第1話・セクハラ配信
底辺のゲーム実況配信者だった僕に転機が訪れたのは、放送事故といっても過言ではない些細な出来事だった。
なんて事の無い僕の実況中に、相棒のサーナイトがゲームプレイ中の背後を通り過ぎたのだ。
途端にコメント欄には[ 今の誰? ][ サーナイト? ][ 可愛い♡ ]などのコメントが溢れ、数分後には僕の実況などそっちのけで「今のサーナイトを出せ」という流れになった。
その時の僕もまた、マンネリと視聴人数の少なさに倦んでいたことからも、半ばやけくそで彼女を隣(ゲスト)に座らせた。
なんのことやら何も分かっていないサーナイトに、「みんながお前を見たい」ということを知らせてやり、さらには流れるコメントを指し示しながら「これが応援だよ」とも教えると──意外にもサーナイトは小さな微笑みと一緒に手を振った。
そのリアクションに、たちどころにコメント欄は盛り上がる。
しまいにはどこから聞きつけたのか、元の実況には全く興味もないであろう第三者までもが加わり、僕の配信史上初となる高額のギフト(投げ銭)を得てその日の配信は終了した。
それでもしかし終了後には嬉しさよりも空しさの方が勝った。
いかに『底辺』とはいえ、毎回のゲーム選びには僕なりのセンスを以てチョイスをしていたし、その日のトークだってわざわざ台本まで用意して挑んでいるのだ。
それがたった一瞬背後を通り過ぎたサーナイトによってすべて覆されてしまうなんて……。
しまいにその感情が静かな怒りへ傾き始めると、「ならば開き直ってやろう」と僕の中の悪魔が鎌首をもたげた。
次の週──予定していた配信には、そのスタートからサーナイトを同席させた。
ゲームもいつものマニアックなレゲーではなく、サーナイトが参加しやすいように彼女の好きな某メジャー系のパーティーゲームをチョイスした。
あとは適当に……本当にテキトーに独り言のトークなどしながら、プライベートでサーナイトと遊ぶ時のように『ただの素人のゲームプレイ』を時間いっぱいに垂れ流してやった。
……にも拘らず、その日の収益も過去のものを更新。もはやその額たるや、僕達の生活水準を明らかに向上させるほどの額となった。
以来、僕のチャンネルのスタイルはがらりと変わった。
とにかく主役はサーナイトだ。内容なんてどうでもいい。事実、何をやってもウケた。
その頃にはサーナイトもまた自分が受け入れられていることと、そして注目されていることを理解してか、自分から進んでリアクションを取っては実に能動的にチャンネルを盛り上げてくれた。
その中でも特に好評だったのは、サーナイトと視聴者たちによる『会話』だ。
もっとも、当然ながらポケモンたる彼女が喋れるはずもないので、視聴者と交わされるそれとはフリップにサーナイトが文字をかき込む『筆談』である。
もっともそれも『会話』と呼べるほどに高度なものではなく、視聴者からの質問や挨拶に対して、本当にごく簡単な単語をサーナイトが筆記し、そのたどたどしく文字をしたためる様や、ミミズがのたくったような単語を見て皆で楽しむという緩い内容であった。
そんな数か月ばかりの毎日は心から楽しかった。
サーナイトもまた日々色々な単語を覚え、最近では簡単な歌さえ鼻歌で口ずさめるようになった。
僕自身もその頃には一端のプロデューサー気取りで、もはや本来のスタイルであったゲーム実況などからは完全にかけ離れた企画とネタ作りに没頭していた。
そして、事件が起きたのはそんな頃であった。
いつものよう流行り物のオモチャで遊んでいるその最中、不意に[ トレーナー君とキスして ]なんていうコメントが流れた。
そのコメントに周囲もまた盛り上がり、瞬く間にコメント欄には[ キス! ][ チュウ! ][ ベロチュー! ]などといったコメントで溢れかえる。
いったい何をバカなことを──と、その時の僕は焦る演技の裏側でひどく冷めていた。
この手の『性』を意識させるような下ネタが書き込まれることは珍しいことではない。
事実、こんなことが書き込まれるのも初めてではなかった。
だからこの時も僕は、発言をした視聴者を軽くいなして番組を続行しようとしたのだがしかし──そんな僕の前にサーナイトが立ちはだかる。
そして、突如として立ち上がった彼女の意図を問おうと僕も言葉を紡ぎかけた次の瞬間──サーナイトは僕の頬に両手を添えたかと思うと、一切の迷いもなく僕の唇を奪った。
斯様にしてリクエストを実行したサーナイトの『キス』はしかも、何度も僕の唇を食み、さらには粘着質に舌同士を絡めるという濃厚極まりないものであった。
そのあまりに突然の出来後に固まってしまう僕は、ただ為されるがままにサーナイトからのキスを受け続けるのみ……。
この時僕は、彼女の知能レベルを完全に見誤っていた。
日々、配信に向けて文字の読み書きを勉強していた彼女には、[ トレーナー君とキスして ]程度のコメントなどは十分に読解可能であったのだ。
一方で、そんな展開にコメント欄は再び多種多様のコメントが狂い咲き、これまた多額のギフトが送られて来る。
それら祝福のコメントが画像をチラつかせる光の明滅を横目に捉えながら……サーナイトが妖艶に微笑むのを僕は見逃さなかった。
そしてその日を境に僕の──……否、僕達の動画配信は再びその性質を変えることとなる。
以降このチャンネルは、いかにして僕がサーナイト(ポケモン)からのセクハラに反応するかを視聴者に視姦させる、『セクハラエンターテイメント』の特色を確立していくこととなるのだった。