シャリタツを頭に乗せて戻ってくるアタシを目の当たりにし、彼方のヘイラッシャは明らかな動揺をしているようだった。
こうなることは予想できていたのだけど、それでもあのシャリタツが自分の元へとやってくる覚悟はまだ決まっていなかったみたいで──ヘイラッシャは何度も逃げ出そうと身を翻しては踏み止まり、そして再びアタシを振り返っては狼狽えるという動きを繰りした。
一方でアタシの頭の上のシャリタツはといえば……
『ス! スー! スシ! スシー!』
こちらもまた興奮しきりの様子で、徐々に近づきつつあるヘイラッシャに発奮しては幾度となくアタシの頭をヒレで叩いては身を仰け反らせるを繰り返している。
「ちょっと、落ち着きなさいよね。──それからァ、アタシのヘイラッシャに酷いことしたら許さないからね」
『スシシー!』
アタシの声など一切耳には入っていない様子で両眼を爛々と輝かせるシャリタツと、さらには遠吠えまで始めてしまったヘイラッシャを前にて、アタシは軽々しく二人の仲介を申し出たことを後悔していた。
二匹とも尋常な状態ではない……こんな二匹が触れ合ってしまったら、どんな事態になるのか分かりやしない。
最悪の場合、どちらかが血を見る結果にもなりかねないとも危惧していると──やがてアタシ達はヘイラッシャの元へとたどり着いてしまった。
立ち止まるアタシ達を小刻みに震えながら見下ろすヘイラッシャと、その視線を真っ向から受け止めてはそれを見上げるシャリタツ。
二人のファーストコンタクトは、予想外に静かな接触で始まった。
引き合わせたはいいものの、この後どう場を繕ってやろうかと考えあぐねるアタシをよそにシャリタツは身軽に頭の上から飛び降りる。
そうして臆する様子もなく体を右へ左へ揺らしながらヒレで前進すると、改めてヘイラッシャと向かい合った。
それを前にしてヘイラッシャもまた頭を下げると、その鼻先をシャリタツに近づけてはまじまじと見つめ合い次の瞬間には──
『スシー♡』
シャリタツはそんなヘイラッシャの鼻先に抱き着くや、体全身を押し付けては抱擁をした。
それを受けヘイラッシャもまた激しく動揺したようであったが……やがてその顔を茹でダコよろしくに赤くすると、そんなシャリタツからの抱擁に身を預けた。
その結末にアタシはあっけに取られてしまう。
蓋を開けてみれば二匹は相思相愛だったのだ。
なにやら心配して損した気分だった。
「それじゃ、後は二人で好きにして。アタシは向こうでみんなと一緒に居るから……ごゆっくりねー」
少し皮肉っぽくそんな捨て台詞も掛けてはみたが、既に一緒の世界に入り浸っている二匹にはそんな声も遠い。
低く喉を鳴らしあっては互いに頬ずりをする様子に鼻を鳴らすと、アタシは一旦その場から離れることにした。
その後も二匹は一日中、つかず離れずに一緒の時間を過ごしていた──。
その仲睦まじさは生半な物ではなく、昼食時にサンドイッチを運んでいった時にはヘイラッシャの口の中に潜り込んではシャリタツがくつろいでいるといった塩梅だった。
たしかにこの二匹の間には『しれいとう』なる特性があって、シャリタツがヘイラッシャの中に納まることもまた知ってはいたが……よもや初接触の今日でここまで関係が進んでしまうとは思いもよらなかった。
その一方でそんなシャリタツを迎え入れては幸せそうなヘイラッシャを見るにトレーナーたるアタシは複雑な気持ちになる。
なにやら恋人を寝取られた気分だ。年頃の娘を持った父親の心境って言うのはこんなもんなんだろうか? ……週末にはパパに優しくしてあげようとアタシも一人頷く。
そうして平穏な時間は瞬く間に過ぎ去り、時間も正午3時を越えてそろそろ引き上げようかという時に──その事件は起きた。
ふと二匹が居た湖の畔に目を移すと、そこに二匹の姿は無かった。
瞬間驚いて周囲に眼を凝らせば、そこから遠くない岩場の陰でヘイラッシャの尾びれが蠢いているのが見えた。
さては日差しを避ける為にそこへと移動したものかと思い、そんな軽い気持ちでそこへと近づいていったアタシは、
「おーい、ヘイラッシャー。そろそろ帰るわよー」
その岩場の向こうで繰り広げられていた光景に戦慄を覚えることとなる。
見れば体を横たえているのか、尾びれの下端がアタシの視界には露と見えていた。
岩場の陰から見え隠れしていたそんなヘイラッシャの尾びれは痙攣と硬直とを繰り返し、さながら感電でもしているかのような動きを見せている。
それでも『あんなこと』が繰り広げられているなど露とも知らぬアタシは、そんなヘイラッシャの異変には気付くことなく岩場の影を覗き込んでしまった。
そんなアタシの目に飛び込んできたのは──アタシの登場に気付いて振り返るシャリタツと、そして左を下にして身を横たわらせられているヘイラッシャの姿であった。
ヘイラッシャの下半身辺りに陣取っているシャリタツの体は、正午の緩やかな日差しを艶やかに照り返すよう粘着質に濡れていた。
そしてそんなシャリタツのすぐ前には……内腹を切り裂かれ、赤く濡れ割いた断面を晒したヘイラッシャがその顔を紅潮させては荒い呼吸で喘いでいる姿があった。
「あ……あああ………ッキャアアアアアアアアッッ!」
脳がその事態を完全に把握するよりも先にアタシは叫び出していた。
悲痛なそのアタシの絶叫を──ただシャリタツだけが平然と、午後の斜陽に横顔を赤く染め揚げさせながら見上げていた。