初見で度肝を抜かれた次の瞬間にはしかし、私は既に冷静さを取り戻していた。
目の前にいるメスと思しき獣──名札の『ゾロアーク』からは敵意や害意といったものが感じられなかったからだ。
むしろそんな獣が、人がするような恰好をして接客をしているだなんて最高に面白いじゃないか。
ならばと私も開き直っては、客として振舞うこととした。
「注文いいかい? とりあえずブレンドを」
私の物怖じせぬ態度に、向こうも何かを気に留める様子もなく頷いては微笑む。
その後は丸い体を上下させては、大きな足取りでキッチンへと戻っていった。
そんな彼女を肩越しに一瞥くれる私は、傍から見たその落ち着いた態度とは裏腹に、内面は久方ぶりに覚える興奮に浮足立っていた。
──取材が出来る……コレで一本書けそうだぞ
その想いが強く心の中を占めていたからだ。
しかしながら『ゾロアーク』とはどういう意味なのだろう?
胸元に止められたネームプレートにそう記されているのだからそれは彼女の名前なのだろうがしかし、個人名にしてはいささか響きに堅さがあるようにも思えた。
そもそもどういう出自の生物で、その明らかに人とは違う存在の彼女がなぜこんな場所でウェイトレスなどしているものか……興味は次から次へと湧いては留まることを知らなかった。
もっと彼女が見たい──願わくば会話などして、その素性を知りたい。……などと思っていると、その心を読んだかのよう再び、ゾロアークは丸型トレーにのせたコーヒーを両手に現れた。
遠目から見る彼女の全体像はむっちりとした肥満体で、その爪先から耳の先まで脂肪に覆われては丸みを帯びていた。
肘や膝などの関節はその脂肪に埋もれるあまりにえくぼの様な窪みが生じていて、本来こうまで脂肪を蓄える動物ではないことが窺える。
やがては私の席に着くと、彼女は物音立てぬよう丁寧にカップとソーサを置いてもう一度微笑んだ。
そうして戻っていく後ろ姿を見送りながら、そのワンピースのスカートから見え隠れする尻と裏腿を観察する。
下着の類も着けていないことから、今の服装はあくまでも店の制服であり、常日頃は裸で過ごしているのではないかと伺えた。
運ばれたコーヒーに口を付けながらも、一連の彼女の登場に関することで頭がいっぱいの私は一向に味の分からぬそれを漫然と啜り続ける。
彼女をもっと観察したい──注文をすれば一時は呼び出すこともできるだろうが、それとて一瞬だ。
どうにかして彼女と長時間の接触を持てないかと思考を巡らせていると……突如として店の奥から再びゾロアークは姿を現した。
一体何事かと見守っていると、その両手に抱えたトレーの上には巨大なホールケーキが乗せられている。
それを手に店内へ出て来たかと思うと、残っているもう一席のテーブルへとそれを置いた。
さらにはケーキに隠れていたアイスのカフェオレもまたテーブル上に移すと、彼女もまたその席へと着席をする。
それから件のケーキを前に両手を合わせ、おそらくは『いただきます』と思しき声を高く発生したかと思うと──ゾロアークは敢然とそれの喫食を始めた。
おそらくは店側からの賄いなのだろう。
ということは休憩時間か何かなのだろうか? ──ともあれ私にとっては好都合だ。
ちょうど今の私の席からはそんな彼女の全体を望むことが出来、ここぞとばかりに私は彼女の観察を始めた。
相手がホールケーキということもあってか、ゾロアークはそれをパスタ用の大振りなフォークで食していた。
切っ先を縦にしてケーキへ食い込ませると、持ち上げたそれだけで一人前はあろうかという量を切り出し……大きく口を開くや、これまたそれを一口で食べた。
その後も同じ動作の繰り返しで喫食していくと、見る間にケーキはその姿を消していく──その豪快な食べっぷりを、私は当初のゾロアークを観察するという目的も忘れて見入っていた。
瞬く間にホールケーキひとつを食べ終えると、彼女は備え付けの紙ナプキンで口元を拭いた後、何事も無かったかのようなすまし顔でカフェオレを啜った。
そうして再び席を立ちキッチンへと消えていく後ろ姿を見送りながら、私は名残惜しさのような感覚に捕らわれては胸に切なさを覚える。
同時に、困惑もしていた。
今この胸に去来している感情は何なのだろうか?
同時にどのような思惑であれ、自分が他人に対して執着を抱いているという感情には同時、苛立ちを覚えてもいた。
独立独歩が信条の私としては、物理的にも精神的にも他人に拘束される状態は好ましくない。
たとえ絶対的な立場の違いを突き付けられていようとも、私は自分の我を押し通したいと常日頃から思っていたし、事実そうした偉そうなやつに正面から言いたいことを言ってやってもいた。
だからこそ今、少なからずゾロアークに意識を奪われてしまっている現状には僅かな戸惑いと苛立ちにも似た感情を抱いてしまうのだ。
ゆえに自分を律しては毅然と振舞おうとした私ではあったが──再び店内に現れたゾロアークを目にするにつけ、そんな決意はすぐに吹き飛んでしまった。
出前のおかもちよろしくに、肩の高さに掲げられた彼女の両手には……それぞれのトレーに、これまたそれぞれチョコとチーズのホールケーキが乗せられていたからだ。
──それを一度に食べようっていうのかッ!?
その驚愕と興味からついには正面からゾロアークを凝視してしまうと、向こうも私の気配に気付いては、その視線が絡み合った。
瞬間立ち止まって見つめ合ってしまう私達であったが、再びゾロアークは柔和に微笑んでみせると、何を思ったのか先の自分の席には戻らずにそのまま私の居るテーブルへと進んできては、その上へと両手のそれを置いた。
そうして彼女自身もまた私と向かい合う様に着席すると、小さく声を発しては小首をかしげながら私に何かを窺う。
おそらくは同席を請うものであったのだろう。一方の私もまたその急激な展開に戸惑うあまり、つい頷いてはそれを許してしまう。
「こ、ここで食べたいのかい? まあ……私は構わないが」
我ながら照れ隠しをしたかのような言い回しになってしまったみたいな気がして気恥ずかしくなる私の一方で、正面のゾロアークはこの日一番の笑顔を咲かせた。
そうして胸元のポケットから従来のケーキ用となる小振りなフォークを取り出すと、それを私に持たせる。
言うまでもなくそれは、これを二人で食べようという意思の表われであった。
流されるままそれを受け取り私をよそに、ゾロアークは豪快にチーズケーキを4等分する。
そしてその一つへとフォークを突き立てては豪快に持ち上げると──直径にして10cm四方はあろうかというそれを、彼女は大きく開いた口中に迎え入れ問題無く頬張った。
かくしてゾロアークによるお茶会を今、私は共にすることとなったのだった。