第1話・レインフォレスト院
その教会・レインフォレスト院は、孤児院の役割も果たしている。
しかしながらそこに神父や教誨師いった導師達は誰一人として存在せず、『教会』とは名ばかりのそこにはいつしか──スカプラリオを纏ったルージュラが一匹、シスター然として振舞っては人やポケモンといった孤児達の世話を始めた。
人間社会においてポケモンが人の子供の世話をすることも異例であるならば、それが成立してしまっていることもまた異例である。
その構図は傍から伝え聞くには美談であるがしかし、実際問題としてそんな子供達の衣食住を支える食い扶持を、一介のポケモンどのように確保しているのか──それはかねがね巷間で囁かれ続けているミステリーのひとつであった。
口さがなくも周囲はその謎について、『あのルージュラが人身売買に関わっている』とも噂し合った。
事実この寺院において15歳を越えた子供達は何処かへと消えては以降戻ることはなかったからだ。
そして斯様な卒院者が現れる年になると──この教会へは、いくつもの高級車が集結しては身なりの良い大人達が一堂に介するのである。
場所が教会であるのだから、名目上はここにて行われるミサへの一般参加者ということにもなろうがしかし……ポケモンが運営する孤児院を兼ねた教会に集まる黒塗りの高級車とお偉い方という構図は、なおさらにレインフォレスト院に纏わる良からぬ噂話を助長してやまないのであった。
そしてこの年──孤児院内では3人の子供達がここからの卒院を控えていた。
「シスターは絶対に悪い連中の言いなりにされてる」
仲間内の一室で密かに集まった3人の一人・短髪のツィーベックはそう切り出した。
「って言うことは噂は本当で、シスターは僕達を売り払おうとしてるのか?」
思わぬツィーベックの言葉へ質問混じりに答えたのは、対照的に長髪の少年ウェルベンだ。
遠目で見たならば女子とも見紛わんウェルベンは、線が細く繊細な見た目の美少年であった。
一方で、常に斯様なウェルベンと対象にされる先のツィーベックなどは『悪ガキ』などと称されては荒っぽい印象を周囲に抱かせる少年ではあったが、赤毛の巻き毛に堀の深い目鼻立ちの面相はまず美丈夫で、こちらも更に成長が進めば今後は別の意味で周囲の婦女子に良からぬ影響を与えるであろう美男になることは疑いようもない。
「し、シスターはそんなことするヒトじゃないよ……!」
そんな二人の会話に割って入ったのは、ツィーベックやウェルベンとは頭一つ小さい小柄なアウルラであった。
前髪を切りそろえたショートのボブカットに顔の半分を占める近視用の厚底メガネという装いは、先の二人とは同年代であるにも拘らず更に5歳は年下に印象付けるかのようだ。
そのちんちくりんとした見た目故にとかく軽んじられやすいアウルラではあったがその芯の強さ、頑固さにおいてはこの3人の中でも一番屈強な精神力の持ち主である。
事実、体格に恵まれぬが故に体力面では平均よりも劣るアウルラは、ならば学業でそれを補おうと努力を重ね、今では国内でも上位の学力レベルを誇るに至っては院外へもその名を轟かせるに至っている。
「まあ、シスターは『人』じゃなくて『ポケモン』だからな」
「揚げ足とらないでってば!」
この院にいては幾度となく交わされるジョークのひとつではあるが、毎度アウルラはその言いぶりに癇癪を起した。
もっともそれは本人も知るところではあり、一方でそのことを口にするツィーベックからしてもそこに侮蔑を込めている訳ではない。
なぜならば3人にとってのシスター・ルージュラは、誰よりも信愛すべき本当の『母親』であるのだ。
そこに人やポケモンといった垣根などは存在しないし、彼女が日々自分達へと向けてくれていた愛が本物であったことは、誰でもない当人達が一番理解している。
だからこそここの卒院を控えた3人はその真偽を確かめようとするべく、今日ここに集結をしたのである。
「今回も卒院を前に『あいつら』が集まって来た……」
鹿爪らしいツィーベックの言葉に二人も緊張した面持ちで頷く。
先にも触れた通り卒院者が現れる年のその前日には、必ず高級車に乗り付けた幾人かの大人達がこのレインフォレスト院を訪れていた。
彼ら時に彼女らは皆、その年には必ずここへの宿泊をし、そして翌日には卒院者と共に消えるのだった。
これら事実を元にツィーベックが導き出した推理は──この大人達こそが心身売買にかかわる組織の一員であり、卒院者達は彼らの手によって攫われる、というものあった。
これについてさらに、ツィーベックはルージュラが何らかの弱みか、あるいはこのレインフォレスト院の運営をダシに脅迫をされては言いなりになることを余儀なくされている──というのが、ツィーベックの打ち立てた仮説であった。
多分に15歳の少年が夢想する内容だけに突拍子もない展開に思えるのは、それを語るツィーベックも始め、皆重々承知ではある。
しかしながら、かの大人達と共にここを去った卒院者達は以降、この場所を再び訪れることは無く、手紙による便りのその一切もが途絶えるのだ。
この不可思議さを以てして、一連のツィーベックの仮説は奇妙な信憑性を得ては、今日に彼らへ行動を起こさせるに至る。
「俺達で、この院とそしてあいつらの秘密を暴くんだ」
改めて確認されるツィーベックの声にウェルベンとアウルラも大きく頷く。
奇しくも明日に卒院を控えた今宵、院には既に3人の大人達が集まっていた。
彼らはこの院における儀礼に則った食事を済ませた後はルージュラと共に建物の何処かへと消えた。
平素日頃から立ち入ることの出来る場所には、どこを探しても彼らの姿を見つけることは出来なかった。
しかしながらツィーベック達は、そんな大人達とルージュラが何処に消えたのかを知っている。
「聖堂の地下……祭壇のすぐ足元に階段がある」
もう一度、その覚悟を確認するよう見渡してくるツィーベックに二人も頷く。
3人の子供達は今、この教会に秘められた謎の一端を解き明かそうとしていた。