※この作品はR-18です。

Re:ゼロから始める異世界性活(仮)   作:萎える伸える

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二章ー26『平和的解決策』

 

 

 

 テンガの使う必殺技的魔法(ひみつへいき)『エル・ジワルド』は身体強化の魔法である。

 

 

 陽魔法としてはポピュラーでありきたりな魔法だ。陽魔法の分類的には陰属性と合わせてゲームで言うところのバフ・デバフであり、その効力は想像に難くない。しかし現実的にそれで説明が事足りるかと言われればそうでもない。

 

 陽魔法は主に物や人に掛けることでその強度を上げることが出来る。そこに間違いはない。だが、問題はその効力が切れた後だ。そこには単純なバフでは済ませないデメリットがある。筋肉を酷使すれば筋肉痛になるように、ない筋力を無理やり補って力を振るえば、当然肉体にも影響が出る。

 

 過ぎたる力は身を滅ぼすというように、肉体の許容量を超えるマナをその身に施せば、──最悪の場合、四肢が爆散する。それもテンガのように類稀なマナ保有量をもつ者が全力でジワルドを用いれば、その瞬間に四肢どころか脳みそもろとも爆散してもおかしくない。

 

 だが実際そうはならなかった。それは何故か。

 

 その原因は彼が肉体を強化する以上に、その倍近いマナを肉体の防御力の強化に用いているからである。

 単純ではあるが、これが一番安定的な陽魔法の運用と言える。だが、多くの魔法使いはそうしない。その理由としては武闘派の魔法使いが少ないことや、そもそも自前で肉体があればさほど反動も大きくないことなど、いくつか挙げられるが、最たる理由は燃費の悪さだろう。

 

 通常の三倍のマナを消費して魔法を使うなどマナの残量が生命線である魔法使いは好き好んでしない。それならば光線を生み出す陽魔法を使う訓練をした方がマシだ。

 

 だが、テンガにはそんなセンスも時間も無かった為、苦肉の策としてこの方法が用いられた。ロズワールの提案を受け入れ、教えを乞い、結果、一日二日の地獄を見た。たった数日の地獄。

 それだけの時間で効率のイイ魔法の運用などできようはずもないが、ロズワールの教え方が思いのほか上手かったこともあって、最低限形にはなった。

 

 元々単純な頭をしているテンガには向いていたのだろう。『ジワルド』から一段階上の『エル・ジワルド』まで扱えるようになった。これはまさしく天才とも言える習得速度であるのだが、当の本人にはその自覚がなかった。なにせ、大嫌いなオトコに徹底的にボコボコにされ、男としての尊厳を喪失した状態での習得だったからだ。

 元よりあのエミリアと同等量のマナ保有量があるというだけで才能の原石なのだが、今はそれはおいておく。

 

 幸い、ただ単純に殴る蹴るという訓練は彼の性に合っていたようで、それほど時間もかからずに格闘術の基礎もマスターすることができた。もちろん、今まで平穏に過ごしてきた彼からすれば地獄といっても生ぬるいほどきつい訓練を乗り越えた上でだが。

 果たして、強さの基盤を得たテンガだったが、問題は別のところにあった。それは──。

 

 

『君、人を殴ることを躊躇しているだろう』

 

 

 師匠(せんせー)はそう言った。それは事実だった。

 テンガは生まれてこの方、人を殴ったことがない。スパンキングをしたことはあるけれど。

 テンガは物心ついてから一度も動物を甚振ったことがない。子猫ちゃんたちを性的にいじめることはあるけれど。

 

※このド変態が。

 

 ……ともかく、テンガという人間は性関連のだらしなさを除けば、その大半は一般人の範疇を出るものではない。要するに普通の日本人と同じ倫理観を持っているのだ。本当に性の関係することさえ除けば、だが。

 

 

 

 しかしそれでは魔法が使えたところで使い物にならない。ならばどうすればいいのか。俺は師匠(せんせー)に聞いた。すると、

 

 

『一回死ぬ寸前まで行けば、意外とすんなり人は他者(ヒト)を傷つけられるものだよ』

 

 

 したり顔でそう告げた師匠(せんせー)の言葉は、正しいようで自分にはどこかそぐわない。なにせ、自分はとっくに何度も死んでいる。死ぬような目でもなく、実際に死んでいるのだ。それでもエルザを殺そうとはならなかったし、暴力的な手段でレムに抗おうともしなかった。……しなかったっけ? 

 確か、暴力的ではなかったはずだが、結局のところ最終的にテンガは二人を犯していた。その過程はよく覚えていないが、ただ事実としてそのことを記憶していた。

 

 

『まぁまぁ、まずはやってみようじゃーぁないか』

 

 

 そう言った次の瞬間──俺は意識を失った。

 

 

 意識を取り戻すと、俺は体に凄まじい倦怠感を覚えたまま地面に横たわっていた。周囲を見渡せばところどころ地面が陥没している。それに先ほどより宙に土埃が舞っている気がする。これは、マナが切れている……?

 

 

『ふむふむ、なるほどねーぇ。……ふむ、これは興味深い』

 

 

 訳も分からぬまま倒れ伏す俺に師匠(せんせー)はそう言って、何が面白いのか、楽し気に口角を上げた。こちとら全然理解できてないんですが。

 

 

『テンガ君、よーぉく聞きたまえよ。一つ、日常生活における魔法の使用を禁ずる』

 

 は、え?

 えぇ、なんでやねん。嫌や! 

 せっかくの異世界なんだ、好きなように魔法を使いたい!

 

 

『ふむ。では先に理由を説明しよう。第一に、君のゲートはさほど使い込まれた様子もなく未熟だ。にも関わらず、君のマナ保有量はエミリア様に次いで多い。その時点で危険だが……第二に、君はマナの放出量を制御できていない。常に全開で蛇口をひねっているようなものだ。結果、君が魔法を使えば使うほど、君のゲートにはかなーぁりの負担がかかっている』

 

 ゲートに負担? ゲートのことならこの訓練を受ける前にある程度教えてもらったはずだ。確か、オドと外界を繋ぐ通り道だとか。え、それが壊れるとどうなるんだ?

 

 師匠(せんせー)はにっこりと笑って言った。

 

『一生介護生活は(まぬが)れないねーぇ』

 

 こっわ。異世界こっわ。

 まじで。魔法使いすぎることにそんなデメリットあるわけ?

 えぇー。……えぇ。

 普通にショックなんだけど。

 

『無論、それは性急に事を急いた場合に限る。分相応な使用に限れば、ゲートを破損することなど滅多にない。だが、先ほども言った通り君は魔力量のわりにゲートが未熟であり、放出量の制御が致命的に下手だ。それこそ蛇口の取っ手が壊れてるってぐらいにはねーぇ』

 

 ぬ。ぐぬぬ。

 感情でなんとか反発しようと頭をこねくり回すも、あまりに理路整然と否定されて抗議の言葉が出て来ない。

 せいぜい心の中で、正論厨め、と悪態をつく他ない。

 

 ぐぬぬ。

 

『不服です、って顔だねーぇ。いーぃと思うよ、魔法を使うのに意欲的なことは良い事だ。だけど、それで身を持ち崩しては本末転倒だ。故にふたーぁつ。もし必要に迫られて使う場合、()()()()()()()

 

 ……ん? 一人になる? どゆこと?

 

『気づいていないかもしれないが、君は先ほど私でも少し()()()()ほどの力を発揮した』

 

 え? さっきまであんなにボコボコにされてたのに?

 俺が師匠(せんせー)を手こずらせた?

 まだまともに格闘術も学んでないのに?

 

『──そう。まだ魔法使いとしても武者としてもひよっこである君に私が多少なりとも手こずった、この意味が今の君になら分かるね?』

 

 はぇー。俺ってやっぱり天才なのでは!? まったく記憶にございませんけど!

 自分の才能が怖いぜ。今から最強に至る未来の自分を夢想してワクワクする。

 ふむ。

 でもそういうことなら、やっぱりどんどん使っていかなきゃいつまで経っても魔法の制御に慣れないのでは?

 もっとガンガン日常的に使って慣らしていった方が……って、師匠(せんせー)の前で呟いてみれば。

 

 師匠(せんせー)は再びにっこりと笑って、先ほどの続きを言い連ねた。

 

『第三に体が出来上がっていない』

『第四に格闘術がまるでなってない』

『第五に精神性が伴ってない』

『第六に……』

 

 あ、はい。あの、謝るので、冷静にダメ出しするのはやめてください。あ、ダメですか。そうですか。はい……。

 

 それから暫くの間ダメ出しは続いて、制御が甘いやら、足運びがどうたらと延々指導された。泣きたい。それが終わるともう一度格闘訓練に入った。もちろん魔法は禁止。泣きたい。

 

 

『君は未熟だ。魔法はいざという時の秘密兵器(切り札)と考えるのが良いだろうねーぇ』

 

 

 俺の身も心も徹底的に叩きのめした後、最終的に師匠(せんせー)はそう結論付けた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「はぁ……はぁ……あ゛ぁ……ッしんどい」

 

 不気味な静寂に包まれる森の中を走っていた。時々後ろを振り返り、周囲を警戒する。そうして追っ手を撒くことが出来たことを確認してから一時停止し、膝に手をついて顎を伝う汗を拭った。落ち着いて呼吸をしても暫く荒い息と動悸は止まらなかった。 

 

 病み上がりの体は間断なく働かされ余裕がなく、今にもガタが来そうなほど震えていた。しかし、多少息を落ち着けたからは意を決して前を見据え、そのまま再び走り始めた。その視線はせわしなく周囲に投げかけられ、その様はまるで迷子の子犬を探している飼い主のようであった。

 

「くそっ、埒が明かない……ッ、お~い!! レム~!! どこだ~!!」

 

 先ほどから景色に以前変わりはなく、レムの痕跡を得られた様子もないテンガはそう悪態をつきながらも、腹から声を出して彼女を呼んだ。すると、草葉の陰が揺れる。そして、

 

「グルガーッ!!」

 

「まった、お前かッ!」

 

 凶暴なドーベルマンのような風貌をした魔獣ウルガルムが姿を現す。跳びかかり噛みつこうとしてくる獣を避け、テンガはまたも悪態をつく。先ほどからこの繰り返しだ。大声で叫ぶほど獣が寄ってきて襲われる。そして、今も唸りながらこちらを睨みつけている獣を一瞥したテンガは、

 

「必殺! 似非ドーナ!」

 

「きゃうんッ!」

 

 地面の砂を握りしめ、そこに『ジワルド』を施して獣の顔面に叩きつけた。必殺と銘打ちながらも殺傷能力のない攻撃だ。そうして獣が怯んだ隙に走り出した。──逃げたのだ。

 

 先ほどから、そう、先ほどからこの繰り返しだ。

 テンガは魔獣と戦うことなく、いなし、逸らし、怯ませてからの逃走を選んでいた。

 

 ──やってられっか!

 

 もう何度目かもわからない悪態をついて走り出す。

 マナも体力もない今のテンガにできることは限られている。更に面倒なことに、テンガは未だに獣を殺す勇気がなかった。一刻も早くレムを連れ戻さなければいけないこの状況で、はたしてそんなことに気を遣っている余裕があるのか。その真偽は定かではない。だが、

 

 ──どうしようもない。殺したくないんだから。

 

 できない、ではなく、したくない。それはとても怠惰な答えだった。懐に今もお役御免に携えている鉄剣に陽魔法を掛けて振るうだけ、それだけでウルガルム如きはいくらでも殺せるだろう。しかし、しない。したくない。生き物を殺すという、ファンタジーよりも非現実的な行為に手を染められない。

 

 生き物を殺して喰らってる時点で良心の呵責なんてものはない。だが、生まれてこの方、生き物を殺したことなんてないのだ。虫だったなら殺せたかもしれない。ゴブリンやスライムだったら殺せたかもしれない。でも、相手は凶暴なだけの獣だ。

 

 ──俺は動物が好きだ。猫が好きだ。犬が好きだ。AV(アニマルビデオ)が大好きだ。

 

 ──俺は交尾が好きだ。性行為が好きだ。赤子が好きだ。命が好きだ。生ある行為が好きだ。 

 

 破廉恥で、変態で、性的倫理観の欠如した男。それがテンガだ。

 だが、そんなテンガにも線引きがある。というより──【信念】がある。

 セックスをした女の子は、みんな幸せにする。それがテンガの生きる意味であり、レーゾンテートルであり、何よりも尊い至上命題だ。幸せとは何か。それは生きることだ。死なないことだ。性欲を食欲を欲望を満たすことだ。

 

 それは、母の死という絶望に抗うテンガの祈りだ。

 

 守りたい。救いたい。幸せにしたい。そんな傲慢とも言える願いを、テンガは心の底から抱いている。渇望している。求め望んで止まない。欲して止まない。手に入れたくて仕方がない。

 

 命とは、尊い。女の子は可愛い。犬猫にはできるだけ長く生きていて欲しい。

 

 

 ──死ぬのは、俺だけでいい。

 

 

 すでに覚悟を決めたテンガは止まらない。死なせず、殺さず、生かす。レムは助ける。獣は殺さない。走れ、走れ、望みを得る為に。我が身は顧みない。 

 

 

「かかってこい犬畜生ども!! せいぜい可愛がってやる!! だぁから、ちゃんとレムを連れて来いよなぁ!!」

 

 

 全方位に向けてジワルドによって強化した喉で咆哮する。それは森中に届くかと思われるほど凄まじい咆哮で、それに対して森の至る所から獣の咆哮が帰ってくる。獣の本能が刺激されたのかもしれない。

 

「がふっ……」

 

 強化の反動で血を吐いたテンガは、そんな獣たちの返答に笑みを噛み締め、

 

「さぁ、いっちょやったるかぁ! げほっ」

 

 いまいち格好は付かなかった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 走って、走って、走って、逃げて。

 それはまるでテンガという一人の男の人生のようだった……何言ってるんだろ。疲れて頭がおかしくなってきたのかもしれない。こんなのはただの捕食者と被捕食者の追いかけっこだ。

 

 逃げろ。生きる為に。逃げろ。これからも生きて行く為に。

 嫌なことからは逃げて、逃げて、嫌じゃなくなってから攻略するんだ。嫌いなうちに無理をする必要はない。宿題も、嫌いな人間(オトコ)も、憂鬱な現実も、嫌なことは後回し。明日野郎は(さか)し野郎だ。

 

 逃げて、忘れて、目を逸らす人生だった。それが楽だった。考えないことが幸せだった。この世にはもっと考えなければいけない大切なことがたくさんあって、考えなくていいどうでもいいことがたくさんあって。俺は女の子を幸せにするためだけにこの頭を使うって決めた。

 

 だから、逃げるな。考えることを止めるな。

 辛くても、苦しくても、例えそこに答えがなくても、好きなことにだけは、本当に大事なものにだけは、考えることをやめちゃダメだ。

 

「レムっ、レム……ッ!」

 

 筋肉が千切れようと足を回せ、アドレナリンが切れようと脳みそを回せ。

 

(──レム相手に切り札(エル・ジワルド)は使えない。使えば最後、俺はレムを傷つける可能性がある。それだけは絶対にダメだ。ならばどうやって止めるのか。……実のところ何もアイディアがない。何も思い浮かばん。どうしよう。)

 

「「グルァアアア!!」」

 

「っ、ジワルド!」

 

 思考に意識を割きすぎて反応に遅れた俺は、咄嗟に魔法を唱え、事前に握り込んでいた土を襲い来る獣の鼻っ柱に叩きつけた。だが、もはやそれでは怯んではくれなかった。

 

「ぐッ、がぁぁぁああ!!」

 

「ガウッ! グガァアアア!」

 

 土の弾幕を突き抜けてきた一匹の魔獣が俺の手の甲に噛みつく。痛みと手首もろとも持っていかれそうな引っ張られる力を感じながら、

 

「ジワルドォォ!」

 

「キャウッ──……」

 

「は、はっ……ごめんよッ」

 

 左手を強化してその横っ面をぶん殴った。手から反動で血が噴き出し、魔獣は冗談のように吹っ飛んでいった。死んではいないと思う。だが相当痛い思いをしたはずだ。胸が痛む。殴った拳が痛む。

 

 痛みを振り払って走った。

 走って、走って、走って。

 走って走って走って。

 走る走る走る。

 

 

 

「はぁ……こっから先は通行止めってか……?」

 

 辿り着いた底は天高く(そび)える崖っぷちだった。

 断崖絶壁。絶体絶命。そんな感じの崖だった。 

 

「「「グルルルルルル……」」」

 

「はは、皆さんお揃いのようで」

 

 周囲は既に散々引っ掻き回し、追い回した魔獣に囲われている様子で逃げ場はなかった。

 

「「グガァアアアアアアア!!」」

 

「──っ!!」

 

 森から飛び出してきた獣たちが一斉に跳びかかってくる。

 これはもう、ダメかな? 絶体絶命だ。このままじゃ死ぬ。──じゃあ、こいつらのことも殺せるか?

 考える。嫌なことを考える。想像する。嫌な光景を想像する。

 

(……俺には、無理だ)

 

 テンガは拳を下ろし、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 中々痛みがやってこない。

 どうしたんだと恐る恐る瞼を上げてみてみれば、そこには、

 

「レム…………? レム……っ、レムっっ!!」

 

「───」 

 

 おどろおどろしい血の付いた鉄球を持ったメイド服の後ろ姿、そんなものを見間違えるはずもない。彼女の存在を認識し、得心し、名前を呼んだ声には喜色が多く含まれていた。

 

 ようやく、満を持して、その時は訪れた。

 ──待ちに待ったお姫様のご登場だ。

 

「レム……!」

 

「ぅ……」

 

「え……?」

 

「──獣、魔獣、魔獣。──魔女ッッッ!!!」

 

 喜んで駆けよれば、彼女はぶつぶつと何事かを呟き、すっとこちらに振り向いた。その額には見覚えのない角が怪しく光り輝いていて。その美しい青の瞳は俺を見て鮮烈に弛み。俺に向けて、狂気とも言える笑みを見せた。

 

「どわぁああああ!」

 

 咄嗟にしゃがむ。すると、頭上の空気が抉り取られたように、ぶぅううん、とえげつない音がした。背後の岩肌が粉々に崩れ落ちていく音がする。

 何が起こった。何がどうしてどうなった。正面を見る。レムがいる。だが、──その様子は尋常ではなかった。

 

「……鬼だ」

 

「──あはっ。あはははハハハハ!!」

 

 いつになく楽しそうなその狂笑に、なんだかんだで可愛い様子に、俺は戦慄を押し隠し、冗談めかして言った。

 

「はは……これがホントの鬼化(オーガズム)ってか?」

 

「──いひっ! 魔女ッッッ!!」

 

 彼女の状態を緊張から解放されたエクスタシーと(オーガ)に掛けつつ言い表してみた。鬼が掛かって、鬼懸かるってか! 上手いこと言ったつもりか! 我ながら結構うまいと思う。──って、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!!

 

 ──ったく、なんでレムが暴走してんだよ!!

 

 こちらの言葉が届いていない様子の彼女に、俺は心の中で文句を垂れた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「レム……っ、なぁ、おい!!」

 

「がぁぁぁああ!! あぁッ!! 魔獣……ッ!!」

 

「聞こえてないのか……ッ」

 

 ジワルドで体を強化してレムとがっちりと手を組み合った。

 その状態で膠着。ぎゅーぎゅーと握りしめられ、普段なら嬉しい恋人つなぎも鬼化の影響からか剛力で今にも手が握りつぶされそうだ。痛い。

 あまりの痛みに涙目になりながらも、この好機を逃すわけにはいかない。ようやく見つけたのだ。なら後は連れ帰るだけ、なのに。

 

「ぐッ、くそっ」

 

「魔獣ッッ!!」

 

 強いッ、ぐうっ、でも、女の子に負けるほどぉ、軟じゃ、ないっ、んだ、ぞぉ!?

 心の中で精一杯見栄を張るも、現実は刻々とレムの方へ勝敗を傾けていた。率直に言えば負けそうだった。どうやら回復し続けている様子の彼女に対して、俺は体が傷ついていくばかりだ。昨日の負荷、今日の傷、今も着々と傷が広がっている。全身ボロボロ、まさに死にかけ。死に体だ。

 

 勝機は、ある。

 切り札を使えば、レムを止めることが出来るだろう。

 一度切り札(エル・ジワルド)を発動してしまえば──十分間、彼は誰にも止められぬ強者となる。だが、それはレムと同様暴走によって得られる仮初の力だ。

 それじゃあ、何の意味もない。役立たずだ。

 

「魔女ォォ!!」

 

「ぐ、おっ」

 

 やばい、腕折れそう。レムってこんなに強かったの? どうしてこう、異世界の女の子はどいつもこいつも強いんだ。それもこれも、あのツノが原因、だよな? ──ツノを断ち切れば、あ、やべ──ッ。

 

「うぉぁああああああ!!??」

 

 突然の浮遊感が体を襲う。身体もろとも中空に投げ飛ばされたッ!

 なんとか宙で姿勢を整えるが、下ではレムが武器を構えている。

 やばッ、空中じゃ避けられな──ッ。

 

「「グルァァア!!!」」

 

「──魔獣ッ!」

 

 狂気的な笑みを浮かべ、レムがこちらへ向けて振り(かざ)した鉄球は急遽、方向転換し隙を狙った魔獣へと矛先を変えた。

 間一髪、テンガは命拾いをした。 

 だが、攻撃こそこなかったが十数メートルにおよぶ高さからテンガは地面へと自由落下した。 

 どぉぉん、と衝撃が音に変わり、砂埃が舞う。

 

「ぁ、が……」

 

 ──痛い。痛い。これ、背骨折れてない? 脊髄やってる気がする。動けない。足に力が入らない。頭だけが回って……あれ、なんだ、視界が赤い。

 額から血が流れ、テンガの視界を赤く染め上げる。

 ああ……疲れたな。疲れた……頭、働かない。

 

「うォォおォォォおおおおおお!!」

 

「「キャインッ!!」」

 

 レムが獣の如く叫んでいる。野性的な女の子も、イイよね。

 そんな馬鹿言ってる場合じゃないって分かってるのに、身体が重い。瞼が重い。

 額から流れ、頬を伝った血が涙のように垂れ落ちる。

 

「はぁっ、はぁっ、魔獣っ、魔獣っ、魔獣──魔女ォ!!」

 

「……レム」

 

 息を荒げた調子の彼女が休みことなく魔獣を狩る。

 無理を、している。あからさまだ。呼吸も整えずに常に全力疾走しているようなものだ。あの調子なら、何もしなくてもそのうちバテて尽き果てるだろうか。何もしなくても。俺が、このままぼーっとしていても。

 

「──あはっ、あはははハハハハ!!」

 

「──ッッ!! ぁあああっ!」

 

 鋭い攻撃が、顔の真横に弾けた。流れ弾ではない。レムは確かにこちらを狙って武器を振るった。なんとか、紙一重で避けることが出来たが、そうでなければ──死んでいた。

 

 死ぬ……死ぬ?

 死ぬのか。ここで。

 レムの手で、死んで、どうなる。

 またやり直すだけ? 今度は上手くやればいい?

 

 そんなのは……クソ喰らえだ。

 

 

「──エル、ジワルドォォォオオ!!!」

 

 

 死ぬ気で唱える。血反吐を吐きながら。

 しかし──魔法は発動しない。発動するはずがない。俺には魔法を発動しようとする意志がなかったのだから。

 

 必要なのは、根性。

 

 大切なのは、気合。

 

 魔法の言葉は、願掛けで十分だ。

 

 俺は全身全霊で立ち上がり、一歩、歩を進める。

 

「魔獣ッ、魔獣ッ、魔獣ッ!!」

 

「……ったく、こっちは気合十分だってのに君は魔獣にお熱ってか……嫉妬しちゃうなぁ」

 

 ──決めた。

 死に体の身体を酷使して、一歩、また一歩と歩み寄る。一歩。一歩。重い脚を前へと進める。

 

「っ」

 

「うぅッ、あァッ!」

 

 苦しそうだ。辛そうだ。頭を抱えて左右に振るレム。彼女も抗っているのだろう。

 それでも魔獣が気になって仕方がないなら、俺がなんとかしてやる。俺しか見れないようにしてやる。

 レムが第一陣の魔獣を殲滅したところで、俺はようやくレムの前に立ち、そうして、

 

「レム」

 

「──ッ!!」

 

 自然と、身体が動いた。

 

 腕を振り上げようとした彼女の腕を片手で押さえ、一歩退こうとした彼女の足を俺の脚を掛けることで封じた。傍から見れば簡単に振りほどけそうに見えるテンガの動き。今のレムほどの力があれば猶更だ。

 ──だが、それは極まった合気のようにレムの動きを封じ、一瞬、彼女の身をその場に留めた。それはまるでいつかのフェルトに仕掛けた時のように、こういう時に限って彼の技術は常軌を逸する。

 

 驚いた顔も可愛いね。

 俺は動揺した彼女を見つめ、そのまま、

 

「──んむっ!?」

 

「ん」

 

 彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 

 彼女の心臓が一段と跳ねる音がした。

 暴れ、振りほどこうとする彼女の手足を絶妙な力加減で封じながら、俺はより積極的に動き、彼女の口内へと舌を入れた。

 

 

 

 青空の下、二人で手を取り合ってキスをした。

 

 

 

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