短め
次こそエロ
昏い部屋で、歪んだ行為は続いてる。愛とも、恋とも言えない名前のない醜い感情。それをただぶつけるだけの行為だ。わたしは心の中の不安を掻き消すために、ただ
──────そして、ふと彼女の目が目に入る。彼女の瞳は相変わらず虚なままで、何も映していない。そこにわたしはいない。いや、映している。醜い欲に歪んだわたしの顔を。珪素のような瞳が映している。その事実が、わたしを正気に引き戻す。
「あ…………ああああああッ!」
わたしは、何をしている。
「わた、わたしは…………なんて、ことを…………」
何をやっているんだ、わたしは。彼女に、何を。意識が真っ白になる。
「…………別に。何も、してませんよ、ご主人様」
「…………あ」
彼女の声が耳朶を叩く。それは、突き放すような声で。とんでもないことをしてしまった罪悪感で、身体が支配されていく。
「ごめ…………んなさい」
口から出る言葉だけの謝罪。身勝手な赦しを乞う己に嫌気を感じながら、その場にいることが辛くなり部屋から逃げる。
「…………………………」
怒りの声も、哀しみの涙も、わたしを責めるものは何もなかった。何か落ちる音が聞こえた。
─────私は、奴隷だ。不運な事故で家族を失い、悪い人達に捕まって、奴隷になった。でも、良かったと思っている。少なくとも言うことを聞けば食事は出たし、生きることは出来た。調教はされたけど、それは必要なことだったから。天涯孤独の私を拾って、まともな教育と食事を与えてくれた。…………わかってる。私は、壊れてる。両親の死を目の前で目撃して以降、私の感じる機能は壊れた。肉体的にも、精神的にも。私はあらゆるものに不感になってしまった。だから、普通なら苦しいと思うような状況も、ただ認識するだけだ。調教されても不感な私を見て、調教師も匙を投げたものだ。肉体的な破損は修復されたが、精神的な破損はついぞ治せなかった。…………きっと、普通の人より感度は高いんだろうけど。
そんな私の中で彼女…………ご主人様…………クリュティエ・ヴァン・ゴッホ様は、私の中で珍しい人にカテゴライズされる方だった。彼女は私の中で、久しく亡くなった情動を呼び起こした。ほんの僅かなものだけど。彼女に着いていけば何かあるんじゃないか、そう思った。そして、幸運にも彼女に買われた。もしかしたら人生で一番神様に感謝したかもしれない。
実際、推測は当たっていた。話を聞いてみるとうっかりあの闇市場にやってきたり、絵は上手いけど私生活がダメダメだったりと、いわゆるダメ人間に分類される彼女だったが、そんな彼女の側にいるのは楽しかった。そう、楽しかったんだ。それは普通の人に比べたらほんの僅かなものかもしれない。だけど、確かにあった。失いたくないと思える、小さなものが。
───────だから、今。どうしたものかと、迷っている。
ご主人様はいきなり私を自室に連れ込んで襲ってきた。まあ、私は性奴隷としても調教されていたわけだし別にそれは良い。女同士というのは意外だったが、まああるものなのだろう。彼女に襲われるなら良いかと思い、受け入れたのだが…………何も、感じなかった。以前と変わらず、何も感じなかったのだ。
それは、不感なはずの私の心に酷く突き刺さった。その結果、あんな言葉が出てしまった。彼女を慰めるために喋ったつもりだけど、ショックからか、無意識に突き放すような声になってしまった。そのまま、彼女は部屋から逃げてしまった。
私は天井を見つめたまま、迷っている。幸い、彼女が鍵を落として行ったから、首輪を外して、追いかけることは出来る。…………でも、それは奴隷として分を超えていないだろうか。行くべきか。行かないべきか。久しく感じなかった悩みに囚われながら、考える。
私が選んだのは──────
逃げたわたしは、アトリエに引き篭もっていた。
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。彼女を傷つけてしまった。わかっていたはずなのに。彼女はまだ少女の時に天涯孤独になり奴隷にされた。あまりにも動じない姿に見落としていたけど、そんな彼女が普通の精神であるはずがない。そんな彼女の心に、傷を。犯してしまった罪に耐えられずわたしは救いを求める。
「ああ…………助けて、テ…………」
オと叫ぼうとしたが、果たしてテオはこんな最低な姉を見捨てないでいてくれるのだろうか? そう思うと、途中で叫びが消える。ふと顔を上げると、そこには絵に描かれた彼女の顔が。わたしが描いた絵のはずなのに、その表情はわたしを責めているよう。
「ヒィッ⁉︎」
彼女に見つめられることが怖くて、アトリエからも逃げ出そうとする。しかし、どこにいけば良いのだろうか。わたしには絵以外の誇れるものはなく、このアトリエが全てだ。それを捨てて、どうしようというのか。
結局、アトリエから抜け出せずに部屋の中で蹲る。脳裏に彼女の言葉が再生される。リピート、リピート、リピート。突き放すような彼女の声に、心がひび割れていく。
「もう…………何も聞きたくない…………見たくない…………」
無意識に、ナイフへ手が伸びる。
「ごめんなさい…………テオ、立香…………でも、もう…………」
ナイフがわたしの首に当てられる。そして、無慈悲にわたしの首を裂こうとした時。
熱いモノが、わたしを止める。
「…………え?」
「何やってるんですか、ご主人様…………」
そこにいたのは、わたしが傷つけてしまった、立香だった。
彼女の腕が、わたしの腕を掴んでいる。その腕は熱い。よく見ると、血が出ている。わたしの腕から血が出ていない以上、血を出しているのは、彼女の手で。
「あ、し、止血しないと…………」
「あ、失礼しました。汚してしまい申し訳ありません、ご主人様」
「そんなのどうでも良いから、止血、止血しないと…………」
慌てて止血する。出血源は彼女の掌で、どうやら擦り切れて出血しているらしい。
「どうやって、ここに…………」
「ご主人様が鍵を落として行ったので」
よく見ると、彼女の首に首輪が無かった。
「これを」
彼女に何かを渡される。
「これ、は」
「首輪です。流石にあそこに固定されたままというのは不便なので、引き抜いてきました。いえ、ご主人様が望むならまた固定されても良いのですが」
なるほど。首輪の鍵を解いてから引き抜いたのか。それで掌が。みょうに納得すると同時に、こんなものを引き抜くために彼女の血が流れたと思うと、罪悪感が加速する。
「ご主人様」
「…………はい」
「私、不感症なんです」
「…………はい?」
いきなり飛び込んできた言葉に、頭がフリーズする。
「…………えっと、私、何も感じないんです。だから、痛くないしさっきのも、別に嫌だったわけじゃないので。その、気にしないでください」
不感症。だから、動じなかったのか。不感症なら今までの行動もある程度納得は出来る。でも。
「…………わたし、は」
言葉が続かない。彼女が何も感じていなくても、彼女を傷つけたのはわたしだ。
「…………ご主人様は、なんであんなことをしたんですか?」
彼女が問う。
「なぜ、あんなことを…………」
何故って、それは。考えなくても、答えはすぐに出る。
「…………貴女を、立香を離したくなかった。…………ただ、それだけの身勝手な理由です…………」
口に出すと、少し楽になる。彼女が
「それなら、良かった」
「…………へ?」
しかし、彼女から出された言葉は
「…………うまくは言えないけど。私は、ご主人様、貴女といるのが楽しい。動かなくなった心を動かす貴女と一緒にいたい。だから、貴女もそう思っていることが嬉しい」
「…………それは」
稲妻のように彼女の言葉が駆け巡る。
「わたしを、好いているということで良いのでしょうか」
「それは、ちょっと、まだわからない」
「…………エヘヘ、そうですよね…………そんなすぐ、わかりませんよね…………」
早とちりした自分に苦笑する。でも、彼女の本質が、わたしが彼女に惹かれた理由が見えた気がする。
「…………でも、一緒に居たいから。貴女が一緒に居てくれるなら、なんでも受け入れるよ」
「…………エヘヘ…………じゃあ、今後とも、よろしくお願いしますね…………」
「うん。じゃあ、首輪」
「は、はい…………!」
彼女に首輪を掛ける。今度はさっきと違って、不安は無かった。心に燻る黒い炎は消えていないけど、ずっと小さい。
「…………冷たいです」
彼女がくしゃみをする。そういえば、彼女は全裸だったと思い出して慌てて毛布を取ってくる。
その日は彼女と一緒に眠った。とても、暖かった。
月に狂うはずの夜は、狂うことなく過ぎて行った。
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