ピカチュウにしては二度目となる警備員室への入室であった。
出入口の正面──ちょうど部屋の中央に当たるそこには八の字に似たテーブルが置かれており、その上に設置された複数台のモニターそれらは悉く監視カメラの映像を反映させていた。
その中にはこの警備員室そのものを映しているものもあって、今この瞬間もピカチュウはモニターの中に映り込む、『モニターを見つめるピカチュウの後ろ姿』を不思議な気持ちで眺めた。
そして斯様に警備員室を俯瞰した映像の中には、そんなピカチュウのすぐ背後で激しくまぐわい合うポケモン達の姿も映っている。
モニターではない現実世界のそれも確認しようと振り返ればそこでは……気絶した警備員の上に騎乗位で跨っては激しく体を上下させるバシャーモと、そしてそんな彼女に左右からペニスを口取りさせているマフォクシーとミミロップ両人の姿が窺えた。
遡ること10分ほど前──この警備員室へと続く通路から響いた第三者の声にピカチュウ達は我へと返った。
どうにか自分を犯してくるマフォクシーとミミロップを退けるとピカチュウ達はここへと至り、そして眼前で気絶した警備員に激しい抱擁を繰り返しているバシャーモを発見したのだった。
当初は自分とバシャーモが監視カメラの気を引き、その隙を縫ってマフォクシーかミミロップが此処へ侵入する手はずではあったが、以外にもその役割を果たしたのはバシャーモであった。
もっともこの時のバシャーモにはもう作戦遂行の意志などは微塵もなく、ただ性交の相手を探してうろつくうちにこの警備員室へと辿り着き、そしてそこにて自慰後のペニスを弄んでた警備員を発見しては飛びついた──という顛末であった。
しかしながら過程はどうあれピカチュウ達の悲願は達成された訳である。
件のモニター類が置かれた一席のその後ろ……そこに設けられたドアこそが、ピカチュウ達にとっては文字通り自由への扉それなのであった。
もはやここをくぐることに躊躇もなければ時間も無い。
あと数分もすれば通常勤務の為の職員達が出勤してくることだろう。
同時にこのドアを出てすぐに外部へ行けるとも思えない。
ここを抜け、更に建物外へと逃げることも考えれば、むしろここからこそがこの逃避行の本番であるのかもしれなかった。
背後の仲間達へ声を掛けると、交尾の中断に一同は渋々といった具合にピカチュウの元へと集まってくる。
ここを出られれば交尾など好きなだけできるのだ。それこそその相手はより取り見取りでもある。
そのことを伝えると三人の目には強い輝きが宿ると同時、俄然やる気にもなったようだった。
そうしてヒト用に作られた片開ドアのレバーハンドルへミミロップが手を掛けると、ラッチの外されたドアは外開きに部屋の外部へと開けた。
そこから望むドアの向こうは簡素な一室だった。
今いる警備員室と比べるに、机はおろか小棚のひとつとして見当たらない。
ともあれ進もうと一同がそこへの入場を果たした瞬間──先頭のミミロップが消えた。
否、正確にはその瞬間、ミミロップは元の原形をとどめない何かに変形を果たしては飛散したのである。
その代わりに、足元には青みがかったゲル状の何かが盛り上がっては、小刻みにその身を震わせていた。
そんなミミロップの変貌を、このメンバー内においては一番背丈の低いピカチュウは誰よりも近距離で目の当たりにすることとなる。
そしてその変化は同じく入室を果たした他の仲間達にも表れていた。
皆、声すらもなく爆ぜては元のポケモンの輪郭を失い、立っていた足元に体積と同量のゲル状物質となって崩壊していくのだ。
そしてその変節は、ピカチュウにしても例外ではなかった。
一気に崩壊した仲間達とは違いピカチュウのそれには若干の猶予があった。
上にした両掌越しに自身の体を見下ろすピカチュウは、体色が件の紫にも似たそれに変化しながら、さらには体毛の質感さえ失って崩壊していくのを目の当たりとした。
しかしながら──自分でも不審に思うほど、そこには一切の恐怖は無かった。
むしろこの変化こそが自身の常態であるかのような……すなわちは『元に戻る』かのような錯覚を、そしてその確信を得た瞬間──ピカチュウの肉体もまた崩壊を果たしてはその意識もまた霧散するのだった。
その研究所の有り様を、エヂン女史は無感動に見下ろしていた。
室内の足元には、あちこちに青み掛かった褐色の肉片が飛び散るという惨憺な有り様であり、その中でも大きく盛り上がった塊が4つ窺えたことから、これらは『調整室』にて安定状態中であったメタモン達と見て間違いはなかった。
この研究所はメタモンの変形を専門に検査・実験を行う施設である。
そしてその中においてこの4体は、まったく新しい試みにて変身を行わせたメタモン達であった。
メタモンというポケモンは、曖昧模糊としたその見た目に反し実に優れたカメラと演算処理能力を持つポケモンといえる。
対象を観察することにより、つぶさにその対象の持ちえる特徴や性質を脳内で分析・処理しては、その後己の肉体へとその情報をフィードバックさせて出力させる過程は、さながら生きたコンピューターであり、3Dプリンターの様であるとすら思えた。
その性質を熟知したうえで、エヂン女史はとある実験をこの4体に施していた。
すなわちは、一切の情報をメタモン本人には収集させず、あくまで研究所側から与える情報だけでどれほど変身の精度を高められるとかという試みであった。
この実験は言葉で聞く以上に精密であると同時に、故意に曖昧なニュアンスを理解させるといった、極めて精度の高い教育をメタモンに施させる必要があった。
ましてや他に一切の情報が無い状態であることを条件とすることからもメタモンは生まれたてのものを厳選し、それへ言語教育を施すことからスタートする訳である。
当然ながらこの研究にメタモンがついてこられるはずもなく、暗礁に乗り上げかけた研究はしかし、奇跡的にその言葉を理解した10体のメタモンを作り出すことに成功する。
一応の研究の成果に職員一同は歓喜に沸いたが、それでもしかしようやくにスタート地点へと立つことが出来たに過ぎない。
そこからは更なるトライ&エラーの繰り返しであった。
それでもしかし研究は功を奏し、最終的に4体のメタモンがそれぞれ、マフォクシー・ミミロップ・バシャーモ……そしてピカチュウに変身することが出来た。
しかしながらそれでもこの成功を手放しには喜べない。
この変身は謂わば、外部から型に嵌めて形を保っているゼリーのような状態であり、本来の変身過程を経ないメタモン達は、油断するとすぐのその形を崩壊させた。
これを安定させる為には、常に研究室内に一定の高周波を響かせておく必要があり、それの長時間聴取が人体に悪影響を及ぼすことからも、彼女らに接触できる時間は午前6時から午後10時までに限られた。
その実験の過程の中において起きたトラブルこそが今回の事件であり、そして今エヂン女史の足元に散乱するメタモン達であった。
この惨憺たる結果に研究員同志は皆一様に暗澹としたものであったが、その中においてエヂン女史ただ一人だけは、この結末に新たな可能性を見出してはより一層にこの実験の確かな成果を実感せずにはいられなかった。
一連の実験は最初期にメタモンを隔離して教育することからも、彼らには個性や性格というものが備わらなかった。
喜怒哀楽の感情は備わるものの、あくまでそれは肉体的な反射に付随するものであり、自身で考え行動するといった個性は育たないものとして研究はされてきた。
しかしながら昨晩──なんと彼女は、あのピカチュウは己の意志によってこの脱獄を計画し、そして実行したのだ。
足元のメタモン達は皆、今はその形を失ってはいるが再び教育と変身のプロンプトを施せば再び実体を得ることであろう。そしてその暁には、今以上に進化したポケモンへと……究極の生物へと変身してくれるに違いない。
『……あなたは奇跡の子なのよ』
そう言ってエヂン女史は屈みこむと、足元において崩壊していた、元はピカチュウであったメタモンを抱き上げる。
エヂン女史の胸の中において眠り続ける斯様なメタモンを赤子のようにあやしながら──密かに彼女は、このメタモンへと名を授けることとした。
それこそは奇跡(miracle)の子──『ラクル』と名付けては、いつの日かこのメタモンと迎えるであろう自身の壮大な計画に思いを馳せるのだった。
【 Five Nights at Pikachu's ・完 】