※この作品はR-18です。

三擦り半のマス☆カーニャ   作:たつおか

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エピローグ

 

 

 歯根を圧迫する歯応えは──肉というよりはむしろ、高密度の繊維層を噛み裂く感触に似た。

 

 前歯と犬歯が表皮を破り、更には先の繊維質な肉を噛み断って進むとやがて、一際弾力を持った何かに阻まれては私の咬筋も止められる。

 それを何事か思うと同時に噛みきれないものかと上下の歯先を擦り合わせると──その刺激の対し、組み敷くキルリアが半狂乱の声を上げた。

 

 甲高く、もはや超音波ともつかない響きを帯びたその様子からも、いま私の歯々から生じられる痛みがいかに尋常ならざる刺激であるのか伺い知れるようである。

 ならば尚更に早く食い千切ってやろうと、私もまた件の軟骨を噛み締めては顎を上げ、そこから首を捻り上げては引き剥がそうと躍起になる。

 

 その動きに切断された彼女の突起はその芯となる血塗られた軟骨が、解(ほつ)れた縄のよう筋や神経網といった繊維をまとわりつかせては外気に晒される。

 それを前に私は更に噛み締め直し、体位を整えた次の瞬間──勢いをつけ身を仰け反らせるや、その反動を以て一思いにキルリアのそれを食いちぎった。

 

 その一時、我が身を吊り上げられる外力が消えた解放感にキルリアも表情を呆けさせた次の瞬間にはしかし──肉体の欠損と同時に突起部で爆発したその痛みに対し、もはや声とは呼べないそれを以て彼女は咆哮した。

 

 目を皿にして見開く反面で、鼻頭を芯に置いた顔面の中央は螺旋状に皺が寄って表皮を隆起させてと、もはや別種のポケモンと見紛わんばかりの凄まじい形相でその小さな身に押し寄せる痛みを体現する。

 噛みきった頭部の切断面からはその力みに比例して夥しい出血が吹き上がっては、瞬く間に彼女の背を血溜まりの中へ沈めた。

 

 そんな彼女を前に私は──それを成し遂げたのが自分であることの達成感に浸る余り、どこか他人事のようにその様子などを見つめてしまう。

 口中にある彼女の肉片を租借すると、噛み締めたそこから滲み出る鮮血が、渇ききった喉と肉体には堪らなく美味に感じた。

 

 それを味わえる今この瞬間、胸中に溢れるものは目の前のキルリアに対する純粋な感謝であった。

 柄のもなく『運命』などと言うものに思いを馳せる──彼女がポケモンとして生を受け、そして今日この場所にいるのは、紛れなく私と出会うためだったのだ。

 そしてそれはキルリアにとって同じことなのだと理解した瞬間、私は彼女の両頬に手を添えては逸していた視軸を自分へと固定させた。

 

 視界の中へ私を捉えてはその一時、苦しみに歪んでいた彼女の表情が落ち着いた。

 依然として激痛に苛まれては止め処なく落涙をするキルリアにもしかし、この顔を、この私を確認した瞬間──明らかな笑みをそこに湛えてくれた。

 

 おそらくは私もまた微笑んでいたのだろう。なんと、幸せなことかと思った。

 このままここで彼女と死ねることもまた、まんざらでなく思えた。

 むしろそれを望むべくに彼女へと覆い被さると、私は強く口づけを交わしては、キルリアの口中へと深く自身の舌を差し入れる。

 

 もはや彼女には私の意図は伝わっているはずだ。

 そしてそれを証明するようキルリアもまた長く舌を伸ばしては私の中へ進入し次の瞬間──そんな自分のものともろともに、彼女は私の舌を噛み切った。

 

 切断されたそれぞれの舌根を口中に残しては私達のキスもまた中断される。

 喉の奥底で間欠泉のよう沸き上がる熱い飛沫をもて余しては溢れ出たそれらが口の端や鼻腔から溢れ漏れる。

 

 そんな中で内頬をうごめかせると、口中に残った彼女の小さな舌が転がってはなんとも私を幸せな気分にしてくれる。

 なんと愛らしいことか……その愛しさに心奪われる余り、肉体の息苦しさなどは微塵も感じなくなっていた。

 

 そんな折、こちらへと向けられる気配に気付いて視線を下ろせば、そこには口を真一文字に閉じ合わせた表情で私を見つめるキルリアの顔があった。

 私同様、口中において溢れ出る出血を抑えているであろう口の端や鼻腔からは嚥下も間に合わずに溢れた鮮血が幾筋にもなって漏れ出ていた。

 

 そんな中、不意に彼女が口先を窄めて突き出したかと思うと……その唇を押し分けて、キルリアも顔とは比率の逢わない大きな舌先が頭を出した。

 言わずもがな、それこそは彼女の中へ置いてきた私の舌だ。

 そのイタズラっぽい仕草を愛らしく感じると、私もまた彼女から預かっていた舌先を同様に突き出させては彼女の前に晒す。

 

 そうして互いに露とさせた舌先を触れ合わせては擬似的なキスを交わす私達はもはや──口中の出血からくる酸欠と失血にその意識を朦朧とさせていった。

 それでもしかし、いま胸中に満ちているものは幸福感以外のなにものでもない。

 

 示しあわせたよう互いにきつく抱き合うと、いつしか私の意識は遠退いていった……

 まるで眠りに落ちるかのようなその感覚のなか安堵とそして、

 

──あぁ……愛しているよキルリア………

 

 私達はどこまでも満ち足りては、やがてこの世界から完全に消え失せるのだった……──

 

 

 

 

■    ■    ■

 

 

 アンバーシュタイン氏の訃報を知らされたのは、私が意識を取り戻してから7日後のことであった。

 

 あの朦朧ともしかし、天上の楽園に身を浴していたかのような快感と充実感の直後──私は苦痛に苛まれながら現世のベッド上にて覚醒した。

 感覚にしてみれば、キルリアと濃密に愛を語らっていた直後と今とが直結したがごとき状況は、しばし私を困惑させてやまなかった。

 しかしながら順を追ってここへ至るまでの推移を聞かされることで徐々に私もまた冷静さを取り戻し、ようやくに事件の全貌を見渡せるに至った──

 

 私とキルリアの意識が途切れたあの直後、予てより別荘への強制捜査を控えていた調査局一団がそこへの強襲を実行した。

 

 この事は誰にとっても寝耳に水であったようで、件のアンバーシュタイン氏を始めとし、場にいた一堂の悉くが逮捕とそして補導をされた。

 その中で私とキルリアもまた真っ先に発見されては緊急手術を受ける運びとなり──そして今、どうにか一命を取り留めては部下の報告を聞いている。

 

 互いに舌根を噛み切っていた私とキルリアの容態は深刻で、事実出血と窒息によって完全に意識を失っていた私達はあと三分も処置が遅れていたなら命の保証はなかったのだとも聞かされた。

 もっともだからといって五体無事に済んだかといえば事はそう上手くもいかず、接合手術を受けた私の舌は一部味覚の消失と、そして深刻な言語障害が残ることを余儀なくされた。

 

『──とはいえ、命あっての物種ではないですかノーラン警部。……いえ、退院後は本部長ですか?』

 

 部下の軽口に頷いては私もまたベッドのリクライニングへ背をもたらせては大きくため息をつく。

 不動産コーディネーターである私(わたくし)シュワルツ・ノーランは──『リクシー・アンバーシュタイ事件』潜入調査における仮の姿であり同時に、それこそは氏を摘発する計画の一部であった。

 

 予てより氏には多くの脱税を始め、反社会組織に対するマネーロンダリングの便宜や資金提供が疑われていた。

 加えて氏の周辺においては不可解な失踪事件もまた多発しており、今回調査局は強制捜査とその逮捕に踏み込んだと言うわけだ。

 

 当然ながらそれの手引きと、そして計画全体の立案・指揮を取ったのは誰でもない私であった。

 

 とはいえしかし、今回の成功を足掛かりに更なるステップアップを目論んでいた私にとってはアンバーシュタイン氏に対する個人的な恨みなどあろうはずもなく、むしろ私達はこれが摘発者と被疑者であることが惜しく思えるほどに心を通い合わせていたのは事実であった。

 それだけに逮捕後の動向が気になり、それを尋ねた際に返されたものこそが──

 

『残念ながら、死にました……一応は独房での自殺ということになっていますが』

 

 部下からの報告に、私はしばし放心しては言葉を失う。

 こうもあっさりと事件が終了してしまったことの感慨がまったく湧かなかったからだ。

 同時にしかし、鹿爪らしい部下の物言いにも気付いて私はそれを問いただす。

 その結果分かったことは、一連の氏の自殺にはあまりにも不可解な点が多いことだった。

 

 発見日の午前9時15分──独房内にて氏の遺体が発見された。

 当然ながら機密事項であるこの一件は署内においても箝口令が敷かれ、この事実を知る者は調査員の中でも更に一握りの人間に限られた。

 しかしながら皮肉にも、今このことを報告する部下こそがこの件の第一発見者であり、その事からも私は当時の状況を詳細に知ることができた。

 

『ただでさえ箝口令の敷かれている状況だっていうのに、その事情を知る一部にさえ意図的に事実をぼかした報告がされているんです』

 

 上背を屈めては身を寄せて声をひそめる仕草はジョーク染みたリアクションというよりも、真にこれから先の情報を周囲に漏らすまいと注意する気遣いが見てとれた。

 やがて部下は私の耳元において囁くように氏の顛末を伝える。

 

『例のアンバーシュタインの死体ですが……独房の中央において首の骨を複数箇所、折られた状態で発見されたんです』

 

 その報告を受けた瞬間、私が想像する事件の真相とそして部下の推理もまた一致した。

 それこそは──

 

『明らかに他殺ですよ。……口封じの為のね』  

 

 それ以外には考えられなかった。

 今回の強制調査において補導をされた関係者らは、その誰もがおおよそ『一般人』と呼べるような人物達ではなかった。

 それらは各国の要人を始めとし、国政に携わらぬ者達であっても皆、名だたる大企業の経営者や顧問といった、ある種下手な一国の大臣達よりも世界情勢に影響をもたらしうる人物達であったからだ。

 

 事実、今回の摘発において『逮捕者』はかの死亡したアンバーシュタイン氏以外には出ていない。

 彼らの所属する国の外交筋からは元より、この国の上層部からも、逮捕ではない『保護』に努めるようにとの達しがあった。

 それほどにあの島へ集まっていた人物達は影響力を持った連中ばかりであったと言うことだ。

 

 同時にその後の調査で、別荘島の内陸において人やポケモンを問わない数多くの白骨死体が発掘されたことと、更にはその近隣には大規模な芥子畑の存在もまた確認された。

  

 手順としてはこうだ──

 人もポケモンも問わず、この島へと訪れた者は何らかしらの薬物によって中毒者にされる。

 ゲスト達はそれによって正常な意識を奪われ、その後はこの島において殺戮行為も厭わない饗宴の果て、後にそれら行為を収めた映像等で脅迫されては、氏の商売に対して優位になるよう便宜を計らされるのだ。

 

 そしてこの島において労働に従事するポケモン達は更なる悲惨な末路を辿ることとなる。

 重度の薬物中毒者へと仕立て上げられた彼ら彼女らは、薬の供与を餌にされては文字通り死ぬまで意のままに使役され続けるのだ。

 

 思えばあの時──キルリアと共食いを果たしながらまぐわい続けた私の精神状態は異常の一語に尽きた。

 恐らくは移動中のジェット内で振る舞われた食事や、そして島に着いてからはあのグレイシアが作ってくれたカクテルにも件の薬物が混入されていたのだろう。

 

 そしてそれらによって酩酊状態となった私は自我を見失い、遂にはキルリアとのあの甘美なる瞬間を……否、狂気の一時を体験するに至るのだ。

 そんな記憶の断片が、朧気な映像と共に血塗れで微笑むキルリアを私の脳裏へと閃かせた瞬間──私は跳ね上がるようにして、リクライニングへ横たえていた体を起こした。

 

 その突然の行動に驚愕しては具合など伺ってくる部下を前に、それでも私は依然として正気を取り戻すことが出来なかった。

 

 そうだ……彼女はどうなったのだ?

 なぜに私は今この瞬間まで、あのキルリアに対し無関心でいられたのだろう?

 しかしながら、こうまでも急激に彼女のことを思い出したのには誰でもない氏の死亡事件の報告へ触発されたに他ならない。

 

「……あのポケモンはどうした?」

『ポケモン? 何のことです?』

「私と一緒に死にかけていたあのキルリアだよ。彼女は今どうしてるんだ?」

 

 突然の脈絡もない質問に戸惑ったのか、上目を剥いて思考を泳がせる部下はやがて、

 

『そういえばこれは別件の報告になるんですけど、そのキルリアですが入院していたポケモンセンターから姿を消してるんですよ』

 

 部下その報告に、私は背が粟立つのを感じた。

 

「それは……いつの話だ?」

『えっとお……警部が意識を取り戻してすぐだったから一週間前になりますかねえ』

「………アンバーシュタイン氏が殺されたのはいつだ?」

『まだ3日前の話です。同時に館内の監視カメラの類いもみんな壊されてしまっていて、犯人の特定には至れてません。おまけに、これだけ派手に殺してるって言うのに指紋のひとつも残されてないんですよ』

 

 私は魂が抜けたよう、再びベッドへともたれた。

 この時、私が無意識に確信した事件の真相とそしてその犯人は──誰でもないあのキルリアの手によるものであることを、見えざる神の直感が私へと伝えていた。

 

 氏の殺害事件に前後してキルリアが消えたのはけっして偶然からではない。

 彼女はあの島から解放されたことを知り、改めて今日の報復へと出たのだ。

 

 長らく人の出入りする施設において労働に従事していた彼女は監視カメラの存在も知っていれば、その役割もまた理解していたことだろう。

 自身の人生は元より、ありとあらゆる同胞達の未来を奪い続けてきた仇が密室に囚われている状況などは、これ以上に無い復讐の好機と見たのだ。

 

 そして彼女はその本懐を果たすことに成功する──ようやくに、綾の付いてしまった自身の人生へと一応の決着をつけられた訳だ。

 

 そこまでを推理して更に私は脱力を深めていった。

 荒唐無稽ともとれるこの考えは、未だ脳の隅に染み付いた薬物の見せる妄想であるのかもしれない。

 あるいは──再び彼女と出会いたいという私の願望が都合よく事実の組み立てをしているだけなのかも知れなかった。

 そんな折り、

 

『復讐するは……我に有り、か』

 

 私はとあることに気付いてしまった。──否、思い付いたと言うべきか。

 思わず独り言つる私の呟きも上手く舌が回らぬとあってはただの呻きとしか周囲には聞こえなかったことだろう。

 そうしてしばし『その計画』に思いを馳せていた私は、思い出したかのよう傍らの部下へと声を掛けた。

 

「……今回の一件をマスコミへリークしろ。事件の内容と関係者を余さずリポートにまとめて、それを私名義で発表するんだ」

 

 思わぬ私からの指示に部下は息すら忘れて私を見据えた。

 

『正気ですか警部……事は地元の買春クラブの摘発程度ではないんですよ? それこそ規模を考えれば、あなたは全世界を敵に回すこととなる!』

 

 そんな説得とも脅迫ともつかない部下の進言にもしかし、私は再度この事件の真相を世に明らかとする決意を繰り返した。

 斯様のごとき私の頑なさに今度こそ狂人を見るかのよう怪訝な視線を向けてくる部下ではあったがしかし、最後にはその準備を引き受けては去っていった。

 

 そうして一人病室に取り残されるや、私はベッドのリクライニングに背を預け、見上げる天井の彼方へと思考を飛ばした。

 この時私が夢想していた計画……それこそは、あのアンバーシュタイン氏の楽園を再び繰り返させることであった。

 

 しかしながら今度はその役割が逆だ……今度は、今日までの虐げられてきたポケモン達こそが復讐の本懐を果たす時なのである。

 

 キルリアのアンバーシュタイン氏に対する報復を聞いた時、私は彼女以外のポケモン達へと思いを馳せた。

 いかに自由になったとはいえ、脳の半ばを薬物によって犯されたポケモン達は今後をどうやって生きることだろう……そして虐げられる以外に役割のなかった彼らが今後持ちうる『生き甲斐』を考えた時、私はこれしかないと思った。

 

 彼らはこれから、残りの人生を掛けて自分がされたことを返していくのだ。

 その対象とすべき連中の名前も顔も俺が提供してやる。

 なまじ有名人であったことこそが、皮肉にもやつらの居場所を復讐者へと喧伝してしまうこととなるのだ。

 

 そしてこの一件が日の目を見ることとなれば同時に、それを発表する私の名と顔もまた一躍世界へと轟くこととなるだろう。

 テレビ、インターネット、雑誌に新聞と、あらゆる媒体に左耳の噛み切られた私の顔が晒されることとなる。そうなれば、『彼女』もまた私を発見しやすくなるはずだ──…… 

  

 あのキルリアが、私へと復讐を果たしに訪れてくれる。

 

 なぜなら私もまた彼女の同胞を見殺しにした輩の一人であり、そしてその肉体の一部を損傷せしめた当人であるのだから。

 

 いつしか私の思考は再びあの薄暗く淀んだ、足元に瘴気の満ちる氏の別荘へと飛んでいた。

 私があの罪の島へと赴いたように、今度はお前が私へと辿り着くがいい……。

 そしてあのキルリアと再び出会えた時──あの場所での続きがまた繰り広げられるのかと思うと、

 

 

 薄暗い期待を満たした私の体は、そこへ痛いほどの勃起を果たしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【 罪の島・完 】

 

 

 

 

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