遠い声に呼び起こされて覚醒を果たすと──目の前には必死の形相で自分を覗き込んでいる祖父とエースバーン、そしてさらにその背後には頭に包帯も痛々しいイサマの姿が見えていた。
目覚めてもなおその光景が理解できず、ミコトは目ボケ眼のままに自分へと掛けられる慰労の声を聴いていた。
はたして自分はなぜこんな所で寝ていたのだろうか?
気付けば周囲はすっかりと陽にに包まれては、あの夜の気配などはもう微塵も無い……斯様にして徐々に意識がハッキリしてくるにつれてミコトは昨晩の体験を思い出していく。
そして自分がエースバーンと一体となり、テッカグヤと一夜の契りを交わしたことを思い出した瞬間──見守る祖父達に劣らぬ形相で跳ね起きた。
「こ、ここは!? テッカグヤは!? トモエちゃんはッ!? 私、どうなってるの!?」
混乱もしきりなミコトの様子にむしろ安堵したのか、ようやくに見守っていた一同は深くため息をついた。
既に夜も明けたその場所は何処か竹林の一角であった。
そうして改めて深く抱き着いてくるエースバーンの背を訳も分からずにはたくミコトへと──
「どうやら……全部終わったらしい」
祖父達は事の顛末を話して聞かせた。
あの契りの直後、現れた時と同じくらいの唐突さでエースバーンは発光をしそして縮小してはあの場から消え失せた。
それを前にしばしテッカグヤも名残惜し気に彼の消えた足元を見つめてもいたが、やがては宵の明け始めた空へと飛び立っては明星となって消えたのだという。
斯様にしてテッカグヤの脅威は去ったものの、さりとて肝心のミコトが居なくなってしまったのでは画竜点睛に欠く。
その後は関係者を動員しての捜索が行われたが、現場となった田畑の周辺は元より、壊された祖父の実家に至るまで、そこにミコトの姿を見つけることは叶わなかった。
誰もがやはり今回もあの悲劇が繰り返されてしまったかのと絶望したその時──祖父にはただ一つだけ思い当たる場所があった。
それこそは50年前、親友であったトモエを見送ったあの竹林である。
その場所へと一縷の望みを託して訪れた祖父はそこにて……──
「──このエースバーンと、そしてそこに寝てるお前を発見できたんだ」
語られる一連の事件の顛末をミコトは実感の無いままに聞いた。
あまりに衝撃的だったあの一夜の出来事はその全てが御伽噺めいていて、事実当事者であったはずのミコトですら、あの体験がひどく曖昧で今なお夢物語であるかのような心地でいた。
それでもただひとつ確信していることもあった。
それはふと出された祖父の素朴な疑問に対する答えである。
「結局トモエちゃんはどうなってしまったんだろうな……また50年後をめざして一人で過ごしてるものか……」
独り言つるようなその問いを発しては表情を重くさせる祖父とイサマを前にしかし、
「そんなことないよ。トモエちゃんはもう一人じゃないし、これからは自由に宇宙を旅してるんだよ」
ミコトは断言していた。
それを前に唖然としたかのような視線を向けてくる二人を前に、一方のミコトはどこか得意げにそれを告げては鼻息を荒くさせる。
あの契りの後、エネルギーを使い果たしては拡散していくミコトとエースバーンを前にテッカグヤは確かに言った。
ポケモンが言葉を話すだなんて珍妙であるかもしれないが、それでもミコトはしかとそれを聞いたのだ。
それこそは、テッカグヤが無事に子を成したこと──そしてそのおかげで新たな可能性と未来が生まれたことを。
もはや細胞分裂による種の保存が必要となくなったテッカグヤは──トモエは今これから、ようやく自分の人生を始める為にこの地球から飛び立つのだとミコトは聞いた。
最後には祖父とイサマへの感謝もまたしていたことも伝えると、話を聞いていたイサマが一際大きくため息をつく。
「今回の作戦の指揮を執っていたのがワシだってこともトモエちゃんは知ってたんだな……だからあの時も、わざと直撃はさせずに攻撃を外してくれた」
数時間前──UB対策室の本部を狙ったテッカグヤの光線は僅かに直撃を反れ、その施設の大半を破壊させたもののイサマ達隊員は九死に一生を得るに至っていた。
それはイサマがあの日の約束を忘れずに果たそうとしてくれたことに対する、せめてもの労いであったのかもしれない。
そしてようやくに全ての夜が終わったことを悟るや、一同は期せずして天を仰いだ。
一連のイサマの抵抗も、そして今日までミコトを守り続けてきた祖父の行動も、どれも決して無駄ではなかったのだ。
様々な積み重ねの果てに今の未来が作られたことは間違いない──トモエと別れた瞬間から今日に足るまでそうした努力や矜持のどれ一つが欠けても、今日の結果には至らなかっただろう。
「ようやく終わったんだね……トモエちゃん」
誰ともなく呟く。
生い茂る笹の枝葉に切り取られた淡い青空にはただ一つ──白い月が朧げに浮き上がっているのが見えていた。
「──……ミコトはどうなったの?」
ベットの中からそう訊ねてくる孫娘に対し、今となってはすっかり齢を重ねたミコトは小さく微笑んでみせる。
なにやらあの日のようだと思ったのだ。
気付けば自分もまた、あの日の祖父同様に老いを帯びては今、最愛の孫へと接している。
「どうもしないわよ。あの後、ミコトは普通に大人になって結婚して、そしてあなたのお父さんを生んだの。エースバーンだって今も元気でしょ?」
「それだけ? つまんないのー」
子供特有の残酷とも取れる無邪気さにむしろ、ミコトは他人事のようそんな感想がおかしくなって笑った。
そしてこの思い出を巡らせる時、いつもミコトはあのテッカグヤへと思いを馳せた。
あの日、ミコトを始めとした皆の手によって救われたテッカグヤはその日まで自身と同一となる細胞分裂によって種の保存を保ってきた。
すなわちテッカグヤは──あのトモエちゃんは、ミコトとまったく同じ存在であるのだ。
ならば間違いなく、幸せになっていることの確信をミコトは得ていた。
なぜなら自分は今、こんなにも幸福なのだから。
そして宇宙へと旅立ったトモエの姿を思い描く時、いつも決まってミコトの脳裏にはとある風景が展開される。
それは宇宙を行くトモエと、そしてその家族達の姿だ。
もう一人なんかじゃない。
これからのあなたは何処へだって行ける──愛する家族と共にどこまでだって行けるのだ。
そんなトモエの旅立ちに思いを馳せるミコトの目尻に涙が一滴浮かんだ。
頬を伝うその一雫は、部屋に差し込む来光を返してはあの日の月のよう煌めいて───
そして儚く散るのだった。
【 30尺様・完 】