眼前に血塗られたパオジアンを確認しレノは後退る。
それを追うようにしてパオジアンもまた踏み出した。
嘲笑に歪んだ面とその両掌から生え立つ二振の凶刃──頼みの綱であったポケモン達もすべて葬り去られたレノはまさに窮鼠の体でただ……迫り来る脅威に緩慢と後退することしか出来ない。
下手に抵抗などしようものならば、この距離と彼女の速力である。その瞬間に自身の首と胴体とが離れることは火を見るよりも明らかであった。
そんな状況を見かねてか、
[パオジアン、落ち着いて! レノ君は傷つけない約束でしょ!]
内面より声を張り上げるリンのその音響に対し、パオジオンは愉悦に歪ませて顔を煩わし気に曇らせる。
「五月蠅(うるさ)いのお……仕切りは妾に一任する約束じゃろうに」
[でも、なんか怪しかったじゃん! あのままレノ君を手に掛けようとしてた……]
「約束は守るさ……『人間』は一切殺めたりはせぬ」
言いながら再びレノを見遣る。
その言葉を信じては一時の安堵を得るリンであったが、場は急転直下の変化を迎える。
パオジアンの目を通して見つめていたレノの首が──その瞬間、胴から飛んだ。
[え………]
あっけに取られてはその光景をリンは傍観する。
見ればパオジアンの右腕は既に水平へ振り切られており、その凶刃がレノの首をはねたことは明確であった。
ボール然と回転したレノの首が放物線を描いて宙に舞う──地に残された胴体は両腕を垂れて脱力し、首根の断面から間歇泉の如くに鮮血を噴き上げていた。
その光景を前にげらげらと笑い転げるパオジアンの声を遠くに聞きながら、リンは激しい眩暈を覚える。
ショックから視界の四隅は白く霞み、リアルタイムで追っている筈の映像はそのどれもがチープなホラー映画でも見ているかのよう現実味も無く展開されていた。
その視界がレノを振り切り、さらに背後を望む。
身を翻し、足早に進むそれが乱雑に上下する中でパオジアンが次に進んだ場所は、先刻フレアドライブの火球を凌いだクレーターであった。
そして淵から覗き込むその底に依然として横たわるガーディと、さらには所在なげに立ち尽くしてはこちらを見上げているシオンを見定めるや──呻くような笑い声がパオジアンの喉奥から漏れた。
それらを前にリンもまた我に返る。
この状況が指し示す未来は、そしてパオジアンが取ろうとしている行動はもはや疑いようもなかった。
パオジアンは、シオンですらも手に掛けようとしている──それこそは自分達以外の全ての生命をこの場から抹殺しようとしているに他ならない。
それらを前にリンは絶叫し、声にならぬ声、呪詛の如き言葉を吐き散らしてはパオジアンの凶行を押し止めようとする。
しかしながら一連の出来事で疲弊した精神ではもはや彼女の手綱を引き締めることは能わず、クレーターへと身を躍らせたパオジアンの凶刃は一切の躊躇もなくにシオンへと閃いた。
それを前に、レノ同様に彼女の首根もまたその胴から切り離されると絶望した瞬間──またしても事態は一変した。
パオジアンの刃を前にしたシオンが──おおよそ人間とは思えぬ反射神経とそして運動性とを以て飛び退る。
その傍らで足元に横たわるガーディの襟首もまたワシ掴んだかと思うと、シオンは難無く迫る一撃を躱してみせたのだった。
その回避に瞬間の安堵を覚えるリンではあったが、その心はすぐに疑惑と不信とに満たされる。
そんなリンを窘めるかのよう……
「キルキルキル……リンよ、今一度この女のことを思い出してみよ。詳細にだ」
依然として前方にシオンを見据えたままパオジアンはそう語り掛けた。
前後に何の脈絡もないそんな語り掛けに困惑するリンではあったがしかし、同時に気付く──それこそは、
[え…………あの人、誰?]
呆けたようなリンの一言に、遂には堪えきれずにパオジアンは声を上げて嗤った。
響き渡るその声の中にもしかし、一方のリンは頭を抱える。
脳内に繰り返し再生されるシオンやレノの印象はそのどれもが『優しく温厚』なものではあったが、具体的な二人との思い出を綴った『記憶』は、その一切が存在していなかったからである。
「所詮はポケモンの浅知恵というか、あるいは人間のくだらぬ感傷というべきか……」
一頻り笑いつくしたパオジアンは語り掛けるとも、はたまた独り言つるともなく吐き捨てては鼻を鳴らす。
「被害に遭った女も、それを企てた小僧も、端から居やしなかったのよ」
此度の事件はその全てが……──
「あのイーユイ一匹による、手の込んだ自作自演劇だった訳だ」
その目的こそはリンに近づくためであり、突き詰めては彼女の中に封じ込められたパオジアンと接触する為のものであった。
真っ向からぶつかり合っては手を焼くパオジアンであっても、それが脆弱な人間の中に封じられているとあっては千載一遇の機会だ。
あわよくばリン諸共に取り込もうと企み、彼女の持つ心根の優しさに付け入ろうと画策するも──予想外であったのは、リンと精神の入れ替えを行うことによりパオジアンもまた四災の力を使役できるということだった。
精神衰弱したリンが相手であったのならばまだしも、その肉体を駆使するのがパオジアンとあっては話が変わってくる。……事実イーユイは持てる戦力のその全てを駆逐されては今に至っているのであった。
『ミ……ヨ………』
依然として気絶したガーディを右手に携えたまま、始めてシオンが……否、四災・イーユイが声を紡いだ。
それはリンが記憶していたシオンのものとは似ても似つかない低くざらついた響き──嗤いとも呻きともつかぬそれは、古来より真実の見定めを促す意味合いとしても用いられてきた言葉……
『ミヨミヨ………何処から、気付いていた……パオジアン』
この時初めて四災の一柱であるポケモン・イーユイは、一堂の前へ顕現を果たしたのであった。
「キルキルキル──端から訝しんでおったわ。昨日まで存在せんかった人間が増えているにも拘らずこの娘のこだわり様といったら不自然にも程がある」
自身を取り巻く現代社会に身を浴してはまだ日の浅いパオジアンである。
己の知らぬ存在もまたいるのであろうと気にも掛けなかったがしかし──先のフレアドライブによる攻防の際に、この女教師シオンが全ての黒幕であることをパオジアンは確信した。
それこそは彼女がリンを守るべくにその元にへ駆けつけた行動に他ならない。
「情などくだらぬものに現を抜かす人間(リン)は、それを純粋な愛情と受け取って疑いもせなんだ……しかしながら妾は違う」
博愛や自己犠牲などの精神など微塵も持ち合わせぬパオジアンにとっては、そんな己が身を挺してリンの元へと駆けつけた『人間の心情』など爪の先程にも理解が出来ない。
ならば、何故にシオンはリンの元へと……『パオジアンの防壁の中へと身を投じに来たのか』を突き詰めた時──その答えはおのずと浮かび上がり、全ての真相へと直結したのであった。
「先の貴様と妾の力の衝突……その余波に晒されることを危惧したのであろう?」
イーユイとパオジアン──いかにまだ不完全な状態であるとはいえ、四災同士のエネルギーが反発し合う際の影響は未知数である。
他のポケモンや人間如きの膂力に遅れを取ることは無くとも、同格の者となれば結果は分からない。
故にイーユイは『教え子を守る教師の愛』に託けてはパオジアンの庇護の元へと走り、事なきを得たのであった。
「面と向かっては勝てぬと判断したが故、搦手でリンを出し抜こうとした──しかしながらそれすらも見抜かれ、加えて自己保身に走るがあまりに尻尾を掴まれるとは………貴様それでも四災の一柱か? なあぁ……イーユイ?」
両肩をいからせては、覗き込むように小首をかしげては見上げるパオジアンの面相たるや、おおよそ元のリンを思わせぬ醜く歪んだ笑みに満たされていた。
一方でそれを受け止めるイーユイもまた両肩をすくめては威嚇する猫のよう身を凝縮させ、その眉元に瘤が浮き上がるほどの憤怒を詰め込んだ鬼の如き形相と化している。
『……時期尚早であった』
やがては依然として見据える形相を変えぬまま、存分に語尾を怒りに震わせてはイーユイ―も吐き出す。
『今は敵わぬやもしれぬが、此度の一件で貴様の力量は見定めた……次回にこそ今日の雪辱は晴らさせてもらう……』
引き際を見定めたかのようなイーユイの口上に、これまた芝居掛かった様子でパオジアンは目を丸くさせ唇を突き出させた。
「ほほうぅ? 次があるのかえ? どうやってここから脱する?」
猫が得物を甚振るよう声による責め句を繋ぐパオジアンの眼前に、
『これを……使わせてもらおう』
イーユイは右手に携えていたガーディを突き出してみせる。
依然、先の衝撃から覚醒し切っていないのかそう振舞われてもガーディただ、脱力したままに力ない呻きを漏らすばかりであった。
『此奴の命が惜しくば軽挙妄動は慎んでもらおうか……いかに復活から日が浅いとはいえ、この狗の首一つを毟るだけの膂力は残しておるのだぞ?』
[が、ガーディッ!?]
思わぬイーユイの取引に内面のリンは大きく声を上げる。
当然のことながら唯一無二の明友でありパートナーたるガーディの身を案じてはイーユイの取引に応じようとするリンではあったが──今現在、肉体の表層に現れているパオジアンはと言えば……斯様なイーユイの行動に対し、ただ目を丸くして表情を失くしては唖然とした体で脱力していた。
いつもの、対象の羞恥を煽る為の演技染みた行動ではなく、その様たるや真から目の前のイーユイの行動に理解が及ばぬといった体であった。
そして次の瞬間には、一切の予備動作も無しに──イーユイの首が打ち刎ねられては胴から弾かれた。
『なぁッ……あがぐッ……ッッ!?』
そのあまりの神速さと衝撃に、宙へ待ったイーユイの表情が驚愕に歪む。
やがては頂点まで浮き上がった後に緩慢と落下してくるイーユイを、パオジアンはその髪をワシ掴んでは捕獲して自身の鼻先に吊らす。
女教師シオンの貌を模っていたその顔面は水死体のよう膨張して眼球を肥大させ、やがては開け放った口中から舌根を吐き出させながら内面を裏返したその瞬間──シオンの首は一匹のポケモンへと変貌を遂げた。
そこに居た者は紅き魚(いお)の化身──尾に帯びた羽衣の如き赤き鰭は、炎の穂先の如くに揺らいではその全身を波立たせ、節を持たぬ球体然とした肉体からは突出した眼球を取り囲むよう、四片二対の翡翠(まがたま)が太陰大極図さながらの形を以てそこを取り囲んでいた。
そんな容姿のイーユイはしかしその尾鰭をパオジアンにワシ掴まれては吊るされ、必死の体でそこから脱がれようと腹を折り背を丸める動きを繰り返している。
そんなイーユイを依然無表情のままに見下ろしては、
「見下げ果てたわ………過去には神にすら列された高位の者が、事もあろう下郎を人質に交渉を持ちかけるなど」
聞こえよがしに深いため息をつくパオジアンのその様たるや、もはや我が身の如くに悲しげですらあった。
しかしながら何を思い付いたのか──……
「もはや貴様は四災などではない……否、ポケモン以下の憐れな生き物よ」
そう語り掛けるパオジアンの貌にはまた、何か企む下卑た笑みが張り付いていた。
そしてその目が釘付けとなっている場所をまた、リンもその肉体を通しては確認してはパオジアンの思惑を知る。
目の前には晒されたイーユイの白い腹には一筋、膣の割れ目が走っては治りかけの傷口よろしくに恥丘の両脇を盛り上がらせていた。
[ち、ちょっとぉ! 本気なの? 金魚だよ!?]
「キルキルキル……なれば猶更であろう? その浅ましき魚の肉壺がどのような具合か確かめさせてもらおうか」
残る左手で自身を包むワンピースの胸元をワシ掴むや、パオジアンは苦も無くそれを引き裂いてはたちどころに全裸へと身を転じさせる。
そうして晒されるリンの裸体に一点──身を焦がさんばかりの情念が宿った箇所を発見しては、それを前にイーユイもまた丸い目をさらに見開かせた。
リンとパオジアン、そしてイーユイの全ての視線が集まるその先には──
岩の如きに亀頭を角質化させたペニスが一本、その身を奮わせる瞬間を今かと待ち受けているばかりであった。