は叫ぶ。
「私、嬉しかった。目が覚めてから、もう誰にも手を握ってもらえないんだって、笑いかけてもらえないんだって思ってた……。どんなに頑張っても、誰の役にも立てないんだって……」
テンガの当たり前の愛情表現は彼女にとって、どこまでも、どこまでも大切なものだった。
「でも、テンガはそんな私の世界を変えてくれた。私の手を握ってくれた。抱きしめてくれた。好きだって、言ってくれた。──私の夢を叶えてくれたの」
そう言って泣き笑う姿は健気なヒロインか、否、強く生きる乙女の姿だ。
エミリアは、彼女はレムが思っていたような言われるままに生きる人形のような少女ではなかった。
彼女は自分で考え、自分で決め、選択しているのだ。
……代替品であるレムとは違う。
「……。貴方は、騙されているだけです」
そんな彼女の姿に、レムは負け惜しみのような言葉を返すしかなかった。
「そうかもしれない。でも、それでいいの。私は騙されていたい。私は、テンガを信じたい」
「──ッ」
「だからレム、テンガの話を聞いてあげて」
エミリアが一歩前へと出ると、レムの氷がすべて打ち砕かれる。圧倒的な力量の差。平凡な才能しか保たないレムにエミリアに抗う術はない。
レムを制したエミリアが俺を見た。
──ここまでお膳立てして貰ったんだ。
ビビるな俺。
不格好でも何でもいい。格好を付けろ。頑張れ。
「そんなの、レムには関係ない……っ」
「レム……! 頼む、俺にチャンスをくれ。ラムを助けるチャンスを」
「なにを、言って……姉様は……だって……もう……!」
できるかどうかなんてわからない。
でも、まだやってないことがあるなら試すべきだ。
それでも万策尽きたなら、最後に取れる手段が俺にはあるのだから。
「頼む、俺に──ラムを助けさせてくれ」
俺は頭を下げた。
「……ぁ……どう、して……」
──どうして。
どうして助ける側の男が頭を下げるのか。傷つけ、拒絶し、否定した自分に許しを請うのか。わからない。
ぺたん、とレムがその場に尻をついた。
身体から力が抜け、床に手をついたまま沈黙した。
どうやら、もう止める気はないらしい。
──わからなかったけど……もう、止める気にはならなかった。
「ありがとう」
「…………」
崩れ落ちたレムと視線を合わせ、しっかりと見つめ返す。
絶望に沈む彼女を引き上げるように、力強く。
◆◇◆
「ベティ、ロズワール、人を生き返らせる魔法はあるのか?」
取り合えず場を収めた状態で俺は二人に聞いた。
「……──ある」
先に答えたのはロズワールだった。力強い返答だった。そしてその答えはYes.
だが……
「──だが、それが可能なのは魂が残っている場合に限る。ラムの魂は既にそこにない。それは君も分かっているだろう? ベアトリス」
「……」
その沈黙は肯定だった。
「じゃあ、やっぱり姉様は……」
「じゃあ、魂を呼び戻せばいいわけだ」
だがこの男はまるで諦めた様子がなかった。
「……簡単に言うね。だが、そんなことができるのは大賢者や神龍、魔女といった強大な力を持つ埒外の存在だけだ。それで? 武力もない知恵もない技術もない凡人に過ぎない君に何ができると?」
「できるかはわからない。でも、俺にできることがまだある。なら、諦める理由はない」
ここは異世界なんだ。
万が一でも億が一の確率でもいい。
──脳裏に母さんが過った。
諦めてたまるか。
「──
眠るラムの胸に手を当てて、傲慢にすぎる祈りを込めて魔法の言葉を口にする。
すると、テンガの両手に暖色の光が宿った。
実際の熱はない。しかし、その光は、見ているだけで胸の内側を温かくさせる光だった。
もしかしたら、そんな希望が宿る。
だが、光が収まっても、ラムに変化はなかった。
「──
再び、間髪入れずに力を籠める。
ただ一心な願いを込めて。
それでも変化はない。
「──
変化は……。
「──
「──
「──
変化は……!
額に汗がにじむ。
手が冷たくなってくる。
胎の奥が、飢渇を訴える。
だが、関係ない。抑え込め。
歯を喰いしばれ、頑張れ、頑張れ、頑張れ。
「──
それは誰が見ても悪あがきそのもので、決して美しいものとは言えなかった。
でも……必死な姿が、抗う姿が、傍にいる少女の心を動かす。
「──
──結果はダメだった。
「……はぁ……っ……はっ……」
意識が朦朧とする。
呼吸がうまくできない。
息しても、息しても、まるで足りない。
酸欠状態のように頭から血の気が引く。
それでも…………!
「じわる──」
「──それ以上やったら、お前が死ぬのよ」
そんな彼のがむしゃらを止めたのは、一人の小さな少女だった。
彼女の手が、男の袖を掴んで止める。
どうして止めるのか、男は理解できない。
「……ベアトリス……」
だが、彼女の表情を見て、テンガの動きが止まった。
「……っ」
そして周りを見渡す。
ベアトリスも、エミリアも……レムも。
みんなが俺を見て、涙を堪えている。
ダメ、だった。
俺は、魔法を唱えるのを止めた。
そして、レムが再び崩れ落ちて。
「……っ……ぁ……」
静かに、堪えるように、泣いた。
ああ……俺は無力だ。
己への失望に、懺悔した。
それでも、男に絶望はない。
「……まだだ、まだ……」
レムが諦め、絶望しても、これでも諦めない男がいる。
「どうして……」
諦めないのか。
──そんなの、諦められないから諦められないんだよ。俺に諦める選択肢なんて、端から在りはしない
──例え死んででも、ラムは死なせない。
「絶対助けてみせるから、安心して」
「……ぁ」
どうして、そんな甘い言葉を吐くのか。
わかっている。わかっているのに。
そんなボロボロになって、命まで賭けて、それでも笑って私を安心させようとする。
どうして。
もう助からないって、希望なんてないって、わかってるのに……。
なのに、そんなことを言われたら……。
「……お願いします、姉様を、レムを……助けてください」
「──わかった」
覚悟は疾うに決まってる。
「エミリア、ちょっと行ってくるね」
「え……? どこに……テ、テンガ!?」
「……」
エミリアに別れを告げて、部屋を出る。
人気のない廊下を歩いて、歩いて、歩いていく。
その様子を、ベアトリスも、ロズワールも、黙って見送るだけだった。
◆◇◆
走る、走る。
足を動かせ、前へと進め。ただ一つの目的地に向かって走れ。
「は……ぁ゛……くそっ……」
マナを消費しすぎたせいか。体力まで吸われたように身体が重い。息切れする。
それでも乱暴な呼吸で済まして足を止めない。
今止まったらそれ以上歩けなくなる可能性がある。
目指すは迅速な【死】。
マナを使い尽くした今、あの時みたいな自爆はできない。
限界以上に使い続けて死ぬというのも選択肢としては弱い。即座に死ねる確証がないからだ。
屋敷の包丁で喉を裂くという手もある。
だが……
「屋敷で、死ぬわけにゃいかんでしょ……っ!」
俺は諦めたから死ぬんじゃない。
助けるために死ぬのだ。
すべてを取り戻すために。
そこに躊躇いなどありはしなかった。
「死ぬのなんて、怖くない」
嘘じゃない。本音だ。
「死なれることの方が、ずっと怖い……!」
本当で、本心だ。
自分の死は耐えられても、大切な人の死は耐えられない。
「は…………は……っ」
俺の足が止まった。
森を抜け、辿り着いた求めていた景色
──ついた。
目の前に広がる。
──広大な景色。そして、遥か下方の崖底。
あと一歩で死ぬ。
崖っぷちだ。
……ああ、なんだこれ。手が震えてやがる。
「……モーマンタイ!」
いくぞ。
一歩を踏み出した。
「──何しているかしらっ!!」
「ッ、げふっ」
それを──見えざる壁に止められた。
振り向くと、そこには想像通りに子がいた。
「……ベアトリス」
「……っ」
瞳を潤ませた、泣きそうな顔をしたベティだった。
こういうの書いてるとやっぱ感情の爆発は芸術だ〜って思うよね、うん……エロどこいった。
女の子は男が思ってるより強かだし、男が思ってるより乙女であると……あっし今いいこと言ったな。