あれから更に一週間の充電を続けても、マギアナに動き出す気配は見られなかった。
しかしながら瞳の中に確認できる赤色の輝きはすっかりその目を形作るまでに全灯し、もはやエネルギー不足で動けないということはありえないようにも思えた。
「あとひとつ、なにか起動に必要な条件でもあるんだろうか?」
寝室も兼ねる研究室片隅のソファに寝そべりながら、イーウィックは就寝前の思考をそれに傾ける。
それでもしかし答えは出ず、やがては睡魔に見舞われたイーウィックもまた『とりあえず明日からは電圧を増やしてみよう』と夢現に思いながら、その日は就寝に着くのだった。
そして翌日──目覚め、コーヒーを淹れに研究室の中を行くイーウィックはとある小さな異変に気付く。
「あれ……? こんなところにコレ置いたかな?」
ふと足元の工具箱に躓いてはイーウィックも首を傾げる。
そこからは寝ぼけ眼を投げやっては研究室全体をぼんやり眺めていたイーウィックではあったが──その目は徐々に驚愕に見開かれる。
足元に工具やらバッテリー・コンデンサの類などが散乱した研究室はけっして整理された状態とは言い難かったが、それでも使い慣れた室内は彼の動線に沿った自然な通り道が形成されていた。
それが今眺める研究所の様子たるや、明らかにそれらガラクタの配置が変わっている。
具体的にはここを歩き慣れぬ者が通ったと思しき、新たな道が形成されていたのだ。
その形成された第三の道は今までイーウィックが寝ていたソファから始まり、そして目で辿るその道の先にあったものは──作業台の上に腰かけるマギアナであった。
急ぎその元へ駆けつけると、イーウィックは彼女の全体を観察する。
昨日まで、腰かけるマギアナの尻周りに配置していた工具の類が周辺の床に散乱していた。
そして何よりも決定的であったのは──彼女に直結させていた充電用ケーブルが、壁の電源から外れていたことである。
これこそは明らかに彼女がここから動き出し、そしてまたこの場所へと戻ってきたことの証拠だった。
「マギアナ! 聞こえるかいマギアナ! 君は動けるのか?」
そこから語り掛けるもマギアナはあの俯いた姿勢のまま反応しようとはしない。
もしかしたら自分の勘違いであることもまた考えたイーウィックは、急ぎ自分のデスクに着くとそこからパソコン上での操作をいくつかする。
立ち上げたのは監視カメラのアプリケーションであった。
今はイーウィック一人の研究室であるここも、元来は国の機関であり室内には監視カメラの設置が為されていた。
もしかしたらそこに昨晩の様子が記憶されているのではないかと思い、それの再生を試みるイーウィックは数分後──目の前に繰り広げられる光景に息を飲んだ。
マギアナは動いていた。
午前 01:27──突如としてその身を震わせたかと思うや、マギアナは俯いていた顎先を上げ、その両目を虚空へと投げ出した。
それからしばし首を上下左右に展開させる様子から部屋の様子を窺っているであろうことは明らかだ。
その5分後、彼女は腰かけていた作業台から降りて床の上に立つ。
そこでもしばし首を回しては周囲を観察するマギアナ……その仕草は何かを探しているようにも思えた。
やがてはあからさまに視軸を固定しては遠くにある目標一点を見定めるや、マギアナはぎこちなく動き出す。
足元に散乱するガラクタなど意に介さず両足を運ぶその先に待ち受けるものは──誰でもない、ソファ上で爆睡をするイーウィックであった。
その光景にまるでホラームービーでも見ているような不整脈に見舞われるイーウィック。
今こうしてこの映像を見ている訳だからこの時のマギアナに何かされた訳ではないのだろうが、それでもこの予想外の展開に興奮を憶えずにはいられなかった。
やがては触れ合わんばかりの距離にまで接近を果たすと、マギアナは身を屈めてはイーウィックの寝顔を覗き込んだ。
その胸元に両手を置き、互いの鼻先が触れ合うほどに顔を近づけては観察を続けるマギアナの後ろ姿たるや、その少女然とした見た目も相成っては恋人が寝ているパートナーへいたずらをしているような場違いの朗らかさすら感じられた。
しかしながらそのままマギアナの動きが止まった。
以降は彼女が再び作業台へと戻る3時間後まで、マギアナはただひたすらにイーウィックの寝顔を観察していただけであった。
ただ、ようやくに身を起こし、そして再びその場を離れようとした間際……彼女は予想外の行動を一つ取っていく。
ふいに伸ばされたマギアナの右手が──イーウィックの股に触れた。
そのまま小さく弧を描いては慈しむかのよう、機械らしからぬ動きを以て彼の股間を撫でたのだ。
その時間にして一分間……偶然に手が触れたというよりは、明らかにそこへ何らかの意図を込めた行動であった。
やがては作業台へと戻り、再びそこにて座り込むや俯き──……以降、彼女が動き出すことはなかった。
それら昨晩の全てを見届けると、イーウィックは肩越しに振り返ってはマギアナを望む。
未だ困惑と興奮から脱し切れていないとはいえ、既に明晰な頭脳面では彼女の行動の分析を始めていた。
十分な充電状態であるにも関わらず今現在、動き出さずにいる理由──それこそは、
「──夜にしか動けないよう、プログラミングされている訳か」
仮説ではあるか、イーウィックはとりあえずの前提を自身の中で仮定して考えてみる。
思うにこのマギアナとは過去に数体もの同タイプが存在しており、それぞれが独自に設定された役割を担っていたと思われる。
住み良い生活環境の維持を担当する者や、家族の世話や教育を担う者、インフラ整備や建造物の建設に従事した者もいれば、敵対勢力に対抗する『武器』としての役割を全うした者もいた事だろう。
そんな多種多様なマギアナ達の中において、夜にしか動けないよう設定された彼女が何の役割を求められていたのか……その日の夜、再び就寝用のソファに腰を埋めるイーウィックはそんな考えに思いを馳せた。
やがて静寂の研究室内に甲高く、そして細く凝縮されたかのような羽音を聞き取ってはイーウィックも思索にふけっていた顔を上げる。
まっすぐに飛ぶ視線の先ではちょうど、あのマギアナが俯いていた顎先を上げては起動を果たした瞬間であった。
同時にイーウィックは自身の腕時計の確認をする。
午前01:27──昨晩とまったく同じ時間帯に起動したことから、『夜にしか活動できない』ことは確定となった。
「あとは……彼女の目的がどこにあるか、か」
見守り続ける視線の先で、周囲を見渡していたマギアナのそれと目が会う。
しばしマギアナは腰かける作業台からイーウィック見つめていたが、その視軸をこちらに合わせたままやがては台から降りて接近を開始した。
軽やかな足取りで一直線に向かってくる彼女の動きは、昨晩のものよりもはるかに滑らかで能動的であった。もはやその歩調には、イーウィックと視線を合わせた喜びの感情すら伺えるようだ。
そうして人間やポケモンと変わらぬ所作で歩み寄ってくるマギアナに対し、
──もしかしたら、彼女はこういうポケモンなのでは?
その新たな仮説にイーウィックは我が発想ながら息を飲む。
しかしそんな思索もすぐに断ち切られる。
目の前にマギアナが到着した。
まるでお辞儀でもするかのよう僅かに前傾を倒しては、小首をかしげ覗き込むようにしてソファに座るイーウィックに視線の高さを合わせてくるマギアナ。
そんな彼女を前に、内心では未知への恐怖と興奮に激しい動揺を憶えつつもしかし、
「や……やぁ、こんばんは。マギアナ」
イーウィックはファーストコンタクトとなる第一声を彼女へと掛けてみせるのだった。