第1話・妹の足跡
殺人事件の容疑者として妹が指名手配されてから3年が経つ──
殺されたのは当時妹と付き合いのあった『男友達』で、奴のことは俺も良く知っていた。
控えめに言ってもクズだった。
殺されても当然のような奴で、いずれ妹ではなくとも誰かしらの手に掛かっていただろうと思えるような男だ。
それでもしかしこの一報がニュースで流された時には、被害者たる奴は卒業アルバムから抜粋された純朴そうな写真が使われ、そして加害者たる妹はおそらく生涯の写真の中で最も印象が悪い物が使われては報道された。
斯様な印象操作はマスコミの思惑通りの効果を生み出し、瞬く間に妹は『犯罪者』として世間に認知されるに至る。
かねてより二人がつるんでいることを知っていた俺は、事あるごとにそのことを妹へ注意しては奴と距離を置くように忠告もしたが、その頃は俺達の関係もまた最悪で彼女はこちらの言うことには耳も傾けようとはしなかった。
やがて最悪の事件は起き、彼女はその前後においても一切俺へ相談することなく消えた──代わりに失踪の直前、逃走資金を調達すべくに俺の家から現金や換金性の高い物品が盗まれていたことから、妹が自ずからこの事件に関与したことは疑いようもなかった。
以降は今日にいたるまでの3年間、彼女に会うことはおろか声を聴くことすらもままならずに今へと至っている。
警察にも彼女の逃亡先について心当たりがないか尋ねられたりもしたが知り様も無いそんな情報を俺が話せるはずも無く、捜査開始の1年後には俺は警察からも見向きされなくなった。
確かに俺は妹の居場所や現状などは知らなかった……しかし、彼女と明確な繋がりがあることだけは隠していた。
それというのも彼女が逃走した際に持ち出した物品の中には俺のキャッシュカードも含まれていた。
そして妹の逃亡後は、そのカードが使われた銀行あるいはキャッシュディスペンサーの履歴を辿ることで、おおよその彼女の足取りを俺は窺い知ることが出来ていたのだ。
しかしながらそのことを俺は警察には黙っていた。
身内たる俺の手から妹を突き出すような真似はしたくなかったし、これだけが俺達に残された最後の家族の絆だと思うと、それを自らの手で絶ってしまうのが忍びなく思えたからだ。
そして、そこから彼女の逃亡を影ながらに支える俺の日々が始まる。
数十万ほどあった預金は見る間に目減りし、数か月後には少額をこまめに下し始める残高の推移から、いかに彼女が逃亡先で困窮しているのかが手に取るように分かった。
それを見かねて俺もいくらかの預金を預け直すと、それはすぐさま彼女によって下ろされる。
その際に引き落とし額が『39000』(サンキュー)などにされて、向こうからもそうした返事が為されるやり取りに、俺も自分が犯している事の重大さを忘れては苦笑いを禁じ得なかったものだ。
そんな彼女の逃亡と援助を繰り返す日々が2年ほど続いたある時──口座からの引き落としが一切されなくなった。
当然のごとく彼女の身に何が起きたのか俺には分からない。
定期的に収入の得られる身分と仕事を手に入れたか、あるいは援助をしてくれるような人物に巡りあったのかは知りようもなかった。
ともあれ無事で居てくれれば問題はないが、この状況においておおよそ思い付く最悪のパターンとして……逃亡先において彼女が死亡してしまった、ということも考えられた。
それからというもの妹の現状が気掛かりになり、俺は日に何度もこの口座を調べてはどうにか妹の様子が探れないものかと躍起になる。
そうしていよいよ以て埒があかなくなり、個人的な捜索も考え出した矢先──口座の数字に動きがあった。
久方ぶりに動いたその金額は……増加されていた。
むしろ妹側からの入金が為されたのである。
しかもその金額は、数千・数万という区切りの良い額ではなく、689や28といった小銭と思しき少額での入金なのである。
これには頭を捻った。
当初は、これは助けを求めるメッセージであり、金額の数字には語呂合わせや暗号といった特別な意味合いが含まれているではないかと規則性も探したが……時間帯も不規則に入金され続けるそれに何らかの統合性を求めることは叶わなかった。
そしてついに、事態は決定的な一線を越えた。
ある時、30万を越える金額が突如として振り込まれた。
そしてその日を境に、俺の口座には数十万、数百万を越える金額の入金がされ始めたのである。
もはや、妹が新たなトラブルに巻き込まれたことは間違いなかった。
そしてこの段に至り、いよいよ以て俺も覚悟を決める。
「アイツに……会いに行こう!」
3年前より幾度となく考えてはそして思い止まっていたそれを、遂に俺は決意するに至ったのであった。
差し当たり多少の現金とペンダントを一つ身に付けると、俺はほぼ着の身着のままに妹探しの旅へと出立する。
場所の大体の検討はついていた。
今日の入金に至るまで妹が行っていたキャッシュカードの操作は、2年前より全て同じ場所で行われていたからだ。
マバセ郡ゲンザ市のコンビニエンスストア……妹はそこにいる。
北の果てとも言うべきそこには彼女が──そして全ての事件の答えが俺を待ち受けているのだった。