第1話・ポケモン家政婦
昔から掃除は得意じゃなかった。
そして一人暮らしをするようになってからは、さらに洗濯や食事の支度もままならないことが分かった。
要は家事全般の処理能力が、俺は皆無に等しかった訳である。
ゆえに家事を執り行ってくれる家政婦を雇うという結論に辿り着くのは、俺的に至極自然な流れであると言えた。……彼女を作るという発想に至れないのが悲しい所であるが。
ネットで少し調べると、星の数ほどの代行業者がリストに上がった。
しかしながら見ていておかしいのは、本質は『家事代行』というのに、斡旋される家政婦は実に事細かなプロフィールや写真の添付と共に紹介されていて、さながら風俗やキャバクラ嬢の御指名にも等しいそれだ。
眺めていて可愛いと思う子は幾人かいたが、そういう家政婦に限って金額がバカ高いところまで一緒とあっては、もはや苦笑しか浮かばない。
ともあれ俺は実力重視だ。……というか正確には金額だ。
とにかく安い紹介所は無いものかと探し続けていると、とある代行業者のホームぺージにて俺の目は止まることとなる。
そこにて提示されていた金額は、他の会社の平均よりもさらに三分の一を下回る金額であった。
こういった人件費がメインとなる稼業においては2割引きであったって破格だろうに、それが通常価格の三分の一……さすがに安すぎる。
しかしながら結果として俺はそこに決めた。
値段の安さも然ることながら、個人的な興味をそそられたことも大きかったからだ。
とはいえまったくの打算が無かった訳じゃない。その彼女の働きこそが今後、他の業者を選ぶ際の選定基準になるかもしれないとも内心では思ったからだ。
果たしてどんな家政婦が来てどんな仕事をするものやら……そして今日、そこより派遣された家政婦と俺は玄関で対面を果たした。
そしてその『彼女』を見た瞬間に、一連の破格の理由もまた悟ることとなる。
目の前に居たのはメスのカイリュー……ポケモンであった。
見れば他のカイリューと違い、彼女には大きな乳房がたわわに実っていた。なるほど、確かに『婦』ではある。
そんなことを考えては感慨深くなる俺を、目の前のカイリューは小首をかしげては覗き込んだ。
そんな彼女の仕草に俺もまた我に返ると、
「あぁ、ゴメン。それじゃ……上がって」
とりあえず、俺はカイリューを自宅へと招き入れた。
持参したブラシと布巾とで丁寧に足裏の汚れを落とすと、カイリューは玄関の上がり框を跨いでは入室し──その第一歩で歩みを止めた。
そこから山でも眺めるかのよう遠い視線を室内へと投げやる。
そんな彼女の反応に、我が事ながら俺は気まずげに苦笑で場を繕った。
カイリューを半ば唖然ともさせた理由こそは、俺の部屋の散らかり様にあった。
2LDKの社宅は玄関を上がってすぐにリビングとなる造りではあったが、そこは見渡す限りに使用未使用を問わぬ洗濯物や日常品、さらには引っ越して以降数年来まだ荷解きをしていない段ボールがパズルゲームよろしくに積み重ねられてと、それは悲惨な様相をそこに呈していた。
唯一料理をしていなかったことからキッチン周りの汚れこそは目立たなかったものの、そこにもやはり季節ものの衣類をぶち込んだカラーボックスが積み上げられては本来の使用が出来ない状態となっていた。
「まずはここの掃除をしてほしいんだけど……どうかな?」
思わず訊ねてしまう。
そのために雇ったのだから丸投げしてしまってもいいようなものだが、それでもしかし今日まで身勝手に散らかし続けた恥部の処理を他人に押し付ける申し訳なさから、ついそんな言葉が口を突いて出た。
しかしながらこれらを受け止めるカイリューもまたタフだった。
瞬きの後にはすぐに気持ちを切り替えると、訊ねる俺に振り返っては満面の笑顔を返してみせる。その頼もしさと、さらにはポケモン特有の愛らしさに少しばかり胸がときめいた。
やがては肩掛けカバンからエプロンと三角巾とを取り出したかと思うと、瞬く間に持参したそれらを装着しては、なるほど家政婦らしい姿へとカイリューは変身を遂げた。
「それじゃ、俺は邪魔になるから自室にいるよ。分からないことがあったら呼んで。すぐに来るから」
後はプロに任せようと、購入以来使ったことのなかった掃除機や、はたまた洗濯機の場所を教えると俺を自室へと籠った。
笑顔でそれを見送ってくれるカイリューへ、肩越しに苦笑を送って会釈をすると俺は後ろ手に自室のドアを閉める。
それから手持無沙汰に室内をうろついた後にベッドへ腰かける俺の耳に、さっそく壁の向こうから彼女が室内を歩き回る足音が聞こえてきた。
しばしそんなカイリューの働く音に聞き耳を立てていた俺はやがてベッドの上に寝転がる。
一人暮らしとあっては生活の拠点はすべてリビングに集中していて、文字通りの寝室はまさにベッドに寝転がる以外の何の娯楽も無かった。
当然のごとくスマホもリビングで充電中とあってはなおさらに退屈で、ならばそれを取りに出ていこうかとも考えたが、俺はそれを踏み止まる。
彼女の仕事の邪魔をしたくないという思いも確かにあったが、それ以前にまだ心の中ではあのカイリューを受け入れられていない部分もあったからだ。
要は顔を合わせて、その言い訳の為に会話を交わすのが面倒でしょうがない。
どうしたものかと天井に両手を伸ばしてはぶらつかせるそれを眺めるうちに──いつしか俺は眠りに落ちていた。
しばしして目覚めると、俺は依然として枕に頭を預けたまま視線だけを室内に巡らせる。
その先で壁掛け時計を確認すれば、時間は既に午後6時半を回っていた。
カイリューがやってきたのが正午の1時過ぎ頃であったから、正味5時間以上も彼女を放置してしまったことになる。
「さすがにこんなに放っておいては悪いか……やれやれ」
自分で呼んでおきながら、再びカイリューと相まみえることにため息をついてベッドを下りた俺は、ドアを開けて廊下へと歩み出るや──その目に映る光景に絶句した。
我が目を疑うとはまさにこのことだ……。
大小を問わぬ荷物を放置していたことで人一人が歩くだけのスペースしか残されていなかった廊下は、今やその全ては取り除かれては、昼光色の室内灯を磨かれたフローリングや壁紙へ柔らかく返していた。
この社宅に訪れて以来、久しく目にすることもなかった輝かしい廊下がリビングへと向かって真っすぐに伸びている光景に俺は目を奪われる。
そしてそれに誘われるよう廊下を辿ると、その先にて俺はリビングへと通じるドアを開け──さらなる新世界の展開に、今度は見開いていた瞼を細めてしまうのだった。