※この作品はR-18です。

三擦り半のマス☆カーニャ   作:たつおか

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【36】♡ 開店 ♡ PPP(ポチャポケパラダイス)♡
第1話・その店


 

 

 私の名は聊坂道塵(いさか・どうじん)──執筆業などをやっている。

 受賞歴二回の中堅作家であり、主にノンフィクションを中心に活動などしている訳なのだがそれ故に、これより私が話す内容の発表は当時世間から様々な反響を呼んだ。

 

 ノンフィクションライターという肩書ゆえにそれら評判は私への失望やあるいは中傷するものが多く、事実これを執筆した私自身、推敲のたびに自身の精神の均衡が図れているのかどうかを疑ったほどだ。

 

 しかしながら誓って言うが、これより書かれる事象は全て『 紛れもない事実 』である。

 

 私がこの秋に都内某所にて体験した、その奇妙な出来事の一部始終をここに記していこうと思う──。

 

 

 

 創作にとって大切なものとは何か?

 作品を生み出すことが作家の本分であるのだとしたら、それこそは『執筆に適した環境』こそ最も重要なファクターであると私は思っている。

 

 作家たるもの、何時いかなる場所でも紙とペンさえあれば執筆出来て然るべきだ──などと鹿爪らしくいう奴は、せいぜい全裸になって真冬の雪山で書いているといい。

 執筆に集中できる環境こそは、時にペン以上の重要な要素なのである。

 調整された気温と、適度な音の流動感──ならば自宅にその環境を整えればと思われるだろうが、如何せん自分のテリトリーたるべき自室や自宅は先の条件にある『音の流動感』に欠く。

 

 ここでいうそれとは、すなわち雑音や他者の気配のことだ。

 あくまで私に干渉しない周囲の音や人の気配──喧騒や騒音であったとしても、時にそういった環境は何にも増して私の集中力を高めてくれることがある。

 故に執筆における私の最初の行動は、まず『書く場所』を見つけることから始まるのだった。

 

 そしてここ数年はとある喫茶店の一角がそんな私の仕事場であった。

 しかしながら昨今、例の感染症の煽りを受けてその店が潰れた……これには頭を抱えた。

 もはやその店は私の脳や指先の一部にも等しい空間であり、それを失ったことで私からは一文字として、おおよそ商売に使える文章の出力が為されなくなってしまった。

 

 そこからは新たな執筆場所を探す私の流浪(ジプシー)生活が始まる。

 

 先の条件でなぜ自室がこれに適合しないかといえば、自室では集中力の維持が出来ないことにある。

 さらに端的に言うと、いつでも気兼ねなく寝そべられる環境というのがよろしくない。

 

 思考を纏める時、あるいは一時的な推敲を顧みる時──そのいちいちで私はゴロリと横になってしまう。

 これこそが著しく執筆のテンポを失するのだ。

 

 寝そべるという行為は、それまでに整えた自身の中のリズムを全てリセットしてしまう行為に等しい。

 そこからまた起き上がって、それ以前と同じリズムで執筆しようなどはまず無理な話だ。少なくとも私には。

 

 それゆえにこの、寝そべることの出来ない適度な緊張感としかしリラックス出来るという、相反する環境を維持してくれる場所というのが、私の執筆活動にとっては何よりも必要な要素であるのだった。

 

 

閑話休題──

 

 ともあれその年の秋口、そう言った理由から新たな執筆場所を探し求めていた私は『とある店』へと流れついた。

 

 自宅からそう離れていないそこは、商店街の一角にぽつねんと存在していた。

 そもそもがこの通りからがして既にシャッター街の様相著しく、アーケード内を歩いていても営業している店などは数十メートルに一軒という有り様だった。

 そんな店舗の中に埋もれるよう存在しているその店を最初、私は他と同様に休業しているものだと思ったほどだ。

 

 しかしながらその前を通りかかった際、ふとガラス戸の格子越しに人影が動く気配を捉えて私は立ち止まった。

 

 改めて店の外観を観察する。

 先のガラス戸に加えて店の壁面にはこれまた埃をかぶった宙に浮くパスタや、はたまたカフェオレかと見紛うばかりに埃の積もったコーヒーといった食品サンプルが並べられたショーウィンドウが確認でき、それにて改めてそこが喫茶店であることを私は確認した。

 

 前時代的やレトロと言ってしまえば聞こえはいいが、この無頓着さは当時であったとしても褒められたものではないだろう。

 

 しかしながら、だから気に入った。

 

 店の顔たるショーウィンドウがこうなのだから、この店の店主が客に気遣かおうはずもない。

 これが私の想像通りの店ならば此処は、私を内包しては干渉をしない適度な『客と店』の距離感を保ってくれる場所のはずだ。

 

 とはいえしかしその時の私は斯様な執筆場所の開拓というよりはむしろ、此処がどんな店であろうかという興味の方が勝っていた。

 そんな生来の好奇心と、自負する面の皮の厚さに任せて私は店の扉を押し開いた。

 

 カウベル然としたドアの鈴が乾いた音を立てては私の入店を店内に響かせる。

 8畳程度となる縦長の空間は何ともこじんまりとした印象を覚えさせた。

 席数は2つ──キッチンカウンターに近い奥に一つと、そしてそこから入り口に向かって斜(はす)となる様にもう一席が設けられている。

 なかなか悪くない配置だ。

 

 客が増えればそれだけ人間のタイプも増える。

 そうなると、時に私の執筆に好ましくない客という者も混じるというものだが、もとより2席しかないとあっては、そんな客と同伴してしまう可能性も低いというものだ。

 

 これまた古ぼけた一人掛けのソファに身を沈めると私は店員が近づいてくるのを待った。

 入店の際にくぐもった声が奥から掛けられたことからも、先方はこちらの気配に気付いているはずだ。

 しばし待つ間に、私は改めて店内の様子を確認する。

 

 オーク材を意識したであろう暗褐色に塗装された板張りの床と壁面は何とも落ち着きがあって良い。

 店頭で覚えた印象は悪い意味での店主のずぼらさだったが、いざ店内はと言えばシックに統一されたその雰囲気に得も言えぬ居心地の良さを覚えた。

 

 加えてこの狭さもまた良い。

 もしかしたら当たりの店を見つけたのかと思う私であったが、そんな気楽な思いは次の瞬間に吹き飛ばされることとなる。

 

 店内奥のキッチンカウンターから何者かの気配が現れ、私に近づいてくる。

 そうして水が目の前のテーブルへと差し出される訳だが……そこに私は、この世に在らざるものを発見しては我が目を疑った。

 コップを差し出してくるそれは、人間の手ではなかったからだ。

 

 その肌の表面に宿した体色は紙のように白く、おおよそ人の体温を宿した色には見えない。

 そもそもがそんな掌から伸びる指の先端にはもはや鉱物然とした鋭い爪が備わっていて、その切っ先にて器用に水の入ったグラスを摘まみ上げてはそれを私へ勧めていた。

 

 理解を越えた驚愕──あるいは恐怖に対峙した時に人のとる行動は、大まかに分けて二つだ。

 一つは動きを止めてやり過ごすタイプと、そしてもう一つはその根源を確かめようとするタイプ──あいにくにも私は後者だった。

 もはや神経反射ともつかない反応で私は顔を上げると、目の前にいるそれを真正面から確認する。

 

 そこには白い鬣の裾を赤く染め上げた獣が一匹、不思議そうに小首をかしげては私の視線を受け止めていた。

 ススキのよう長く伸びた耳と黄褐色の白眼の中に赤い瞳孔を細めたさせたその獣は、従来の動物はおろか古今東西の創作の中にも見たこともないような姿をしていた。

 

 そして何よりもその獣は、球体と見紛わんばかりに太ってもいた。

 

 そんな獣が人間よろしくに黒のワンピースにレースのフリルをあしらった衣装に身を包み私へと給餌しているのだ。

 同時にその制服と思しき胸元に『ゾロアーク』という彼女の名前と思しき名札もまた発見する。

 

 

 思いもかけぬ怪異との遭遇──

 そんな非日常との接点を持てたことを私は……『 ツイている! 』と天へ感謝せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

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