※この作品はR-18です。

三擦り半のマス☆カーニャ   作:たつおか

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エピローグ

 

 

 モントベクター──この名称は、生命の宿る場所を意味する『モント(mondo)』と、そして遺伝子の運び手を意味する『ベクター(vehere)』とを合わせた造語である。

 そのプロジェクトの内容とは、とある一匹のポケモンに大量の情報と経験とを蓄積させることによって、一種の『生体量子コンピューター』を造りだそうとした試みであった。

 

 そしてその始まりとして、一匹の『メタモン』が人造される──。

 

 そのメタモンもまた計画名称をそのままに冠されては『モントベクター』と名付けられ、以降は様々な情報と経験の収集を目的として世界に放たれようとしていた。

 

 しかしながら効率よく多種多様の経験を学ばせる為には到底、体一つでは足りない。

 そこで考案された方法こそは、かのモントベクターを分裂させてはそれぞれに旅立たせるという方法だった。

 

 モントベクターの成長に合わせてその肉体の一部が切り離されると、分離したそれはいわば別人格のメタモンとして旅を始める。

 その行き先で分離したメタモンは独自の人生を歩み、やがては一個の個体へと変身を遂げる。

 

「──その形態はメタモンだけに留まらない。それは時に別種のポケモンに変わる時もあれば、まったく無関係の動植物であることもあったし、そして……『人間』になることもあったわ」

 

 変身を遂げたメタモンは完全にそれへ為り切ることでモントベクターの記憶は元より、さらには自身がメタモンであることの自覚もまた忘却してしまう。

 その後は、それぞれの人生を過ごしながら当初の目的である多種多様な学習と経験とを得ていき──やがて定期的にそれらは一堂に介すると、個体同士が集めた情報のすり合わせを行う。

 その行為こそが、

 

「……原始の楽園クルーズ」

 

 集められたメタモン達は、『性行為』という一種の同調作業を経てそれぞれの情報を共感し、より高密度の知的生命体へと『進化』していく。

 そしてこの研究の提唱者であり中心人物であった者こそが、

 

「エヂン・サイモン博士……あなたのお母様よ」

 

 しかしながら順調な経緯を辿っていたこの実験の最中、突如として彼女は全てを放棄しては研究所を去ることとなる。

 否──もしかしたらそれは『放棄』なのではなく、その行動もまた予定調和のひとつであったのかもしれない。

 ともあれ研究所を去る直前、彼女は研究者一同を集めたミーティングにおいてこんな発言を残す。

 

──『モントベクターの終了は、「冠石(シンボロン)」となるメタモンの帰還を以て終了となります。それが情報のすり合わせ場所へと帰還した時、全ての個体の『集合』を行ってください』

 

「さらに彼女は続けたわ──『時が来たならば、シンボロンは必ずこの場所へと集う様にプログラミングされている』……とね」

 

 もはや告げられるそれらを聞くラクルの脳裏は真っ白となっていた。

 考えることはおろかそこには既に不安や『ラクル』であった頃の個すらも薄い。

 そしてそれはラクルに留まらず背後のインテレオンを始め──この船のホールに集められた全ての船客達が同様に共鳴をしては、ある『一つの意思』へと集合しつつある証拠でもあった。

 

 そしてそれを促す最後の一押しとして、マーシュは右手にしたとある物体を掲げる。

 そこにあったものは万年筆然とした小さな鉄塊だった。

 

「分離したメタモン達は一定の周波数によって胎内振動を同調し、元の『モントベクター』へと還ることが出来る……」

 

 もはやマーシュがこれより何を行おうとしているかは明白だった。

 それに気付いた瞬間、やにわにラクルは意識を取り戻しては彼女へと手を伸ばす。

 

「やめ、て……僕は、僕だ……インテレオンも、彼女だ……望んで、いない……!」

 

 もはや人間と思い込んでいた自分が大いなるメタモンの──『モントベクター』の一部であったことを察したラクルは、必死にマーシュの行う『集合』を止めさせようとする。

 

 全てが一つになるとはすなわち、ラクルやインテレオンという個の『死』もまた意味していた。

 ラクルはそれが嫌で必死の抵抗を試みるもしかし……その心の奥底では、ついに迎えたこの瞬間を表しようもない興奮の中で待ち受けている自分もいた。

 

 もはやどちらが本心であるのかすら分からなくなり、斯様な不条理に翻弄される自身とインテレオンを哀れんでは熱い涙がラクルの頬を伝う。

 しかしその時──そんなラクルを優しい力が背後から抱いた。

 その感触に瞬間、冷静さを取り戻すとラクルは首を振り返させる。

 そこにはモントベクターでも誰でもない、ラクルの愛したインテレオンが優しく自分を抱きしめてくれていた。

 

 もはや人やポケモンの垣根など無く、今のラクルには彼女の伝えようとしている全てが手に取るように理解できていた。

 個の存続や消滅などはもはや眼中には無い。

 インテレオンは──……

 

 

 彼女は、誰でもないラクルと一つになれることを望んだのだ。

 

 

 それを知った瞬間、ラクルの心からも一切の執着が消えた。

 生への渇望も、死の恐怖も、個の消滅も……それらは全て、しがないしがらみ程度の些末なことのよう──一瞬にしてラクルを他人事の如き諦観へと至らしめてしてしまった。

 だからこそ首元に絡められる彼女の手を握り返した時、ラクルの心もまた決定してしまう。

 

「……仕方、ないかあ……いいよね……一緒に、なれるもんね……」

 

 小さく頷いては苦笑い気に自嘲するラクルに、インテレオンもまた静かに頷く。

 そうして背後の彼女へと首だけを返してはアゴ先を上げ、示し合わせたよう口づけを交わした瞬間──ラクルとインテレオンの個の境界は崩壊し、爆発然として交じり合った。

 

 そしてそれを契機に、ホールに満ちていた老若男女を問わぬ人間やポケモン達は悲鳴のような……はたまた汽笛や、ともすれば歌うかのような音階のそれらを奏でながら爆散し、磁力によって連鎖する液体金属よろしくに隣同士で集合を果たしていった。

 

 それらはやがて液状化した肉体を嵐のように渦巻かせながら天へと立ち上がり、やがては最初のラクルを中心に次々と集結していく。

 

 その様を──この場におけるただ一人の人間であるマーシュは、半ば無感動に見つめていた。

 研究の集大成を迎えた今、彼女の胸に去来するものは達成感よりもしかし、生涯を掛けた研究の終焉を見届ける喪失感の方が大きかったからだ。

 

 そんな関係者の想いすらをも取り込んでメタモンは──モントベクターはついに今、その完成を迎える。

 文字通りに嵐が過ぎ去り……抜け殻然と多数の衣類が散乱する客船ホール上の中心において、その全長7メートル以上はくだらないメタモンが一匹、そこには鎮座をしていた。

 

 穏やかに瞳を閉じて一切の感情を消しているモントベクターではあるがしかし──同時にどこか微笑みの趣すらも伺えるその表情には、全ての生物を超越した神々しさすらをも感じさせる気配があった。

 そしてその中にマーシュは思わぬものを発見しては息を飲む。

 それこそは、

 

「あなたもそこに居るの……エヂン?」

 

 かのプロジェクトの発起人でもあったエヂン・サイモンの面影であった。

 そんな独り言とも語り掛けとも取れない声を受け、モントベクターはうっすらとその瞼を開く。

 そうして眠たげなその瞳に今度こそは明確な微笑みを綻ばせると、

 

『そうでもあるよ、マーシュ。久しぶりだね』

 

 穏やかにモントベクターは応えた。

 この瞬間にマーシュもまたこの研究の、そしてエヂンの真意を知るに至る。

 

 彼女が目指したものは、謂わば『究極のポケモン』の製造などではなかった。

 それこそはいま目の前にいる存在──森羅万象の理を司る『大いなる意思の一部』にこそ変身したいという極めて個人的な願いを叶えるべくに彼女は盛大に、全ての事象を相手取ったペテンを仕掛けたのである。

 

 研究が進み、やがてはその計画にいよいよ達成の見込みが得られたことを確信した彼女はある時、最終段階へと秘密裏に計画の調整を進める。

 

 それこそは件のモントベクターへ自身を同調させるべく作業だ。

 

 その為の準備としてシンボロンとなるメタモンを人間の子供へと変態させ、更にももう一体の分離体をジメレオンへと変態させると──その成長を見計らっては、その中へ自身の精神と知性とを移し変えたのだ。

 

 そして『集合』の時期を確信した彼女は、シンボロンであるラクルをこのイベントへ参加させるべくに工作を果たす。

 それこそが運航会社の手違いを装ったこのクルーズへの参加であった。

 

 自分達にはモントベクターのDNAが組み込まれていることから乗船時の検査で弾かれてしまうことは無い。

 後はそのタイミングを見計らっては、マーシュへと最後の仕上げをさせるばかり……彼女へとこのことを報告させた中年紳士の行動でさえもがその実、エヂンが無意識化で彼に同調し働きかけたが故の行動であった。

 

 

 ──それら真相を聞かされて、しばしマーシュは言葉を失う。

 一方でエヂンも……モントベクターもその先を促そうとはしない。

 ただ流れる時に任せたまま、泰然自若とマーシュが語り出すのを持った。

 やがては、

 

「……ひどい人。私が人生を捧げた研究はすべて、あなたの願いを叶える為にあったのね」

 

 鼻を鳴らすようなため息と共にマーシュはそう漏らすとその顔を上げた。

 再び視線の合うそこにはもう、今までの思いつめた気配も怒りの感情すらも無かった。

 諦観の果てに受け入れられた皮肉の微笑みだけがただマーシュの顔には満ちているばかりである。

 

「ならばエヂン……いえ、モントベクター。今度は私の為に骨を折ってくれないかしら?」

 

 一変して軽快な口調で語りかけてくるマーシュに対し、モントベクターもまた一切動じることもなく頷く。

 

『ふふふ……あなたも、私と同じになりたいんだね?』

 

 そして語り掛けられるモントベクターの言葉にマーシュもまた、子供のように大きく頷いてみせるのだった。

 

『私と同調するにはまずはあなた自身が少なくとも私と同格の……同質量の存在になることが必要だよ? つまりはこのモントベクターをもう一体作らなければね』

 

 言いながらその身を波立たせると、モントベクターの裾から数キログラムのメタモンが分離しては切り出される。

 赤子のように眠るそれを受け取ると、マーシュは我が子のようにそのメタモンを胸に抱き上げた。

 

『その子をシンボロンにして増やしていきなさいな。そして最終的には、私がしたように同調を果たせばいいと思うよ?』

「ありがとう、モントベクター。今のあなたがアドバイスをしてくれれば、今回の計画はずっと早く達成できそうね」

 

 この二体がこれより行おうとしていることは……否、モントベクターにおいては既に済ませてしまったこれこそは神の領域へと接続を果たす行為に他ならない。

 それでもしかしそれを行った者と、今またそれを行おうとしている者の表情は何処までも穏やかで優しげだった。

 

「ならばこの子にも名前つけてあげなければね……」

 

 依然としてマーシュの腕の中において眠り続けるメタモンへと二人は視線を注ぐ。

 そんな期待と愛情とを受けたシンボロンは、それを察してか寝顔の眉元を僅かに蠢かせた。

 

『ならば、その名はあの子と同じものにしてあげてほしいな……』

 

 モントベクターからの提案は既にマーシュが予想していた通りの物であった。

 それ以前に彼女もまた、次なるシンボロンには『その名』こそが相応しいと思っていたのだ。

 

 この計画を成功へと導いてくれた人物の名前を──……

 彼の持ち得た希望と幸運とに期待を乗せ、新たなるシンボロンはいま再び──

 

 

「おかえりなさい……そして初めまして、ラクル」

 

 

 かつての人間であった頃の名を授かり、『ラクル』は現世への再誕を果たしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

【 モントベクター・完 】

 

 

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