あの夜を境にウェーニバルは元に戻った。
……否、むしろ『変わってしまった』といった方が正しいものか。
あの一夜を共にして以降、幼児退行から脱したウェーニバルはジー・クへの執着を隠すことは無くなっていた。
常にジー・クの傍らに寄り添っては手持無沙汰に彼を抱きしめたり、はたまた体の個所を問わずに撫ぜたりキスをする等の愛情表現を人目も憚らずに行うウェーニバルの姿にはむしろ、当事者であるジー・ク以上に周囲が困惑を覚えたほどである。
そして斯様な変化を迎えてからというもの、バトルにおける彼女の技の冴えにも一層の磨きがかかった。
以前から強かったことは確かだったが、あの頃のウェーニバルはどこか、己を取り囲む全ての事象に疎んでいた感が強かったように思う。
その全てから一歩引いた感情が、ひいてはあの冷静な判断力と振舞いに帰結していたのではないだろうか。
だからこそ、そこから脱した今のウェーニバルはその判断力を維持し続けたまま以前よりもさらに躍動的に動くことで、以前の自分を遥かに凌ぐ強さを得るに至れたのである。
とはいえしかし……
「あの赤ちゃん返りって、助けてほしいって意味だったんじゃないかと思うんだ」
後にジー・クは友人にそう一連の騒動を振り返った。
ジー・クの知るウェーニバルの性格は、責任感が強くポケモンには珍しい気真面目さが特徴であった。
それゆえに、従来の『ウェーニバル』種に見られる情熱性やトレーナーへの愛情を知らずのうちに押し殺す羽目となってしまった。
そしてジー・ク自身もまた、そんな彼女に甘えてしまっていたように思う。
一トレーナーとしては、彼女の無理に気付いてケアしてやらなければならなかったのに、なまじパートナーとして絶対の信頼を置いていただけに、本来ならばフォローすべき存在のウェーニバルと自分と対等の存在に捉えては接してしまっていたのだ。
だからこそ彼女に対しては常に敬意を表し、周囲への冷淡な言動に対しても干渉することは無くウェーニバルの個性を尊重していたつもりになっていたが……それこそが誰よりも彼女を差別する結果となってしまった。
本来はもっと単純に彼女を愛し、そして接してやるべきだったのである。
そんなことにも気付かずに歪な関係を続けた結果、遂にウェーニバルの心は限界を迎えた──……。
それこそが今回の事件の真相であった。
今も自宅のソファに腰かけるジー・クの膝の上、ウェーニバルは猫のように横顔を押し付けては寝そべっている。
眠っているのかはたまた瞳を閉じているだけか、ともあれ微笑みを浮かべたようなその横顔は何処までも幸せそうで充足しているように見えた。
そんな彼女に今までの自分の不甲斐無さを悔い改めては、ジー・クは罪悪感からそっとウェーニバルの頭を撫ぜた。
その感触にウェーニバルも片目をうっすらと開けると、そこからジー・クを望む。
そうして二人の視線が合うと──ウェーニバルはまるで久方ぶりに出会えたかのよう満面の笑顔を輝かせた。その後は猫のよう仰向けになっては後ろ頭をジー・クの膝に擦り付ける。
「これが本当のお前だったのに……ごめんな、今まで気付いてやれなくて」
愛撫とも、はたまた謝罪ともつかない様子で胸元を大きく撫ぜてやると、ウェーニバルは一層に瞳を細めて身をよじる。
ジー・クにとってポケモンは、ウェーニバルも含めて数あるポケモンの一人にすぎないという感覚があった。
それはそれぞれの個を尊重している思いの現れであり、けっして彼女達を一段下に見ている訳ではないのだが……結果としてそれは彼女を差別することとなってしまった。
ジー・クにとっては一ポケモンであっても、ウェーニバルにとってのジー・クは『世界にただ一人のジー・ク』なのであることを察した時──不覚にもジー・クは胸に込み上げるものを感じては涙ぐんでしまった。
「これからは違うぞ……これからは、もっと楽しくなるからな」
大きく鼻をすすっては笑うジー・クにつられ、ウェーニバルにも満面の笑顔が咲く。
やがては寝そべったその姿勢から腕を伸ばしてジークの首根に絡めると、ウェーニバルはそこから彼を抱き寄せては口づけを交わした。
そこには飾りも衒いも無い愛情深いトレーナーと、甘えん坊のウェーニバルが居るばかりだった。
【 赤ちゃん返りのウェーニバル・完 】