20:29.54──イサマは指令室に在った。
前面の視界一杯に広がる湾曲型オーロラビジョンには夜の田園風景が写されるばかりだがやがて──そこには一同の目を疑う光景が展開された。
突如としてカメラ中央の空間にひずみが生じるや、そのノイズは徐々に収束してはそこに何かの像を結んでいく。
『20秒後、実体化します!』
オペレーターの緊迫した声に、その視線を依然モニターへ注いだままイサマも小さく頷く。
「──走行式レールガン準備! 実体化と同時に撃ち込め!」
イサマの指揮の下、数十キロ離れた現場国道の丘陵に配置されていた車両から二基の砲塔が宵の虚空へと展開される。
45度よりもやや浅い32度に射角を定めた長方形の武骨な鉄塊──その先端に小さな穴が一つ穿たれただけそれは、ともすれば駄菓子の箱のような趣があり到底兵器のようには見えない。
しかしながら砲弾運動エネルギー・64MJ(メガジュール)を用い、370km先の攻撃目標に終速1.7km/sで着弾させるこの兵器の威力は、けっして玩具などではない現代科学の粋を集結させた破壊兵器である。
それを準備しつつもしかし……
──コレで済んでくれれば世話はないのだが……
イサマの不安はぬぐえなかった。
そして斯様な緊張状態の中、遂にその瞬間は訪れる。
『量子干渉確認! 顕現しましたッ‼』
オペレーターの声と共にモニターには完全にそれが立体の像を結ぶ。
作戦参加一同の目の前には、かの歪みより生じたエネルギーの光輪を一環、夜の虚空へ走らせるや──その全長9メートルを誇るポケモン『テッカグヤ』が、文字通りの天孫降臨を果たしていた。
着物の襟元を重ねたようにも見える巨体のその中央からは、体長の半分を占める細長い首が伸びている。
その先端となる頭部から頭髪を思わせるよう漆黒のマントが背へ靡かせたその容姿こそは、なるほど古典に見られる十二単姿の貴族に見えなくもない。
しかしながらその優美とも取れる見た目に惑わされてはならないことをイサマは身を以て知っている。
今より遡ること50年前──このポケモンは今と同じよう現世へ顕現してはイサマから大切な友人を奪っていったのだ。
「今度こそ守ってみせる……そして君も助けてみせるよ、トモエちゃん」
掲げた右手を左肩口へ水平に掲げるや、次の瞬間それで空を薙ぐかの様に振り払った。
斯様なイサマの合図とともに、待機していたレールガンを始めとする各種砲塔、そして兵器からの一斉射撃が行われる。
彼の人生における最も長い夜が始まった。
遠くで響き始めた雷鳴の如き振動を聞き取ってミコトは顔を上げた。
同時、目の前で対峙していた祖父もまた同じようにその音の方向と思しき彼方へ視線を投げそれへ聞き入った。
「……じいちゃんは話し下手で上手くまとめられんから、とりあえず知ってることを全部話そうと思う。ミコトも分からんことがあったらその場で聞いて自分で整理してくれ」
依然としてその視線を壁の彼方へと投げたまま祖父は呟くように語り出した。
そこからは現実的な話が始まるのかと思いきや、以外にもその語り出しはこの地に纏わる民話から始まる。
それはポケモンの卵の中からヒトが生まれる伝承だ。
ある時、竹細工の職人として生計を為していた老人が竹林の中において光る青竹を発見する。
何かと思いそれを断つと、その竹筒の中にはポケモンのものと思われる卵があり、それに神々しさを感じた老人はその卵を持ち帰り、妻と共に夫婦でそれの孵化を試みた。
かくしてその卵からは小さな女の子が誕生し、人間同様に健やかに成長した彼女はやがては国でも評判の美女となる。
時の権力者にも見染められ、全てが万事上手く進んでいると思われた矢先──夏のある夜、突如として月夜から飛来した一匹のポケモンによって事態は一変する。
そのポケモンは『テッカグヤ』と呼ばれた。
かのテッカグヤは件の少女を此処より連れ去ることを一同へ宣言し、半ば強制的にそれを強硬した。
当然ながら次期の妃ともなろう少女を守ろうと当時の武人やそのパートナーたるポケモン達もまた、それぞれをの武威を誇っては応戦するも──その圧倒的な力の前にやがてはひれ伏し、遂に少女はテッカグヤの手によって連れ攫われてしまう。
そして時を隔てて近代に移り、かのテッカグヤはまた都市伝説めいた寓話にて再登場するに至る。
それこそは夏のある日に現れては子供を誘拐するという話だ。
この中においては、テッカグヤは『30尺様』と呼ばれた。
「さんじゅっしゃく、さま?」
「昔の長さを図る単位よ。だいたい9メートルくらいだな」
斯様にして一見、別物の話として聞こえるこれらも多くの共通点が見受けられる。
それこそは『夏の夜に現れること』、『大柄の女性を模したポケモンであること』、そして……──
「こどもを……さらう?」
その心を読んだよう訊ねるミコトに対し、祖父も俯くとも判然としない様子で頷いてみせる。
『テッカグヤ』も『30尺様』もその名の由来は不明だ。
しかしながら太古からそう呼ばれたそれは、文明の発展目覚ましい現代においてもなお在り続け、そして少女の誘拐という因習を今も続けているのだ
そしてこの話には、そんな巷間で伝わる与太話には伝えられない隠された真実があり、祖父はそれを知る一人であった。
右足を上にしていた胡坐を今度は左足を上に組み替えて居住まいを正すと、改めて祖父はミコトを見る。
「ここからが肝心だ……気をしっかり持って、よう聞けよ」
上目遣いに見つめてくるその視線はどこか、仇とする敵(かたき)へと向けられるかのような緊張感が満ちていて、それに射竦められた12歳の娘と傍らのポケモンは背筋を伸ばしては身を硬直させた。
やがては斯様な祖父から伝えられる真実……──それこそは、
「テッカグヤは『娘をさらう』んじゃない……さらわれる娘そのものが『テッカグヤ』と成って、古き神と入れ替わるんだ」
荒唐無稽な一連の話においてもしかし、ミコトは己が正体が『テッカグヤ』であることの実感を確信するのだった。