ホールサイズのチーズケーキが瞬く間に消えた──。
4等分したそれらを、ゾロアークはそれぞれ一口で食べたが為だ。
その後も彼女の喫食は豪快の一語に尽きる。
残るチョコケーキもまた最初のショートケーキよろしく豪快にパスタフォークを食い込ませると、そこから手首に捻りを加えては山盛りに切り取っては口に運んだ。
その眺めたるや、褐色のケーキの見た目も相成っては重機が掘削をする建築現場を見ている向きすらある。
とはいえそんな彼女の食事風景には、見ていていつまでも飽きない面白みがあった。
喫食の際にはしっかりと口を閉じて咀嚼音を外に漏らさない食べ方にも、不快さを感じさせない理由があるのかもしれない。
しかしこの光景の一番の面白みは、そんなゾロアークの食事にはこちらもまた同じものを平らげたかのような達成感があることにある。
私には経験が無いが、若い部下を食事に誘いだした上司が大量の飲食を無理強いする構図にも、こうした食欲への代替行為という目的があるのかもしれない。
ともあれ、もはや見惚れるよう彼女を観察している私の視線に気付いたのか、ゾロアークは吸い付けていたストローでカフェオレのグラス底をさらうと、どこか照れたように笑うのだった。
「恥ずかしがることは無い、たいしたもんじゃないか。見ていて気持ちが良かったよ」
私にしては珍しく飾りも衒いも無い言葉が出た。
それを受けその一瞬、呆けたようにこちらを見たゾロアークであったが……次の瞬間にはその顔は更に満面の笑みに輝いては大きく鼻を鳴らす。
思うにこの『食べる』ことに関して賛辞を受けたことは初めてだったのだろう。照れつつも何処か得意げなその、子供の様な反応を私は素直に好ましく思っていた。
そうして微笑み合っていると、突如として彼女は中腰に身を屈めながら背を起こし、依然として椅子に尻を着けたまま私の左隣へと席を移動させる。
そうしてもはや互いの肩同士が密着するまでに距離が縮まると──そこからは艶めかしい程の彼女の体温と匂いとが伝わってきては不覚にも瞬間、私は忘我してしまうのだった。
同時にそんなゾロアークの接近に、思いもかけず彼女へ親密な感情を抱くのを自覚した。
言うなればそれは男女間の恋愛感情に通じるものだ。
それゆえに混乱もする。
なぜならいま目の前にいる者は性別以前に人ですらない。そんな存在の彼女に異性を意識してしまうなど、常日頃の私であったなら皮肉に笑い飛ばすような事態である。
断っておくが私は同性愛者でも無ければ、恋愛に対して偏見や差別的な考えを持っている訳でもない。
それでもしかし世間一般で語られるような男女の交わりにはどうにも、ママゴトめいた子供っぽさを感じてはそれを冷笑していた節があった。
故にそんな私が、恋人同士が語らうかのよう甘い食べ物と珈琲を挟みながら異性と触れ合っている状況は自分自身、甚だ理解しがたかったのだ。
しかも困ったことにそんな彼女からの体温を享受しているこの瞬間は言いようもなく心地よかった。
そしてそれは彼女もまた同じと見えて、私の肩へと身を寄せて瞳を閉じるその顔は、恍惚と今の恋愛感情と食後の満腹感に酔いしれている気配が感じられた。
しばしそうして身を寄せあっていると、再び開かれたその瞳は隣から見上げている私の視線と絡み合う。
弛緩していた顔がその瞬間、深刻さを帯びたように堅くなる。
いかに恋愛初心者の私であっても、そのまなざしが求めるものは自ずと理解した。
私もまた体の向きを正しては、正面からからゾロアークと向き合うと、その膝の上で行儀良く置かれた両手の甲へ掌を重ねる。
そんな私からのアプローチに彼女もまた意を決したかのよう体を前のめりにさせると、二の腕や下腹、そして規格外の巨乳といった前面が私の体へと触れて柔らかく飲み込む。
斯様にして接近を果たした私達は──互いに惹き寄せられるようにキスをした。
しばし触れ合った後、施した時と同じくらい静かに離れ……彼女は小さく上唇を舐めては、照れくさそうに笑った。
その仕草やそして微笑みを私は純粋に美しいと思った。
心奪われるがあまり呆然と見つめ続ける私に、今度は小鳥のよう触れるばかりの小さなキスを悪戯めいてゾロアークはしてくる。
おそらくは彼女なりの照れ隠しもあったのだろう。
それでもしかし、彼女は人の言葉ではない澄んだ響きで小さな声を上げた。
『また明日も来てね』──言葉など通じなくとも、今の私にはそんな彼女の声がはっきりと聞き取れる。
高まる鼓動を抑えるべく生唾を飲み込むと、口中には甘く柔らかいチョコレートの……彼女の唇の味が艶かしく広がるのだった。