※この作品はR-18です。

三擦り半のマス☆カーニャ   作:たつおか

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第4話・和風茶屋

 

 

 翌日──あの店の前で立ち尽くす私は入店を躊躇していた。

 

 幾度となく出入口の押戸に指先を這わせては離すを繰り返してもう5分ほどになる……。

 傍から見たら今の私などは不審者この上ないのだろうが、もとよりシャッター街と化しているこの場所においては周囲に人影はおろか、空いている店もここだけという有り様だから、その気になれば一日中だって立っていられる。

 

 そんな考えに捕らわれては現実逃避している自分に気付いて私は頭(こうべ)を振る。

 先ほどからこの店の敷居を跨げない理由は──この中で待っているだろうゾロアークの存在にあった。

 昨日の彼女との一時を帰宅後に振り返った私は、恥ずかしさから叫び出したい衝動に捕らわれた。

 

 あんなのは明らかに私のキャラじゃない。

 よしんば性欲に引かれて衝動的に彼女を誘惑してしまったならまだしも、こともあろうあの時の私は恋愛感情を抱いてしまっていたのだ……人外の相手にである。

 

 しかもその後においても彼女の姿は終始頭から離れることもなく、今日だってまだ午前11時にも拘らず私は足早にこの店へと足を運んでしまう始末だ。

 どうせ行きずりの店だったと一見客を決め込んでスルーしてしまえばいいだろうに、それが出来ないからこそ矮小な自分にもまた腹が立つのだ。

 

 昨日までの私なら躊躇もなくここから離れては、付き纏う感傷など容易く振り払っただろうに。

 

 そうして何度目かの指先を押戸に這わせた時──格子窓のガラスの向こうで何者かが動く気配がした。

 その瞬間、私の心は今までの葛藤が嘘のよう晴れ渡ってほぼ無意識にドアを押し開いていた。

 一瞬遅れて『しまった』などと後悔してももう遅い……入店するや、そこにて私を待ちかねていたかのよう、折り目正しく腰元の前で両手を重ねたゾロアークが何とも嬉し気な笑顔を以て私を迎え入れてくれた。

 

 彼女を確認した瞬間、おそらくは私も微笑んでいたのだろう。

 こうまで心捕らわれてしまっている現実が癪だったが、そう考えている頭とは裏腹に私の心はもう、彼女と会えたことの喜びで満ち満ちているのだった。

 

 そうして一時の安堵を得ると、次には店の様相が変わっていることに気付いて私は目を見張った。

 板張りの壁と床のフローリングの様相が明らかに違う……。

 昨日までは洋風にまとめられていたそれらが、今日は和風へとその姿を変貌させていた。

 その代わり様は客席も然りで、昨日までは猫足の丸テーブルにソファの組み合わせだった席が、今日は無垢の角材を組み合わせたテーブルに、畳然とした『いぐさ』の座面を置いた床几の長椅子という様に一変している。

 

 そしてその変化はそこの店員たるゾロアークにもまた現れていた。

 作務衣の上着だけを羽織り、紺染めの前掛けを腰に巻き付けては手ぬぐいで頬被りをした彼女からは、昨日とはまた別の愛らしさが感じられる。

 おそらくは手ぬぐいの下の鬣もポニーテール風にまとめてあるのだろう。後れ毛の下に覗くうなじが何ともセクシーに感じられた。

 

 ──と、またしても彼女に対して邪な目を向けていることに気付いては私も頭を振る。

 この店に入ってしまった時点でもう恋愛感情の有無に関しては開き直ってもいたが、それでも彼女を性や好奇の対象として見つめてしまうことだけは自重しなければならないと私は自分の中で一線を引いているつもりだ。

 そこは客以前の礼儀や節度であると思う。

 

 だからこそ動揺を悟られぬよう席に着いた私は、彼女の進める『ほうじ茶セット』なるものを注文しては、さも何事も無いかのよう振舞うも……身を翻してキッチンへと戻る彼女の後姿にはつい釘付けとなってしまう。

 

 瞬間、前掛けが風を孕んでは柔らかく裾をひらめかせる動きに吊られて視線はゾロアークの尻へと注がれた。

 昨日のワンピースはスカート一体型であったが、今日の制服は作務衣の上着だけということもあってか、背後からだとその尻が丸見えだった。

 

 そもそも通常は衣服など着用しない訳だから、今さら尻が見えたところで気に掛けるようなことでもないのだろうが、一際肉付きの良い彼女のものあってはその眺めが何とも蠱惑的で、肉付きの良い臀部の割れ目や凝縮感に満ちた弾けるような裏腿を眺めていると、私の中で永らく燻っていた性欲にも再び火が灯ろうというものだった。

 

──長居してると本当に過ちが起きかねないな……

 

 ぼんやりとそんなことを考えながら店内を見渡す。

 昨日と同じくテーブル席が二つのそこに私以外の客はいない。

 もう一組でも客がいて他人の目があれば冷静でいられるだろうにと考える傍ら、それでも彼女とのこの蜜月を邪魔されたくないという思いの下で私の心は揺れ動いていた。

 

 その矢先、再びゾロアークからの声に私は我に返る。

 見れば、肩ほどに掲げた両掌のそれぞれにトレーを乗せた彼女が席へと到着していた。

 右手で支えていたものは、ほうじ茶と味付けの違うだんごが3本盛られた『ほうじ茶セット』だろう。予想通りそれは私の前に置かれる。

 そしてもう左手で掲げられていたものそれこそは──

 

「なるほど……和風ってことは、今日はそれか」

 

 巨大な……更にこれまた大盛りに盛りつけられた『ソース焼きそば』であった。

 濛々と立ち上がる、甘辛くも香ばしいソースの湯気の中へあおさによる磯の匂いが漂っては、なんとも食欲を刺激する挑発的な香りをそこに立ち上げていた。

 

 それをテーブルに置いてもう一度キッチンへ戻ったかと思いきや、次なるはピラミッドよろしくの三角錐に積み上げられた黒と白の物体(コントラスト)をその焼きそばの隣に置く。

 それこそは一目では数えることも難しい量の『磯部餅』が、今度は醤油と海苔のコラボレーションによる鋭い香りを漂わせながら、隣のソースとはまた毛色の違う蠱惑的な存在感を文字通りに匂わせていた。

 

 その炭水化物の巨塔二群を前に私の心は踊る。

 これで今日の舞台は整った──ゾロアークによるグルメショーの始まりだ。

 

 合わせた両手の親指へ水平に箸を挟みこみ、ゾロアークはそこへ会釈をするよう顎を引いては『いただきます』と思しき澄んだ声をひとつ発し──いざ右手に構えた箸を焼きそばへと飛び込ませた。

 

 よくよく見ると彼女の携えるそれは、使い代が伸ばされた菜箸の如くに長い箸であった。

 それでは箸先に摘まんだ食材を口元へ運ぶのが難しいだろうと思っている私をよそに、ゾロアークは目一杯に広げたその箸先を山盛り焼きそばの頂点へと突き立てる。

 そこから挟み込んだソバやら具材やらを大きく持ち上げては吊り上げ、それをそのまま口元へ運ぶかと思いきや……そこから彼女はさらに手首へと捻りを加えた。

 

 その動きに追従して箸先の焼きそばは折り畳まれて、その後も彼女の手首はピアノの鍵盤を打ち鳴らすかのようしなやかに動き続けては、まるでフォークでパスタを絡めとるかのような要領で焼きそばを巻き取っていった。

 斯様にして巻き取り続け、やはてソバの一群が本体の山から離れると──そこには全体の実に三分の一に近い量を絡めとった焼きそばの玉が、さながらワタアメよろしくに宙へと掲げられていた。

 

 そして斯様にして作られたソバ球を前に、それに負けず劣らずの大きさで上下の顎を展開させるや次の瞬間──ゾロアークは一口にてそれを口中へと収めてしまうのだった。

 パンパンに頬袋を膨張させたまま箸を引き抜いていきやがては完全に抜き取ると、改めて口の中の焼きそばを彼女は咀嚼し始める。

 

 なるほど……この食べ方の為には使い代の長い箸でなければ無理だ。思わずそのことに関心などしてしまう。

 そんなことを思っていると瞬く間に彼女はそれを粗食し終えて飲み込み、次なるも同じ要領で再び焼きそばを絡めとっていった。

 斯様にしてあれほどの山盛りであった焼きそばは……

 

「あの量を3回で……ッ?」

 

 呟く通り、ゾロアークは僅か三口で平らげられてしまった。

 しかも喫食後の皿にはキャベツはおろか、紅しょうがの欠片一本として残らぬほどキレイに平らげられているとあっては、もはやその技量に驚く他ない。

 

 そんな空となった皿の上へと、新たな皿が重ねられる衝撃に私も我に返る。

 見ればその上には、こんどはあの磯部餅のピラミッドが出現していた。

 今度はどのようにしてこれをやっつけるのかと観察していると……以外にも彼女はその頂点に置かれた冠石となる一枚を持ち上げては上品に口元へと運ぶ。

 

 餅からの蒸気と醤油の湿気に晒されては艶よく張り付いた海苔の表面へ、気持ち彼女はゆっくりと前歯を立てては徐々にそこへ注力しては噛みしめていく。

 やがては歯並びの良い彼女の牙が海苔を食い破り、そこから餅の白い断面を覗かせるや──ゾロアークは餅を携えていた右手を顔から離すようにして虚空へと伸ばす。

 チーズさながらに伸縮してはアーチを弛ませるそれこそは、粘着性の高い上質なでんぷんが為せるこの餅の特性であった。

 そんな一連の食感を愉しむよう確認すると、ゾロアークは伸ばしていたそれを全て啜り寄せては携えていた餅もまた口中へと頬り込む。

 それからがまさに次なるショーの始まりだった。

 

 磯部餅によるピラミッドから、二枚並び二段重ねとなる計四枚を一度に手取る。

 そして焼きそばの時同様に口中を開け放つと、難無くその四枚に前歯を立てた。

 

 先のでんぷん質の感触と、さらには海苔でコーティングされていることからも、焼き立てとはいえその表面にはそれなりの弾力が生じている筈であろうが、ゾロアークの強靭な顎はそんな餅の耐久など意に介することなく嚙みちぎっていく。

 

 そうして二口で口中にそれらを放り、さらには数回の咀嚼で飲みこんでしまうと──矢継ぎ早に今度は、左手に携えられたやはり磯部餅四枚がマシーンの如き正確さで鼻先へと運ばれてくる。

 

 以降は左右交互によりそれの繰り返し運動だ。

 口元に注目しているといつの間にか空いていた片手に握られた餅が鼻先へと運ばれていて、一体どのタイミングで餅を掴んでいるものやら、私には一向に確認できなかった。

 

 ただ目尻の端で捕らえていた餅によるピラミッドが見る間に解体されては低くなっていくのだけは分かる。

 それに気付いて皿の上へと視線を落とせば、ちょうどそこには最後の四枚をワシ掴むゾロアークの右手が見えていて、そして目で追うそれらは──次の瞬間には一口にて彼女の口中に収められては、そこに至福の表情でそれを咀嚼するゾロアークのえびす顔を私に晒すばかりであった。

 

 

 最後の一口となるその4枚だけは気持ち長く咀嚼をすると、遂には名残惜し気に飲み下しては彼女の白い喉元が綺麗に隆起をする。

 その後は小さく上唇を舐め、大きく鼻から息をついては再び『ごちそうさまでした』の両手を合わせると──彼女は空となった皿へ小さく頭(こうべ)を垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

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