二章は二十話で終わる予定だったのにこの感じだと後……5.6話はあるかな?
はぁい、エロなしでーす。
風が吹いていた。
心地いい風だ。
「……ベアトリス」
俺の歩を阻んだ少女は俯いたまま、しかし魔法を解除しない。
俺を死なせないつもりだろうか。
俺は彼女を怒らせてしまったのに、さっきも、今も、彼女は俺を助けようとしてくれている。
だが、その助けを受け取ることはできない。
「ベアトリス、壁を消してくれ」
「……」
「やらなきゃいけないことがあるんだ」
「……のよ」
「ベティ……?」
「──イヤ、なのよ」
少女は自分の手をぎゅっと握って意思を示す。
その声はどこか震えていた。
「…………ベアトリス」
どうしたものか。
とにかく説得を……。
「お前も……──ベティを置いていくのかしら」
──。
近づこうとしたテンガの足を、その言葉が止めた。
そうして、ゆっくりと顔をあげた彼女が続けて言った。
「お前は、ベティを見捨てたりしないって……っしないって、言ったかしら……!」
……ああ。
ようやく目を合わせてくれた彼女は、大粒の涙をだくだくと流していた。
泣き腫らした目尻が赤くなっている。
今更になって、自分の愚かさを悟った。
俺が軽薄に吐いた言葉が、今、彼女を苦しめている。
ラムを助けることだけで頭が一杯になって、それ以外のことが頭から消えていた。
否、考えないようにしていたと言ってもいい。
──例え俺が【死に戻り】をしても、ラムが助かるわけじゃない。
ただ、ラムが死んだという事実をなかったことにするだけだ。
それはレムとの約束を守れる解決策とは到底言えない。
俺がやってることはペテン師だ。
もし、俺が死んだ後もこの世界が続いていた場合、俺は最低最悪の極悪人になるだろう。
──でも、俺はその罪を背負ってでもラムに生きていて欲しい。また会いたい。
自己満足でも、自慰行為でも、約束そのものが消えてなくなっても、俺はラムのいない世界を選べない。
だが、彼女にはそんなこと知る由もない。
彼女から見た俺は、ただ死に急いでいる気狂いだ。
止めるのも当然だ。
彼女を説得するには、何もかもすべてをを話す必要がある。たとえ、それが無意味な行為だとしても、彼女には知る権利があるのだから。
「ベアトリス。俺は【死に戻り】をして────」
そう、説明しようとした直後。
────世界が凍り付いた。
時間が止まったかのように景色が一変した。
風に舞う木の葉が宙空で停止する。風が止み、光が止まり、世界が止まった。
「なんだ、これ」
ベアトリスも風景画のように固まった世界で、俺だけが正常だった。
いいや、これではまるで俺だけが世界から切り離されたみたいだった。
【────】
己の背後から、突如気配が出現する。
黒く黒くドス黒いナニカが後ろ……否、背中に密着している。魂から解らせられる――強大にして絶対的な存在。その格の違いを肌身で感じた。
「──ッ」
【あいしてる】
「なに、を──」
【愛してる】
【愛してる】
【愛してる】
【愛してる。愛してる】
【愛してる。愛してる。愛してる。】
【愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。】
【愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる】
【愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛して愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる──貴方を愛しています】
初めてだった。
『愛されること』が怖いと思ったのは──。
「ぁ、がっ……」
心臓を、握られた。
口留め……?
まさか、『死に戻り』のことを他言することを許さない気か──。
「……ッ」
怖い。──だけど、それ以上に。
「邪魔、するなよ……ッ、俺はあの子に言ってあげなきゃいけないんだ……!」
心臓を握られようと、それぐらいで屈するテンガではない。怒りを燃やせ、激情を吐き出せ。
──この愛に貪欲な【魔女】に打ち勝て。
「く゛、が……ッ」
【愛してる】
【愛してる】
【愛してる】
身勝手な愛を嘯く魔女に抗う。
動かぬ体を無理やりに動かす。
身体が軋む、ピキピキとおよそ肉体から出てはいけない音が出ている。
それでも動いた。
ゴリゴリと骨が歪む音がする。
ぁあ……内臓が潰れた。
【────────────愛して】
【愛して?】【愛して?】
すると、雰囲気が変わった。
先ほどまでの執拗な抱擁とは違い、求めるような体のまぐわい。
魔女の手が、頬を撫でる。
冷たく、温度のない手。
「────」
熱がない。押し付けられる胸にも、太ももにも、何処にもあるべき熱がない。それはまるで──死んでいるようだった。
感じたのは恐怖だろうか。
愛を乞う
【──私を愛して】
切なく恋われる愛の欲求に、俺は……拒絶する意思を削がれていた。
──愛されたいと願うことは、果たして『罪』なのだろうか。
……いいや、拒絶するんだ。しなければならない。ここでハッキリと、お前なんか誰が愛してやるもんかと言ってやること、それが俺のすべきことだ。
だから。
『誰か愛してくれよ……!』
──その刹那。
思い出したのはほんの少し前のこと。苦しくて、苦しくて、誰かに助けて欲しかった時に俺が放った言葉。
──ああ、ダメだ、言えない。
それを理解した瞬間、俺はもう彼女を突き放す選択肢が取れなくなってしまった。なぜなら俺は、この強大無比で、埒外で、常外の魔女に対して──〝共感〟を抱いてしまったのだから。
拒絶する意思は完全に削がれ、俺は消沈した心で彼女に問いかけた。
「……愛されたいの?」
【愛して……愛して……】
「俺も、愛されたいんだ」
【──愛して】
黒のベールを纏った彼女の顔が近づいてくる。
あぁ俺の声は震えていないだろうか。
……格好つけろ、女の子の前だぞ。
「りょ……両想い、だね」
【────大好き】
唇が、重なった。
異世界に来て初めてのキスは──四百年ぶりの味がした。
◆◇◆
「か、は……ッ」
時の牢獄から解放されたテンガは突然の浮遊感とともにバランスを崩してその場に転んだ。
衝撃が体に伝わり脳を揺らす。
早く立ち上がらなきゃ、そう思った。
でも、
(……立てない)
腕が上がらない。
指先が痙攣し、足に力が入らない。
胴体の感覚がない。
やばい、なんか眠……。
「げほっごほっ……」
突然、喉がムズムズして咳をした。
すると、塊のような何かが口から零れて……それは、とても真っ赤な血の色をしていた。
「だ、大丈夫かしらっ、お前、急にどうしたのよ……!」
倒れ血を吐いたテンガに、ベアトリスが慌てて近づいてきた。
「これは……っ、身体の中身がぐちゃぐちゃかしらっ! なんで、突然こんな……っ!」
温かい。
ベアトリスが回復魔法を掛けてくれているのだろう。でも、ダメだ。もう助からない。
俺は彼女の手を握って止めさせた。
「……っどうして、止めるのよ。こんなのベティーにかかればちょちょいのちょいかしら……っ、だから、大丈夫なのよ」
ベティ。
「お前は死なないかしら」
ベアトリス。
「死なないのよ……っ!」
ごめん。ごめん、ベアトリス。
泣かせたかったわけじゃないんだ。
ああ、くそ……歯を喰いしばれ。このまま死ぬなんて死んでも許さない。
もう、俺は助からない。
だから、せめて言えるだけのことを。
「ベアトリス……俺……死に戻りしてるんだ……」
暫く時間が経った後、そこには荒れ地に座り込む少女と、その膝に頭を乗せて寝転がる男がいた。
無言で男の頭を撫でる少女。
大人しく撫でられている男。
「俺が死ねば……ラムは生き返る」
死に戻りの説明を終えた俺は、そう結論付けた。
俺が死ねば、ラムを生き返らせることが出来る。
──だが、それはベアトリスを置いていくということだ。
戻るのは俺だけ。ベティも、エミリアも、レムも、誰も彼もを置き去りにして俺は戻ってしまう。
それは、とても卑怯なことのように思う。
「……そう、かしら」
すると、彼女は表情の見えない顔で小さく呟いた。
いきなり死に戻りなんて超常現象の説明されても理解も納得もできないだろう。
単に時間を巻き戻せるというわけじゃない。
俺の死をトリガーとして訪れる強制的な時間の巻き戻し、それは俺が死ねないことを意味している。
自殺しようと殺されようと、心が死んでも生きることに疲れても、俺に終焉は来ない。
まるで生きることを強要する呪いだ。死ねない呪い、それが俺を縛っている。それは客観的に見れば素晴らしいものだ。世界丸ごとやり直せる力なんてズルい、羨ましい、そう昔の俺だって思うだろう。だが実際そんなにいいものでもない。
今なら分かる、この呪いをかけているのがさっきの魔女だってことが。その魔女が何故、俺にこんな執心しているのかは謎のままだけれど。どこか【生きて欲しい】という【愛】を感じるのは俺だけだろうか。顔も何も知らない魔女に愛されているなんてぞっとしない。
でも、愛し愛されるだけなら、誰にでも許されていいと思ったから、俺は──。
「お前は、辛くないのかしら」
今際の際の考え事をしていると、ベアトリスが聞いてきた。
「……お前がしていることは、誰も彼もに置いていかれることなのよ。誰もが皆、お前を置いていく。お前と過ごした時間を覚えていられない。忘れられてしまう。お前がその【権能】を使い続ける限り、お前はどこまでいっても孤独かしら」
俺が置いていくんじゃなくて、俺が置いていかれる、か。
確かに、その通りかもしれない。
……忘れられるのは、辛いよなぁ。
「ベティーには、耐えられそうにないのよ」
苦しそうに顔を歪ませるベティ。
共感、してくれてるのだろうか。
ああ、こんなことに嬉しいって感じるなんて、相当だな。
辛くないと言えば、嘘になる。
でも、君を置いていく方が俺には遥かに辛い。
どっちもは取れない。
選ばなきゃいけない。なら、せめて後悔のない選択を。
「ベアトリス……君が好きだ」
「……っ」
言葉は伝えるもの、愛は込めるもの。
「君を縛っているものが何なのか、俺にはわからない。──でも、必ず君をあそこから連れ出してみせる」
「…………でも、それは……」
そう、それはベティであってベティじゃない。
それじゃ今目の前にいるベティは救われない。
どこまでいっても、残りの時間で俺にできることは限られている。
──だから、騙せ。自分を、彼女を。
彼女を解放させる幸福な嘘を突き通せ。
「契約をしよう。ベアトリス」
「……?」
「俺が必ず『君』を幸せする。──その時、必ず君のことも迎えに来る」
「──!」
できるかできないかじゃない。
嘘でもいい。今この時だけ最低最悪の大嘘つきになれ。
近代稀に見る大法螺吹きに。
「そんなこと……」
「できないとでも?」
見栄を張れ。イキがれ。
「──俺の名は
明るく、軽快に、まるで当たり前であるかのように振舞え。信じさせてみせろ。罪を背負え。
「俺は名乗ったよ。君の名前は?」
「ベティは…………っベアトリス、お前の──契約者かしら」
「──うん!」
そう答えるや否や、身体から力が抜けて、目の前が真っ暗になった。
肉体の痛みや死の恐怖などなんのその、テンガは穏やかな笑みのまま、嘘を貫き通した。
描写を極力省くことで更新スピードをあげる魔法。
んだそれ欠陥魔法じゃねぇか!
次回、多分エロ! ひっさしぶりだなぁ!