第1話・秘密基地
イチオとジュキとレーヤは同じ小学校に通う三人組だ。
三人はいつだって一緒でどこへ行くにも同じ──それは学校の課題に取り組む時も、イタズラをする時だって三人は常に一緒だった。
そんな三人がここ最近、特に力を入れて取り組んでいたことが『秘密基地』作りにあった。
そしてそんな折、既に廃業して人の出入りが無くなった倉庫のひとつに、イチオが外部から侵入できるルートを発見したのだ。
それこそが始まりであった。
その場所は元は運送業者の敷地であったらしく、中には倉庫兼車庫代わりにしていた巨大な建物が一棟と、そしてその傍らに事務所として機能していたであろうプレハブ小屋が隣接していた。
当然のことながらそこに人の姿などは微塵も見当たらない。
加えてこの敷地自体、フェンスに囲まれていることから中の様子が外からは判別は不可能で、事実三人組も数年来このフェンスの周辺を通り過ぎながらも、その内部がこんな造りになっていることを知らなかった。
「だったら、ここを俺達の基地にしようぜ!」
言い出したのは発見者でもあるイチオだ。
一同の中では一番背の低い彼ではあるが、その見た目の通りに行動力に優れるイチオは常に新しいイタズラの発案や、そして皆が行動を戸惑う時には進んで第一歩を踏み出す首謀者的な役割を果たしていた。
「じゃあどういう基地にするか決めないとな。せっかくこんなに広いんだから、有効に使わないともったいないよ」
次いで発言しながらメガネのブリッジを親指で直したのはジュキだ。
生家が世界的な家電メーカーのである彼は常にブランド品で身を包み、見目麗しく高い教養と知性も兼ね備えた才色兼備の少年ではあるが……その実はイチオに負けず劣らずのクソガキであり、むしろそんな自分の背景や自身の容姿の端麗さにも気付いていてそれを武器にしているあたり、イチオ以上に質が悪い手合いと言えた。
「それじゃ、まずは内部の探索から始めないとね」
そんな二人を取り纏めるように発言したのはレーヤだ
三人組の中においては一番の頭脳派であり、事実学力テストや知能試験においても全国ランキングを確認した方が早く名前を見つけられるといういわゆる天才である。
ド近眼であることから顔の三分の一を占める巨大なメガネをかけている彼ではあるが、その一番のインパクトは超が付く肥満体にあった。
実際のところ身長もまた170cm以上あり、同年齢の子供はおろか他の大人達と比べたって見おとらない大巨漢ではあるが、その分肥満体型は横にも広がっていることから、あまり高身長の印象を覚えさせない不思議な雰囲気を持った少年であった。
そんな3人は改めて敷地内の探索を始める。
まずは車の出入りが行われていたであろうアスファルト敷きの外部──見渡すほどに広いそこは『敷地』以外の何物でもない。
「ここでサッカーできるな!」
「クラスのみんなをここに集めるのも楽しそうかもね」
イチオの提案にまんざらでもないよう目を輝かせるジュキの傍らで首を横に振ったのはレーヤだ。
「このフェンスのすぐ向こうは道路なんだから、ここでちょっと騒いだらすぐにバレちゃうよ? 立ち入り禁止にされちゃったら基地自体が存続できないって」
レーヤの言葉に二人はしばしその内容を考えて、揃ってため息をついた。
そもそもが、『秘密基地』がコンセプトなのだ。
ならば次と、三人は敷地内を辿って事務所プレハブの中へと入った。
「へぇ、暖かいねここ」
一足先に入ったジュキがぐるりと室内を見渡す。
6~7畳ほどはあろう縦長の内部には事務机がその中央に取り残されているばかりで閑散としていた。
しかしながら日常業務に使われることを意識して作られたせいか、南向きに設けられた大きなサッシ窓の恩恵により、室内は初冬の今にも関わらず日光で温められていた。
もうこの一室があれば十分ではないかと背後を振り返り同意を求めるも……──
「んがー! もっと腹引っ込めろデブ! 入り口から入れないってどういう体してんだよお前!」
「んん~……僕の体じゃここには入れないね。まあ必要なら窓から出入りするしか無いと思う」
小屋の入り口で、開口に体を詰まらせては入室を果たせないでいるレーヤと、おそらくは外部で彼の尻や腹を必死に押しているであろうイチオの姿が想像できた。
その光景にジュキもため息をひとつ。
三人一緒に過ごせる場所でなければ意味が無い。このブレハブも基地には適さないように思えた。
ならばと最後に残された倉庫へと三人は歩を進めた。
正面の巨大なシャッターはびくともしなかったが、建物の外周をぐるりと回るとプレハブ小屋がある壁面の一角に両開きのドアが設置されているのを発見した。
いざそこから中へ入ろうとドアハンドルを握りしめたイチオであったが──ハンドルは堅い感触を伝えるばかりで一向に回転はしなかった。
「んん? んんーッ! ……ッだめだ。カギかかってる」
しばし金属音を奏でながら上下にハンドルを振り分けていたイチオも、そこから手を放して鼻を鳴らす。
いかに放置されているとはいえ倉庫物件の不動産である。施錠なりされて管理されているのは当然と思えた。
しかしながら、
「あるよ、鍵。たぶんこれでしょ?」
そんなイチオの背後から、鈴でも鳴らすようにチェーン型のキーホルダーに幾つの彼の鍵がくくられた束を差し出したのはレーヤであった。
「なんでレーヤが持ってるんだ?」
「さっきあのプレハブに半分だけ入れた時に、壁に掛かってるのを見つけたんだ。あそこが事務所だったとしたら、倉庫のカギがそこにあったっておかしくないでしょ?」
こういった捨て目の利きと洞察の鋭さは天才に所以するところである。
レーヤの機転に二人は改めて感心すると、ジュキは受け取った鍵束の中のひとつを倉庫のシリンダーへと試みてみるのだった。
一本目の鍵で難なく開錠出来た。
その様子にチラリと背後を見遣れば、イチオもレーヤも小さく頷いては期待感を顔に満たしている。
そうして再びジュキがハンドルに手を掛けると──今度はスムーズに反転してはラッチが引っ込む手触りが実感できた。
手前に引くやドアは開き、そしてもう片割れであるドアのフランス落としもまた上下の固定を解いて開け放つと──ようやくに三人は倉庫の中へと入ることが出来たのであった。
「うわー、すげー! 体育館くらいある!」
思いもよらぬ内部の広さにイチオが声を上げると、その余韻が残響となって残った。
壁の四方上部に排煙用のガラス窓が設置してあることと、さらには屋根材のスレートが所々でクリア部材のスケルトン様式になっていることから、室内は電灯など無くとも十分に見渡せる光量に満たされていた。
「──とはいえ明るいのは昼の内だけだね。あと当然だけど広いから気密性も低いなあ……ちょっと寒いよ」
倉庫内へと駆けだすイチオの後に続いたレーヤが独り言つる様に庫内の感想を漏らしたが、それでも気色満面の様子からは『自分達の基地を手に入れられた』という満足感が隠しようも無く表れていた。
後はこの場所をどんな風に改造していくか──そんな予想図にそれぞれが思いを馳せたその時、
「──ん? ッうわぁぁ!? な、なんだこれ!」
二人が進む方向とは別の一角に視線を投じたジュキが、そこに尋常ならざるものを見つけては、平素の取り澄ましたイメージからはかけ離れた声を上げた。
その珍しい反応にしかし、同時にそれがただ事ではないことを察したイチオとレーヤもまたジュキの元へと駆けつける。
「なんだジュキ! 何があった!?」
「あ、あそこッ……倉庫の奥! なんか、いる!」
まだ動揺から脱し切っていないジュキの指先は僅かに震えていた。
そして倉庫の彼方を指し示すその先を確認して──同じくにイチオとレーヤもまた戦慄を覚えることとなる。
照明の死角となった薄暗い倉庫の一角には見上げるほどの何者か獣の毛並みが──荒い呼吸を宿しては緩やかに上下する姿が見えていた。