RF団──世界各国に支部を持つこの団体はしかし、表舞台にはけっしてその名を表さぬ秘密結社のひとつであった。
始まりは一人のポケモントレーナーによる地球温暖化対策の活動がいつしか代を重ね、さらには多種多様な人々やポケモン達をそこへ加えるにつけて世界的な規模へと発展していった。
そして斯様な創設者の傍らでその活動をサポートし、支えたポケモンこそ──このレインフォレスト院を預かるルージュラに他ならなかったのだ。
その規模が拡大するにつれてルージュラは一線より退くも、彼女の存在は団の中において信仰に近い位置づけとされては、その象徴として崇め奉られることとなる。
そして同時に彼女は新たな役割を団の中において果たしていく。
それこそが……──
『次代の人材発掘と育成それだ』
そこまでを説明して、フードの一人はツィーベック達三人の反応を窺った。
最初の頃こそは眉唾にその話を聞いていた三人も、遡って我が身を振りかえるに『人材育成』の事実には身に覚えがあった。
かく言う自分達もまた非凡な才能の一端を持つ身であり、そしてそれこそは幼少期よりルージュラによって発見され、さらには開花させられたものであったのだ。
そしてその関係は同時、ポケモンとトレーナーとのそれに酷似している事にも気付く。
皮肉にもこの場においては、ポケモンたるルージュラが人間の子供達を育成しては、その能力の見極めと磨き上げを行っていたわけである。
「……それで、俺達はこれからどうなるんだ?」
しばしの沈黙の末、ツィーベックはそのことを尋ねる。
問題はそこである──これより先の自分達の行く末こそが今この場においては最大の関心事であった。
この院が秘密結社の人材育成場だったとして、ここを立ち去る自分達はどうなるのか……アンダーグラウンドな印象そのままに非合法的な仕事に従事させられるのか、あるいは人権など一切無視されては秘密裏に処分されてしまうのか──そのことをツィーベックは思うままストレートに聞いた。
それを受けフードの男はくぐもるよう鼻の奥から笑いを漏らす。
そんな否定とも肯定とも取れぬ仕草の真意を探るように注目してくる子供達を前に、
『それについてはイエスでありノーだ』
最初男は、斯様に煙に巻くかのような言い回しをした。
しかし続けて、
『立ち向かうにせよ逃げるにせよ、決めるのはいつの時だってお前たち自身だよ』
そう断言する。
秘密結社である以上、その主義主張を押し通す際にはけっして褒められたものではない手段を執る場合だってある。
事実、多岐に渡る団体の活動にはそうしたものも多い。
生まれながらにしてそんな団体との関りを強制されてしまう身の上は、なるほど不幸ではあるがしかし……
『それぞれの立場で、それぞれの逆境に立ち向かうということは、組織の人間であっても一般人であっても変わらないんだ』
そう、男は説く。
この言葉をどうとらえるかは個人の自由であろう。
しかしながらどんな場面においても、個々の問題解決のにおいては誰でもない自分こそが動かなければならない。
男は続ける。
『団のやり方について行けないというのならば抜ければいい。当然我らはそれを阻止するし、強硬手段にも出る。──しかしながら、ならばそれすらも『自身の力』で越えてみせろ』
そしていつかは──……
『生きたいように生きていける知恵と勇気と力を手に入れろ──その為の手段と方法を俺達が教えてやる』
一切に悪びれることなくそう伝えてくる男の静かな熱意に圧倒されては……もはやツィーベック達は何も言い返せなくなっていた。
不思議と出会った時に感じた不信感は消えていた。
いかがわしい連中であることの印象は薄れなかったが、それでもしかしあの話の影響か、今はこんな自分の力を世界に対して試してみたいという意気込みがいつしか胸の内より湧き上がっていたのだ。
『まだ何者でも無い者達よ……我らはお前達の入団を歓迎する。いつかは他者と違う『誰か』となり、そしてその力と存在を世界に示すがいい』
なし崩し的に入団が決まると、その証として3人はルージュラの前へと進むように促される。
後は彼女へと──『団の象徴』へと口づけを交わすことにより入団の儀式は完成する。
横一列に並ばされては跪く3人の前にルージュラが歩み出た。
本来の儀式通りであったならば、この時にルージュラとの性交も果たされては『入団の儀式』とされた訳である。
チラリと上目遣いに伺う彼女の顔は無表情にも近く、そこには今までに見たことも無いような峻厳さに満ちている。
しかしながら次の瞬間──その顔面を両脇からワシ掴んできては施されるそのキスは、そんな荘厳な雰囲気からはかけ離れた情熱的なものであった。
瞬く間にそれを施され、面食らった様子でツィーベックは再びルージュラを見上げる。
そしてそこにあったものは──幼少時、自分達のイタズラを咎めた後に見せるあの、どこか苦笑い気なルージュラの微笑みであった。
それを目の当たりに、突如としてアウルラが泣き声を上げる。
最初はそれに戸惑っては左右から彼女を見たツィーベックとウェルベンではあったが、すぐにこれが卒院の儀式であったことも思い出す。
これが済んでこの院を出れば、もうシスター・ルージュラに会うことは無いのだ。
そしてその別れはそれだけに留まらない。
今日まで苦楽を分かち合ってきたこの兄弟達との別れも意味していることを理解し、その実感が肉体に込み上げた瞬間──期せずしてツィーベックとウェルベンもまた泣き出していた。
どんなに肉体は成長しようとも、その中身たるやまだ子供なのだ。
そんな別れの事実は、今しがた明かされた秘密結社云々の話などよりもよほど深刻でなおかつ深く三人の世界を取り巻いていた。
そんな一同の心情を慮ったかのよう、
『なにやら誤解があるようだな。……というか『あの噂話』はまだ健在なのかい?』
鹿爪らしく語り掛けられる男の言葉に、抱き合っては泣いていた三人は揃ってその顔を上げる。
『この院を出ていった子供達は二度と帰ってこない……そんな話が俺達の頃にもあったよ。シスターとも二度と会えなくなる、ってな』
「え……それって本当じゃ……?」
大きく鼻をすすりながら尋ねてくる心許ないウェルベンの問いかけに次の瞬間、場にいたフードの男達は声を揃えて笑い出した。
今までの不気味かつ荘厳な秘密結社の儀式などという雰囲気からはかけ離れた、和気藹々とした空気の弛緩さが感じられた。
そうして戸惑うばかりの一同を前にひとしきり笑い終えるや……
『俺達三人もこの寺院の出身なんだよ。──ねぇ、シスター?』
その事実を打ち明けると共に視線を送る男達を──その横からまとめて抱きしめるや、ルージュラはそれぞれの額にキスをした。
斯様にして秘密結社・RF団への入団を果たした三人は、その二日後にはそれぞれの男達に引き取られては院を後にした。
そうして新たな卒院者を見送ると、しばしその場に立ち尽くしたままルージュは三人の旅立って行った未舗装の道路を地平の途切れる先まで見つめる。
今は平坦でまっすぐな道もしかし、すぐに曲がり、そして幾多の上り坂や下り坂を経ては行き止まりへと突き当たってしまうこともあるだろう。
その時には引き返したり、或いは遠回りを自覚しまがら煩わしい思いをすることもあるかもしれない……それでもしかし、立ち止まらずに進み続けてほしいとルージュラは思う。
全ての道は繋がっているのだから、そうすればいつかはまた──あの子供達もこの院へと続く道へ戻ってくることが出来るはずだ。
瞬きを一つして鼻を鳴らすと、ルージュラの胸には再びあの子供達に会える日の期待と悦びとが満ち満ちてくるのを感じた。
ふいに呼び掛けられる声に気付いて振り向けば、寺院からは子供達が自分へと手を振っているのが見えた。
視線を振り切ると、シスター・ルージュラもまた応えるように手を掲げる。
そうして愛しき我が子達の待つ院へと歩み出すルージュラは、次なる再会と別れとに万感の想いを馳せるのであった。
【 背徳の聖女ルージュラ・完 】