第1話・50年来の厄災
後部座席の車窓から望む景色をミコトは心躍る思いで見つめた。
目の前に広がる田園風景に視界を遮るような物は一切無く、僅かに稲の若葉が伸び始めた水田はさながら青い絨毯を一面に広げたかのような印象すらある。
それが時折り風に薙がれ、足元に張られた湛水が日差しの煌めきを反射するたびに親愛してやまない祖父母の元へ遊びに来たことを──そして夏の到来を実感してミコトは胸を高鳴らせるのだった。
パートナーのエースバーンと肩を並べ飽くことなく流れる風景を眺めていたミコトはそんな折、去年までは確認できなかった『それ』を片田舎の景色の中に発見する。
一見した時にそれは何かの建築物に見えた。
淡い緑を基調とした円錐形のそれは遠目からもそこそこの大きさであることが伺えた。
やがては道なりに車がカーブを描いてそれの側面を回り込むに、ミコトは今までの見た目はそれの背後を観察していたのだと気付く。
徐々にそれの横顔が明らかとなり、やがては正面に見据えたその瞬間──ミコトは戦慄にも近い感覚を覚えた。
長身のそれは体調の半分近くが長く伸びた首であった。
竹を連想させる節くれだった首の頂点には人の顔めいた造形物が飾られていた訳ではあるが、見つめ続けるミコトに気付いたのかそれもまた僅かに首を傾げてはミコトへと向いた。
そして明らかに視線が絡むや──それは嗤う。
髑髏然とした口角と思しき隙間を僅かばかりに開いては笑みの形をそこに浮かべるその表情に中てられ、ミコトは車酔いもまた併発してしまうと窓から離れて後部座席に背を沈めた。
そんなミコトの容態を心配しては甲斐甲斐しく頭を撫ぜるなどして介抱を試みるエースバーンと、そして助手席と運転席の両親とで車内はちょっとした騒ぎとなった。
斯様にして一騒動のあった帰省ではあったが、それも祖父母の家に着き、久しぶりの再会を喜んでは夏野菜のもてなしを受けるに頃にはすっかりと忘れてしまうのだった。
しかしながら次に騒動が起きたのはその晩の夕食時である。
「そういえばさー、田んぼのところにあったアレってなぁに?」
祖母の振舞う天ぷらに舌鼓を打ちながらふと、昼に見た異形の話題を出した瞬間──場の空気が凍り付いた。
祖父はビールを注がれたコップを煽った姿勢のままで止まり、背後では次なる料理を運んでいた祖母が驚愕のあまりに盆ごとそれらを足元へと落としてしまう。
その驚き様は両親もまた同様で、父に至っては『何故それを早くに言わなかった』と不条理にミコトを責めるほどだ。
斯様にして和やかな夕食の場が一変してしまう中、祖父は素早く立ち上がるとミコト達親子を顧みる。
「言っても始まらん……ついにこの時が来たっちゅうこっちゃ。イサマさんとこに行ってくるけぇ。ミコトは部屋ン中へ隠しとけ」
平素祖父は言葉数少なく峻厳な雰囲気を醸す人ではあったが、この時ばかりは珍しく僅かな焦りのようなものが感じられた。
その言いつけ通り、ミコトは今宵寝泊まりするはずであった縁側沿いの広間とは違う四畳半の一室へと押し込まれる。
訳も分からずに不条理な展開に流され続けるばかりのミコトではあるが、それでも傍らにエースバーンがいてくれるのは救いだ。
彼もまた慣れぬ状況に戸惑いつつも、ミコトを不安がらせまいと彼女を腕の中に抱いて過ごしてくれた。
しばしして唐突に部屋のふすまが開くや、変わらずに緊張した面持ちの祖父が顔を見せた。
「こちらはイサマさんだ。今回の件について解決をしてくれる。お前が見た話をもう一回してくれ」
そう語り掛け、祖父が半身を開いて道を開けるそこから歩み出てくる人物を前に──ミコトは絶句した。
そこに居た者は豪奢な制服に身を包んだ初老の男だった。
金の飾緒を垂らした鎧の如き背広には階級を表す記章とが打ち込まれており、そこに鍔付きの軍帽などを目深にかぶって豊かな鼻髭など蓄えるその容貌たるや、戦歴の軍人といった貫禄すらあった。
そしてそんなミコトの第一印象はあながち間違ってもいない。
「こんばんはミコトちゃん。『UB対策室長官』イサマ・リュージンだ。……君は覚えていないだろうけど、初対面じゃないがね」
UB対策室──後に聞いた話によると、かの組織は未曽有の災害をもたらす可能性のあるポケモンへの対応や、はたまた既に起こされてしまった関連事案への対応と解決を専門に動くものである。
その活動は多岐にわたり、スパイ映画めいた諜報活動は元より、果ては多種多様の兵器を用い力づくで対象の鎮圧に挑むものまで枚挙に暇がない。
故に軍事作戦的な任務も多分に熟す組織の性質から、それを統括するイサマの風貌に軍人めいた雰囲気が醸されるもまた自然なことと言えた。
ともあれそんな立場の人物が今宵、12歳の少女の元へと訪れたのである。
そしてその理由こそは、
「コードネーム・『テッカグヤ』──それが君を狙うポケモンの名前だ。奴は、キミを誘拐しにこの世界へと現れたんだ。……いや、帰って来たといった方が正しいか」
矢継ぎ早に突き付けられる現実に、少なくとも自身では普通の少女を自認するミコトはただ戸惑うばかりだ。
ほんの数十分前までは祖父母を加えた家族で食事をしながら団欒の一時を過ごしていたというのに。
しかしながら事態はそんなミコトの覚悟や理解を待つ間を与えてはくれない。
この日最大の衝撃となる事実の発表を前にイサマは一度傍らの祖父を見た。
互い険しい視線を交わしては小さく頷くと、イサマは意を決したよう小さく吸い込んだ息を胸に留めてはしばし目を閉じる。
そしてそれが静かに開かれると共に…‥──
「ミコトちゃん……君は12年前、あのテッカグヤによってこの星へと連れて来られた異星人なんだ」
イサマはその事実を突きつける。
遂には堪えきれず、ミコトは激しい眩暈を覚えた。