前半パートの反省回ともなっております。ヒロインの協力者が判明したり、主人公の現状を書いているという感じでもあります。
次回は一気に時間が飛びます。ここまでは過去の話、という仕様だったりするものです。
「俺はね。常日頃から思うんだよ。」
「なんだよ、急に。」
この日の仕事が終わろうとする頃、かつての友人であり現在の同僚は椅子に座ったまま、俺に対して突然語り始める。
「この世界は嘘で溢れ返っている。人間社会では『本音と建前』などと言われるが、そいつは嘘を嘘と呼ばない方便に過ぎない。」
「どうしたんだ?何か悪いものでも食べたのか?」
どうやら、最近の俺を見て思った高説を語っているらしい。余計な茶々を入れつつも、こいつの言うことに俺は耳を傾けていた。
「でもな、嘘ってのはバレなきゃ嘘じゃないんだよ。」
「………」
「バレて初めて、人がつく嘘は嘘になる。」
「……あいつは別に、嘘なんて言ってなかったぞ。」
脳裏に浮かぶ悲痛な表情の女。きっと、俺は一生それを忘れることはないのだろう。
「というわけだから、バレていない嘘ってのは真実なんだよ。」
「なんだか……犯罪者の論理みたくなってないか?」
「そうか?だとしたら、この世は犯罪者で溢れ返っているのかもしれないな。」
自分の理論を決して間違いと思わず、社会を自分の価値基準に合わせる思考。きっと、俺がこれくらい図太い神経の持ち主であれば、彼女と別れる必要はなかったのかもしれない。
「そういうわけだ。今日は俺の奢りで飲みに行くぞ。」
「どういうわけなんだよ。」
「気にしないでくれ。好きに飲んで、好きに酔っていいからな。」
「お前の頭をかち割って中身を確認したいんだが。」
理解不能な言動ではあったが、こいつなりに俺を励まそうとしていることだけは分かった。そして俺が、苦手だと言って憚らなかった酒を飲む機会が増えていることを、暗に気遣っていることも分かってしまうのであった。
◇
あの日と同じ店、同じ席、同じくらいの時間。千晶と再会した場所で、千晶と別れた俺と友人は酒を飲んでいた。
「おい、さすがにこいつは趣味が悪いぞ。」
「そうか?昔を思い出しながら飲むにはちょうどいいと思ったんだが……」
「昔って……まだ何年も経っちゃいないだろうが。」
人の傷口を正確に理解しておきながら、こいつはそこに適量の塩を塗るような行為をしたいらしい。
「ここなら多少のアルコールでも、泣きたいだけ泣けるだろ。」
「はぁ……そんなもの、もうとっくに枯れているよ。」
「お、なんだ?涙が枯れたってことは鬼になるのか?それは不味い。早くこの鬼ころしを飲み干して対抗出来るように……」
もう、吐き出すべきものは一人で全て吐き出した。憎悪、絶望、そんなものを抱えたまま典也を育てるわけにもいかず、ぶり返しそうになれば酒に頼ることで自分を誤魔化すような日々が続いているのであった。
◇
「お前には一つ、謝っておかないといけないことがある。」
「一つで済むか?」
現在進行形で俺に対する悪行を重ねている気がする友人。そんな彼が酒に酔いつつも、神妙な面持ちとなって口を開き始める。
「あの日、お前をこの店に連れてきたのは……千晶ちゃんの頼みだったんだ。」
「………」
千晶は俺と再会するため、事前に友人と接触をしていた。そして彼女の意を汲み取ったこいつは協力を承諾したということらしい。
「あいつが……俺の実家と繋がっていたのは知らなかったんだな。」
「当たり前だろ。知っていたりしたら、お前に伝えているか、協力はしていないぞ……たぶん。」
確かに、酒に酔っている時でなければ聞きたい話ではなかった。そしてこの隣に座った男は、俺に対してある程度の罪悪感を抱いていたため、こうして話してくれたのだと察した。
「あの子はお前の実家との繋がりは一切言わなかったよ。そしてもちろん、再会の場を設けてほしいという自分の頼みも伏せていてほしいと言われた。」
「お前は千晶に、何か見返りを求めなかったのか?」
「見返り?そんなもの欲しがるわけないだろ。知り合いに会わせてほしいなんて頼みを聞いただけで、一体何が貰えると思っているんだ。」
「そうか……そう、だよな……」
「もしかして……俺が千晶ちゃんにヘンな要求でもしたと思っているのか?」
「なっ……!そ、そんなわけないだろ!誰がそんなバカみたいな考えを……!」
「まぁ……そうだな。彼女がお前には秘密してほしい言った時点で、俺も疑うべきだったかもな。」
真面目なことをほとんど口にしてはいなかったものの、友人として相応の後悔をしている様子であった。だからこそ、どれだけの秘密を持っていようが、嘘をついていようが、俺はこの腐れ縁を信じることが出来ていた。
「ただ……どうしても気になっちまってな。」
「気になったって……何がだ?」
「お前の実家と千晶ちゃんの関係だよ。どうして千晶ちゃんに白羽の矢が立ったのか……そいつがどうしても気になったんだ。」
自身も騙され、利用された意趣返しなのか、友人は無駄な行動力を発揮して千晶について調べ上げたようであった。
「なぜ彼女じゃないとダメだったのか……お前は気にならないのか?」
「ああ、一番どうでもいいことだな。」
そんなものはこいつや千晶よりも、俺が一番分かっていることだった。
「家柄、だろ。」
「なんだ、気付いていたのか。」
俺の実家である橘家と千晶の実家の青山家は、遠戚関係にあったらしい。家格、家柄を重視する実家であれば、そんな優良物件であった千晶を利用しない手はない。俺と千晶の間に生まれた家格の良い血を連中は求めているに過ぎないのであった。
「『あいつら』の考えていることなんて、少し考えればわかることだ。だが……まさか千晶を使ってくるなんてな。」
「なぁ……物凄く聞きにくいことを聞くけど、いいか?」
「今さら聞きづらいことなんてあるか?」
「俊也、お前は彼女を……千晶ちゃんを疑おうとはしなかったのか?」
「………」
信じる、ではなく『疑う』。正しい質問の仕方であった。そもそも俺には彼女に信じる、疑うなどという考えを持つ必要がなかった。
「一度もなかったな。ただ……今にして思えば、あいつもどこかで含みを持たせていたのかもしれない。」
俺が唯一後悔をするとすれば、千晶の後ろめたい気持ちに最後まで気付けなかったことだった。彼女の真意を疑う以前に、もっと出来ることがあったのではないか。それだけが心残りとなっているのだった。
「それで、これからご実家とはどんな関係を続けるつもりなんだ。」
「関係って……そんなもの、これまでもこれからも変わるわけが……」
「いや、せっかくだから清算してほうがいいじゃないかと俺は思うんだがな。身一つになってのお礼参り、俺は付き合ってやってもいいぞ。」
「よせ、もうそんな歳じゃないだろ。千晶だってそんなのは望んじゃいない。それに俺には……」
千晶を失ってもなお、俺には失ってはいけないものが残されていた。こうして酒を飲んでいても、その存在が酔い潰れることを拒んでいるようでもあった。
「真面目だねぇ……やっぱり、お前に結婚はまだ早かったんじゃないか?」
「お前は人をどこまで……いや、そうかもしれない……な。」
腐れ縁に相応しい物言い。反省会のお供としてはうってつけの相手でもあった。そして、そんなやつであるがために、俺たちはさっさとこの酒席を切り上げることも出来るのであった。
◇
夜空の下で酔いを醒ましながら、俺はとある場所へと向っている。家へと帰る前に、必ずそこへと寄る必要があったからだ。
「すいません、遅くなってしまって。」
「あ、橘さん。待っててくださいね、すぐにお連れしますから。」
いつも顔を合わせている保育士さん。俺が入るや否や、すぐに奥へと向かっていく。
「はい。典也くん、今日も寝ちゃいましたけど、お家で眠れないなんてことはありませんか。」
「いえ、そんなことは……割と簡単に寝てくれますので。」
「ふふっ!寝かし付けるのは上手なんですね。」
「そう……なんでしょうか。」
今日は友人と付き合っていて少し遅かったものの、俺がこの保育園に戻ってくるとき、いつも典也は寝てしまっていた。そんな我が子を保育士さんから引き取り、俺はようやく家路へと向かう。
「あ、橘さん……また結構飲みましたね。」
「えっ……!わ、分かるんですか?」
「もちろん分かりますよ。お酒の匂いがしなくても、お酒の匂いを消そうしている匂いがするんですから。」
「うぅっ……!」
証拠を隠滅する労力すらも把握され、中々に精神的なダメージを負わされる。だが、他人の子を預かる者として、親に対してこれくらいのことを言いたくもなるのだろう。
「あまり飲み過ぎないでくださいね。お酒臭いお父さんは出入り禁止にしちゃいますよ。」
「で、出来るだけ気を付けます……」
ぐうの音も出ないことを言われた俺は、小さく頭を下げると典也を背負って保育園を後にする。背中から聞こえる小さな寝息が、家までの帰路を少しだけ軽いものとしてくれる。
「いつもより遅くなってごめんな。明日は少しでも早く迎えに行くからな。」
「……んにゅ。」
俺の言葉に微かな反応を見せる典也。もうそろそろ、しっかりとした言葉を話せるようになる頃だろうか。子供の成長を見逃して、父親失格などと言われないように、少しでもこの子を見守ろうとしていた。