母屋の取り払われた上空から──テッカグヤは室内にてエースバーンと身を寄せ合うミコトを目下に捉えた。
そしてそこに意識を集中させるや途端、ミコトの体はエースバーン諸共に宙へ浮き上げられては、テッカグヤのすぐ眼前へと持ち上げられる。
そこにおいてミコトは至近距離でテッカグヤと視線を交わす。
頭部に二点として穿たれたその『瞳』と思しき穿孔──その淵は荒く削れたかの如き痕を残しては楕円に穿たれ、一見するに見る者を委縮させる禍々しさを湛えてもいたが……
──たくさん……泣いたの?
斯様なテッカグヤの瞳にミコトがもった印象はそんな寂しげなものであった。
先に聞かされていたトモエへの感傷も手伝ったのかもしれない。
しかしながら、そんな想いに心を捕らわれたのは一時のことであった。
次の瞬間、
「んくぅッ!? あ、あああ! いやぁ……! 体が……痛い! 熱いぃ……ッ!?」
突如として身の内から沸き上がった血流の変化にミコトは身を縮こまらせる。
正常に流れいていた血液や体液が逆流するかのような不快感と痛み──それこそは50年前に祖父が見た、トモエからテッカグヤへの変節これなのだろう。
しかしながら同時、ミコトの胸の中にはそんな自身の痛みすらをも遥かに超える負の感情もまた流れ込んではその意識を鮮明とさせた。
今ミコトの心へと流れ込んでいるもの……共有しようとしているものは、今日に至るまでのテッカグヤの記憶であった。
代を越えながら、人であった頃の楽し気な記憶とそしてテッカグヤへと転生を果たしてからは次元の隙間で次なる者の転生を待ちながら過ごす虚無の時間──しかしながらそれら記憶の中に一貫としている願いは、これが発生した時から変わることのないただひとつのものであった。
それこそは、
そんなテッカグヤの切なる想いに触れた時、ミコトはいま我が身を駆け巡る痛みを超越しては悲しみの涙を滂沱として溢れさせた。
唯一無二の存在故に番(パートナー)を得ることの出来ぬ特殊性……それでもしかし、一生物でもある彼女の本能は自身の遺伝子を後世へと残すべく、斯様に手の込んだ細胞分裂を繰り返しては世代を跨いできた。
しかしながらそれは、この身に満ちる斯様な苦しみを悠久の時の中で繰り返す悲しき行為でもあったのだ。
──誰も間違ってなんかいない、けっして悪くなんかない……このテッカグヤだって、苦しんでる……!
ふとそう考えた時──ミコトは今体に流れる変節の血流が、瞬間その流れを肉体の中で変えたような気がした。
同時に気付く。
今この場には自分とテッカグヤ以外のもう一人が居合わせていることに。
その者を求めるようミコトは辛うじてまだ形を保っている右手で空を掻いてはそこに探す。
それを察したかの様、その人物もまたその手を取ってくれた。
その者こそは……──
「く、うぅ……エース、バーン………手伝って、くれる……?」
眩い光に満たされたばかりの自身の瞳は、もはや閉じているのか開いているのかすらも判別がつかず、ただミコトは手を握り返してくれたそれに訊ねる。
そんなミコトに応えるよう、さらにもう片手の掌が握り合わせる右手の甲へも包み込まれた瞬間──爆発するかのようなエネルギーの凝縮と共に隣のそれと肉体が溶け合うのが感じられた。
──私はテッカグヤにはならない……あの子を、救える存在になるんだ……!
強く心に願うと、自身らを包み込むエネルギーはその願いを叶えるが如くにミコトと同伴者の肉体を捏ね上げては変容させていく。
肉体を強制的に作り直されるその更なる痛みにもしかし、ミコトは全身に力を込めては耐えた。
やがて肉体は望む輪郭を得て右手がそこに象られると、ミコトはそれを強く握り締めて拳を作る。
さらに残る肉体もまた再構築され、ミコトはその衝撃の中で完全に自分がテッカグヤとは違う存在へと生まれ変わるのを確信した。
テッカグヤではないまったく別の存在──それこそはテッカグヤの願いを叶え、そして救うべき力と想いを持った姿だ。
その姿を顕現させるべく、ミコトは拳を握りしめた右腕を振り上げ今──収縮されていた肉体を解放するかのよう突き出しては解き放つ。
夏の月夜に、超新星を思わせる衝撃を以て光の爆発が起きた──。
その中心から今、新たなく肉体を手に入れたミコトが出現しては新生を果たしたのだった。
一方で瓦礫と化した家屋の中から、それら一部始終を目撃していた祖父は目の前にて繰り広げられたその奇跡の瞬間を、瞬きも忘れ網膜に焼き付けていた。
今テッカグヤと対峙する者が、その姿形こそ変えどもそれがミコトであることは、もはや視覚や言葉以上の信憑性をもって祖父は確信していた。
それは全てを終わらせる者であり、そして全てを救う者──分け隔てなく万人へと希望を齎すであろうその『光の巨人』をただ、祖父は見つめ続けた。
月夜の下には古の姫君と兎のポケモンが二人。
一人は悲しき運命の放浪者・テッカグヤ──
そしてもう一人は新生した際の姿勢のまま、握り拳の右腕を高々と天へ掲げてはキョダイマックス化を果たした──
エースバーンの神々しい姿であった。