今となってはすっかり様変わりしたその風貌……否、これ此処に至っては成れ果てたとでもいうべきか。
楕円の溝を穿っただけの瞳と緩い口角の面相は人の造詣を模してはいても、そこに個人の面影を窺い知ることは出来ない……それでもしかし、おおよそ目の前にいるサーフゴーに俺は限りなくテセィの面影を感じ取っていた。
しばし凍り付いたよう、見つめ合う俺達の周囲だけ時が止まってしまったかのようなその沈黙はしかし、外部の騒音によって打ち破られた。
『サーフゴーォぉッッ! 待たんかいぃッ、貴様ぁぁぁぁぁッッ‼』
突如として響き渡ったその怒号に、俺達は針で刺されたかのよう我に返る。
そして同時に声の方向へ振り返る視線の先には──男が一人と、その傍らに控える重厚なポケモンの姿が窺えた。
スキンヘッドの肥満体を着崩したスーツに包み、よれて汚れたワイシャツの襟から立ち上がったタトゥーが顔面の半分まで覆っている容貌からは、この男が堅気の人間でないことは見るからに明らかだった。
そしてその傍らには、通常のサイズよりも遥かに巨大なカジリガメが控えている。
こちらもまた男のタトゥーと同じであろう意匠のエンブレムを、顔面や甲羅といった肉体のあちこちに施していた訳だが……何よりも眼を引いたのはその大きさにこそあった。
本来ならばせいぜいが1メートル程度であろうはずが、そのカジリガメに関しては優に2メートルを超えている。
加えて素人目にも分かる不自然な筋肉の盛り上がり方を見るに、おそらくは違法な手段によって改造や成長を促されたポケモンと見て間違いはなさそうだ。
後に聞いた話ではあるが、かのスキンヘッドはこのシマ一帯を仕切っていたマフィアの幹部であるらしかった。
そしてサーフゴーはこの男の表裏に渡る店やアジトといったシノギを片端から襲撃しては潰し、そこに貯められていた現金を巻き上げていたようである。
先の町の住民へ行っていた施しや、そして遡れば俺へと入金していた金はそこで得た物であったのだ。
この時すでに組織は完全に解体させられた状態にあり、いわばこの幹部はせめて一矢報いようと、サーフゴーへ挑んできたという状況であった。
斯様な男とポケモンを依然として視軸の先に見据えながら、サーフゴーは首元から慎重にネックレスを潜り抜くと、それを押し付けるようにして俺に渡した。
おそらくは預かっていろという意図なのだろうが、
「お、おい!? お前、まさか……」
未だに状況が飲み込めない俺はただ焦るばかりだ。
一連のサーフゴーの行動から彼女があのカジリガメと戦うことは間違いないが、せいぜいが170センチ程度の俺とそう伸長の変わらないサーフゴーに、あの2メートル越えは堅い恐竜然としたカジリガメが手に負えるとは到底思えなかったからだ。
それでも彼女は一向に臆することなく、むしろ散歩でもするかのような気負いの無さで足取り軽やかにそれへと歩み進んだ。
そして二匹の間合いが2メートルを切った瞬間──発火するかのよう、俊敏に踏み込んだカジリガメの顎(あぎと)が、無惨にもサーフゴーの上半身を噛み断った。
落石を思わせる轟音で上下の顎が嚙み合わされ、左肩から袈裟に食いちぎられたサーフゴーの上半身がバネ仕掛けの玩具よろしくに宙に舞っては後方へと落ちる。
その肉体を構築している無数の金貨とその破片が四散しそして降り注ぐ光景に、
『ハハッ……ハハハハッッ! 見さらせぇ! クソボケがァァァ!』
カジリガメの傍らで、あの幹部もまた狂ったように笑った。……しかし、それも長くは続かない。
異変は同時にカジリガメにもまた現れていたからだ。
突如として苦し気に咳き込む出すや、カジリガメは前足を折って地に頽れる。
全身から大量の汗を拭きだし、呼吸を止めては全身を硬直させるその様子に幹部が声を掛けようとした次の瞬間──カジリガメは金色に輝く吐瀉物を、蹲る眼前にぶちまけた。
光り輝くそれが吐き出されたのもその一時で、後にはどす黒い血糊と共に、コマ切れとされた肉塊を何片も吐き出す。
さらには肛門からもまた始めは同じよう金色の輝きが射出され、後には排泄物に続いて、喉から吐き出されたものと同じ物体がこれまた下血と共に放り出されるのだった。
その光景を前に俺は彼女が何をしたのかを──そして初手にカジリガメの攻撃を受けたことからがもう、全てはこの戦略の布石であったことに気付いた。
サーフゴーは大量の金貨(コイン)の集合体で肉体を構築している──謂わばコントロール圏内から離れてしまうか、あるいはよほどの体積を消失しない限り、その分離分散した肉体(コイン)はそれぞれコントロールが自在であるのだ。
最初の噛みつきの際に、サーフゴーはそれをあえて受け、カジリガメの体内へと大量の自分自身を送り込んだ。
頑強な甲羅と筋肉の鎧をまとったカジリガメとはいえ、内臓までは鍛えられない──後はその内部から存分にカジリガメの内臓を切り刻み、口中と肛門から脱することで、文字通りの致命傷を負わせて外部へと出たのである。
カジリガメが完全に倒れ込むと同時、宙に螺旋状となって舞うサーフゴーの金渦は竜の如くにくねらせていたその身を一打ちして再び宙へ舞い上がるや──飛翔の頂点で滞留後、その身を直線とさせながら再び地上への降下を始めた。
その目指すべき着地点に居た者は、あの幹部だ。
それを前に一瞬幹部も息を飲むよう小さな悲鳴を上げたものの、結局はそれに反応出来ることもなく、滝つぼに飲み込まれる行者の如くに降りかかる黄金の奔流に飲み込まれてはその姿を消す。
かくして着地点の幹部を中心に金貨は集まり続け、そこにサーフゴーを再び組み上げていった。
やがては男の体型を反映させたかのような肥満体のサーフゴーがそこに現れる。そしてサーフゴーの視線は、その光景を見守り続けていた俺と再び結ばれた。
無表情の中に伺えるアルカイックスマイルの口元が、俺を捉えては明確な笑みのそれに代わる。
そして次の瞬間、サーフゴーの体系が元の痩躯に引き絞られた瞬間──スプリンクラーよろしくに、鮮血は彼女を中心として放射状に周囲へ撒き散らされた。
鈍の荒天へ輝くように広げられる赤きその眺めを……俺はただ呼吸も忘れては見上げたていた。
やがて、彼女はゆっくりとこちらへと歩み進んでくる。
右足を一歩踏み出すと、その表面の硬貨がさざ波を打って流動するのに合わせ、芯となっていた幹部の右足がその場に取り残される。
その要領で前方に進んでいく彼女の背後には、さながらに分身やセミの脱皮を思わせるよう、サーフゴーの緊縛から解放された幹部の形を模した等身大の肉塊だけが──……後にはそこへ立ち尽くすばかりだった。