あれからイーウィックとマギアナの日々は恙無く続いている。
イーウィックはその後、彼女を日中に起動させることにも成功した。
その方法たるや何と言うことも無く、マギアナに稼働時間を始めとしたイーウィックの望む設定を伝え、彼女自身によって変更してもらったに他ならない。
従来ならば、いかに外部からの指示があるとはいえ口頭によるシステムの変更などは受け入れぬ筈であろうが、ことマギアナに関してはそれが可能であった。
おそらくは彼女を製造した開発者か、あるいはその前所有者がそれを彼女自身に決められるように設定をしておいてくれたのだろう。
それこそはマギアナを決して『機械』などではなく、一個人として尊重していたことの証であり、そのような人物から彼女を預かり受けることの責任をイーウィックは重く感じた。
とはいえそのような確認など無くとも、マギアナのことを大事に思う心は既にイーウィックには備わっていた。
もはやこの時の彼にはもう、目の前のマギアナは完全に『一人の女性』であった。
ポケモンでも無ければ、ましてや機械でもない──否、むしろ金属」の肉体を持つことが付加価値にもなり、より一層に彼女の美しさを際立たせているのだとイーウィックは思う。
そう感じ入ってしまう背景には、こんな自分の性癖もまた強く反映されてのことだということも理解していた。
いつしか物心ついた時には機械部分や、鋼鉄製の造形物に対し強い執着や、時に欲情を覚えるようになっていた。
組み合わさった無機物群が偶然か意図的かそこに人型のフォルムを形成した時、イーウィックはその対象へ抑えようのない欲情を憶えてしまう。
初等部を卒業する頃にはそれはもう一個の『性癖』としてイーウィックの中に形成され、以降はいつか理想の女性型ロボットのパートナーが現れることを夢想する。
そして今──そんな自分を前に現れてくれマギアナは、まさに運命の人であったのだ。
なればこそ大切にしたいとイーウィックは思う。
そんな折り──マギアナはいつにない神妙な面持ちでイーウィックの前へと立った。
この頃にはもう、彼女が醸し出す気配や雰囲気を察知することでかなり事細かにマギアナの心情を図れるようになっていたイーウィックは、そのいつにない様子に何か深刻な告白があることを察しては声を掛ける。
「どうしたんだい? 何か悩み事?」
とりあえずは彼女を座らせ、自身も隣に腰かけるとその肩を抱いては慎重に尋ねる。
そんなイーウィックを前にそれでもしばし逡巡した様子ではあったが、やがては意を決したのか再びマギアナはまっすぐにイーウィックを見上げた。
そうして未だ戸惑うパートナーの両手を取ると、マギアナはそれを自身の胸元へと運ぶ。
いったい何を伝えたいものかと観察し続けるイーウィックは──目の前で起こるその変化に激しく動揺を覚えることとなる。
依然としてイーウィックが手を置くポケモンボール然とした胸元の一部が突如として回転をし、何かのロックを開錠する小さな音を奏でるや次の瞬間──そこは左右に展開をしてはその胸腔内の空洞を彼の前に晒した。
突然のそれに息を飲む。
彼女とは深い仲となり、様々な肉体の変化を見えてもらってはすっかりその全てを把握した気になっていたが、いま目の前にて繰り広げられる変化は初めてのものだった。
しかし何よりもイーウィックの目を奪ったものは、そんな新ギミックなどではなく……その開かれた胸腔のさらに奥そこにある一つの物体であった。
目の前でマギアナの胸元が展開されるや、その中に収められていた物体の放つ眩いばかりの光がイーウィックの目を通して彼の脳を、そして意識を陽光の如き光の中に包み込む。
それに目を眩ませてはきつく瞼を閉じ、次に恐る恐る開いた先にあったものは──白一色の世界であった。
何も無い無垢の空間そこは、柔らかい光の満ちる穏やかな空間であった。
月並みな言い方をするのならば、その時イーウィックはそこを『天国の様だ』と思ったほどである。
そしてそんな世界を背負う目の前には──誰でもないマギアナがいた。
イーウィックを見つめてくるその表情は、いつも以上に朗らかでそしてはにかんでいるようにも思えた。
そんなマギアナの出現とこの世界、さらには直前に自分の前へと展開してきたあの胸腔の中から溢れる光を思い出した時──イーウィックはある答えに辿り着いた。
「これが、本当の君なのか?」
それこそは、この精神世界と思しき場所にいる今のマギアナが本体であり、現実世界における彼女は仮の姿だということ。
訊ねるイーウィックへと答えるようマギアナは身を躍らせると、その腕の中へと飛び込んでくる。
姿はこの世界に来る前の物と変わらぬのだというのに、腕の中に抱き留める彼女の体は柔らかくそして温かみがあった。
そうしてしばしの抱擁を堪能した後、再びマギアナはイーウィックの腕の中から彼を見上げた。
そこから彼女の口をついで紡がれる言葉はこの空間に満ちる空気の共鳴とも、はたまた機械音ともつかなかったが、それでもイーウィックはそれを美しいと感じた。
しかしながらその声に乗せて告げられる彼女の告白に、イーウィックの弛緩した意識はたちどころに現実へと戻される。
マギアナは、この空間を『ソウルハート』と呼んだ。
この場所は人造の『魂』の領域であり、これこそが自分の本体であることをマギアナは教える。
そして同時にこの魂は未知のエネルギーを秘めることと、さらには……これを巡って、マギアナは前所有者を失ったことを伝えた。
そのことを話し始めてもなお躊躇しながらに語るマギアナの心境は、この裸の魂の中にに在るイーウィックには痛いほどに伝わっていた。
彼女は──この世界において再び、このエネルギーを求めるいざこざにイーウィックを巻き込ませやしないかと危惧していたのだ。
そしてそれが分かったイーウィックの答えは既に決まっていた。
「マギアナ!」
強くその名を呼んでは全身で抱きしめる。
突然のそれに目を剥く彼女をよそにイーウィックもまた自身の心の内を聞かせる。
「君は、運命を信じるかい? 僕はそんなもの信じてはいない。だって──それだったら滅びる運命の星の下に居たら、どんな努力も報われないじゃないか」
唐突なその物言いの真意を理解しかねてはマギアナも戸惑う。
「そんなの、誰かに自分の行く末を決められてるみたいで悔しいじゃないか。だから僕は、これからの僕とそして君に降りかかる不幸の全てを否定してやるつもりだ」
じわりと、マギアナは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「どんな過酷な運命が待ち受けていようとも、そんなもの最後には笑い話にしてやる。だから安心して。そして……いつまでも僕の隣に居て、マギアナ」
何の根拠もなイーウィックの言葉は、ともすれば虚勢や虚言の向きさせある。
しかしながら、そんな何のエビデンスも背景にしないイーウィックの言葉はどんな事実やデータよりもマギアナを励まし、そして安堵させてやまなかった。
そんな心の重荷から解き放たれるマギアナの心境を反映するかの様、無垢の世界には光が溢れ霧散していった。
そしてその眩さの中に二人は搔き消され、そして再びに覚醒をして瞼を開いた二人は──あの乱雑な研究室のソファの上、互いの手を取り合っては対峙していた。
一種の白昼夢から覚めたような気分ではあったが、イーウィックはアレを都合のいい夢や幻覚などとは思わなかった。
全ては事実だ──運命へと立ち向かう覚悟も、そして目の前のマギアナを愛するこの気持ちも。
それを確認するよう、
「愛してるよ、マギアナ」
それを告げるイーウィックへと、マギアナは自身の金属の肉体が彼を打ちすえるのもお構いなしに正面から抱きついた。
いま再び、この現実世界においても互いの温もりを実感しては二人はいつまでも抱きしめ合った。
500年の時を経て今日に紡がれたマギアナの運命は──いま再びに、その歯車をイーウィックの中へと組み合わせたのだった。
【 ハーフミレニアムのセクサロイド・完 】