21:34.08──モニターにて確認できる惨状を前に、言葉を発せられる者は誰一人としていなかった。
高感度カメラによって伝えられる現場の状況は、夏の夜とはいえそこにて戦う隊員達の仕草や表情が確認できるほどに鮮明だ。
その映像の中に映し出された光景こそは──濛々と黒煙を上げる最新鋭兵器の残骸。そして今なお激しく燃え続けるそれら足元からの赤い逆光に禍々しいシルエットを宵闇へ浮かび上がらせるテッカグヤの光景だった。
開戦の狼煙となったレールガンによる初段を受け止めたテッカグヤは僅かによろめいたように思えた。
その後も一気に畳みかけるべく二基あるレールガンから相互の砲撃と、そしてこの場に投入された他の戦闘ヘリによるミサイルや走行戦車による一斉射撃を行うもしかし──それらに爆撃されて立ち上がる黒煙の中、突如としてそれらは現れた。
それを目撃した者の印象はそろってその時の光景を落雷と表現した。
光の筋が一本、何の前触れもなく天空から降り注いだかと思うやレールガン二基が瞬く間に蒸発した。
何事かと思いそれの発生源と思しき空へ視線を転ずるやそこには──青竹を思わせる、節くれだった二機の攻撃衛星が末広がりの砲身を地上へと向けては虚空を旋回する様が窺えた。
その後もそれらは縦横無尽に戦場を駆けては瞬く間に人類の兵器達を制圧していく。
かくして最後のヘリが撃墜された後には……一同がいま見守る惨状が目の前に展開されるばかりだった。
「約30分……コレで少しでも消耗できればと思ったが」
それを前にようやく口を開いたイサマの忌々し気な言葉は誰に対してでもない、自身へと独り言ちたものだった。
しかしながらこれらもまだ想定内として捉えていたイサマは次なる作戦へと指揮を変更する。
「ニイイチサンゴウを以て二次作戦へと移行する! カイリキー、出撃用意! 復唱せよ‼」
むしろここからこそが彼の目論見とする作戦の真骨頂だ。
イサマの言葉を受け、即座にオペレーターもまた反応するや作戦は次なる攻防へと展開していく。
一方、戦場である田園の一角において目障りな兵器の一掃を終えたテッカグヤはその視線を巡らせては地平線に何かを探す。
件の攻撃衛星二機もまた斯様なテッカグヤの両側面に寄り添うと、さながらそこには巨大な二本の腕を垂らしたが如き異形のシルエットが完成していた。
斯様にして夏夜の虚空に佇むテッカグヤはしかし次の瞬間、その巨体には似つかわしくも無い機敏さで半身を翻す。
その視線が投げられた先にはただ一つ──小さなモンスターボールが宙へと舞う様が見て取れた。
今のテッカグヤと比較しては豆粒ほどのそれも、従来のモンスターボールに比べたのならば10倍以上の大きさがあったであろう。
そんなボールが目の前へと放り上げられ、そしてそれが激しく発光しては爆ぜた次の瞬間──目の前には今の自分と大差ないであろう巨体のカイリキーが一匹、腕組みに出現しては上目遣いにテッカグヤを見据えた。
「さぁ、ここからが本番だ。人類の……否、地球人の意地を見せつけてやれカイリキー‼」
イサマの号令を──そして今この瞬間、この戦いを見守る全ての者達の期待を一身にカイリキーは腕組みを解き……憤怒する阿修羅の如きに、四振の腕(かいな)を天空へ広げては構えてみせるのだった。
大地の鳴動は未だ止むことなく、遂には微細な振動が猫間障子のガラスを鳴らせてもなお──ミコトはそれに動じることなく祖父の話に聞き入っていた。
もはや斯様な周辺の変化になど気付いてすらも居ない。
それほどに、今ミコトが耳にしている物語は荒唐無稽でかつ──直接心へと共鳴してくるかのような真に迫る臨場感があった。
祖父と先のイサマはこの村出身の幼馴染であり、そして二人にはもう一人『トモエ』という友人がいた。
同年齢の三人はそれぞれにウマが合い、もはや男女の垣根を越えた親友同士であったと、その時ばかりは祖父も口元を緩めた。
もはや兄妹同然であった三人の日常はしかし、無惨に引き裂かれることとなる。
それこそが……
「まさかトモエちゃんって………」
「あぁ……」
期せずして口に出たミコトの相槌に祖父は小さく頷く。
選ばれた少女が天に召される──『連れ攫われる』ことを確定事項として知り得ていた村人達はその当時も、彼女を守ろうとあらゆる手段を尽くした。
しかしながら強大なテッカグヤの侵攻を村人たち程度では防げるはずもなく、無惨にもトモエはテッカグヤに攫われることとなった。
しかし、
「彼女が天に召される瞬間を……俺とリュウちゃんは目の前で見たんだ」
その光景は後に、長らく祖父とイサマ長官を苦しめることとなる。
迎えに現れたテッカグヤの手の中、視線を交わすそれを何らかの心的な交渉がもたれた次の瞬間、トモエは苦し気に蹲ってはそして──一つの小さな卵を出産した。
当然のことながら人間足るべきトモエの産卵に驚愕する幼き祖父とイサマをよそに、テッカグヤは発光するかの如くにエネルギーを拡散させては収縮し、やがて消えた。
そして斯様なテッカグヤからの命のバトンを受け取るかのよう、今度はトモエ自身が眩くエネルギー波を自身から拡散し始めたのだった。
「ただ慌てふためくばかりの俺達をよそに、トモエちゃんは『全てが分かった』んだって苦し気に伝えてくれたよ……」
たどたどしくも語彙に乏しい子供の語り口ではあったが、トモエは一連のテッカグヤによる誘拐事件の真相を二人に伝えた。
全てはテッカグヤの繁殖行為に他ならなかった。
50年に一度、テッカグヤは繁殖を試みる。
しかしながら唯一無二の存在である彼女には雌雄による交配が望めず、その代替法として自身とまったく同じ存在を細胞分裂によって産み落とす。
あとはその個体が生れ落ちるまでは別次元で時の干渉より逃れ、そしてそれが次なる繁殖を可能な年齢に達した時に再び現れては交代を果たすのだという。
かくして産卵を果たして『分裂』を終えたトモエに訪れる次なる変化は──何者でもないテッカグヤへの転生であった。
急激な細胞の変化による肉体改造を経ては、その地獄の痛みに身悶えるとトモエはしかし、最後の理性を振り絞っては目の前の親友二人にある願い事をする──
──『次の子は、私に渡さないで。どうか二人で守って……そしてテッカグヤの苦しみも、私で最後にして……!』
次の瞬間、その身を突き破らんばかりの発光を果たした後──気付けばトモエの姿は二人の前から消えていた。
「……卵は、俺が預かった。俺が守り、生まれてきた子は必ず守ると誓った。そしてリュウちゃんは、トモエちゃんを殺す役を請け負ってくれた」
そして50年後となるこの日、遂に祖父はその時を迎えようとしている。
今宵、幼き日の約束をそれぞれが守り通せるか──はたまたしかし、ミコトもまた次代のテッカグヤへと転生をしてしまうのか……それらに関わる全て者の人生が、これからの数時間に集約されていた。