義父母の影響もあり、長じてから私はサバンナ保安官の職に就いた。
これの主な仕事内容はと言えば、このサバンナエリアにおけるポケモンの実態調査とそして密猟者や遭難者への対応というのが任務だ。
遡ること25年前──私は実両親と共にこのエリアで交通事故に遭い、そして二親を失ったのだという。
我が事ながら他人事のように話すのは、私自身にこの一件の記憶が無いからだ。
当時5歳であった私は、もはや死亡確定の行方不明者として扱われていた。
事故が起きたのが夜半であり、しかもエリア内の入(い)り込んだ場所で起きたものだったことも手伝い──保安官を始めとする救急隊の一団が駆けつけた頃には、場はそこに集まったグラエナの一団によって収集のつかない状況となっていた。
幸いであったのは両親共に交通事故の時点で即死していたことから火災やグラエナの捕食になって苦しむことは無かったが、そんな状況ゆえに場から行方不明となった5歳児の生存などは絶望視された。
しかしながら状況が好転したのはそれからさらに数か月後の事である。
事もあろうかあの少女が──5歳の私が単独で保安官事務所の前に現れたのだという。
その前後、異様なポケモンの咆哮が場に轟いていたという状況から鑑みて、どうやら私が第三者のポケモンに匿われてはその日まで生を繋いでいたことが明らかとなった。
その後大人達は様々な手続きに翻弄される。
死んだと思われていた事故関係者の出現により事件の再調査が行われる傍らで、孤児となった私をどうするのかという問題もまた立ち上がった。
その折り、そんな私の引き受けを申し出てくれたのが当時私を保護してくれたサバンナ保安官であった義父母達であった。
以降は養女となった私を義父母は本当の娘のように接しては育ててくれた。
事実、私としても自分が彼らの娘であることを信じて疑わず、一連の事故の告白と共にこれら事実を知らされたのは実に15年後となる成人を迎えてからの話である。
しかしながらそれを知らされたからと言って私と、そして義父母の間の愛情が変わることも無かった。
愛すべき家族であると同時に、保安官としての彼らもまた尊敬していた私はその影響から自身もまたサバンナ保安官への道を歩むこととなる。
そうしてあの悲劇から25年後となる現在──今度は任務として再び、私はこのサバンナエリアへと足を踏み入れていた。
当時義父母が使用していたログハウスがそのまま使えることとなり、数日前に私達家族はここへと越してきたのだ。
夫もまた同じくサバンナ保安官の同僚であり、私達の間には一女が設けられていた。
今年5歳となる彼女は活発で、もはや野生ポケモンと見紛わんバイタリティで日々サバンナエリアを闊歩していた。
そんな娘ではあるのだが……最近気掛かりなことが一つある。
それは私に隠れて誰かに会っているということだった。
こんな場所なのだからその相手はポケモンではあるのだろうが、それとて全員が友好的な者達とは限らない。
野生動物然として理性の欠けた者もいれば、当人にその気はなくとも生まれ持った特性として人体に害となる物質を身に有している者などもいる。
真っ向から一方的にそれら付き合いを否定するつもりも無いが、せめてその相手だけは特定しておかねばなるまい。
その日も、まだ陽も明けぬ早朝から出掛けて行こうと冷蔵庫を漁る娘を私は背後から呼び止めた。
「──……何をしているの、メアリー?」
当人は内緒にしていたつもりであったろうから、そんな私からの声掛けに対して大袈裟に振り返る娘は、この世の終わりのような表情を見せて凍り付いた。
サバンナ保安官という立場上、常日頃から野生ポケモンへの過剰な接触は注意している教育の賜物である。
そしてそれが徹底されていたからこそ、娘はこんな朝早くに人知れず家を出発しようとしていたのだ。
しばし無言で見つめ合う中でやがては観念したのか、
『あのね……ともだちがね、できたの』
娘・メアリーはバツの悪そうな上目遣いでその告白をする。
彼女の名は、私の物である『アメリ』のアナグラムだ。だからという訳ではないが、そんな娘は幼少期の私に瓜二つなのだと義父母などはよく話題にする。
そんなメアリーはここ数日、とあるポケモンと行動を共にしているのだと言った。
その出会いは半年前にここへ越してきた時へ遡り、そのポケモンも出会った当初は強く威嚇されたのだという。
それというのも、目が合うなりにそのポケモンは絶叫の如き雄叫びを上げ、転がるように駆け寄ってきては幾度となくメアリーを腕の中に抱いては体の隅々までを観察し、遂には尻の匂いまで嗅いできたのだという。
完全に虚を衝かれたファーストコンタクトに恐怖で身を硬直させたメアリーではあったが……しばししてそのポケモンに害意が無いことを悟る。
『その子ね、アタシを見て泣いちゃったんだ。赤ちゃんみたいに抱き着いてきてね、泣いたの』
そこから二人の付き合いが始まったのだという。
そのポケモンはまるで保護者のよう振舞ってはサバンナにおけるメアリーの庇護をした。
メアリーもまたその愛情が分かると途端にそれへの愛着が湧き、以降は何処へ行くにもいつでも二人は一緒にいるのだという。
『いっしょにいるとね、すごく楽しいの♪ リザードンの尻尾から火を盗んだりね、それでバスラオとかお芋とかを焼いて食べるんだよ』
もはやつい先ほどまで秘密にしていた気遣いなど無用とばかりにメアリーはそのポケモンとの日常を私に語り聞かせていく。
しかしながら娘の語るポケモンの話を聞く私の意識は──まるでそれを映像で見せつけられているかのような鮮明さで頭の中にその光景を再生させていた。
否、そうではない……私は気付く。
いま自分の頭の中に広がるこの光景は娘の話から想起されるものではなく、間違いない『自分の記憶』だ。
メアリーの話を呼び水に、私の心の奥底に秘められていた記憶の全ては今、解放されようとしていた。
振り返るに、度重なる事故や別れのショックから脆弱な精神を守る為、幼かった私の脳はこれら衝撃の記憶を全て封印したのだ。
そして永らく秘匿されていたそれらはついに──
『あたしね、その子の声マネ上手なんだよ? 聞いて聞いて♪』
次なる娘の声によって──親愛なるその人の声によって打ち破られるのだった。
その瞬間、私の中の全てが繋がった。
私はメアリーもそっちのけに身を翻すと、そのまま外へと駆け出る。
まだ夜明け前のサバンナは地と空の極みにようやく陽光の境界を浮き上がらせた、まだ宵闇を多く残す姿であった。
そんな曖昧な世界が、あの日の私と繋がる──
私が涙ながらにあのポケモンの……アネキの元を追いやられたのも今と同じ夜の狭間であった。
いまそんな世界の中を掛けていく私は、まさにあの日の自分の続きであった。
あの日、幼い私はすぐにでも振り返ってアネキの元へと戻りたかった……その想いのまま、あの日の直後に私はいま繋がったのだ。
悠久泰然とするサバンナにおいては25年程度の時の流れではその姿を変えることも無い。
道無き草原を掛ける私の目の前には、あの日のままのサバンナが広がっている。
アネキとバスラオを取った河を迂回し、枯れたバオバブの巨体を回り込めば彼女と私の寝床はもうすぐだ。
そして私は発見する。
見渡す視界の先に灯る小さな火を。
白く細い煙を上げて心許なく灯っているあれは、あの日アネキと共に取ったリザードンの尻尾火だ。
アネキはあの後もこれを絶やさずに灯し続けてくれていた。
いつの日か私がこの場に帰る時の目印になるように……そしていつの日か、私がアネキを見つける為の目印になるように。
そんな焚火の傍らで、その灯火へ小枝をくべては愛おし気にそれを育むポケモンの後ろ姿を見つけた瞬間──私は声の限りに叫んでいた。
おそらくは彼女の名を叫んだのかもしれないが、自分でも何を声にしたものか分からない。
ただ感情の赴くままにそれを叫んでは再び走り出す。
私は今、帰って来たのだ──……。
時を超えて、愛しきアネキの待つこの故郷(サバンナ)へと。
【 暁に叫ブアネキ・完 】