21:54 .32──事態をけっして楽観視していた訳ではない。
事実、今日この日を迎えるまでイサマは彼なりにテッカグヤとの戦闘をあらゆる方面から熟考して来た。
その結果たどりついた作戦のがポケモン同士によるバトルでの決着であったのだ。
この地域の特殊な磁場によりポケモンのキョダイマックス化が可能と知って以来、あのテッカグヤを葬り去る方法はこれしかないと踏んでいた。
故にその相性や、使用するポケモンの特性等も考慮してはカイリキーを投入するもしかし……事態は無情な結末を辿るに至った。
善戦にもしかし、今のこれはトレーナー同士のバトルではない。
最後はテッカグヤの破壊光線を受け地に沈むカイリキーの姿を巨大オーロラビジョンで見届けた作戦本部一同は悲嘆の声を悲鳴さながらに上げた。
そしてそれを見守るイサマもまた、その眉元を複雑に盛り上がらせては今……言葉無くただ歯ぎしりにその結末を受け入れるばかりであった。
トモエを救えなかった──その痛惜の想いのほか、今に至っては新たな犠牲者になるであろうミコトを救えなかったことへの慚愧も堪えない。
しかしながら当のテッカグヤはイサマに対し、そんな感傷へ浸る間を与えようとはしなかった。
左右へ頭部を展開させながら地平線を舐めるよう見渡していたテッカグヤの視軸がある一点においてピタリと止まった。
その様が映像に移し出されると、彼女は真正面からモニター越しにイサマと向き合うかの様な形となる。
映像越しとはいえ、直にこちらを見据えてくるかのようなその視線にイサマは血の凍る思いがした。
その瞬間、これよりテッカグヤが為そうとしていることを看破したからである。
「いかん……! 総員退避! 急げぇ‼」
なりふり構わずに号令するイサマにもしかし、その状況を理解できないオペレーター一同は瞬間呆けた視線を司令官席へと集める。
そして眼前のオーロラビジョンでは前傾に身を屈め、頭部を突き出させたテッカグヤがその顎門を解放させる。
斯様なテッカグヤの両サイドへも件の攻撃衛星二機が控えるやその砲口もまたこちらへと向き、それぞれに排水溝へ流れ込む水の流れを可視化したかのようなエネルギーの収束を見せ始めた。
この段に至り、場の全員もまたテッカグヤの意図を察する──彼女が、この基地の狙撃を直接に狙っていることを。
そのことに気付き、ようやくに場が騒然となるのも束の間──次の瞬間、凝縮されたエネルギー線はテッカグヤから発せられ、瞬間昼夜が逆転したかの如き眩さで周囲を照らした。
地を這うよう低空で直向してくるテッカグヤ本体の物と、そして攻撃衛星から射出された都合3本の光線はやがて、衛星の物がテッカグヤの光線に対し螺旋状に纏わりつくよう収束するとやがては一本の光線へと変化する。
見た目からも察せられるその高エネルギーの光線が完全にカメラを焼き切ると、オーロラビジョンから伝えられるその映像は網膜を焼き尽くさんとするばかりの眩さで作戦司令部を満たした。
「すまないジンちゃん、すまないミコトちゃん………──ごめんよぉ、トモエちゃん……!」
次の瞬間、激しい衝撃にイサマ達は飲みこまれた。
その後の祖父の人生はミコトの知る事実と大差はない。
祖父は、直接の関係者ではないにせよ事情に理解を示してくれた祖母と結婚をし、二人の間に一男を設けた。
そしてミコトの父となるその子が結婚を果たすのに合わせて、祖父は一連の秘密を息子にも打ち明かす。
祖父にしてみれば今後自分に何事かあった時には、この卵のイサマへの譲渡を頼むつもりでの告白ではあったが──存外に息子夫婦もまた全ての事情を理解しては思わぬ提案をしてくるのだった。
彼らの選択とは──そこから生まれ出づるであろう者を、我が子として迎え入れる提案だった。
そしてそんな両親の想いを察したかのよう卵はその年の終わりに孵化を果たし……玉のような女の子をそこに誕生させた。
言わずもがな、その赤ん坊こそが今のミコトである。
一連の事件の真相を聞き終えて以降、二人は何も話せなくなって場に沈黙が流れた。
思わぬ自身の出自を知ることは衝撃であると同時に悲しみもまた去来したが……それでもしかしミコトの胸には、その感情を払拭して余りある心嬉しさもまたそこに満ちていた。
それはこんな自分に携わってくれた全ての者達に対する強い感謝の念だ。
両親と祖父においては血の繋がりが無かったことへの悲しみも去ることながらだからこそ、本当の娘や孫として接してくれたことにミコトは実の血縁にも引けをとらぬ真の愛情をそこへ感じるのだった。
「おじいちゃん……今日まで、ありがと」
思いもよらぬ孫娘からの言葉に、この老人には珍しいはにかんだ表情を浮かべて見せては、それを誤魔化すよう大袈裟な咳払いなどして顔を逸らした。
「今日までだなんて言わせん。明日以降もお前は俺の孫なんだ。この家の……子だ」
そう前置きを置いた祖父は同時、思い出したようイサマの計画する対テッカグヤへの対処もかいつまんで説明をした。
結果がどうなるのかは未知数ではあるが、テッカグヤを物理的に撃退することが出来れば──あのポケモンとミコトの接触を絶つことが出来れば、ミコトがテッカグヤに成り代わる悲劇は避けられるはずである。
今も小さな地響きとなっては遠くにいるであろうイサマの奮闘を知る二人は、心密かにその勝利を願っては止まなかった。
しかしながら、数分後に事態は一変する──。
突如として轟音と共に、一際大きく家全体が揺れた。
その衝撃たるや、もはやこの家が直接に攻撃を受けたかのような揺れ様であった。
それを受けて座位のままにバランスを崩すミコトを傍らのエースバーンが立ち膝に身を起こしては抱き留める。
「決着、したのか? ならばどちらだ……?」
しばしして今度は一変として従来在るべき夏の夜の静けさを取り戻した静寂をよそに、祖父も独り言ちるように訊ねる。
そしてその問いに対する答えは、史上最も最悪の形で叶えられることとなった。
次の瞬間、再び家が大きく揺れた。
先の大地の揺れに追随するかのようなものではなく、今度はこの家こそが間違いなく破壊の対象とされる衝撃だった。
木造屋根の母屋が力任せに引きちぎられる音が、雷が鳴るか如き轟音の中で目の前にいる祖父が激しく口を開け放っては何かを叫んでいた。
その視線が向けられていることからもおそらくは自分の名を呼んでくれたのだろうとミコトは自覚する。
やがて電気もまた完全に遮断されては照明も途絶え、完全なる暗闇に閉ざされた室内に──眩いばかりの光が降り注いだ。
それを見上げる一同はしかし、その視線の先にあったものを確認しては絶望の淵へと立たされる。
屋根の消えた青天井の彼方には眩いばかりの満月の姿……。
それを背に、この一室を覗き込むテッカグヤが──ミコトを見下ろしてはその口角を嗤いに吊り上げていた。