あの思い出の場所で長い時間を共に過ごし──そこから降りてきた俺達はもう、『親友』ではない『恋人』同士となっていた。
人とポケモンという問題を始め、そこに生じる様々な障害は能天気な俺でさえ数えきれないくらいに思い付くことが出来たが、それでも今は──その全てが些細なことのように思えて、どこまでも俺を強気にしてしまうのだった。
そんな傍らで、『家に帰ったらまた……』──とおねだりしてくるマスカーニャに対し、「どれだけやるんだよ」とそれをジョークにしつつも、俺の内面は再び情欲の嵐でうねり始める。
今後俺が生活の基盤としていくであろう住居は、幸運にも以前まで住んでいた物件が残っていたことから再びそこを借り受けることが出来た。
その家のすぐ隣に位置するのがマスカーニャの生家であり、つまりは今後も俺達は会いたい時にはいつでも互いの家を行き来できる環境なのである。
帰路では純粋に思い出話に花を咲かせながらそれを辿った俺達は、あっという間に家の前へと着いた。
もはやマスカーニャは自身の家には戻らずに、そのまま一緒に俺の家へとしけ込もうととした矢先──
「あら? シローちゃんじゃなぁい」
突然の第三者の声に、俺は玄関のカギに落としていた視線を上げる。
生垣の境界を挟んだ先には一人の中年女性──一瞬誰かと思い、その顔を注視してしまった俺ではあったがすぐに彼女が誰であるかを思い出すと、
「わぁ、おばさん! ひさしぶり!」
俺の心は途端に明るくなってはその声もまた弾ませた。
彼女は隣近所の御夫婦で、このマスカーニャの母親ともいうべき存在の人だ。
マスカーニャがまだニャローテであった頃には彼女と四六時中を共にしていたこともあって、このおばさんにもずいぶんとお世話になったものだ。
もはや俺にとっては本物の叔母や伯母といった存在であるおばさんとの再会は、ある意味マスカーニャとの再会同様に嬉しいものであった。
「もう帰ってきてたのね。トキコさんからあなたが帰ってくるから見てあげてって今朝連絡あったのよ」
「へへ、ニャローテっていうかマスカーニャに会いたくって先に戻って来ちゃった」
ニャローテを我が子同然に育てているおばさんにとっては、その幼馴染たる俺もまた我が子の様な馴染があるのだろう。
そうして玄関先で世間話に花を咲かせては再会を喜び合う俺達ではあったが……その傍らでマスカーニャだけはそわそわと落ち着かない様子であった。
しばしして突然に俺達の会話に割り込んできたかと思うと、マスカーニャは早く家の中に入ろうとせがんでくる。
そんな彼女の行動に反応したのは誰でもないおばさんだった。
「あら、ニャローテ。今日はシロー君のところに泊まるの?」
言葉の先を向けられても、マスカーニャはおざなりに頷くばかりでおばさんの相手をまともにしようとはしない。
むしろ一刻も早くこの場を離れてたがっている様子にもしかし、話題は自然とこのマスカーニャの事にも向いた。
純粋に俺もまた、彼女の変わりように驚いたことを話題にしたその直後、驚きの事実がおばさんによって語られることとなる。
「そうなのよ、私もまだ慣れてないのよ。だってこの子が『マスカーニャ』に進化したのだって、また先週のことなんだから」
思わぬおばさんの告白に驚きから両肩をすくめる俺達ではあったが、俺とマスカーニャの温度差には極端な差があった。
すっかり取り乱し慌てふためいた様子のマスカーニャは、もはや威嚇にも近い口調で『お母さん!』とおばさんを制しては何やら口論を始める。
やがては彼女達の話をすり合わせることで、俺は空白の3年間の終盤において、マスカーニャが頑なに電話でのやりとりや自分の写真を送ってこなかったことの理由を知ることとなった。
近年のマスカーニャは、最終進化系へと至れない自分を思い悩んでいたのだという。
一方で送られてくる写真の俺はと言えば、成長期から葦のように日々成長してと──そんな俺との格差に彼女は思い悩んだのだという。
このままでは俺が自分を置いてどこかに行ってしまうような危惧と、さらには対等で居たいが為に既に自分が『マスカーニャに成った』ことを明言しては、自他を偽らざるを得なかった。
なるほど、ある時から電話口に出なくなった理由こそはそれだったのだ。
少年然としたニャローテと中性的なマスカーニャとでは、根本的な声音が違う。しかしながらそれ故に彼女の孤独は増した。
誰よりも俺の声を聴き、そして交流をしたいと願っていたのは誰でもない彼女だったからだ。
故にその欲求の矛先は、俺の写真や動画へと執着する行為に向かう。
そしてそんな俺の写真で癒しを得る傍らで彼女の中にも大きな変化が現れる。
朝夕に俺の画像を愛でる生活は、こともあろう彼女の中に僅かばかりあった『恋心』を育む結果となったのだった。
そうなるともはや思考は、俺と交わす恋人同士の一時を妄想する内容一辺倒となり、そしてそこに理想の自分をも重ね合わせては、望み続けた結果……遂にマスカーニャは待望の進化を果たす。
メリハリの利いた豊満な肉体と見目麗しい目鼻立ちを持った、『大人の女性(マスカーニャ)』の姿を彼女は苦難の果てに手にしたのであった。
しかしながら……斯様にしてとびきり美しい個体へと進化を遂げた彼女ではあったが、いま目の前で母親と口論をしては子供のような素振りを見せる姿はどんなに美しく変わろうとも、けっして変わりようもない親友の姿でもあった。
そしてそれを確認した俺は思わぬ安堵を覚えるのと同時に、さらにこのマスカーニャを愛しく思ってしまう。
綺麗であろうとなかろうと、マスカーニャは……お前はそのままでいいんだよ。
そっと心の奥底で呟いてみせる。
いつかはこの気持ちを言葉にして伝えることを俺は当面の目標とした。
そしていつしかそれが遂げられた時には──……
俺達は本当のパートナー同士として、いつまでも一緒に暮らしていけるような気がした。
【 親友(マスカーニャ)の真実・完 】