月光の降り注ぐ往路は、懐中電灯など無くとも道の果てまで眩く見渡せた。
斯様な金世界の中を、色濃く足元に映し出される自身の影を見つめながらリウは泳ぐように歩んでいく。
今朝の一件以降、夜に至るまでの時間をこれほどまでに長く感じたことはなかった。
この村に伝わる夜這いのルールとして、相手の元へ通うのは新年最初の満月となる一月の半ば──そしてその月が最も高くなる午前0時に訪れなければならないという取り決めがあった。
それゆえに朝からリウは生殺し同然に食事すらも喉を通らない日中を過ごした。
そうして日も暮れ、念入りに入浴も済ませて日付変更がされるや出立し──リウは今、ブニャットへ夜這いを掛けるべくに彼女の家への道を辿っていたのだった。
深夜ということもあり、他の村人と遭遇することは無かった。
そもそも『月の一番高い時間帯に』という取り決めは、神事以前にこうした夜這いを掛ける者とされる者の便宜を慮った取り決めなのであると今になって分かる。
おかげでリウは誰に見とがめられることも無く彼女の家に到着することが出来た。
古い数寄屋造りのその家は、中庭の生け垣が一部刈り取られ外部からの出入りが可能な造りとなっている。
そこからリウは侵入をして、中庭に面した彼女の部屋まで進む。
思えば田舎の集落であるこの村の住居はほぼ漏れなく、今の此処と同じ造りをしていることに気付く。
それはリウの家もまた同様で、そんな中庭に面したそこには母屋から少し奥まった場所に6畳ほどの部屋があることまで同じであった。
おそらくこれこそは、この村で行われてきた『夜這い』に配慮した造りであるのだろう。
それを行う者達が少しでも罪悪感を失くせるようにする為と、さらには夜這いという非日常を成立させるための謂わば『境界』の役割こそが、この中庭に面した一室であるのだ。
ここにて行われることは日常にあらず──そこで生じる時に不貞の事実や、許されざる想いが日常へと滲出してこないようにするための境界がこの一室なのだ。
そうして中庭を辿ったリウはついに彼女の部屋の窓に着けると、思わずその場で身を屈めた。
逸る気持ちに呼応するよう、胸の内には全力で走り抜けた後の様な強い動悸が呼吸を切らせていた。
同時に強い喉の渇きもまた憶えると、リウは石の様に感じられる唾を飲み込んでは小さく息をつく。
今朝方、リウを襲撃してきたブニャットも今の自分と同じ気持ちだったのだろうか? ──ふとそんな思いが脳裏をよぎった。
そもそもがなぜ彼女はリウの元を突然に訪れたのか……そしてあれだけ怒気を露にしていた理由とは?
考えるまでもなくそれは、リウが夜這いを躊躇しては彼女への伺いをおろそかにした為である。
夜這いの手順として、男はその当人へと贈り物と同時にそれとなく相手の元へ通うことの意図を伝えなければならない。
それを受け、相手もまたそれを承諾して初めて夜這いは成立する訳ではあるが……リウはそれを怠った。
ブニャットにしてももう、互いが相思相愛であることの自覚はあったはずだ。
加えて自分の親御の元へリウは形式張って挨拶などに訪れていたとあらば、それこそは夜這いが為されるであろうことを彼女も察したはずである。
当然ながらそれを断る理由もないブニャットはリウは自分へとそれを打ち明けてくれる瞬間を指折り数えては待ったことだろう。
しかしながらいたずらに時は過ぎ……遂には年の瀬が迫ってもなおリウが彼女の元を訪れることは無かった。
夜這いの期間は『年の一番初めの満月の日』と決められている以上、時機を逃してはまた一年の待ちぼうけを喰らわされることとなる。
そして遂には年が明け、いよいよ満月の夜となるその日の朝──遂にブニャットの忍耐は限界を迎えた。
あの時のブニャットに満ちていた想いは怒りだけではなかったはずだ。
そこには激しい焦りと不安、さらにはもし選ばれなかったらと思う悲哀が注がれた時……彼女は居てもたってもいられなくなってしまったのだろう。
感情の赴くままにリウの元を訪れ、そしていざ彼を目の当たりにするや、悲喜交々と内面で渦巻いていた全ての感情が同時に爆発した。
怒りに任せて手が出るやリウを張り倒し、そうしていざ彼を目の当たりにする喜びと衝動的になってしまった事の後悔、そして──今日まで押さえつけて来たリウに対する情欲の発露もまた為されると、後は本能の赴くままに彼の体を貪ってしまったのだった。
一方でリウとしても彼女の蛮行を責める気はさらさらに無い。
むしろあの優しい彼女にこんな行動をとらせてしまった自分お不徳を恥じ入るばかりだ。
だからこそ……
「今度こそ俺が勇気を出すよ……どうか受け入れて、ブニャット」
決意も新たに独り言つると、大きく一度息をついて次の呼吸を胸の留めた。
そう立ち上がりサッシ窓に手を掛けると──施錠のされていないガラス窓は音も無くスムーズにスライドした。
その場に靴を脱ぎ捨てると、リウは腰元ほどのその窓枠に足を掛けては身軽によじ登る。
月明りが眩かったせいか、室内に入り込むと途端に眼は暗闇に対応できずに黒く霞んだ。
それでも後ろ手で静かに窓を閉じながらリウは室内へと目を凝らす。
部屋に充満するどこか花のそれを思わせる香りは嗅ぎ慣れたブニャットのものだ。
さらには小さな呼吸の音もまた聞き分けるといよいよ以てリウの緊張と興奮は最大限にまで引き上げられる。
──居る……間違いなくブニャットがこの部屋に居る……
それを意識すると徐々に瞳孔も暗闇に馴染んでは、室内の様子を見渡せるようになってきた。
月明り眩い今宵は、今しがた侵入した窓から差し込む月光で室内の様子がつぶさに観察できた。
清潔で簡素な飾り気のないブニャットの部屋……幾度となく遊びに来たことのあるその部屋の中央で、彼女は寝息を立てていた。
あるいは本当に眠っているのではないかとも訝しみながら、リウは忍び足でその元に歩み寄る。
そうして改めて目下に彼女を確認し、リウは今日何度目かの固唾を飲み下した。
仰向けに寝そべる彼女は、まるで皿に乗せられた姿焼きの料理のようにその豊満な肉体をリウの目下に晒していた。
ふくよかな両乳房が自重と重力に引かれては両脇に零れ、その胸元を露にしている眺めには眩暈を覚えるかのようだ。
始まるまでは、いざ夜這いを掛けるにあたり一体どのように彼女へ触れればよいものかとそのきっかけ探しを思い悩んでいたリウではあったが、斯様に蠱惑的なブニャットの肉体を目の当たりにした瞬間、体は無意識に動ては彼女に触れていた。
伸ばされた右掌が被せられるようにブニャットの乳房へと触れる。
その刺激に彼女の体は針で刺されたかのよう引くつくと、寝息を立てていたはずの呼吸が止まった。
思わず見や裾の表情も、きつく結んだ口先を吊り上げては眉元を強張らせた緊張の面持ちである。
そんなブニャットの全てをリウは愛しく思った。そう思うのと比例して、彼の中からも緊張は消えていく。
むしろこれからの一夜をこんなに愛しい彼女を過ごせるのかと思うと悦びが新たに胸へ満ちては、ブニャットの耳元へと鼻先を寄せた。
そうしてリウは囁きかける……
「おまたせ、ブニャット……君を奪いに来たよ」
その言葉、そしてリウの言葉の響きに刺激されては僅かに唇を開いて吐息を漏らすその瞬間を見流すことなく──
リウは深い口づけを以て、荒々しくもブニャットの唇を奪ってしまうのであった。