第1話・気になるアイツ
最近ヘイラッシャの様子がおかしい。
妙にソワソワしているというか、何をしていても心ここにあらずといった感じだ。
外で遊ばせていると大抵この状態になるのだが、その理由もまたアタシには察しがついていた。
それこそは最近この場所でよく会うシャリタツにこそ原因がある。
赤を基としたまだら模様のその子と直接のやり取りは無い。
そもそもが野生であるこのシャリタツはいつも湖の水辺からこちらの様子を見ているだけだ。
外で遊んでいれば野生ポケモンと遭遇することも珍しくは無いし、そのまま友達となるパターンだってよくあることなんだけど……どうにもヘイラッシャの反応はおかしかった。
外に出されるや彼女は真っ先に湖の見える場所まで移動する。
するとそこには既にあのシャリタツが居て、そこにて二匹は互いを観察し合う──以降はずっと見つめ合って過ごすのだった。
当初は威嚇されては怯えているのかとも疑ったが、どうにもそうではないらしい。
それならば逃げるなりすればいいがヘイラッシャはいつも自分からここへとやってきてはシャリタツと見つめ合っている。
考えれば考えるほど二匹の行動の意味合いが分からなくなりアタシは思案に暮れる。
そしてどうにも要領を得なくなったアタシは直接ヘイラッシャへと尋ねてみることとしたのだった。
その日も外に出されるなり例の場所へ赴くヘイラッシャ──そこには当然の如くにあのシャリタツもいた。
そうして今日もまた遠くに見つめ合うヘイラッシャの横に着けると、
「ヘイラッシャ、あの子が気になるの?」
それとなくアタシは聞いてみたが、それを受けるヘイラッシャの反応はそれは激しいものだった。
驚愕といった具合に目を剥いて口を開けたかと思うと、今度は瞼も口も閉じて俯いてしまいその後はごにょごにょと言い訳めいたような鳴き声で独り言つるのだ。
おまけに顔まで真っ赤にしてはどこかはにかんだようなその仕草に……その時アタシはピンと来てしまった。
ヘイラッシャが足繫くこの場所へと通う理由──それこそは、
「もしかして……あの子のこと好きなの?」
アタシからの一言に再び大きく口を開いて硬直したかと思うと、次の瞬間にはヘイラッシャはその場に横倒しになってしまった。そんなに衝撃なことか?
そんな彼女を元の姿勢に抱き起してやりながらこの時のアタシは、こんなヘイラッシャの為に一肌脱いでやろうと決めた。
「じゃあさ、アタシが声掛けてきてあげようか? 一緒に遊ぼうって」
次いで告げられるアタシからの提案に、ヘイラッシャは分かりやすいくらいに喜怒哀楽の表情を次々と切り替える百面相を見せる。
それこそは内心の葛藤を如実に表せているに他ならない。彼女にしてみれば初恋であるのだ。
種族の中では8メートルほどの小柄な彼女がいかにシャイで引っ込み思案な性格なのかはトレーナーであるアタシこそが一番よく知っている。
だからこそそんな彼女の初恋には驚きと喜びを覚えると同時に、だからこそ応援してあげたくもなるのだ。
しばし悩んだ末、ヘイラッシャは甘えるようにアタシの胸元へと鼻先を押し付けてきた。
そんな彼女を抱きしめてはその額を撫でてやりながら、
「よしよし。お姉ちゃんにまかしとけ♪」
アタシは二人の仲介人をしてやることを決めた。
改めて彼方のシャリタツを見遣ると、向こうまたこちらの様子を注意深く見守っていた。
まずは挨拶とばかりに、
「おぉーい! そっちに行ってもいいーッ?」
私は大きな身振りで片手を振るとシャリタツへのコンタクトを測る。
それを受けたシャリタツは微動だにもしない。しかしながらアタシからのリアクションは伝わっているようで、しきりとその場でヒレでの足踏みを繰り返している。
まずは接触を試みようと、アタシは近づいてみることにした。
相手は野生である──下手に刺激をしないようゆっくりとした歩調で進みながら、シャリタツの様子を観察する。
やはりシャリタツが逃げ出す様子はない。その視線はアタシに注がれたままだ。
やがてはその場へとたどり着き、遂にアタシ達は至近距離での接触を果たす。
その場に屈みこんでなるべく視線の高さを合わせると、
「こんにちわ」
まずは挨拶をした。野生のポケモンにそんな習慣などは無いのだろうけど、コンタクトの取っ掛かりを付ける為にアタシの声を聞かせてみせたのだ。
しかしながら、
『……スシ!』
こちらを見上げてくるシャリタツもまた強い口調で一鳴き返してきた。挨拶に応じたのだ。
そのことにアタシも驚いては目を丸くする。
あるいは威嚇されているのではとも疑ったが、シャリタツの特徴でもある酢飯然としたのど袋にも変化はない。
「もしかして……アタシの言葉とか分かるの? もしそうなら『ス』ってだけ応えてみて」
思わぬ展開に内心で驚きつつ、更なるコミュニケーションを図る私に対し、
『ス!』
シャリタツは明瞭に応えると同時、右ヒレを上げては会釈までしてみせた。
これなら話は早いとアタシはいきなり本題から切り出すことにする。
「あのね、アソコにいるヘイラッシャがあなたと友達になりたいんだって。もしよかったら一緒に遊んであげてくれない?」
アタシからの申し出にシャリタツは大きく目を剥いた。その後はアタシ越しに彼方のヘイラッシャとこちらとを交互に見比べる。
やがては大きく跳躍してアタシの頭の上へ起用に乗ってきた方と思うと、
『ス! ス! スシー!』
右ヒレでアタシの頭をはたきながら、さらに伸ばした左ヒレをヘイラッシャへと向けて指差した。
……コイツ、野生だというのに意外といい性格をしている。
「分かったってば。アンタももう少し警戒っていうか遠慮しなさいよね」
言われるがままに立ち上がりながら愚痴めいた警告もするアタシではあったが、当のシャリタツはといえばヘイラッシャと接点が持てることに興奮しきりでまったくアタシの声など聞こえてはいない。
思うにこのシャリタツもまたアタシのヘイラッシャに強い興味があったのだろう。
「仲良くしてあげてね。よろしくシャリタツ」
『スシー。オレスシー!』
ため息まじりに掛けられる声に、シャリタツはアタシの頭の上でエビぞりに身を反らせては何処か得意げに応えてみせる。
かくしては、スシとサカナと人間の──思わぬアタシ達の交流が始まろうとしていた。