一連の儀式が終わり、依然として石棺のベッド上に横たわるルージュラをそのままに男達は動いた。
おそらくはここへ訪れてきた時に纏ってきたであろうフード付きのローブを再びに被り直すと、3人はこの部屋の出入口へと続く石段へと向かって歩む。
目深にかぶったローブの死角も相成って、ツィーベック達に気付いている様子は無いが、それでもあと数秒先にはこの部屋を出た階段の踊り場で一同は鉢合わせてしまうこととなるだろう。
「ま、マズい……! こっちにくる」
「今さらじゃもう逃げられないよ……!」
その予想だに無かった男達の動きに慌てふためくツィーベックとアウルラを前にしかし──
「大丈夫……俺が合図をしたら呼吸(いき)を止めて」
背後からそんな二人の首根に両腕を回して抱き寄せたのはウェルベンであった。
ウェルベンの『能力』を知る二人は、彼一人ならば難無くこの状況を逃れられることは知っていた。しかしながらこの3人全員ともなればそれが可能かどうかははなはだ疑問である。
とはいえもはや時間的にも彼の説明を受けている時間も無い。
ウェルベンに身を委ねると二人は、彼に抱き寄せられるままに後退し、件の出入り口から出来る限り離れたその場において身を蹲らせた。
今まで覗いていた室内に比べて薄暗がりとはいえ、それでもほぼ正面に鎮座する3人を視野に収める程度の光量は場にも満ちている。
ならば室内からここへ出てきた時点で3人は発見されてしまうことは逃れられない。
そうして見守り続ける居室のドアが静かに開きかけたその瞬間──
「……──止めて」
ウェルベンの合図に、ツィーベックとアウルラは揃って息を止めた。
そんな二人の中心に位置してはその肩に両腕を回しては一体化するかの如く身を寄せるウェルベン──そうして完全に目の前のドアが開き切り、室内にいた3人の男達がこの踊場へと進んできても……一行は誰一人として、そんなウェルベン達に気付くことなく階段を上がっていった。
円柱形の空間に設けられたら石造りの螺旋階段を男達は注意深く登っていく。
やがてはその足音が完全に遠ざかり、頭上高くで上階へと出る隠し扉の蓋が開けられる音が小さく響くと共に……
「……ッふぅ。もう大丈夫、息をして」
ウェルベンの合図にツィーベックとアウルラはそろって大きく息を吐きだした。
その後も依然として緊張状態の解けぬままに高鳴る鼓動に合わせては不規則に荒い呼吸を繰り返す二人をよそに、当の術を仕掛けたウェルベンは取り澄ましたよう細くため息をつく。
「はぁはぁ……お前の術って、俺達にも使用できるのかよ?」
「ははは、バレちゃったな」
すっかり疲弊した様子で上目遣いに尋ねてくるツィーベックに対し、ウェルベンは涼し気に苦笑しては受け流す。
かのウェルベンには、自身の気配を完全に消しされる特技が備わっていた。
幼少期、この院へと保護される前のウェルベンは保護者を名乗る人物からの激しい虐待に晒されており、その時にこの能力を開花させたのだと言った。
一度、気配を消すことを意識して精神集中をすると、彼ウェルベンの姿は目の前にあったとしても発見することは叶わなかった。
それを利用して、深夜に台所へと侵入してはつまみ食いなどを常習的に行っていた彼の秘術は今日この夜、始めて実践的な使用とそしてその効果が証明されたこととなった。
先のツィーベックの常人離れした洞察力と、天才級の頭脳を持つアウルラとそして今のウェルベン──明日に卒院を控えた3人の子供達は皆、図らずも非凡な能力を備え持っていた訳である。
「中にはもう誰もいないよ。早くシスターを……」
先に呼吸を整えて再び地下の一室を覗き込んでいたアウルラにツィーベックとウェルベンも我に返る。
そこから注意深く室内の様子を窺えば、目下には最後に確認されたうつ伏せの姿勢のままに横たわるシスター・ルージュラの姿が見えていた。
完全に室内に彼女の以外の人影が無いことを確認すると──
『シスター!』
3人は石段を倒つ転びつしながらそこへと駆け降りる。
一方でまだベッド上から起き上がれずにいたルージュラではあったがそれでもしかし、いざその元まで近寄られて声掛けなどされるに、ようやく朦朧とさせていた意識をそこに結ぶ。
まだ体に残る疲労を背負いながら眠たげに、声掛けなどしてくる3人の子達に視線を投じたルージュラは──しばしして完全に覚醒を果たすやその目を見張った。
そこに現れていた表情(いろ)たるや、ツィーベックらの救出に安堵するものには程遠い、強い困惑を宿したものである。
そんなルージュラの表情にもしかし……
「大丈夫、ルージュラ?」
「俺達ルージュラのこと助けに来たんだ」
「ツィーベックがこの階段を見つけてくれたんだよ」
駆け寄る3人はそれぞれに声掛けなどをしては精液まみれとなっているルージュラの身を案じた。
そんな子供らの様子に、その目を見張らせていたルージュラの表情は徐々に表情を消していき、やがてはそこに寂し気な微笑みを宿す。
「さあ、とりあえずここから出よう!」
そしてウェルベンがルージュラの肩を担ぎ、彼女を立ち上がらせようとしたその時……ウェルベンはその姿勢のまま動きを止めては小刻みに体を震わせ始めた。
「ど、どうしたんだよウェルベン? 早くしないと……──」
そんな彼を促すように声を掛けたツィーベックであったが自身もまた……その呂律がもつれては、発した言葉を最後まで出し切れずに口噤んだ。
斯様にして、この場において思わぬ沈静化を果たした三人ではあるが、その心中はそんな肉体とはよそに嵐の如く激しい混乱に渦巻いていた。
なぜならばこの時の三人はすでに……
──な、なんだこれ……ッ体の、自由が、利かない……ッ?
既にそれぞれが屈みこんだ姿勢のまま、小指一本として身動きとることの出来ない状態へと陥っていたからである。
薬物の類というよりは、何か見えない力によって肉体そのものを押さえつけられているかのようなその感覚は、皮肉にも三人は身に覚えがあった。
幼少期──他愛もないケンカを友人同士でしてしまったり、或いは落ち着きなく駆け回る行動を窘められる時、この院の子供達は例外なくこの力によって取り押さえられたのだ。
そしてそれを駆使していた者は誰でもない……──シスター・ルージュラに他ならならなかった。
「シス、タ……どう、し……て……ッ?」
前のめりに項垂れては、既に身動きの取れなくなっているウェルベンとアウルラを前にツィーベックは辛うじてその問いを発する。
否……もはやそれは、紛う方なき裏切りに対するルージュラへの強い困惑と疑念が声となったものであった。
それを受けてかのルージュはゆっくりと身を起こすと改めてツィーベックの前へと歩み出してはその顔を覗き込む。
小首を傾げては見つめてくるその表情は僅かに眉元を曇らせた堅いものであったが、彼女の暖かい掌が救い上げるようにしてツィーベックの頬に添わされると──その表情はどこか寂し気に微笑んだ。
この秘密の一室で輪姦をされていた真実、そしてそれを助けに来たはずの自分達を拘束するルージュラの行動──その何一つにも答えを得られないツィーベックを哀れむよう詫びるかのように、
鼻先を寄せるルージュラの厚く艶やかな唇は、濃厚にツィーベックの唇を塞いでしまうのだった。