覚醒してもなおピークは瞼を開けられずにいた。
そもそもが恐怖によって気絶していたこと自体、数秒程度の出来事だったのだろう。
だから完全に意識を取り戻してもなおピークは瞼の闇の向こうで、次に目を開いた時にはここではないどこかで寝起きを迎えられることを神に懇願してやまなかったが……
『大丈夫ですか? しっかりしてくださいな』
気絶して以降、なおも気遣わし気に掛かけられ続けるジュナイパーの声が止むことは無かった。
やがては全てが現実であることもまた受け入れると、ピークは伺うように片瞼だけうっすらと開いては仰向けの状態から周囲を窺う。
目の前にはそんな自分を膝枕に介抱しながら心配げに見下ろしているジュナイパーの顔があった。
そして不運にもそんな彼女と視線が合ってしまうと、
『あぁ、良かった。突然に倒れたから心配したんですよ』
不安げに眉をひそめていた彼女の顔が途端に綻んではそこに柔らかい笑みを満たす。
その表情と暖かい声に思わずジュナイパーを愛らしいと感じてしまうと、不思議とピークからは今までの恐怖が嘘のように晴れていくのだった。
ならばこれ以上狸寝入りをしていても仕方がないと、ピークも観念しては身を起こす。
その後も彼女の支えでどうにか立ち上がると、ようやくピークは気絶前の状態へと戻された。
そしてその続きをなぞるよう……
『それでは行きましょう。ご招待しますね』
ジュナイパーに手を引かれ、ピークは彼女の自宅までの帰路を共に辿るのであった。
身を預けていた件の大ブナの背後に回り込むと、そこには葛のアーチで模られたトンネル然とした小道が確認できた。
彼女と出会う前までは幾度となくこの周囲もうろついたピークは、斯様な道など無かったことを訝しみながらも手を引かれるままその下を潜る。
手羽の彼女の掌は存外に体温が高くそして柔らかかった。
さらにはそんな羽毛や頭巾然とした頭部が弾むよう揺れ動くたび、花の如き甘い香りを漂わせては背後に続くピークを忘我させる。
斯様にして『女』の雰囲気を醸してくるジュナイパーの存在は、
──女の子の匂いがする……いい匂い……
種の違うポケモンと言えども、多感な少年を刺激して止まないのであった。
斯様にしてジュナイパーの存在に心奪われたままでいるといつしか獣道の足元が、人の通る道路さながらの踏み固められたものに変わるのを確認して我に返る。
そうして顔を上げ、改めて周囲を確認すれば──今辿る道の彼方に小さな丸太づくりの小屋が迫ってくるのが確認できていた。
こんな場所がこの森にあったものかと困惑するピークをよそにやがてはそこへ辿り着くと、
『私の家です。私しか住んでいないのでどうか遠慮なさらずに』
ジュナイパーは半身を翻してピークを望むと、どこか嬉しげにそう告げては家のドアを開いた。
入ってすぐの壁に掛けられたランプへと手慣れた様子で火を灯し、その淡い照明を手にジュナイパーは一人、家の中を進んでいく。
やがてはランプの火の一部を壁際の暖炉に移し、その中に積み上げられた薪に火が宿すや──彼女の住処たる丸太小屋の室内は、柔らかい光に照らし出された。
暖炉の前となる部屋の中央にはテーブルが一基と角材の椅子が二脚、依然としてピークが立ち尽くしている入り口ドアのすぐ脇には炊事場と思しき水場が設けられていて、そこから対面となる部屋の隅にはベッドが一つ設えられていた。
小さくとも機能的な室内は小奇麗な印象で、その質素な雰囲気がむしろ初来方にも拘らずピークの緊張をリラックスさせてくれるのだった。
大自然の森の中からようやくに人のテリトリーへと戻れた安堵からか、ピークは強い眠気を発しては僅かに頭をぐらつかせた。
その様に気付いては駆け寄ってきて体を支えてくれるジュナイパーにピークも苦笑いで応える。
「ありがとう。足が痛い訳じゃないんだ。なんだか疲れちゃって……」
『その体で森の中を歩き回ったんじゃさぞ疲れたでしょうね。もう寝ちゃいますか?』
「うん、そうさせてもらえると嬉しいな」
『分かりました。ただ、そのぉ……』
その好意を素直に受け止めては頷くピークをよそに、一方のジュナイパーはどこか申し訳なさげに語尾を窄めては視線をずらした。
そんな態度の理由こそは、
『その……一人暮らしなもので此処にはベッドが一つしかないんです』
依然として視線を外したままジュナイパーはそのことを告げた。
しかしながらそれを受けたところで、ピークは別段それを重大なことだとは思わなかった。
自分の寝床に関しては目の前にある椅子に腰かけて机に突っ伏してもいいし、このまま床に寝転がったって構いはしない。
夜の野生動物に怯えながらの野宿に比べれば、ジュナイパーの家の一角を借りられる状況は何万倍だってマシなのである。
それを伝えるピークにもしかし、
『そんな、いけません! お客様をそんな風に扱ってしまうだなんて』
ジュナイパーは納得しない様子だった。
そしてその折衷案として彼女は思わぬ申し出を提案する。
それこそは……──
『少し狭いですけど、あのベッドなら………一緒に寝られると思いますよ?』
窺うようにチラリと上目遣いに見上げてくるジュナイパーの視線に、思わずピークの不整脈が一つ高鳴る。
ベッドを一つとした男女の同衾──
その事実を改めて意識して二人は、言いようもない気恥ずかしさとそして……そこに僅かな興奮もまた胸の内に覚えずにはいられなかった。