教師シオンを背後にし、前傾に身を沈めては臨戦態勢を取る少年レノ──顔面を包帯で覆ったその下から上目遣いにリン達を見据えるその目には一切の光も感情も見受けられない。
[嘘……レノ君、操られているの? それになんでシオン先生が……]
一方で未だ状況を飲み込めず、ただ狼狽えるばかりなのはリンであった。
一連の女教師強姦事件──その事件の加害者と被害者とが供だって自分達の前に立ちはだかっているのである。
全てがこの二人による自作自演の企てであったとするのならば、その理由がリンには皆目検討もつかない。なぜなら……
[そんな……。友達や、大切な人達を傷つけてまで何が欲しいっていうの?]
その想いがあったからだ。
同時に脳裏には走馬灯のよう二人の思い出が駆け巡る。
件のシオンはその緩慢な性格とそして押しの弱さから、たびたび生徒達の悪戯を窘めきれずに流されてしまうような弱さがあった。
しかしながらそれでも彼女が真っすぐに自分達と向き合ってくれていたことをリンは知っている。
そのことに少なからず感銘と、そして大きな尊敬を密かに彼女へ抱き続けていたのだ。
そんなシオンがよりにもよって自身の生徒を使役しては騒動を企んでいたというその事実と裏切りに、リンは胸が潰される思いがした。
一方では、
「…………どちら、だ?」
今現在、肉体の主導権を執るパオジアンはまったく別な思惑を前方の二人に抱いていた。
顰めるように両の瞼を絞ると前方の二人を見据えたまま何やら思案に暮れる。
しかしながらそんなリン達にお構いもなしに──レノは右半身を振り被り、そこから前方に向けてモンスターボールをひとつ繋げ放った。
発光と同時に宙空のそれが割れ爆ぜるや中から飛び出してきたものは──これもまたあの騒動の中心人物であったあのリザードであった。
威嚇さながらに吼え猛る斯様なリザードを前にパオジアンもまた鼻を鳴らすと一旦、彼女達へと巡らせていた思考を断ち切る。
「まあいい……完膚なきまでに蹂躙すればいかようにも確認の手立てはあろうて」
顎先を突きつけるようにして見下ろす下瞼が加虐的に上ずる。
同時に左右の掌からも氷剣を呼び出し、自身もまたこのバトルにへ挑もうとしたその時──
[ダメッッ!]
突如として内から響き渡ったリンの声にパオジアンは出端をくじかれる。
「なんじゃ小娘……」
[なんじゃもなんじゃもも無いよ! あなた、戦おうとしたでしょ!? 相手はシオン先生とレノ君なのに!]
「だからどうした、向こうはやる気であるぞ? 茫と立っていてはこちらが一方的にやられる」
[ダメだよそんなの! 絶対に何か理由があるはずなんだからまずは話し合って!]
「これだから小便臭い小娘はァ……」
リンからの申し出にパオジアンは心底、嫌悪と侮蔑の感情を心に満たす。
状況を鑑みるに、もはや二人が話し合いに応じることが不可能であることは火を見るより明らかだ。
それはまた同じ視点から見守っていたリンとても分かりきってはいたが、それでも感情的にそれを受け入れることは出来ない。
しかしながら相手は並みの手相では無く、実力も未知数な四災の一角である──半端な気持ちで挑んではこちらの命の保証すら無い。
そのことを訴えては説得を試みるパオジアンでもあったが……結局リンが納得することは無かった。
それどころか、
[アタシが何とかする! もう代わって!]
「おい、待て! 小むすッ……──」
最終的にはリンが強制的にパオジアンを引き戻す形となった。
再び意識の表層へと上がり肉体の主導権を得ると、
「レノ君! 先生! 聞いてッ‼」
その開口一番にリンは二人への語りかけを敢行した。
臨戦態勢であるリザードの前へ単身その身を晒してきたリンを前にその一瞬、息を飲むシオンの眉元が疑問のそれに歪む。
しかしそれも本当に刹那のこと──すぐに表情を元の鉄面皮然とした皮肉の笑みで満たすや、
「ツェンさん……あなたは昔から、物分かりのいい子でしたね」
シオンはリンへと掲げた右掌を突きつける。
「私達を止めたいというのなら簡単です。あなたの中にいるパオジアンの力……どうか私達に捧げてください!」
激昂するかのよう突如として張り上げられるシオンの声に反応し、その前に立つレノもまたリザードへと両手をかざしては突き出す。
斯様な二人の動きに合わせ、リザードもまた激しく身を震わせた。
シオンとレノ双方の両肩から立ち上がる紫煙の如き何かが周囲の空間を陽炎よろしくに歪ませる。
それらはやがて例の両掌へと集中すると、やがてはそこから直線状に放たれては前衛のリザードへと注がれ始めた。
それ受け、苦し気とも取れる咆哮を上げるリザードにも変化が現れる……こともあろうバトルの最中であるという特異な状況の中、それは進化を開始した。
過剰なボイルを続けたソーセージさながらに表皮が破けると、鮮血と共にその下から盛り上がってきた筋繊維がより頑強な肉体を構築しては、再び高質化した皮膚でそれを覆う。
血煙を噴き上げては背から突出した両翼は斜陽の差し込む虚空にそれを広げ、鼻頭(マズル)もまた長く伸びだしてきては幼い面相を変えさせると、古い歯は残らず抜け落ちては新たに強靭な牙をそこへ映え揃えさせる。
かくしてその身を一回りも二回りも肥大化させるや──目の前には新たなる凶獣リザードンが新生しては、勝鬨と言わんばかりの雄叫びを上げた。
その異様な進化を目の当たりとして身を怯ませるリンの傍らに、用務員室から飛び出してきたガーディが寄り添うと、斯様な目の前のリザードンへと威嚇の咆哮を鳴き叫ぶ。
「ッ………戦うしか、ないの?」
もはや矮小な自分ではどうすることも出来ない場の流れを前に、リンは眉元を歪ませる。
この短き生涯で初となる、一切の心構えのつかないバトルへとリンは挑もうとしていた。