時は僅かに遡る──。
かのフレアドライブの火球直撃を前にし、ただ狼狽えるばかりのリンへ突如として何かが覆い被さった。
その思わぬ展開に一時冷静さを取り戻したリンはしかし、己を庇うように覆うそれの正体を知ってさらに驚愕することとなる。
それこそは……
「シオン先生ぇ……ッ」
身一つでリンの元へと駆けつけたシオンであった。
同時にリンは悟る。彼女はけっして今回の事件の黒幕ではないことを。
今、震える両腕で自分を抱き包んで守ろうとしてくれているシオンは、リンが良く知るいつもの優しい『先生』であったからだ。
そんなシオンをリンもまた抱き返しては、再びこの状況から脱する方法を考えあぐねては焦燥する。
何としても生き延びなければならない……シオンの真意を知ったからこそ、生きて彼女と語り合いたいとリンは強く願った。
そんな折り、
[キルキルキル………どうにかしたいか小娘]
突如としてその声が脳内へと響いた。
誰でも無いそれは己の中に封じられた四災・パオジアンの声である。
「この状況をどうにかできるのッ!?」
[あぁ……妾ならば容易いことよ]
「なら教えて! もう時間がないのッ‼」
[キルキル……いかに四災の力を手に入れようともお前はまだ日が浅い。いま口で説明したところとで、結局は理解すら及ばぬ]
「ならどうしたら──……」
[今一度、妾に体を貸せ]
心の中を占めるパオジアン声が一段と大きくなった。
それこそは葛藤に苛まれるリンの心が弱まっていることもまた意味している。
普段ならばいかにこのパオジアンが振舞おうともその手綱を握っていられるリンであっても、こうも度重なる展開に心が疲弊していてはパオジアンの台頭を制御することは難しい。
もし彼女が暴走をし、おそらくはシオン同様に操られているであろうレノもまた殺害してしまうような流れになってしまったならば、それこそ取り返しがつかないのだ。
そんな彼女の葛藤を読んだかの如く、
[安心しろ……人間は誰一人殺めんと約束する。それに今後のことも考えれば妾の戦い方を、そしてこの力の扱い方を目にしておくことは有用だと思うがの]
既に心は八割方、パオジアンに事態の収束を図らせることの決意はついている。それでもしかし最後の決断を思いあぐねるリンを前にパオジアンも最後の一押しをする。
[早くせねば、この女が死ぬぞ]
パオジアンの言葉に、今身を包むシオンの体温を思い出した時──リンの心は決まった。
「ぜったいに……みんな助けてね」
[あぁ…………約束しよう]
その取引が成立した瞬間──リンとパオジアンのスイッチが切り替わった。
しがみ付いていたシオンを左腕一本に抱き直すと、さながら荷を肩に担ぐかのよう自身の視界から退かせては迫りくるフレアドライブの火球を見上げる。
そこには既にその身を挺してそこへと体当たりを敢行しては食い止めるガーディの悲痛な叫び声が響き渡っていた。
「キルキルキル、よくやった朽ち犬(クチイヌ)……お前のくだらぬ忠心でも多少の時間稼ぎ程度には成ったわ」
それを前に鼻を鳴らすとパオジアンは右腕を火球へと掲げては掌を広げる。
そして標準を定めてはそこにエネルギーを充満させた次の瞬間、
「退がれ朽ち犬! 諸共に吹き飛ぶぞ‼」
パオジアンの怒号にもしかし、既に限界を迎えていたガーディは自然と地へもんどりうっては火球の前より退く。
そうして既に全体の輪郭すら俯瞰できないほどにまで眼前に迫ったそれへと、パオジアンは冷気の壁を射出する。
同時に足元のガーディを含む自身の周囲にも冷気によるドーム状の障壁もまた展開させてその中に籠るや、パオジアンは広げるようにして掲げていた掌を拳に握り締めた。
その動きに連動しては火球の前に立ち上がっていた氷の壁もまた収縮を始める。
さながら火球全体を氷の皮膜で包み込んだその瞬間──極端な冷却と燃焼の結合による爆発が起きた。
物理的反応に加え、二体の四災によるエネルギーの相殺という衝撃はもはや核融合さながらの破壊力を以て周辺の全てを薙ぎ払う。
その衝撃の中にあってもしかし……事前に展開させていた氷の障壁内に在ったパオジアンと一同は深刻なダメージを逃れていた。
最もその衝撃波は凄まじく、シオンとそしてダメージの蓄積していたガーディなどは完全に意識を失ってしまう形とはなったが──ともあれパオジアンは一連の衝撃を完全に乗り切ったのであった。
そして今──……
「キルキルキル……やってくれたのう小僧」
爆心地のクレーターからその淵を見上げては、そこにて立ち尽くすばかりの少年レノをパオジアンは凝視する。
やがてはそこへと視軸を定めたままに、パオジアンは爪先のみを使っては浮き上がるかのよう跳躍した。
そうしてレノのすぐ前──まさに鼻先が触れ合わんばかりにまで接近するや、改めてパオジアンはそれを見据える。
遂には……
「この火遊びから察するに此度の黒幕は貴様か………イーユイ」
その黒幕ともいうべき名をパオジアンは口にする。
斯様に名を呼ばれた瞬間、レノは顔面の右半分を引き攣らせるように一度痙攣させる。
そして無言のまま飛び退るや、その最中において両腕を掲げ、天に向けた掌へと大気を歪ませるほどのエネルギーを凝縮させる。
そうして再び着地をすると同時──掲げていたそれをレノは大地へと打ち付けた。
途端、触れる両掌を中心に地表の色が変わるやたちどころに大地は赤く沸き立っては粘着質な泡沫をそこへ生じさせる。
その眺めたるや吹き出すマグマそのものであり、たちどころにそれは周辺の足元を覆い尽くしてはパオジアンもまたそのテリトリーの中へと飲みこまれてしまう。
一方でその渦中にあるパオジアンはと言えば依然として前方のレノを見据えたままに表情すら変えない。
この程度のマグマで葬られようはずもないことは分かり切っていたことでもあるし、そのことは仕掛け人のレノであっても理解しているはずである。
ならばこの技には続きがある──それこそはパオジアンを仕留めるに値する仕掛けが仕組まれている筈なのだ。……それを見極めるべく、あえてパオジアンは避けることなくその渦中へと飲まれた。
そうして沸き立つ溶岩の中で待つことしばし……ついに動きが生じた。
ふと視線を向けた先の地表からマグマが吹き上がるや、それは宙空にて冷やされてはたちどころに岩塊となって目の前に積み上がる。
それが二度三度と続き、やがては見上げられるほどの高さにまで積み上がった瞬間にその変化は起きた。
溶岩はそこに一匹のポケモンの姿を模るや、それはやがて本物のリザードンへと変化しては眼前のパオジアンへと咆哮を上げたのである。
そしてそれを皮切りに周囲のマグマは次々と沸き立ってはそこに在りと在らゆる炎ポケモン達を作り出していった。
「…………」
前方にはリザード、キュウコン、ブーバー……
「…………」
背後にはケンタロス、ブースター、バクフーン……
「…………」
それらを取り囲むよう無数に、マグマック、バシャーモ、コースター、ゴウカザル、エンブオー、ヒードラン、ウルガモス、シャンデラ、マフォクシー、ファイアロー、カエンジシ(オス)、ボルケニオン、クイタラン、ガオガエン、エースバーン、グレンアルマ、ソウブレイズ、ヒヒダルマ、セキタンザン、バクガメス、ズガドーン、マルヤクデ、ギャロップ……────
次の瞬間──微動だにせず佇んでいたパオジアンの右腕が閃いた。
頭を翻しては半身を振り切って片膝をつくや直後、右に控えていたポケモン達の首が揃って宙に舞う。
そしてこれこそが宴の始まりであった。
野分の秋風の如くに不吉な笑い声の帯を引きながら、その後もパオジアンは回転を続けた。
その都度にそれを取り囲むポケモン達は無惨にもその首根を跳ね飛ばされては地に沈む。
それを前に彼らとても抵抗やあるいは回避を試みるが、それらは悉く全てが無意味な律動に終わり、誰一人としてパオジアンの凶刃から逃れられる者などはいなかった。
その回転は留まることを知らず、いつしか押し掛けたポケモン達の中心には彼らの血を吸い込んでは巻き上がる鮮血の竜巻が天高くへと舞い上がるのだった。
そして遂にはその残虐無惨な舞いが終わり、最後の一人が両膝をついて地にうつ伏し、骨や神経毛の断面も生々しいそこから鮮血を迸らせる頃には──始まった時と変わらぬ姿勢で佇むパオジアンが、その返り血に濡れた面の視軸を再び正面のレノへと結んだ。
さらにはその顔が耳元へ届くかと思われるほどに口角を釣り上げたかと思うと……──
「さあ………我らだけで話し合いをしようか……イーユイ」
紛う方なき四災の一柱は、その肩書に違えぬ禍々しい愉悦の笑みを──この幼き人の子の面に刻み込むのだった。