第1話・帰省の手違い
年末も大暮れに迫ったその年の終わり──既に出航してしまったフェリーの中でラクルは途方に暮れていた。
「不味いことになったぞ……インテレオン」
搭乗口も兼ねる甲板ホールで、船の行き先を表示した電光掲示板と自身の切符とを見比べながら、ラクルは傍らに立つパートナーへと声を掛ける。
一方で話しかけられたインテレオンも、そんな行き先と搭乗システムの理解などは出来なかったが、それでも所在なげにラクルの手元を覗き込んではまた天井を見上げる同じ動きをしてはその複雑な心情に寄り添おうとする。
今現在ラクルは帰省の最中にあった。
今年は大晦日が週末に重なったことから仕事納めも早く、ラルクには例年以上に時間的余裕が生まれていた。
いつもなら飛行機を使用する帰省を、ならば今回は優雅に船で辿ろうと計画したまでは良かったが……その勝手の違いから手間取ったラクルは今、本来の行き先とは大きく異なる場所へと向かってしまっていた。
「モントベクター島? 聞いたこともないぞ」
不幸中の幸いは故郷までの交通費に料金的な差額が生じなかったことと、このフェリー内に部屋を確保できていたことから期間中の寝泊まりには困らないということではあったが……
「あーあ……貴重な休暇だったのに」
それでも目的もない場所で年越しを迎えそうになることに、ラクルは気持ちを重くせざるを得なかった。
そんなパートナーに寄り添うと、インテレオンはその背から抱くように手を回し、ラクルの頭の上にアゴを乗せてくる。
「まあ、お前が一緒だったのは不幸中の幸いか」
慰めるようじゃれついてくるインテレオンのアゴ先をラクルもまた右手を掲げては手持無沙汰に撫でてやると鼻を鳴らした。
そして塞ぎ込んでいても仕方がないと気持ちを切り替えようとする。
今の自分に出来ることは、少しでもこの場所で過ごすことに意義を見つけ出すことだ。
とりあえずはラウンジで何か飲もうと彼女を連れてラクルも歩き出す。
元はとある富豪の所有であったというこの船は中規模の割には造りが豪奢で、船内にはバー併設のラウンジや、そしてスポーツジムにプールといった豪華客船の縮図さながらといった機能が備わっていた。
その為か、今日この船に乗り込んでいる他の搭乗者達も皆中高年の裕福そうな人間ばかりで、量販店のコートにジーンズ姿でなおかつ若い客などはラクルくらいなものという有り様だった。
バーカウンターを見つけ、その端に陣取ってホールの客達を見渡したすが──先の客層に加え、その誰もが高価なドレスやスーツに身を包んでいるとあって、自身の場違い感を早々に自覚するラクル。
もはや自室で大人しくしていようとインテレオンへ声を掛けた矢先──
「──おや、珍しいですな。あなたのような若い人が」
同じカウンターにいた他の搭乗者から声を掛けられた。
振り向けばそこには、50代も半ば頃と思しき男性が両肘をカウンターに預けては流し目をラクルへと向けている。
「実は搭乗船を間違えてしまったんです。出航してから気付いたので、もう降りるにも降りられなくて……」
同じようにラクルもまたカウンターに身を預け中年紳士の会話に応えたが、そんなラクルの返事に彼は瞬間目を丸くした。
「ほほう、手違いで? そんな偶然もあるんだなあ。このクルーズには狙っていたって参加は難しいのに」
次いで返されるその独り言とともつかない返事にラクルの困惑も強くなる。
「どういうことです? これって移動の為の連絡便じゃないんですか?」
「……失礼ですがあなた、本当に何も知らないんですね?」
カウンターに方肘をつき、すっかり体の向きをラクルへと向けては、僅かにアゴを引いて上目遣いにこちらの様子を窺う中年紳士の仕草に困惑は深まるばかりだ。
「まさかこれ……世界一周ツアーとかそう言うのだったりするんですかッ? 行き先の電光掲示板にはあと少しで『モントベクター島』に着くってありましたけど」
中年紳士の鹿爪らしい物言いに思わずラクルの顔からも血の気が引く。
若い身空のラクルには時間はあっても金などは無いのだ。こんな富裕層の道楽に付き合えるような財産など、彼らの爪の先ほども持ち合わせてはいはいない。
そんなラクルの様子に初々しさを感じてか、見守る中年紳士の顔が好々爺然と綻んだ。
「お金はね、一切かかりませんよ。この企画(クルーズ)自体が有志による寄付によって成立していますから、参加者はそう言った煩わしさに振り回されることもありません」
何の企画かは分からないが、自分が幸運にも遊覧クルーズの催しに無料で参加できることを知らされ、現金にも今度は期待の色がラクルに浮かぶ。
一連の手違いにも『もしかして幸運だったのでは?』などとも考えながら、ならばその『企画』とやらの詳細を尋ねようと、再び声を発しかけたその時であった。
『──本日は『原始の楽園(モントベクター)』クルーズへのご参加をありがとうございます。本船はただいまモントベクター島の領海を越えました。これよりは皆様、どうか原始の姿へとお戻りになられ、自然への回帰をお待ちください』
妙なアナウンスだった。
最初は文字通りにツアーの参加と乗船に感謝を伝える定型の挨拶ではあったが、こと後半のそれに関しては何一つとしてラクルには理解が及ばない。
──原始の姿? 自然への回帰? なんのことだ?
遂には、怪しい宗教の啓発セミナーに参加してしまったのではと訝るラクルをよそに、事態はさらに予想外の方向へと動き出すこととなる。
目の前の紳士が手にしていたグラスをカウンターへ置いたかと思うと、やおら上着を脱ぎ出した。
その後もタイを解き、シャツの襟元と袖口のボタンもまたほぐしてそれも脱いでしまうと、その次には靴と共にスラックスすらをも脱いで──最後には文字通りの一糸纏わぬ全裸をラクルの前へ晒すのだった。
瞬間、彼の発狂すら疑ったラクルではあったが、ふとその紳士越しに望むホールの彼方においても、男女を問わぬ他の参加者達が次々と服を脱ぎ出している様子に、困惑から強い目眩を覚えた。
「少々刺激が強かったですかな? あなたも早くお脱ぎなさい。むしろこれからは、着衣の方が悪目立ちをしますよ」
脱衣前と変わらぬ落ち着いた様子でグラスのブランデーを傾ける紳士を前に、ラクルは強い喉の乾きを覚えながら辛うじて尋ねた。
「コレから……なにが起ころうって言うですかッ?」
流し目でちらりとラクルを一瞥する中年紳士の口許に、どこか得意気な微笑が浮かぶ。
やがて彼はグラスの中身を一息に煽ると、再びラクルへと体の向きを正した。
『この原始の楽園ツアーはね……男女はおろか人とポケモンの垣根すら無い、フリーセックスイベントなんだよ』
こちらを一点に凝視する紳士の視線──その眼差しがインテレオンか、はたまたラクルのどちらに結ばれているのかは定かではなかったが……
彼のペニスはその脈動する血流へうち震えるほどに、堅く勃起を果たしていた。