第1話・am-3:24
いつ頃から──そして何故に自分が此処に居るのかを知る者は誰もいない。
ただそのピカチュウは、ひたすらにこの空間からの脱出を願ってならなかった。
この場所にはピカチュウ以外にも3人の仲間達がいた。
そのうちのミミロップはまっすぐな性格のオスで、その行動原理もシンプルと言えば聞こえは良いが、時に愚鈍と思わせるような節があった。
しかしながら裏表の無い性分は性格にも反映されていて、ピカチュウは彼を一番好ましく思ってもいた。
二人目のマフォクシーは猪突猛進のオスで、深く物事を考えるような素振りなど見せたことはない。
その行動もただ直進を引くか往くかの二択であり、そんな性格も相成ってかまともに話し合が成立した例もなかった。
先のミミロップとはまた方向性の違う手合いであり、時に彼から発せられるエキセントリックな言動は、そこに悪気が無いことは分かっていても意思疏通の難しさから彼を苦手に思わせるのだった。
そして三人目のバシャーモは気まぐれなメスである。
唯一同性であることも相成ってピカチュウはよく彼女と行動を共にするが、思い付きで取り決めをすぐに変えてしまうバシャーモのフォローに手を焼かされることも多く、その世話焼きにうんざりすることも多々あった。
ともあれこの3人へさらに自分も加えたピカチュウ達4人は、いつ頃からかこの場所においてショーの労働に従事させられていた。
もっともそれも専門的なものではなく、客のリクエストに対し即興でダンスの振り付けをしたり歌を唄う程度の物ではあるのだが、如何せん生来の気真面目さも手伝ってか、律儀にもピカチュウはそんな強制労働に対してもポケモンらしからぬ勤勉さで従事していた。
とはいえ実際はこの場所からの解放を願ってやまず、そしてその想いは性格の違う仲間達と唯一共通となる一同の悲願であった。
そしてそんな想いの当然の帰結として、ピカチュウはここからの脱出計画を画策する。
しかしながらそれも、観客達や他の職員の目もある日中は難しい。
となれば、これを実行に移すのにもっとも適した時間帯とは……館内に当直の人間がただ一人だけとなる深夜帯に他ならなかった。
この場所は午後10時に営業が終了し、そして他の職員達が退社する午前12時から再度出勤してくる6時までの間、バックヤードの従業員出入り口には当直の職員一人だけが残されるという管理体制となっていた。
他に窓もなく、客の出入りがある正面ホールは厳重に施錠されていることからも、現実的な脱出経路はこの従業員用出入り口に限定された。
ピカチュウ達の課題は、いかにしてこの出入り口にまで到達し、そしてそこ居る当直職員──すなわち『夜間警備員室』を制圧できるかにかかっている。
しかしながら……これは頭で想像するより遥かに困難な作戦と言えた。
謂わばこの脱出路の穴は彼ら従業員側もまた把握しているところであり、この唯一無二の出入り口にはピカチュウ達ポケモンを無力化する実に様々な仕掛けが施されていたのだった。
それらはもはやピカチュウ達の総力を以てしても打ち破れるか不明な頑強さであり、もし失敗して捕まってしまっては処分も免れない。
とはいえ一見『鉄壁』に見える警備体制にしてもしかし、そこに付け入るスキが皆無ではないことをピカチュウは把握していた。
それこそは、ここを守る番人が『人間』であることに他ならない。
機械などではない人間が自身の五感を以て管理する以上、そこに完璧などあり得ないのだ。いわゆる彼らの『ヒューマンエラー』に付け込もうと考えたのである。
そもそも過去に一度、ピカチュウはこの出入り口たる警備員室にまで至り、あわやそこからの脱出を成功しかけたことがある。
その理由こそは単純な警備員の『居眠り』であり、その隙を縫ってピカチュウはそこまで到達してしまったのであった。
しかしながらこの時はピカチュウ自身にも明確な脱出の心構えがあった訳ではなく、いつになく警備の緩い店内を訝しんでは進むうちにそこへ辿り着いてしまったという偶発的なものであった。
それゆえに彼女もまた、突如として目の前に現れた望外のチャンスに戸惑うちに警備員が覚醒を果たしと……かくして最大のチャンスは潰えることとなる。
そのことを後ほど激しく後悔するピカチュウではあったが、難攻不落と思われていた警備体制に穴を発見できたのは僥倖でもあった。
以降ピカチュウは他の仲間達と結託しては、いかにして警備員のミスを誘導できるかに心血を注ぐこととなる。
そして今宵、ピカチュウは練りに練った脱出計画を胸に再び──かの牢獄からの脱出を図るのであった。
ピカチュウ達が身を置くこの施設は合計で6ヶ所のエリアに分けられている。
まずは施設中央に設けられた一室──ここは日常業務に勤しむ為のステージや客席とが併存する大ホールであり、この施設においては一番の面積規模を誇っていた。
そしてそのホールを中心にして、さながら蟹の足のよう左右に二部屋ずつ計4つの小部屋が設けられている。
右の二部屋は奥がピカチュウ達ポケモンが寝起きをする為の部屋であり、その手前になる部屋は日中の職員達の待機場所となっていた。
さらに左の二部屋に関しては奥にキッチン、そして手前が備品置き場にされていては、どの部屋もホールに繋がる作りとなっていた。
そしてそのホールから10メートル程度となる直進の廊下を辿った先にあるのが──例の警備員室となるのだった。
ここまでを聞けば、ならば大勢に任せて制圧してしまえばとも思えるだろうが、それは上手くもいかない。
当然ながら斯様なポケモン達による暴動は想定内であり、有事の際にはこのホールと警備員室とを繋ぐ唯一の通路をシャッターにて遮断することが可能で、当然ながらそれの耐久性もここにいる面子の火力では破壊できない強度に設定されていては、付け入る隙を与えてくれないのだった。
同時に今までに解説した各部屋は、そこへ通じる通路に至るまで各所カメラによる監視もまたされていた。
これにより警備側は常時ポケモン達の位置関係を把握することが可能であり、もし僅かでもそこに不穏な気配を感じようものならば、即座にシャッターは閉じられて全ての計画は木阿弥と化す。
斯様なまでの鉄壁さに在りながらもしかし、ピカチュウ達は今宵ここの攻略に挑もうとしていた。
それこそはどうにかして人間を出し抜いてやろうと言うポケモン達の知恵と忍耐、そして何よりも自由を求めてやまない意地とがそこにあったからに他ならない。
かくしてピカチュウ達がホールに終結するや、その動きを感じ取っては天井部のカメラが無機質な収束音など奏でてはそのレンズを目下へと向ける。
そこを見上げるポケモンと、そこから見下ろす人間との──長い一夜が始まろうとしていた。