第1話・アイツの秘密
俺の名はシロー・ジン。ごく平凡な高校生だ。
今日は3年ぶりに親友と会う。
その友人は過去に住んでいた土地で、10年以上を共に過ごした大親友のニャローテであった。
断っておくが俺達はトレーナーとポケモンという間柄ではない。
彼は隣近所のご夫婦が個人的に育てていたポケモンであり、それこそは我が子と変わらぬ愛情を注がれていた。
故に俺達の関係もまた年相応の子供同士が育む友情に他ならず、ニャローテとは人とポケモンの垣根を越えた相棒同士として幼少期を共にした。
何をするにもどこへ行くにも俺達は常に一緒で、傍から見たその関係はもはや『兄弟』と言っても過言ではない仲睦まじさだった。
……だからこそ3年前の、あの別れにまつわる事件を忘れることは出来ない。
父の仕事による都合で俺は海外への引っ越しを余儀なくされた訳だが、ニャローテと離れ離れにされることが辛いあまり、当時の俺はこの家に残ると駄々をこねた。
当然のことながらそんな子供のワガママが通るはずも無く、もはや引っ越しは既定路線のまま進行した訳ではあったのだが──この時の俺達は、迫り来る別れへの抵抗とばかりに、二人で家出をするという暴挙に出た。
謂わば逃避行であり、財力も行く当てもない俺達は結局近場の山に籠ることとなった。
所詮は子供の浅知恵で行われた家出は数日で保護されてあっけなく幕引きとなった訳ではあるのだが、あの二人きりで過ごした数日間は俺達にとって忘れられないものとなった。
食べ物を分け合い、互いの温もりを拠り所にして暖を取り合ったあの経験は、当然ながら当時小学生であった子供には過酷なものであったが、互いが協力し合い、文字通りに支え合って生きたあの数日間は、俺とニャローテを本当の『兄弟』にしてくれた貴重な時間と経験だった。
ついには進退窮まり二人は別れの瞬間を迎えるわけではあるが、俺はニャローテとの再会を固く約束した。
きつく抱きしめ合っては、再会を互いの幼い胸の内に誓い合ったのだった。
そしてそれから3年後となる今回──俺は帰国を果たし、この場所へと帰って来た。
これまた父の仕事の都合ではあったが、再びこの国へ戻ることが出来た俺は再度、当時の家へと戻ることを熱望した。
幸いにも通う高校の偏差値も親の眼鏡に適い、父の通勤に際しても問題がなかったことから晴れて慣れ親しんだあの家へと俺は帰ることが出来たのだ。
実際両親が戻ってくるのはまだ一ヶ月も先ではあったが、俺だけは単身で帰国を果たし、そして今──思い出のあの場所へと向かっているという訳であった。
ただ一つ……一方のニャローテについて、どうしても気になることがあった。
離れ離れであった3年間、当然のことながら俺達はメールやSNSといった方法でやり取りを果たしてきたわけではあるが、1年ほど前に俺が高校生になったのを期に彼は自身の写真や画像といったものを一切送ってこなくなった。
電子上ならばたどたどしくも文字の読み書きができるニャローテからは『自身がマスカーニャへと進化した』との報告が寄せられていたがそれ以降──彼の姿を映した画像というものを俺は一度として目にしていない。
そして変化はそれだけではない。直近のここ一年は電話口にすら出なくなった。
もはや細胞分裂のレベルで心の通じ合っていた俺達は、こと互いにおいては人語とポケモン語であっても問題無く意思疎通が測れていた訳ではあるが、それでもニャローテ……もといマスカーニャはそれすらも拒むようになる。
既に大人にもなりかけている俺は、もはや子供の頃の様な友情がいつまでも続くはずもないかとこの友情の終わりを危惧したものではあったが……むしろ通信アプリを介した接触は今まで以上に頻繁に行われるようになった。
その内容はとにかく俺の写真を求めるものが多く、当時の学校の制服姿や部活動におけるユニフォーム姿、さらには部屋着で寛いでいるものに至るまで俺の画像ならばマスカーニャは種類を問わずに求めるようになっていた。
俺としても同性であることの気安さもあってかさして問題には思わず、彼の求めるままに写真を送り続けた。
……時に入浴や肌の露出の多い画像を求められることもあってそれが心にひっかかる時もあったが、所詮はオス同士であるのだから問題もあるまいと、俺も応じられるままに『きわどい写真』などもまた送ってやった。
そうして交流を交わすこと3年──ついに俺達は今日の日を迎えたのだ。
落ち合う場所は既に二人の間で決めていた。
それこそは当時、家出を果たした時に山籠もりをしたあの場所だ。二人の再開にあそこほどふさわしい場所も無いと思われた。
そうして山へ登る獣道の傾斜を俺は辿っていく。
もう少し登ると足元が水平に補正された広場に出る。家出の事件は別にしても、そこに備え付けられた丸太ベンチに腰掛けながらいつまでも色んな事を話し合ったのも良い思い出のひとつだ。
そんなマスカーニャとの日々が再開される──その歓びと、急勾配を往く呼吸に胸を弾ませる俺はついにその道を登り切った。
途端に視界が開け、斯様な山間の休憩所からは目下に街の全貌が一望できる。
そして俺の視界には、それを探すまでもなく……マスカーニャの後ろ姿が映っていた。
広場の中央でこちらに背を向けては街を見下ろしているその姿は、背丈こそ伸びたが間違いなくあのニャローテの気配を俺に感じさせた。
「ニャローテ……」
万感の想いを込め、独り言つる様に語り掛ける俺の目頭に熱いものが込み上がる。
そうしてその声に気付いて振り返るマスカーニャと再会を果たし、再びあの友情の日々を取り戻そうとした俺はしかし──……次の瞬間、身を翻したマスカーニャの姿を前にして固まった。
腰の後ろで両手を組み、どこかはにかむよう小首をかしげては苦笑い気にこちらの様子を窺ってくるマスカーニャ……。
それは確かに俺が良く知るアイツではあったがしかし、そこには別れた当時とは異なる決定的な違いがあった。
……否、それは俺が『気付かなかった』だけである。
見目麗しい長いまつ毛と、艶やかで厚みのある下唇……そしてそんな目の前のマスカーニャの胸元には──見るも見事な大振りの乳房が二つ、たわわに実っていた。
今日まで『兄弟』と慕ってきたニャローテもといマスカーニャ……アイツは紛う方なき
「お前……女の子(メス)だったのかッ!?」
──のであるのだった。