尋常ならざるデカヌチャンの怒号聞きつけて、俺達の周囲には集落の住民達が集まり始めていた。
建物の窓や物陰そして遠くから地に伏してはと、それぞれの方法で俺達を見守るが……皆が一様に感じているであろう感情は『興味』よりは『恐怖』の色合いが強く見て取れた。
「痛てて……多少ダダこねるのは予想してたが、こうまでとはな」
その視線達の中央で俺もゆっくりと起き上がる。
目の前には、両手を広げまるで子供の『通せんぼ』を思わせる姿勢のデカヌチャンが立ちふさがっていた。
何百キロあるかも分からないあの大ハンマーを掲げつつも、平然と右腕を水平に保っているその膂力には見ていて空恐ろしさすら感じる。
この集落──デカヌチャンの世界においての序列とは、単純な腕力の差によるものだろう。
故に、己の意志を通したい時の解決方法は双方の戦いによって決定される。
デカヌチャンは今、その流儀に則っては俺をここから出ていかせまいと体を張っていた。
そしてそんな極端な考え方ではあるものの、妙に納得してはそれを受け入れてしまっている俺もいた。
強い奴が決める──その単純すぎるが故に不条理な規律はしかし、同じくに荒くれ者の世界で育ってきた俺にはもはや好ましくすら思えるほどだ。
「まさか、生涯初のポケモンバトルが俺自身とはな」
俺もまた立ち上がり、彼女の物よりは遥かに小振りなハンマーを握りしめると二度三度と虚空で旋回させては手に馴染ませる。
そうして水平に両手を広げるデカヌチャンとは対照的に、俺は両腕を斜(はす)に下げては広げた。
皮肉にも対峙する俺達の構えは、抱き着かんと両手を広げる子供とそしてそれを受け入れんと両腕を広げる大人のような構図となった。
直後、デカヌチャンが地を蹴った。
前方への低空ステップによる接近──昆虫のよう一切の動的予兆を感じさせず、さながら瞬間移動よろしくに迫り来る瞬発力たるや、彼女がけっしてパワー一辺倒の手合いではないことを証明していた。
そして動き出しの速力そのままに、両手にしたハンマーを振り上げては撃ち落とす。
あまりの速度に一連の動作が残像を帯びる光景たるや、まさに閃光や稲妻といった様相だ。
それを前にし、やや遅れ気味ではあるが辛うじて俺も反応しては直撃を避ける。
いかに速力に優れているとはいえ、ハンマーという武器の性質とデカヌチャンの性格を併せ見た時、彼女が『まっすぐ行ってぶっ飛ばす』と考えてくるであろうことの予想はついた。
その予測を当てにして右によけた訳だが……空振りしたハンマーが大きく大地を鳴動させる威力を目の当たりにし、俺も肝を冷やさずにはいられない。
とはいえ、初手を空振った今こそは最大のチャンスだ。
俺は依然として地に打ち付けられたままのハンマーにしがみついた。
それを受け、その一瞬ポカンと俺の行動を見守るデカヌチャン。
本体への攻撃を覚悟していたにも拘らず、俺が向かった先は彼女ではないその得物だったからだ。
それを受け……デカヌチャンの中には更なる怒りの炎が燃え上がる。
この男は決闘の場においても自分を無視するのか──俺への怒りはもとより、俺に抱き着かれている自身のハンマーに対する嫉妬すらもが、突き立てられる視線からは感じられた。
一喝しては不機嫌そのままにハンマーを振り上げるデカヌチャン。その勢いに弾かれては俺も地に転がり落ちる
そして再び身をひねり上げて構え直すや、デカヌチャンは再度俺への撃ち落としを敢行する。
しかし今度はそれを前にしても、
「……もう、逃げやしねぇさ」
もはや俺が動じることもなかった。
微動だにせずその場に立ち尽くしては、ただデカヌチャンからの攻撃を見守る。
そんな場違いなほどの落ち着きようにデカヌチャンもまた強い違和感を覚えたが、既に振り切ったハンマーは今さら止められない。
そして咆哮と共に打ち下ろされたハンマーではあったが……目の前の光景にデカヌチャン本人はもとより、見守っていた衆人達もが目を見張った。
確かに撃ち落とされたはずであったデカヌチャンの手の先には……──
「誰がお前のハンマーを修理したと思ってるんだ?」
先端の金床が消えたハンマーの柄のみが、僅かに俺を外れてはその先を地に埋め込ませていた。
つい先ほど──デカヌチャンのハンマーに取り付いた際に、俺は以前の修理時に打ち直した固定の平釘を抜き取っていた。
これにより柄と金床の接合が弱くなったハンマーは、彼女の膂力に耐えきれずに分離し、そして今に至ったのである。
一テンポ遅れて、空に上がっていた金床が大きな振動を立てては俺達の傍らに落ちる。
それを目で追うデカヌチャンの前に俺もまた歩み出ると、
「俺の勝ちだな……言うこと聞いてもらうぜ?」
手にしていた小ハンマーの柄尻を彼女の額に宛がい、俺は勝利宣言をした。
同時に場からは、稲妻が落ちたかのような歓声が沸き起こる。
この集落においてボスに君臨していたデカヌチャンは、いうなればこの集落最強の生物であり、同時にそれは彼女を無敗のチャンピオンたらしめていた事実であった。
そんな王者が今、膝をついた──これを騒がずにはいられようかといったところか。
斯様な歓声の渦の中で、俺は依然として地に両手を突いてはうつむいたままのデカヌチャンへと屈みこむ。
小刻みに身を震わせて彼女は泣いていた。
見た目もファンシーで子供然としているだけにその姿は妙に心に突き刺さる。居たたまれなくなって彼女の頬に手を添えてやると、デカヌチャンもまたそんな俺の手を両手で抱き返した。
その時になって俺もこの涙の訳を理解した。
彼女は負けたことに傷ついていたのではなく、この期に及んでもなお、俺との別れを悲しんでくれていたのだ。
気の合うパートナーなんてそうそう巡り合えるわけじゃない。それは俺達人間にしたって然りだ。
そして期せずして出会えたその人とずっと共に在りたいと願う気持ちもまた同じ。
だからこそ俺は昨日決意したのだった。
「お前……俺と一緒に来い。俺のパートナーになれ!」
掛けられる俺の言葉に彼女が泣き顔を上げた。
言葉の意味は理解したはずだ。しかしその顔はまだその意味を受け入れられていないといった風だ。
「さっきは話の途中でキレやがってこの野郎……。俺はここを出ていくから、お前も一緒に来てくれないか? って言おうとしたんだぞ?」
両脇をすくい上げては、抱え上げたデカヌチャンと視線を合わせて俺も微笑む。
「負けたら言うこと聞く、ってのがルールならもうNOとは言わせねぇぞ? 一緒に行こう!」
そして再び、俺の言葉と気持ちが全身を伝わるや──デカヌチャンもまた両腕を伸ばしては俺を抱き返してくれた。
こうして──デカヌチャンは俺に伴われて集落を出た。
出発の際、見送りに出てくれた他の仲間達がみな涙にくれていたところを見ると、彼女は単なる腕っぷし以上に皆から尊敬と好意を受けていたことが窺えた。
そうして共だって歩き出しながら、俺は傍らのデカヌチャンを横目に見下ろす。
再び俺の手によって修理されたハンマーには俺達の名前と今日の日付とが打ち込んである。
彼女と一緒ならどんな困難も乗り越えられそうな予感……否、確信が俺にはあった。
そしてそれを試すかのよう突如に、頭上からは砂礫が降り注いできた。
見上げれば、そこには今しがた岸壁から離れたばかりの岩石が宙を舞っている様が見て取れた。
気付けばこの場所は、奇しくも彼女を助けた渓谷 ──そこにて俺達は再び落石に見舞われたのである。
それでもしかし俺達が慌てることはない。
「デカヌチャン、頼む!」
俺はそう声掛けすると、バレーのレシーブよろしくに両掌を重ねてはデカヌチャンの前に差し出す。
それを受け、彼女もまた俺の手を踏み台に跳ね上がるや迫りくる落石に対してハンマーを振り上げる。
そうして気合一閃と共に打ち返された岩石はあの日以上の勢いで空を貫いていった──雲を穿ち、白く軌道の尾を引いて、最後は宇宙にまで到達してしまったかもしれない……。
そうして空から両手を広げては戻ってくるデカヌチャンを──俺もまた、しかと抱き留めるのだった。
【 暴君★デカヌチャン・完 】