第1話・500年前の人形
遺跡より発掘された『それ』の第一印象は『愛らしい』の一語に尽きた。
床に座り込んで俯くその姿は、1メートルほどの体長に人型ということもあってかヒトの子供が蹲っているようにすら思える。
ドレスともモンスターボールとも取れない意匠の下半身に、ツインテール然とした頭部パーツも相成ってはまさに人間の少女それだ。
全身の塗装は既に風化して剥げ落ちていることから、今のそれは灰褐色の地金が剥き出された色合いではあるのだが、これに華やかな色が乗って稼働していた頃はさぞ可憐だったのではないかとイーウィックなどは想像してしまうのだった。
「それがこんな掃き溜めに座らされてるんだから悲劇だよな……」
その元へ屈みこむと、イーウィックは埃を拭ってやるようにしてそれの頬を撫でる。
これが発見された遺跡の調査と合わせ使用金属の種別や放射線測定の結果、これは実に500年前に製造された物であることが分かった。
見た目の愛らしさの通り愛玩玩具であるのか、はたまたもっと実用的な用途の元に作られたのかは付随する資料がない以上不明である。
せめて名称ぐらいは分からないかとさらにそれの体を探っていると──そのうなじに何やら文字らしき物の並びを発見した。
おそらくはその文字を浮き上がらせる為の塗装がしてあったのだろうが、これもまた他の体色同様にすっかり剥げ落ちてしまっている。
しかしながら幸いであったのは、これ自体が凹凸に彫り込まれていた意匠であったことから、その表面を撫で、角度を変えて光源に当てることでそこに書かれている文字の判別にイーウィックは成功した。
「マギ、アナ……?」
アンノーン文字で彫り込まれたそれの、名前と思しき綴りを呟いてはイーウィックも鼻をならす。
果たしてこれが個体名であるのかは判断も出来なかったが、ともあれ今後コレの研究をするのに何か呼称が無ければ不便であるのも確かだ。
ならばこれが名称でも構わないかと思い、以降イーウィックはこの機械人形を『マギアナ』と呼ぶことに決めた。
作業台の上へと移動をさせてからは、背に腹にと転がしては体中のいたる所を観察する。
一端にも科学者を名乗り、この現代における最新技術や知識を収めている自負の有るイーウィックだが、目の前のマギアナに対してはただ呻きを漏らし続けるばかりであった。
それというのもこのマギアナには分解や解体の足掛かりとなるべき溝やビス穴の類が一切として見当たらないのだった。
まるでこの形になるよう、一個の鉄球を内外から削り磨いたかのような造作にはもはや惚れ惚れとすらする。とてもではないが500年前の技術とは思えない。
往々にしてオーバーテクノロジーに触れてしまう機会などはそうも無い。
ならば初心に戻り、このマギアナから色々と学ばせてもらおうと今後の研究を想像しては子供のよう心をときめかせるのだった。
しかしながらそんなマギアナの背面を調べた際、尻の付け根となる腰元に充電用と思しき穴を発見する。
その部分だけは現代人も良く知る『+』の螺子頭を使用したビスで外蓋を固定しており、明らかにこの場所の分解を示すような造りとなっていた。
そのあからさまさに子ども扱いをされたようで軽い苛立ちもまた覚えたが、よくよく考えれば充電に関しては外部からも手が加えられるような構造にしておかなければ有事の際に対応が出来ないのも事実だ。
しかし何よりも今は、その内部に何が収められているのかという好奇心の方が勝った。
かくしてそこの分解を始めたイーウィックは5分後──想像通り、充電の為であろう電極と配線の抜き出しに成功した。
これならば現代の電源供給に流用が出来ると踏んだイーウィックは、急造ではあるがそこにプラグの装着を施す。
試しに一般家庭の単相電源にも差し込み可能な、二連電極のプラグを接続してはそれを壁面コンセントへと差し込む。
施設柄、もっと電圧の高い電源もあるが何せマギアナは年代物の機械だ。
いきなりの高電圧に繋いでしまうことで更なる損傷の可能性も危惧したイーウィックは、あえて家庭用100Vの電圧でどのような反応が現れるのかを観察することとした。
やはりともいうべきか、電源につないだところとてマギアナに変化はない。
おそらくは長年の放置により内部バッテリーや部品の類も放電がされている状態なのだろう。
正常に電気は送られている筈ではあるから、まずはコレで様子を見ようとイーウィックはマギアナの放置を決め込んだ。
予想通り数日は何の反応も示さなかった。
しかしながら充電開始から一週間目となるその朝──マギアナの瞳に赤色の明かりが灯っている様子を発見し、危うくイーウィックは手にしていたマグカップを落としかけた。
急ぎ駆け寄って細部を確認すれば、マギアナの内部からは虫の羽音を思わせるような重低音が漏れだしていたりと、確実に起動の予兆を思わせる。
「いいぞ……このまま何らかの反応が見られれば今後の修理の足掛かりになる」
興奮に鼻を鳴らせてはイーウィックも依然俯いたままのマギアナを覗き込む。
目の光源もまだ弱々しく朧気で、瞳孔の下半分のみに光が灯ったその様子からは彼女が半瞼で寝ぼけているような愛嬌すら感じられた。
「早く動いてみせてくれマギアナ……君のことをもっと知りたいよ」
科学者特有の奇行ではあるのだろうが、もはや人に接するのと変わらぬ態度でマギアナの頭部を愛おしく撫でてみせては語り掛けるイーウィック。
しかしその瞬間、儚い光を宿すマギアナの瞳が僅かに右へ移行しては──傍らの隣人をその視野の中に収める様をイーウィックは気付きようも無かった。